19 ――知世と理性はどこへ言ったんだい?

★★★

目の前には小柄な男がいる。見た目的に強そうには見えない。だがなぜだろうか?異様な殺気を放っている。

……わからないルル。

読めない。何を考えているのかわからない。『殺気』しか感じられず、その他の『感情』が感じられない。

紀亜が感じたのは紛れもなく事実。ロンドには『殺気』以外の『感情』は何もないのだ。

〈異賊暴〉第3使徒〈神友人〉少佐ドッデノ・ロンド。生まれは、異世界No.2地球。なぜこの男が〈異賊暴〉第3使徒〈神友人〉少佐に選ばれたのか。それは、その強さにある。ロンドは、地球で1番強い格闘家だった。過去形なのは過去だからだ。ロンドはある日突然、『殺意』以外の『感情』はすべて消えたのだ。そして、そのまま試合に出た。1回戦目、相手は死亡した。瞬殺だったそうだ。始まりのチャイムとともに、相手は心臓に穴を開けられて死亡した。ロンドの手が貫通したのだ。それをたまたま見ていた〈異賊暴〉第1使徒〈神炎〉隊長メーリスは、彼を第3使徒〈神友人〉に加入させたのだ。どうやらそれはロンドにとっていい場所だったらしい。今では少佐までのし上がってきている。

紀亜もロンドも剣術など使えない。

つまり、拳と拳の対決というわけだ。

まぁ私にこんなチビが敵うはずないけどルル。

「君が紀亜ってブスかな?」

「誰がブスルル!」

「はっ……所詮君はそこらへんの端くれと同じ……僕の相手をするということは、つまり『死』を意味する。戦う前に勝負はついてるんだよ」

「それはどうルル」

わからない。

「まぁ君も死にたいならそれでいいけど――ね!」

いつの間にか、ロンドの拳が紀亜の目の前に迫っていた。

ギリギリ受け止められる。

……なんちゅー速さルル!?

それはあまりにも速い。

「ほらほら、よそ見してると危ないよ?」

ロンドが紀亜を蹴る。

紀亜のバランスが崩れ、ロンドの拳を握ったまま倒れ込みそうになる。が、ロンドがもう片方の拳で紀亜の腹を殴り飛ばした。

紀亜は勢いよく飛んでいき、地面を高速で転がる。

途中で弱まって止まる。だが、すぐ目の前にはロンドの拳が迫っていた。

紀亜はそれを避けることができず、そのまま喰らってしまう。

地面が凹んだ。

ロンドが手を離すとそこには血がベットリと付いていた。

紀亜の頭は地面に埋もっていた。首が異様な形に曲がっている。

「あーあもう終わりか……つまんないの……」

ただのパンチだけでどうなったらここまでできるのか。

それはやはり『殺意』から来るのだろうか。

紀亜は瞬殺された。


その一方。ナンはというと。

〈異賊暴〉第1使徒〈神炎〉少佐エル・モダトと向き合っている。

第1使徒〈神炎〉のメンバーは隊長メーリスが選んだメンバーだ。つまり、手練中の手練が第1使徒〈神炎〉のメンバーであるということ。その少佐ということは、かなりの手練というわけだ。だが、そんなのナンには関係ない。

「おぬしがメーリス隊長殿の昔のお仲間でごわすか?」

「……え?」

ご、ごわすぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?何この喋り方ー!?ふざけてんのー!?バカにしてるのー!?

てめぇーの喋り方のほうがバカにしてんだろ!と言いたくなる。まぁー本人はそのつもりではないようだけど。もちろん、モダトもそのつもりはない。

「そうでごわすな?」

「あぁそうだがー?」

「ならばおぬしを……わしが成敗いたす!」

「いや待てー!落ち着けよー?なー?少しは話し合おうじゃないかチミー?」

動き出そうとしたモダトを慌てて止める。

なんだろう……この人は怖いのかな?

「話し合う暇はないでごわす」

「いやあるあるー!全然あるごわすよー!」

わざとらしくごわすを使っている。似合わねぇーよ。

「だってレオンなんてメーリスにかかればちょちょいのちょいだよー?お宅のリーダー何もしずに勝てちゃうよー?」

「嘘はやめるでごわす。レオン殿が強いことは把握済みでごわす」

「はっ何言ってんのかなチミー?レオンは今ものすごく弱いんだぜー?」

「それも把握済みでごわす」

「おい言ってることがごちゃごちゃだぞー!?」

「おぬしは時間稼ぎで喋っているつもりだろうが、わしにはそんなの通用しないでごわす。早速始め――」

「うんだから待とうかチミー!?」

「うるさいごわすな。ここで時間を潰している暇はないのでごわす。また面倒な者達も来るようでごわすし……」

最後のは完全なる独り言だった。それも、漏らしてはならなかった情報。

「ほう……」

それは完璧なる作戦だった。いや、たまたまわかった、というべきなのか。

アイツらも動き始めることはナンも薄々気づいていた。だがしかし、確証がなかったのだ。そこでなんとか知りなたいな、と思っていた時に、モダトが漏らしたのだ。あー素晴らしい。

「……誘導したでごわすな!?」

いや、してないんだけど。勝手にチミが言っただけですけど。

「ふんー……その通りだー」

なんとなくこういうセリフ言ってみたかったから言ってみた。

だが、それはモダトに金棒を持たせたような感じらしく、

「おぬしぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

いきなり、その巨体とは思えないスピードで手を振り下ろしてきた。

ナンはそれを後方にジャンプしながら避ける。

だが、それは間違いだった。

モダトは振り下ろした手を支点に、でんぐり返しをした。

その巨体は、ナンが避けたところに落ちる。

ナンはモダトの下敷きになった。

そのあまりの重さは、普通の人間ならば即死だろう。だが、ナンはそうではない。

巨体がぐらぐらと動く。

寝そべったモダトはそのグラグラで、横に転がっていく。

「おいいてーなー……ここは小学校の体育館じゃないんだぜー?」

多少……というか、結構血が出てるじゃん。大丈夫そうじゃないじゃん。

ナンはかなり怪我を負っていた。どうやら、キツかったらしい。

「おぬし……さすがはメーリス隊長殿の昔の仲間でごわすな。あれで死なないでごわすか」

巨体がゆっくり立ち上がる。

「ごわすごわすうるせーよー!もう喋んなー」

瞬間、懐から取り出した銃2丁でモダトを撃つ。

その銃弾がモダトを貫通する……はずだった。

その銃弾は確かにモダトに当たった。

その銃弾は跳ね返された。

モダトに当たったのは確か。だが、その銃弾はモダトの体で跳ね返されたのだ。

「な……」

そんな驚いている暇はなかった。

ナンは銃から剣を出し、そのまま突っ込んでいく。

モダトは動かなかった。

2本の刃がモダトを斬り付ける。

が、モダトの体に当たるとともに、剣が折れた。

「な……に……!?」

それに目を取られている間に、モダトが手を振り回した。

ナンの顔に直撃し、ナンは大きく吹き飛ばされた。

それに続くように、モダトが大きくジャンプし、飛んでいくナンの上に落ちた。

立った状態で落ち、両足がナンの背中にくい込んでいる。いや、そうなのかどうかわからない。

地面が凹み、ナンの背中は地面に埋もっていたのだから。

顔と足が地面から出て、背中だけが地面に埋もっているという、湾曲状態になっていた。

背骨が折れているかもしれない。

辺りに、ナンが吐き出したであろう血が散らばっていた。

ナンもほぼ瞬殺であった。


その光景を見ていたロンドはニヤリと笑った。

目標2人を殺した。かなりの出来だ。隊長に褒められるだろう。

が、不意に横から顔に衝撃を受け、ロンドは吹き飛ばれた。

そこには、『狼』のように四本足で立っている女がいた。目がものすごく見開き、口は『狼』のようにグゥルル!と言っている。

――紀亜だ。

「おいおい君、どうやら壊れたのかな?――知性と理性はどこへ言ったんだい?」

「グゥルル!」

どうやら喋れないらしい。

どうやらこれが本当の姿らしい。これが、『狼』である、か。

紀亜が狼のように走り出した。それはとてつもなく速く、一瞬でロンドの目の前まで迫っていた。

ロンドが拳を突き出す。

紀亜はそれを噛み砕いた。

ロンドのパンチを、紀亜は口で受け止めたのだ。

ロンドの右手首から先が紀亜の胃の中へと消えていく。

「へ、へへっ!きゃははははははははは!」

ロンドまでもがぶっ壊れた。

が、次の瞬間、上から落ちてきた何かによってロンドは後方へ大きく吹き飛ばれた。

そこに立っていたのは、『狼』だった。


★★★

「あれあれー?紀亜にはあんなクズが相手なのかな?」

「そうなんじゃねーの?」

天高いところから紀亜とロンドの戦いを見る者達がいた。

『狼』のような感じで、紀亜に似た男は笑顔でそれを見ていた。

「あーあ……紀亜が負けちゃったよ!」

「団長の妹だろ……なんで喜んでるんだよ」

「何を言ってるのかな?妹?俺にそんなのいないよ?……いるのは殺すべき者だけだ」

「はいはいそういうのわかったから……団長どうする?」

「……紀亜暴走しちゃったなー……じゃあ殺してくるねっ!」

「……了解」

「お前達は周りのゴミを削除しとけよ」

男はそう言ってそこから飛び降りた。

はぁ……めんどくせぇ団長だ。

残された者達は、遠回りして降りることにした。

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いや、異世界救う前に俺を救えよ 高橋創将 @takahasi0131

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