ロマンチスト

じんくす

ロマンチスト

 家族三人の夕食って、冬の季節では珍しい。この季節のママは、お仕事で特別に忙しいから、いつもは私と妹の二人っきりで、ママが朝早くに起きて作った料理を温めて食べる。パパは、いない。


 ママが起きるのは、だいたい五時くらいで、カタコトする音で、私も一度、目が覚める。けれども、素敵な夢がもったいないから、あっという間に、にんまり顔で夢に戻る。ママはシャワーを浴びて、髪の毛とお顔を整えて、一日分の料理を作りはじめる。朝食と、私と妹の学校がない日は昼食も作って、夕食も作る。そうして、朝食はお台所のテーブルに置いて、サランラップを被せて、残りは、女三人の暮らしには大きすぎる冷蔵庫に入れておく。テーブルの上には置き手紙が決まって一枚。六時半くらいには、仕事に行ってしまう。まだ寝ている私と妹に、キスくらいしてもいいのに。


 たまに、朝の時間に余裕があると、私の寝室のぞいて、声をかける。


「ママ、行くわね。朝食しっかり食べてから、学校に行くのよ。いい? 起きてるの?」


「うーん……」


「もう、お姉ちゃんなんだから、しっかりしてちょうだい」


 本当は私、ねぼすけなんかじゃない。二度寝をしたって、六時にはパチリと目を覚ましてる。ベッドから出ないだけ。でも、起きて元気な顔してはっきりと、「いってらっしゃい!」なんて言えない。何でかは、分からない。少しでもお話したいのに、いざ、機会ができると、恥ずかしがる。素直じゃないの。


 ママが帰ってくる時間はいつも、シンデレラタイムを過ぎていて、でも、たまに二十二時くらいに帰ってくる。普段なら私、ベッドの中で読書をして、うとうとになるまで起きているんだけれども、ママが帰ってくると、慌てて本を閉じて、電気を消して、顔まで布団をかぶっちゃって、寝たふりをすることがある。


 ママが寝室をのぞく。


「起きてる?」


 なんて、静かに尋ねる。


 私は寝たふり。


 ママは静かにドアを閉める。


 そうして、次は妹の寝室に行って、「おかえり!」という元気な妹の声がして、「ただいま!」という嬉しそうな母の声が壁越しに聞こえてきて、今日一日のお話を妹がして、ママは、うんうんと聞く。私もそうすればいいのに、寝たふり。うるさくて、寝れやしないと、へそ曲げる。



 今日のママは、朝食だけ作って仕事に行った。置き手紙には、「今日は早く帰るね。鍋をしましょう。トマト鍋の素を買いました。トマトだなんて、面白くなぁい? 今日は絶対、お菓子は食べないこと! 十九時には帰ります。鍋の準備だけは、しておいてください」と、あった。ママが見ていないところでは、私、ちゃあんと素直な娘。


 ママは約束どおり、十九時に帰ってきて、トマト鍋を食べた。味はイマイチで、けれどもそれがおかしくって、「これ失敗ね」と、笑いあって、久しぶりに私の話をママに聞かせられたものだから、美味しくなった。


 冬の季節は、ママ、とても忙しい。十九時に帰るなんて、ありえなくて、だから、食事が終わると、私と妹が洗い物をして、ママはお台所のテーブルにノートパソコンと書類を広げて、仕事をはじめた。仕事用の可愛くない黒縁メガネをかけて、滅多に見せない、厳しい顔。無理をして仕事を持ち帰って、慌てて帰ってきたのだ。嬉しいけれども、慌てて事故にでもあったら、私と妹はもう、二人ぼっちだよ? 分かってる?


 妹は居間のホットカーペットの上に仰向けになってだらしなく、テレビを観て、ケラケラと笑っている。お風呂にもまだ入らず、外行きの服を着たまま、おへそがちょっと顔を出してる。まったくだらしがない。そのくせ、私より三つも下なのに、ブラジャーなんかして、二つの小山をそこに作ってる。私より豊かなんだから、ちょっと、イライラする。


 痩せっぽっちの私は、できた姉だから、洗い物を終えるとすぐにお風呂に入って、髪も乾かして、パジャマに着替えてから居間に行って、ソファでおとなしく読書をしていた。自分が読んでいる本を誰かに言うなんて、することはないんだけど、十九世紀イギリスの女性作家が書いた、時代物を読んでいる。もっとも、発表当時からしたら、現代物なんだけれども。本のタイトルまでは、どうだっていいでしょ? 私、誰かが読んでる本とか全然興味がないし、私が読んでる本を自慢してるって、思われたくもないし。「あぁ、難しそうなの読んじゃって!」とか、小学生の時に嫌な女子に言われてから、ちょっと過剰になってる。


 面白い本だけど、あんまり集中できなくて、後でまた同じところを読み返すはず。妹のテレビがうるさいんじゃなくて、ママを、ちらちら見てしまうから。ママ、日に日に歳をとっているのが分かる。あんまり見ないから、変化が良く分かってしまう。この間、三人で夕食したのは二十日も前のこと。ママにお休みはない。だから、今日はほとんど二十日ぶりのママ。


 髪の毛が特にかわいそう。昔は素敵な長い髪だったのに、今は手入れが億劫になって、ショートヘア。ヘアカラーも、白髪染めだけになって、それも頻度が落ちているのか、ホットミルクを作ろうとお台所に行った時、わざとママのすぐ側を通って、頭頂部をちらっと見たら、つむじの白髪が目立ってた。それだけじゃなくて、キューティクルもカサカサで、細くてコシがなくなったようす。女性の薄毛もあるっていうから、本当は綺麗なママがそうならないか心配して、目が熱くなった。


 ホットミルクを作って居間に戻り、妹に、「もう、お風呂入っちゃいなよ。ママが入るの遅くなるでしょ」と、ちょっと強引にうながした。性格は悪くない妹は、いつも私のいうことをちゃんと聞いて、テレビを消して、お風呂に向かった。これできっと、ママも少しは仕事がしやすくなる。


 ママは自分の部屋で仕事もできるのに、家で仕事する時は、決まってお台所のテーブル。冷えるから、足元には小さなストーブを置いて、上は暖かいはんてんを着ている。指先はどうしても冷たくて、時々、キーボードを叩くのをやめて、両手を揉んでいる。寒さを我慢してまで、お台所で仕事をするのは、私と妹が近くに居るから。一緒に家に居られる時は、少しでも姿が見えるところにいてあげたいという、ママの気づかい。


 パパがいないから、うちのお金はママ一人にかかってて、責任は重大で、職場でも偉い役職にあるものだから、苦労が耐えないはず。今年で四十二歳。四十代の女性なんて、今じゃ美魔女とか言って、綺麗な人が多い。ママも、どっちかというと美魔女ってくらい素敵だけれども、一日三時間だって寝れない日もある生活だから、美容と健康をどんどん犠牲にしている。いつか、ツケがまわって、ある日突然、おばあちゃんになっていそうで、もしそうなったら、なんでもないのにママを見るだけで涙がこぼれやしないかと怖い。


 私が働けるようになるのは、大学を出てからとすると、まだ八年も先だというのに、それまで母は、一人で我が家を支え続けなくてはいけない。高校生になったら、アルバイトしたほうがいいのかな。大学も行かないで、働きに出たほうがいいのかな。それとも、さっさと結婚しちゃうとか。とにかく、ママの負担を減らしてあげたい。


 けれども、いざ自分が何かをしなくては考えると、うんざりしてしまう。


……


 ホットミルクを飲み終えると、ママに、「おやすみなさい」と言って、寝室に向かった。ママはちょっと、名残惜しそうで、でも仕事もあるから葛藤して、「おやすみ」と返した。


 ベッドに入り、さっきの本をちゃんと読もうと思ったけれども、夕食で、らしくなく、ママに色々話したせいで、頭に色々と考えが浮かんじゃって、集中できないからやめた。


 電気を消して、真っ暗な天井を見つめた。


 ママに話したのは、どれも、ママが笑ったり、嬉しがるような内容で、嫌な話はできなかった。本当に一番聞いてもらいたいのは嫌な思いをした話だけど、言えなくて、思い出しただけで、無理に引っ込めて頭の隅っこに押し込んだから、今になって溢れてきた。


 こんな話。この間、学校で男子たちと口論をした。掃除を手伝わないだとか、合唱の練習に真剣じゃないだとか、あと、わざと女子の部室に卑猥な本を置いたりして嫌がらせするのが流行っているだとか、そういうのが積もりに積って、学校全体の男女問題になっていた。私はクラスでは真面目っ子なものだから、こういうお祭りごととなると、率先して前に突き出されてしまい、女子の代表になる。クラス会議で女子の意見を私が発表することになってしまって、小学生じゃあるまいし、集中力のない男子に腹を立て、つい、口調を荒げた。そんなものだから、男子からの反感を一気に買ってしまい、冷たく扱われるようになった。それまで普通に話をしていた男子も、急によそよそしくなった。


 女子も女子で、私一人に嫌な役をおしつけて、かねてから男子と対立していた嫌な女子グループなんかは、たいして男子から悪い印象を受けてなくて、それどころか、むしろ仲良くもなったりして、なんだか私、陥れられたみたい。


 昨日、遅くなった部活動の帰りに、同じクラスの武里君と自転車置き場で一緒になってしまい、私は、早く帰ろうと慌てて自転車に荷物を括りつけようとした。慌てたものだから、ヘルメットを落としてしまい、それが武里君のほうへと転がった。彼は拾って、渡してくれた。でも、彼は無言で、私は、「ありがとう」と、顔は見ないで言葉をかけ、受け取って、背を向けたら、自分がとんでもない嫌われ者になったんだと思って、唇が震えて、涙も溢れてきた。肩を震わせたり、声に出そうだったから、スポーツバッグから何かを探しすふりをして、武里君がさっさと行ってくれるよう、願った。


 支度を整えた武里君が、自転車を押して、私の前を通り過ぎようとしたら、とまって、声をかようとしているのが分かったんだけど、結局何にも言わずに行ってしまった。


 何か期待したわけじゃないって言えば、嘘になる。そうして、一言くらい、あってもいいんじゃないのと、ムスッとして、泣いてる自分がばかばかしくなった。


 今日の学校は、もう普通で、男子の冷たさとか、よそよそしさなんか気にならないっていうか、最初からそんなのなかったみたいになって、私が勝手に嫌われていると勘違いしてただけみたい。女子の嫌なグループは相変わらずだったけど、別にどうでもよくなった。 


 ただ、お友達以外、私に酷いことしたって誰も思ってないのは、気分が良くなかった。しれっとしてて、謝ることを、知らないのかしら? そうまでして、自分は悪くないとか、大したことないだろって思いたいのかしら? 謝りなさいって言われなきゃ謝らないなんて、お子様じゃない。


 ほんと、男子も女子も、いい歳したお子様って大嫌い。もうすぐ十五歳になるのに。十五っていったら、昔なら男も女もしっかり自立心を持ってたわ。けれども、今のそれくらいの歳ときたら、幼稚園児や小学生低学年が夢中になるんじゃないのっていうお遊びしたり、かと思えば、嫌らしいことに夢中になって、知識だけ蓄えてロマンチズムなんかまったく勉強しない。かといって、リアリズムもありゃしない。


 あぁ、結局、私が言いたいの、これなの。今の日本って大嫌い!



 私、こんな日本でどうやって生きていけばいいのか分からなくて、死にたくなる。でも、ママが悲しむから死なないだけで、ママが死んだら、私も、死んでしまうかもしれない。多分、これ、太宰治のせい。


 希望がないんだから、将来に不安でしょうがない。さっき、ママのことを心配して、私も早く自立しなくちゃなぁって思ったとき、うんざりしたのは、これが原因。ほんと不安でしょうがないの。将来、働くにも、結婚するにも。


 理想はね、外国に行って、勉強して、働いて、そっちで結婚したい。どの国でもいいわけじゃなくて、イギリスか、アメリカで、アメリカといっても、西海岸や東海岸じゃなくて、南部でもなくて、都会じゃない、のどかな田舎がいい。西部の大自然もいいかも。どこにしろ、ちょっと不便な生活をして、電話やインターネットはあるんだけれども、手紙を書く。向こうで友達になった人たちや、日本のママと妹にも。編み物したり、本を書いたりしながら、シワを増やしていきたい。旦那様は、もちろん、外国人。


 こんな理想、素敵だなって思うも、私は臆病だから、一人で外国に行くなんて絶対無理。英語は得意なんだけれども、実際の外国は、怖くて怖くて、誰にも話しかけられないかも。その前に、私って一人で電車に乗るのも戸惑ってしまうんだから、飛行機なんて考えられない。だから、何かとてつもないことが起きて、ママが急に、「来年、私たちは全員で海外に引越すわよ!」なんて言わないかと、期待している。


 日本人と結婚なんかしたくない。ちっちゃい島国のくせに息巻いて、大きなアメリカの車に乗って自分を大きく見せたり、もっと自分に似合う格好があるだろうに、雑誌の外人モデルの格好を真似してみたり、無意味な横文字を会話に盛り込んで知的ぶったり、政治家だって、外国の文句言うなら、横文字なんか使うんじゃないわよ。それに、「和スイーツ」ってなによ? ばっかじゃない?


 日本でも、戦後復興の時代は、私、好きなの。大きな目標があって、未来を感じることができた。厳しい時代だったんだけれども、ロマンチズムに溢れていた。敗戦国だからって沈み込みすぎやしないで、明るい希望を持って、たった十年で戦後復興を成し遂げたなんて、日本人の大きな誇り。私にとってのロマンチズムは、“不便”と“苦労”の二つの言葉につきるの。だから、大変だった時代に憧れる。


 世の中不況っていうけれども、今の大人たちはいったい何が不満なの? 自分一人が生きるだけのお金なんか稼げるくせに。経済力もないのに結婚して子どもをつくって、それで、タバコとかアルコールとか嗜んだり、乗り物も持つんでしょう? 「お金がありません」なんて、言うんじゃないわよ。自分で自分の首を絞めて、最後には本当に首を絞めて死ぬ人もいる。同情なんかできるわけないじゃないの。自業自得よ。


 こんな日本、大嫌い!


 もちろん、全部じゃない。友達や、ご近所さん、妹に、ママ。大嫌いな日本の中にも、愛おしい人はちゃんと、いる。パパのことだって、愛おしい。


……


 パパは、大学生の時に年上のママと結婚した。私が出来ちゃったからで、パパは責任をとった。両方の家族は大反対して、二人は駆け落ちに同然で夫婦生活をはじめた。パパは大学を辞めて働きはじめたけど、ママと生まれてくる私と、いきなり家族を守る大役を任されたことは重圧で、死ぬ物狂いで働いた。昼間は機械作業の工場で、夜はファミレスのデリバリーのアルバイトをしていた。母は年下の若い男と遊んで、子どもを作ってしまったのだと悪い噂を立てられて、有名なアパレルブランドの社員だったのに、体裁を失って、辞めることになってしまった。でも、ママはそれで良かったみたいで、子育てに専念して、必至に働くパパを支える主婦になった。


 私が大きくなると、ママは仕事に出ることを考えはじめた。生活が大変だったから。この頃は、家を買うのを夢見て、家族三人、団地暮らしだった。でも、妹ができて、またパパ一人で働かなければいけなくなった。覚えてないけど、言葉もまだたどたどしい私が、「いもうと! いもうと!」と、せがんだらしい。


 ママは子育て、パパは働いてばかりで、夫婦の時間って、全然なかったと思う。私と妹が大きくなって、自立したら、うんと二人で夫婦の時間を埋め合わせようと、それを楽しみにしていたかもしれない。けれども、それは、叶わなかった。


 五年前、パパは車にひかれて死んでしまった。相手は飲酒運転で、パパの事故はニュースでも随分と大きく取り上げられた。テレビの取材もたくさん来たけれども、そういうのは、ママが受け付けなかった。


 この事件、単なる飲酒運転じゃなかった。相手は飲酒運転に間違いないのだが、社会人になったばかりの若い男性で、職場の飲み会に行って、車で来ていたというのに、無理矢理で断れずに一杯だけ飲んでしまった。そのうち電話が入って、職場の先輩に迎えに来いと強く言われ、飲酒運転になることを伝えるも、「いいから来いってんだ!」と、脅され、行ってしまう。お酒は飲んでいたが、運転を誤まるほどではなかった。ただ、激しい心労で気が参っており、眼は涙で曇ってしまい、夜で、雨も降る中で視界が悪くて、横断歩道を渡ろうとしていたパパを跳ねてしまったのだ。どういう魔法を使ったか分からないが、酷い職場とか、飲酒運転をするはめになった背景はおとがめなしで、若い彼だけが悪人となり、21歳で人生が終わったも同然になった。


 もちろん、パパを殺した男は一生許されるべきじゃないけど、その背景はもっと許せない。ママは、私と妹のために、過去を振り向かないよう強く立ち直り、ファッションの仕事に復帰して、五年間のうちに独立して、大きな仕事をするようになった。


 強いママに比べて私は、パパに起きたことを、全部、今の日本のせいにした。車なんか殺人マシンで、ちょっと前まで、学校でくっだらない馬鹿話をしていた学生とか、戦争ゲームに夢中になってる大人とか、近いうちに天国に行くんじゃないかって高齢者も運転してるなんて、狂ってる。十四歳の私にそう思えるのに、どうしてもっと偉くて賢いはずの大人が、それを不思議に思わないのだ。


 こんな日本で生きていくなんて、嫌だ。社会の一つに組み込まれて、悪人の手先になるだなんて。結婚も嫌だ。自分がもし、愛しちゃった男の人が、平気でタバコをポイ捨てしたり、不正に手を貸していたり、借金作ったり、酒に溺れたり、私や子どもに手をあげたり、浮気して捨てられるんじゃないかって考えなきゃいけないなら、結婚なんて地獄よ。ママとパパのようなケースは、このどうしようもない現代社会の、貴重な稀な愛なんだ。パパとそっくりな人がいたら、私はその人に尽くして、毎日の洗濯も、料理も苦労じゃないし、どんなにお腹が空いていても、大好きな人が帰ってくるまで、夕食を我慢できる。先に死なれてしまっても、一生愛し続けるし、そういう人間になる自信はある。けれども、この先、どんどん便利になって、苦労がなくなって、ロマンチズムは失われて、素敵な男の人はそのうち絶滅しちゃうんだ。


 外国に行きたい、なんて言ってるのは、知らない世界だから。多分、行ったら行ったで、そこでも汚い世の中を見つめちゃって、ロマンチズムがないと、幻滅する。


 この世の中で生きている私の将来は、どうなるの? まともな仕事なんかできなくて、結婚もできそうになくて。お見合いとかするのかな。それとも、結婚相談所とか、頼るのかな。そうして出会って、恋愛なんかないままに結婚する。「愛してる」とか毎日言い合って、抱きしめて、キスとかはしない。会話もなくて、ろくに相手を知らないうちに、どっちかが先に死ぬ。それでも、ましかも。結婚しないで、スーパーのパートのおばさんになって、歳をとっていく。いいや、私、人をすぐ嫌いになるから、接客なんてむりだ。嫌らしい男どもに囲まれる工場とかの、事務員かも。やっぱり嫌だ。そうだ。ママのお仕事を手伝いたい。結婚しないで、ママと一緒にずっといればいい。それがいいかも。


 妹はきっと、早く結婚しそう。今はだらしないけど、きっと可愛くなる。今のところ背は高くないけど、胸が大きいから、きっと背も伸びるはず。太ってないし、顔も、良いと思う。性格は明るくて、男友達もいるし、恋愛とか、簡単にするんだろうな、こういう女の子は。結婚して、たくさん子どもを作って、不幸なことなんか考えなくて、幸せになる。


 パパをほとんど記憶に残さなかった妹が羨ましい。私が妹だったら良かったのに。そうならきっと、真っ暗な部屋でベッドに入って、これから眠るって言うのに、こうやって色々考えて、気がついたら、ロマンチズムがないとか言って、パパの話になって、涙を流すこともないんだから。


 あぁ、きたきた。最後は決まって自分を嫌悪する。ろくな知識も経験もないくせに、社会の不平不満を訴える、くだらないリアリスト。私は全然、ロマンチストじゃない。


……


 考えて、泣いて、疲れちゃった。


 こういう酷い夜って、今日がはじめてじゃない。


 これは私の日常。



 もういいや。考えが、鈍ってきた。


 こうやって、眠りに落ちていく瞬間が、たまらなく大好き。


 私、夢を自在に操れるの。好きな夢を、見に行けるの。



 今日は、そうだなぁ…… 二十世紀はじめのイギリスにしよう。


 父親は鉄鋼業で財を成した裕福な人で、私は中産階級でも上の方の娘。使用人は四人。学校には行かなくて、ガヴァネスに勉強を教わって、その人とは恋愛の話もしちゃう。でも、お父様といけない関係になりかけて、お母様に追い出されてしまう。大きな家庭不和はこれくらいで、私は十七歳になって社交界デビュー。最初の舞踏会で、たくさんの男性と出会って、そのうちの一人とラヴレターを送りあうの。一年もすると、気持ちが抑えられなくなって、結婚。


 けれども、ハッピーエンドじゃないの。結婚早々に世界戦争がはじまって、夫は戦争に行ってしまう。私は神様に無事をお祈りし続けるんだけど、戦死の知らせを受け取ってしまう。しばらくは打ちのめされて、何度も死のうとするんだけれども、何にもない世の中になってしまって、不便と苦労が私を強くする。そうして、悲しみを一生背負いながらも、新しい家族に恵まれて、人生を歩んでいく。



 やだなぁ。私、また、にんまりしてる。


 あぁ、夢から戻ってこなければいいのに……



 でも、それはだめ。明日は吉美とショッピングモールに、マフラーを選びに行くんだもの。それから、純愛映画を観る。二人だけのお出かけって久しぶりだから、色々、話ができるなぁ。親友の、女の子同士の、ヒミツの話。こんな寝る前に思う陰気な話じゃなくて、もっと、いいやつ。


 可愛いものに黄色い声をあげて、甘いものを口にしたらパタパタはしゃいで喜んじゃって、あそこの生クリームたい焼き、なんていう、和スイーツも普通に食べるし。洋服なんか、お店で眺めるだけでも幸せで、試着して、きゃあきゃあ騒いじゃう。大人の男性を見かけると、素敵だなって思って、目で追ってしまう。私は、珍しくもなんともない、十四歳の普通の女の子。



 思春期って、こういうことでしょ?



 さぁ、もう寝るの。

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ロマンチスト じんくす @jirennma

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