曲解メランコリィ
吹奏楽の練習も終わったらしく、夕暮れに照らされた校舎は、よくあるロボットアニメで機体が爆発する直前みたいな、明るすぎて不安に駆られるオレンジ色をしていた。
俺とサブは、再び食堂前の休憩所に座っている。
もはや、お互いに何もかける言葉がなかった。
――美濃先生と話したあと、先生から実験に参加して放電を受けた生徒を聞き出して、そのうち今日学校に来ている何人かに同様の質問をした。
「……そういえば……いつの間にか彼女と別れてたんだ。最近デートしてないなと思って、いつもみたいに誘おうとしたら、つい一昨日別れ話したばっかじゃない、って言われてさ。そんな記憶無いのになと思ってたら……マジ? そんなことあんの?」
「昨日誕生日だったんだけど……私、お母さんからプレゼントとしてピック渡されたのよね、ギターの。なんでこんなのプレゼントするんだろうと思ってたら……私、バンドに入ってて、エレキギター担当らしいのよ。そんなの全く身に覚えがないし、なのに文化祭でライブやるとか言われるし、どうすりゃいいのやら……。たしかにロックは好きなんだけどさ」
「記憶喪失ですか……。あーそういえば……記憶喪失ではないですけど、昨日買ったはずのゲームがどこを探しても見つからなくて、しかも財布からゲームを買ったぶんのお金が減ってなくて……それで公式サイトを調べてみたら、そもそも発売は延期したらしくて。『深海戦記モルワイデ6』っていうタイトルで、世界一ソフトウェアから出てたはずなのに……」
恋人との関係が終わったこと、自分がバンドに参加していたこと、ゲームの発売が延期になったこと。今まで確認を取った中では、全員、何らかの記憶を失っていることになる。
……いや、最後のひとりに限っては、記憶を失っているという言い方では語弊があるか。
『ゲームを買った記憶があるのに、そのゲームはまだ発売していなかった』という彼の証言から考えると、彼の脳に起きたのは単なる記憶喪失ではなく、『記憶の書き換え』ということになる。
記憶が改ざんされ、あるはずのない記憶が埋め込まれているのだから。
つまりあのレールガンには、記憶を消去する能力だけではなく、記憶を書き換える能力も備わっているということになる。
本格的に鳥肌が立った。
誰しも、忘れたい記憶や忘れさせたい記憶があるだろう。
もしこれを改良して、レールガンの放電1つで、自由自在に人の記憶を操れるようになったら。
窃盗はバレない。元の所有者から、盗んだ物の記憶を奪えばいいのだから。
殺人はバレない。目撃者にレールガンを撃って記憶を奪えばいいのだから。
大抵の犯罪、不正は、それを使うことで完全犯罪が簡単に成し遂げられるようになってしまう。うまく応用すればデータの改ざんもできるし、例えば政治家に『〇〇が機密事項であること』を忘れさせれば、簡単にその機密情報を手に入れられる。
記憶消去を犯人が自由に行える以上、前もってできる対策や警戒も、その記憶さえ消されてしまったら手も足も出ない。
一般に普及して犯罪に使われる前に、このレールガン開発を巡って、大規模な諍いが起きる可能性もある。
頭の中にはもう、『そんなの考えすぎだ』と言ってくれる俺はいなかった。
「…………なぁ、邦信」
どちらも何も言わない、気まずい静寂を打ち砕いたのはサブだった。
短い言葉だったが、それでも強い後悔と落ち込む気持ちが伝わってくるその声に、俺の肩は勝手に震えやがった。
返事をすることができない。
あんなに調子よく、記憶喪失はレールガンのせいじゃないって言ってたのに。いざそれを認めざるを得なくなると、何も言葉が出てこない。
俺が返事をしないことに特に何も言わず、サブはぽつぽつと言葉を続けた。
「実験に参加するのは自己責任で……あらゆるリスクを考えないといけないって、先生言ってたよな。……俺は、なんにも、考えてなかった」
「……………………」
「だったら、責任を取らないといけないよな……」
「やめろ! 何するつもりだ!?」
妹子の記憶喪失を自分のせいだと言った時の、サブのあの絶望に染まったような顔が思い浮かんで、俺は思わず立ち上がった。
責任を取る、という言葉は、夕日を背に力なく立っている今のサブには、あまりにも似合いすぎていた……悪い意味で。
だが、そんな最悪の想像を、サブは即座に否定した。
「俺が死んだところでなにも元に戻らねぇだろ……そんなクソの役にも立たねぇようなことじゃねぇよ……」
「……………………そうだな、ごめん」
一応引き下がるような形になったが、それでもフラフラと歩くサブの背中はどこかまだ危なっかしい。
ゆらり、と振り返る。
落ち込んで眉を下げながらも、その目は、何かを決意したようなオレンジ色。
「……俺は、今回の実験でみんなが無くした記憶を復元するために、アレを最後まで研究する」
「ば……! バカかお前!?」
「バカだよ! 今回の件で分かっただろ……俺はみんなを危険に晒しておきながら自分の身の心配しかしてなかった、最低のバカだ! バカなりに責任を取るんだよ!」
「記憶の復元なんてできるわけない! 大体、それを研究するなら、何度も実験台を使って実験する必要があるはずだ、そいつはどうするんだよ!? また誰かの記憶をメチャクチャにしてしまうかもしれないんだぞ!?」
「言っただろ、俺の責任だって……」
「………………!」
「……俺が何度もレールガンを撃たれればいい話だ」
カッとなって、サブの胸ぐらを掴んだ。
今にも殴り掛かられそうな体勢だというのに、サブの目は、眉は口は頬肉はひとつも動きを見せず、悲壮に満ちた顔のまま、力なく俺を見上げるだけだ。
今日、実験を行う前の、いつもの調子乗りなサブの姿が、どうしても今ここにいるサブと重ならなくて、胸が締め付けられた。
手から力が抜けて、サブが解放される。
……我ながら、らしくないことをしたと思う。いつもは無感動で、こんなに人に怒るようなことは、今まで生きてきて一度もなかったのに。
「……責任なら俺にもある。記憶復元の研究は、俺も一緒にする」
「…………邦信……」
「絶対にこのまま終わらせたりしない……すぐに記憶が戻るだろうなんて都合のいい妄想に逃げたりしない……! 妹子との4年間の腐れ縁を、忘れたままになんて、なかったことになんてさせない!」
スマホを操作して、ある画像を表示。サブの鼻っ柱に突き付ける。
『深海戦記モルワイデ6』の公式サイト、そのトップ画面だ。
「最後に話を聞いた、ゲーム発売延期の記憶を無くしていた男子……2年2組の
「そうか……『記憶を書き換える』って形で『記憶の復元』が可能かもしれない、ってことか……!」
「さっき、ただの学生風情に記憶消去装置を作れるワケないって言っといてこんなこと言うのは、ムシがよすぎると思うけど……
あえて言おう、記憶書き換え装置は俺たちが作る!!」
スマホをしまって、サブに向かって右手を差し出す。
夕日は半分沈みかけていて、蒼とオレンジのグラデーションが、闇の中で燻る火種のような立ち上がる勇気の色を、見る者の瞳に与えていた。
俺の右手を戸惑うように見つめたサブは、視線を逸らした先でそんな美しい空を見つけて、息を漏らした。それが感嘆から来るものなのか、ただの嘆息だったのかは分からない。
だけど、いつもと同じ……とはいかないまでも、小規模な笑顔をたたえて、サブは俺の手を握ってくれた。
「悪いな……相棒、頼めるか?」
「任せろ、相棒」
お互いに頷きあって、手を離す。
「実は俺には、記憶とか脳科学に強い知り合いがいてな……その人の力も借りよう」
「……分かった、あまりほかの人を巻き込みたくないけど……その人に放電を受けさせるわけでもないし、四の五の言ってられねーよな」
「ちょっと変わってるけど、頼りにできる人だ。期待して待っててくれ」
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無題 Name:れぞなんす
めっちゃお断りするわ
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「…………………………」
頼りにできなかった。
家に帰ってさっそく双子葉ちゃんを開いて、いつもオフ会メンバーだけで喋っているスレを開いたら、ちょうど『れぞなんす』……栄さんがインしていたので、事情をかいつまんで話し、協力を仰いだのだが……。
33-4。な阪関無。
惨敗やでこれ。
パソコンの前でうなだれること数秒。
……まだだ、この程度では諦めないぞ。
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無題 Name:前回覇者
そこを何とか!
助けると思って!
無題 Name:れぞなんす
いや、別に覇者くんを助けたいという気持ちは
毛ほどもないのだけれど…
無題 Name:前回覇者
じゃあ騙されたと思って!!
無題 Name:れぞなんす
もっと嫌なんだけど!?
無題 Name:れぞなんす
大体、前にも言ったと思うけど、
死んだ人を生き返らせたり、記憶を消したり復元したり、
そんなことは、人間がしてはいけないことなのよ。
無題 Name:れぞなんす
事故で記憶を消してしまう形になったのは仕方ないとしても、
それを回復させるために意図的に人の記憶を操るなんてダメ。絶対ダメ。
無題 Name:前回覇者
姪っ子の記憶を失ってしまった人もいるんです!
記憶操作はこれっきりにしますから、どうかお願いします!
脳科学者としてのれぞなんすさんの力を借りたいんです!
無題 Name:れぞなんす
ダメ(乂´∀`)
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ダメ(乂´∀`)じゃねぇよ28歳!
……と打ち込んで『書き込む』ボタンを押そうとしていた右手を、すんでのところでどうにかマウスから浮かせて、文章を消した。
危ない危ない。俺はあくまでもモノを頼む立場なんだぞ、弁えろ。
自分の頬を叩いて、再び画面を見つめる。
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無題 Name:れぞなんす
『美人すぎる脳科学者として高専で特別講義してください!』とか、
そういうお願いなら聞いてあげてもいいゾ☆ (*/∇\*)
無題 Name:前回覇者
いいゾ☆ (*/∇\*)じゃねぇよ28歳
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2回目にして我慢の限界だった。
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