霊現象、認識、遺書。
西洋風の外観の家は、内装もこれまた西洋風だった。
白い壁! 暖炉! 積まれた薪! 『なんか壁に飾られてる鹿っぽい生首か何か』! 小さいけどそれでもクソ高そうなシャンデリア! 無駄に背の高い長細い窓! 『クソでっかい燭台っぽい何か』! バルコニー! テラスっぽいところ! はしご! 『なんか壁に飾られてる豚っぽい生首か何か』!
全部が全部、『西洋風でオシャレでしょ!』と口うるさくアピールしてきて……周りが森だから本当はすごく静かなんだけど、なんとなく見た目がうるさくなってしまっている。
都市環境分野に携わる人間として、こんな他人に不快感を与えかねないレイアウトだけはしたくないものだ。
「中途半端に稼いでるのか知らないけど……成金バリバリね。パパなら絶対こんな財力をひけらかすような家にしないもの」
「同感だ。……だいたい、なんだあのデカイ燭台みたいなやつ。あんな不安定だと、地震来たら倒れて一発で床に引火するぞ……床が木造ってこと分かってんのか? あとあの銅像も、何かの拍子に倒れたらドアを塞いで中にいる人間が出られなくなるじゃないか」
「いや、あの。……同じ感想持ってくれて悪いんだけど、邦信とはゼッタイ一緒にモデルルームとか行きたくないわ」
どういう意味だ? 危険箇所全部にケチつけそうだとでも言うのか。
玄関ちょっと歩いたくらいで止まってては何も調査は進まない。ひとまず、持ってきたカバンから紙とペンを取り出す。
「なにするの、それ?」
「ますは一通り歩いて見取り図を作るんだよ」
「見取り図って……それぐらい、玄関ロビーに書かれてたり配布用の見取り図があったりするでしょ、普通」
「……お前ん家の持ってる物件と世間一般の感覚を一緒にするな。つーか大体、阿賀チミコは客なんかこの家に呼ぶつもりなかっただろうし、自分ひとりが構造を把握できてればいいだろ」
「あ、そっか」
なんとも間の抜けた会話をしながら、まずは一周、蓮と一緒に阿賀邸を見て回る。
どうやら、本館3階を除く3つの館全て、一本の大きな廊下の左右に部屋があるというシンプルな造りになっているようだ。
用途不明の部屋や、いちおう作っておいたと思われる客室を除いて、それぞれの館にある部屋をリストアップしてみる。
本館には浴場や寝室、キッチン、リビング、脱衣所、メインで使う寝室、倉庫、書斎……といった、普段の生活で必要な部屋が集中しているようだ。余談だが浴場では、『ライオンの口からお湯が出るアレ』が付けられていて、またもや若干イラッとした。どんだけイヤミなインテリア付ければ気が済むんだよ。
西館はほとんど丸々倉庫になっていた。後から調べれば詳しいことが分かると思うが、どうやら部屋によって収納するモノが分別されているみたいだ。3階に露天風呂があったことに関してはもう言葉もない。ひたすら木が茂ってるのしか見えない、絶景もクソもない露天風呂の何が楽しいのやら。
東館は……なんというか、芸術家にしか分からない世界なのかもしれないが、真っ白の部屋、真っ赤の部屋、真っ青の部屋…みたいな、長時間篭っていると精神がおかしなベクトルにテンションアップしてきそうな部屋が点在していた。あと、阿賀チミコは本業は小説家だが、趣味として油絵も嗜んでいたようで、そのアトリエが2階にあった。
俺は油絵の善し悪しなんか分からないが、蓮は「あら、成金趣味のセンスない人かと思ってたけど、意外と面白い絵を描くのね」とか言っていた。……こんな。黒と赤の絵の具をぶちまけたキャンバスの上を犬が歩いてメチャクチャにしたみたいな絵がねぇ……。
「これを見る限り……なんか幽霊の手がかりが残ってるとしたら、本館よね」
「なんで?」
「バカね。生活に必要な部屋は本館。よって阿賀チミコは本館にいる時間が一番長かった。……つまり、最も怨念とかが残留してると考えられる場所なのよ!」
「うわあ、バカにバカって言われた」
でもまぁ、一番最初に調べるとしたら本館だろう。そこに関してだけは同意見だ。怨念どうこうに関してはノーコメント。
本館の1階に戻り、作った見取り図で部屋の配置を確認する。
「1階はキッチンとリビングと、浴場とそれに繋がった脱衣所があるくらいか……」
「あと、なんか小さい物置みたいな小部屋が隅にあるわね」
「アドベンチャーゲームならそういう細かい小部屋にキーアイテムがあったりするモンだけど……ま、時間には余裕あるし、順番に見ていくか」
まずはリビング。
一人暮らしで客も呼ばないくせに、無駄に広くて高そうな丸テーブルがドンと鎮座している。テーブルに対してこういう言葉を使うのはあまり聞かないが、『黒塗り』って感じのベットリした黒色だ。
そもそも電波が飛んでいるかどうか怪しいが、テレビなどは置かれていない。代わりに向かい側の壁に飾られた、海を描いた写実的絵画でも見ながら食事をしているのだろうか。成金小説家の考えることは分からない。
ちなみに、こんな森の奥で電気が使えるのかと思ったら、裏に大型の太陽光パネルと蓄電装置が、屋敷の敷地面積の大体2倍くらい場所を取って置かれていた。家電製品に関しては、テレビやラジオ、パソコンのインターネットなど電波を送受信するものは使えないが、その他は節度を守れば問題なくいつでも使えるようだ。
映画やドラマのセオリーから、何か隠されてるとしたらこういうところではないかと思い、壁に掛けられた絵画の裏側を覗き込みながら蓮に聞く。
「……そういえば、死体が阿賀チミコのものだって分かったあと、警察はいろいろと調べたんだよな? この屋敷って、一般人が入って大丈夫だったのか?」
「捜査もゼンブ終わったし、彼女には身寄りがいなかったみたいだし。あとは取り壊しを待つだけだから、セーフよセーフ」
「セーフって。天下のワシミグループとはいえ、さすがに法律には勝てないだろ」
「犯罪とか、捜査のかく乱になる行為とかはしてないし。『警察が面倒になるコト』くらいなら、パパに頼めばいつでも、なんとでも」
「世も末だわ……『この世はカネと権力』を体現した生き方してんなぁ」
「その生き方に便乗してる邦信はそれ以下ね」
「ぐう正論」
顔も合わさず手を動かしながら軽口を叩きあう。
絵の裏にはホコリとカビ以外何もナシ。指汚れただけ。死ね。
元家主である阿賀チミコに理不尽な怒りを覚えつつ、今度は椅子やテーブルなどを観察してみるが、こんなところに幽霊のナゾを解ける手がかりが隠されているわけもなく。
蓮がすでに繋がっているキッチンの調査へ移っていたので、俺も移動する。
「……フライパン、包丁、据え置き型浄水器、タンク、氷入れるタイプの冷蔵庫」
「…………コショウ、塩、砂糖、ミソ、しょうゆ、ソース」
「…………………………」
「…………………………」
また成金趣味を爆発させてるのかと思いきや、タンクや浄水器など一部サバイバル感のあるもの以外は、全部普通のキッチンだ。おそらく、水道が通っていないので数日に一回近くの川に水を汲みに行って、必要に応じて使う分だけ、浄水器で濾過して使っているといったところか。
言うほど水垢に気を遣っていないと思われるシンクとか黄ばんだまな板とか、ズボラにも冷蔵庫の上を野菜とかゴム手袋とかを置くちょっとした物置にしているところなど、うちのキッチンとそう大差ない。
……俺の中で阿賀チミコに対する好感度が少し上がった。
冷蔵庫の中や料理用具入れの中には当然何もなかった。
蓮が露骨に舌打ちをする。
「自殺したくらいだし、リストカットとかしてれば包丁に怨念が篭ってるかもと思ったんだけどなー」
「……ただでさえ物騒なモンに自殺者の怨念なんか篭ってたら鬼に金棒だな」
「この場合どっちかっていうと、『金棒に鬼』じゃない?」
「……………………」
どっちでもいい。
#
「本館を一通り調べたけど……」
蓮と顔を見合わせる。
うんざりした表情だ。たぶん俺もいまこんな顔をしているのだろう。
『なんの成果も!! 得られませんでしたッ!!』ってやつだ。
「ていうか、本館回って思ったんだけど……ここ、修学旅行とかで来る安めのホテルみたいよね……」
「歩いてると、なんか自分の部屋に帰りたい気持ちになってくるんだよな」
豪邸を建てるということで、ハシャいでしまったのだろうか。壁が全面白塗りだったりいたるところに絵画が飾られていたりと、いろいろ頑張ってはいるのだが、廊下一本で部屋がいっぱい、という構造がな……。蓮の言うとおり、チープなホテルみたいな感覚を与えてくる。
……最初にこの本館のドアを開けた時は、家具(お上品に言えば調度品)の成金っぽさにイライラしていたが、阿賀チミコさん、意外にドジっ子な感じの憎めないオバサンだったのかもしれないな。
現在地は西館1階。
7つくらいある部屋全部が、モノを直すのを面倒がって全部中に投げ入れているとしか思えないような、ゴチャゴチャした倉庫となっているので、正直調査を始める前からゲンナリしている。
阿賀チミコ……あと何ヶ月かここで生活していれば、西館全体をもっと目も当てられないゴミ屋敷にしてしまってたんだろうな……。
蓮によると、阿賀チミコの遺留品の中で押収されたものはごくわずからしく、このアホみたいに散らかっている倉庫なんかは捜査さえされなかった、と聞いているらしい。
「警察の自殺調査なんか、調査したっていう事実さえ残せればいいのよ。まあ自殺者の身辺調査ってだけだし、下手に殺人の疑いが出てくるよりは警察もラクで良い、ってコトなんじゃない?」とは蓮の弁。このお嬢様は
西館入り口から一番近い倉庫には、食料品の中でも長いこと保存が効くものが収納されて……いや、某アプリゲームのように、アンバランスにグラグラと積み上げられていた。
目星ロールでファンブルを出したら食材が崩れてきてダメージを受けそうだ。
「パック味噌、しゃがるこ、スティックコーヒー、カップラーメン、レトルトのカレー、カンパン、ルマンドー、ホワイトロリコン、しゃがるこ、スープ春雨、しゃがるこ、しゃがるこ、しゃがるこ……」
「お菓子ばっかじゃない!しかもしゃがるこばっかり!」
「……うわ。4か月前に賞味期限切れてるじゃねーか、このサラダ味……」
「賞味期限切れたしゃがることか初めて見たわ……」
普段人との接触を避けている分、2ヶ月おきぐらいのペースで街に出て、食料品や日用品、消耗品などを大量に買って倉庫に溜めていたらしいが……必要のないものまで買ってしまうのは成金嗜好の
あと、お菓子以外のものがカップ麺とかレトルトカレーとかばっかりなのは、保存食として有能だからという理由からだと思うが、料理するのが面倒っていうのもあるんだろうな……。味噌とか調味料の類が全然減ってないし。
「幽霊の正体に繋がりそうなモノはなさそうね。次行きましょうか」
「……その手に持ったしゃがるこチーズ味を戻してからな」
「なによ、別にいいじゃない! 一個くらい無くたって気付かないわよ! ていうか、持ってったところで死人に口無しってやつよ!」
「いっつも幽霊ガー、呪いガー、って言ってる奴が死人に口無しとか言ってんじゃねーよ! 呪い殺されるんじゃなかったのかよ!」
「それはこれ、これはそれよ」
「分別できてねーぞ……」
パパに頼めばしゃがるこ1つと言わずしゃがるこの家を建ててくれるだろうに、変なところで乞食みたいなマネをするんだから……。
結局もらっておくようで、蓋をペラっと開けてサクサク食べ始めやがった。
俺の冷ややかな軽蔑の目にも気付かず、蓮はとことこ、というかサクサクと歩いて、次に調べるべき向かい側の倉庫のドアを開けようとした。
しかし……。
「うん……? ……えっ、ちょっと何よこれ、鍵つきなんて聞いてないわよ!」
「どしたどしたー?」
「なにを気楽な声で…。開かないのよ! ど、ん、だ、け、押っ、しッ、てッ、もッ、うるるるるるぉぉぉりゃぁぁぁぁああああ……!!」
ガチャガチャとドアノブを回すこと数回、瞬間沸騰的にキレた蓮は両手でドアノブを回しながら、全体重を乗せてドアを押し始めた。
ぷっくりと頬を膨らませて踏ん張っているところ申し訳ないが、今のところそれが効いている様子は見られない。
押してダメなら引いてみな、の精神を思い出したのか、ドアを踏みつけるようにしてふんばりながら、またもや全体重をかけて……今度は逆ベクトル、引っ張り運動を始めた。
青筋を立てて歯を食いしばってるところ申し訳ないが、さっき入った食料品倉庫も押すタイプのドアだったし、いくら引っ張ったところでせいぜい得られる戦果はドアノブが取れるくらいだと思うが。
……あと、そんなに足上げてドアを踏みつけるな。角度が角度ならスカートの中見えるだろうが。残念ながら俺の位置からは見えないけど。
「うううう、開かないわ……。やっぱり神様なんていなかったのよ……」
「うーむ、押すタイプのドア、だけど押しても全然ビクともしない」
「中で何か重いモンが詰まってるのかしら?」
「……フツーにもの入れてフツーに開け閉めしてれば、そんなことにはならないハズなんだけど。…………あかん、開いたとしても入りたくない」
「でも調べないわけにもいかないでしょ」
「それはそうだけどさ。……にしても、下見してた時は気付かなかったな……開かない部屋があったなんて」
……このパターンは、男の俺がタックルで無理矢理ドアをぶち破る流れなのか? 推理ドラマではよくあるテンプレだが。
鍵はかかっていないのに全然開いてくれないドア。複数人がかりで体当たりをして押し入ると、中ではすでに屋敷の主人が死んでいた。これは密室殺人だ、犯人はこの中にいる……みたいな感じの。
「でも、緊急事態でもないし、ドア破壊はさすがにマズいんじゃないのか?」
「大丈夫よ、ツバつけとけば!」
「警察が唾液ごときのせいで壊れたドアに気付かない無能集団だったら、俺は今こんなクソ真面目に学生やってねーよ」
「じゃあパパに頼んで新しいドアつけてもらえばいいでしょ!」
「使う人間がいない家に新しくドアを付け替えるとか、一番虚しいカネの使い方だと思うよ……」
「ささ、ツベコベ言ってないで、とっとと最後のガラスをブチ破りなさい!」
「見慣れた景色を蹴り出してもないし、世界が逆回転してたまるか」
「全責任は私が負うわ!」という蓮の発言を抜かりなくスマホで録音し、いざ最後のガラスを……じゃなくて、2番目の倉庫のドアをブチ破ろう。
まずは蓮のように、ドアノブを捻りながら全体重をかけて押してみる。が、体重差もあり蓮のときに比べて微妙な手応えはあるものの、やはり扉を開くにはまだまだ圧力が足りない。
続いて、さっき頭の中で思い描いたように扉にタックルをかましてみるが、こちらも、体がぶつかった瞬間ドアが少しヤバげな軋轢音を立てるだけ。あと無駄に助走つけて無駄にちょっとジャンプしたせいか、脇腹のあたりにドアノブが刺さってめちゃくちゃ痛い。
脇腹を押さえて呻きながら、蓮に向き直る。
「……ムリ。開かねーよ。諦めよう」
「ひとりずつなら無理でも、2人がかりでぶっ飛ばせばいけるかもしれないわ!」
「こんな狭いドアに2人でタックルとか有り得ないだろ! 別にいいけど、お前がドアノブに近いほうに体当たりするんだぞ!」
「い、嫌よ! めちゃくちゃ痛そうじゃない!」
「『痛そう』じゃない、めちゃくちゃ痛いんだよ! 2度も同じところにキズを負うのはゴメンだからな!」
「……あ、あれよ! レディーファーストよ! 私は女なのよ、労わりなさい!」
「知るか! そんな厚かましい女の主張を聞いてやる義理はない!」
「ぐぬぬ……」
#
再三に渡る協議と交渉と脅迫(?)の結果、俺がドアノブに近いほうに立ってタックルすることになった。
……親父さんを引き合いにだされてはしょうがない。
まぁ、女の子に危ないことはさせられないしな。うん。女の子の代わりに痛い目を見てあげる俺ってかっこいい! ……そういうことにしておこう。
正面の、厚みのある焦げ茶色のドアを睨みつけて、気を落ち着かせる。
「いっせーのーせ、で一緒に体当たりよ! いいわね!」
「分かったよ……」
「大丈夫!ドアノブで怪我しても、ツバつけときゃ治るわ!」
「お前の安全管理能力の低さホント嫌い」
溜息を吐きながらも、覚悟を決める。
もう風邪になろうがあばら骨骨折しようが構うもんか! ここまで固く閉ざされた扉なんだ、きっと中には何か重要な手がかりがあるはずだ、ADV的に!
蓮と目を合わせ、頷き合う。
………………いくぞ。
『いっ、せー、のー、せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!』
たしかに自分の足で踏み出したはずなのに、その感覚はまるで車に跳ねられてものすごい斥力で吹っ飛ばされているような。目の前の景色が集中線を描いて歪み、俺が自主的に扉に体当りしているハズなのに、扉の方から俺にぶつかってくるような錯覚に陥る。
腹部に鈍痛が走って、自分の体がドア及びドアノブにブチ当たったことを理解した瞬間。マンガ的擬音で表すと『バキゴッ!』みたいな、軋みながら砕けるって感じの音が耳に届いて。
体が真空空間にほっぽり出されたような浮遊感。
重力からも、脇腹に来るはずの痛みからも解放されたような幻覚はしかし、やっぱりただの幻覚で、すぐにとてつもない痛みの第二波と重力が、俺の体を室内へと押し倒した。
「うひゃあああぁぁあああぁあぁぁぁ!?」
……衣類に、使えなくなった家電に、本に、なんとも危険なことにめちゃくちゃ重そうな置物に。この部屋はほかの部屋と比べて、分別すらされず無差別にごちゃごちゃと、さまざまなモノが捨てられ……もとい収納されていたようだ。
扉を押さえつけていたのは、この……なんか足元にある硬いヤツ。たぶん石の置物か何かだろう。無数のゴミ、もとい、モノに埋まってしまって、思うように身動きが取れないので観察できない。
ていうか、さっき叫び声が聞こえたけど……蓮はどこだ?
ゴミの山頂から頭上に転がってきたダルマをぶるぶる振り落とし、雪崩を起こしてしまわない程度の可動範囲で首を巡らせる。
「んなっ、もっ……んん!? 何よもうコレぇぇ! なんでスライム……ああー! 髪に、髪に………! もぉぉぉぉぉぉ…………うぅ……」
……声だけは聞こえるんだがな。ヒステリックに悲鳴をあげたかと思うと、あまりの惨めさにとうとう泣いてしまった。
右の方から聞こえたような……。
「……………………ぶっ!!」
声の聞こえてきた方を視線でたどっていくと、灰黒色の2つの連なる山が。
………いやもう、文学的表現を投げ捨てて単刀直入に言うけど、尻にピッタリ張り付いたスカートが私からけっこう近いところにあります。
ぶっちゃけ手を伸ばせば触れるしこの状況なら間違って当たったことにできるんじゃないか、いや、そうするべきなのかもしれない。どっかのえっちぃ漫画の主人公なら、ここでチカンするどころか相手のヒロインの服をずり上げて脱がせて顔をパンツに埋めたりしててもおかしくないシチュエーションだし、そうだ、俺の人生に潤いを与える上で必要悪的なものなんだよ、ライフラインなんだよいわばこれは! 今まで彼女ができなかった、それどころかろくに女子と関われてなかった! 俺にもやっと大好きなラノベの主人公になるときが来たんだよ! ええい何を弱気になってるんだこの根性無しめ、そんなんだからいつまでたっても童貞のままなんだよ! 自分に正直になれ不必要なモラルなど捨てろ、ええい辛抱たまらんッ!
「くにのぶぅぅぅ〜、助けてぇぇぇぇぇぇ…………」
「クァハッ……!」
む……無理だ。蓮が足をジタバタさせて、スカートの見える見えないのホライゾンがとんでもなく高数値を叩き出してチラリズムしている。
それだけでもう満足だと思ってしまう俺に、そんな思い切ったことはどうせ出来ないんだ……! 俺は、生まれついての童貞だったんだ……………ッ!!
「あぁ…………いま、出してやるからな……くっ、うぅ……」
「……な、なんで泣いてるの?」
「べつに……」
冷静にひとつずつ、自分の体の周りからゴミ(もはや言い直す気力も起きない)を取り除いていき、手足を動かしても何にも引っかからないことを確認して、おそるおそる立ち上がった。
そのとき、上体角度が上がっていくのにつれて、背中に乗っていたらしい何かが足元に落ちてきた。
……緑色のカバーが掛けられた、手帳のようだ。
いかにも手がかりって感じだけど、どうだろうな……。
「……い、いやぁ……邦信どこ行ったの、はやく助けてぇぇ……」
「あ、あぁ。悪い悪い」
#
「ふーん……ナゾの手帳、ね」
「手帳にナゾも何もないだろ……見たところ普通だし」
「邦信ってつくづく脳ミソがないわね。のちに幽霊になって出てきた小説家が遺した手帳なのよ? それだけでナゾじゃない!」
「幽霊云々はこの際カンケーないとは思うけど……。ま、とりあえず読んでみるか」
俺は、本当に何気ない気持ちで手帳を開いたんだ。
そして、最初の1ページ目で眉をひそめた。
最初のページに……真っ白なページのど真ん中に、意味ありげに二行だけ書かれていたメッセージのその内容は、こうだ。
「……『私が死んだあとにこれを拾った者へ。
この手帳の存在を、科学者に知られるようなことがないように』……」
蓮と2人、首を傾げる。
「科学者……? なんで科学者に知られちゃいけないの?」
「この人は小説家なんだから、論文を盗まれるとか変な細胞作られるとかはないだろうに……」
「……とりあえず、続きを読んでみましょう」
そして。
次のページを開いて…手帳の3ページ目の1行目を見た瞬間、俺の網膜に焼き付いた実像と幻覚が、万華鏡のようにきつい色遣いでフラッシュバックした。
アカサの幽霊。
『お前が殺した?』と延々問いかけてくる悪夢。
栄さんの話。
過呼吸になって眩む視界で見た、あの廃ビルの天井。
………なぜこの女が、それを知っている?
書かれていたのは。
「……『プラシーボ世界論と世界改変計画』……」
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