第7話
なんとなく、少し味のある、古い建物を思い浮かべていたけれど、大介の家は綺麗な新築のマンションだった。
「俺が高一んときに建て替えたばっかなんさ」
照れくさいのか、大介はそっけなげに言う。この、「なんさ」という大介の独特の言い方が、優しくて私は気に入り始めている。
だけど彼がドアを開けた先が、電気の消えた薄暗い風景で、私は一瞬ぎゅっと身体に緊張を感じた。
「ほい」
大介は手際よく、お客さん用のスリッパを私の前に置くと、自分の家らしくずんずん進んでいく。薄茶色のフローリングの伸びる廊下を、大介に続いてまっすぐに行くと、リビングだった。パッ、と暖かい明かりが、私が着くより一足先に灯った。
「寒いな。ちょっと待ってな、床暖つけてやっから」
「床暖あるの?」
「うん」
大介は、壁についた床暖のリモコンらしきボタンをぽつぽつといじった。
「ちょっとだけ、あそこでくつろいで暖まっててくれる? 俺部屋を片付けてくっから」
大介が示したのは、テレビと向かい合わせで置かれた、長ソファだった。そして大介は私のためにテレビをつけると、パタンとドアの音だけ残して、リビングからいなくなった。リビングに続いたまっすぐな廊下の、いくつかあったドアの一つが、大介の部屋なのだろう。
私は腰掛けながら、ぐるりと見渡してみた。テレビを囲むように、直角を作って二つ置かれた白い長ソファ。夜には家族が集まったりするのだろう。壁に掛けられたカレンダーも植物も、淡い色ばかりが置かれた小綺麗なリビングは、一つのしっかりとした、家族の気配を感じさせた。そしてそれを見つめていると、逞しく見える大介のひと皮内側も、こんな風に淡くって、まだまだ守られているんだ、なんて私は少し思ってしまった。
バタンッ、とドアの音がして、大介がリビングに戻ってくる。
「さっみぃー!」
「大丈夫?」と私は笑って立ち上がった。
「寒すぎる! ちょっと一旦、休憩!」
スリッパを引きずって、私の隣まで駆けてくると、彼は床の暖かさを求め、胡座をかいてその場に座り込んだ。
「あったけぇ・・・・・・」
私も、大介の視線に合わせて、その場にゆっくりと座り込む。すっかり暖まった、優しい床から、ぬくもりがじんわりと手の平に、足に、染みてくる。
ふと同じ高さの、彼の真剣な眼差しが私を捉えた。レースのカーテンの隙間から入る、強い夕焼けが彼の右頬を照らす。
ゆっくりと、大介の手の平が伸びた。それはそっと私の頬に触れ、静かにまた離れていく。
「・・・・・・冷たい」
「え?」
「寒かったの? まだ」
「ううん」
私は答える。本当はちょっとだけ、床暖房だけでは寒かったのだけれど。
「ありがとう、暖かいよ」
私が言うと、大介はなぜかふっと噴き出すみたいに笑った。
「ありがとうって。こんくらいで。可愛いな」
「・・・・・・そお?」
「うん。俺って、ずっと、寂しかったのかなぁ」
大介の顔から、またすっと自然に笑顔が抜けた。
「え?」
「いや、いくら優しくしてもさ、もっと、って、いっつも言ったの。俺が前に付き合ってた子は。お姫様でいられないと気がすまなくて」
「うん」
「マジで最後は疲れちゃってさ。俺からすっげー一目惚れして付き合ったんだけどね。けど」
大介の顔に、ねばついた笑顔が浮かび上がった。そして、ふっと、鼻で笑うように彼は言った。
「本当、顔だけの奴だった」
「え?」
私が言うと、大介は両眉をくっとあげ、とぼけたような表情になる。
「顔だけ?」
「うん。こんな奴まじでいんだぁって思ったけど、本当顔しかねぇ、あいつには」
そっと手紙を差し出す、莉珠の笑顔が、胸の内に浮かんでいた。控えめに咲いた、白い百合の花。
たった三ヶ月、莉珠と過ごしただけのこの人は、彼女のあんな表情を、きっと知らない。
「あ、ごめんな。でもまぁそんなのは昔の話だから」
私が黙り込んでいるから、大介は慌てて口を開いた。
「そろそろ、帰るね」と私は言った。
「え?」
そして、私ははっきりと別れを切り出した。
それは、心のなかにいる、航へのさよならでもあった。
ヴァージン・プリンセス 西川エミリー @Emily113
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