エピローグ

                    ~ epilog ~


 ベルンシュタイン城は、ようやく平穏を取り戻した。

 ホルガーは塵も残さず消え去り、金ピカ勇者はお星様となった(生死不明)。

 冒険者たちもまた、一仕事終わったと言わんばかりの笑顔で帰って行った。唯一、カーヤが疲労でフラフラしていたが。

 魔力(だったらしい。後でエーファに聞いた)を使い切った透子と、何やかんやでダメージを受けていた三兄弟は丸三日寝込んだが、どうにか回復。今はダンジョン再開のために訓練の日々。

 魔王アーダルベルトは相変わらず農作業に精を出している、と思いきや、戦いの傷跡が残りまくっている城内を直しているようだ。

 ホルガーがいなくなった他は以前の装いを取り戻したが、透子にとって一つだけどうしても無視できないことがあった。

(何だか、エーファ様に避けられている気がする)

 様式トイレで用を足しながら、透子はそんなことを考えていた。

 思えば、透子が目を覚ましてからである。透子と目が合うと、エーファは一瞬何かを言おうとした後、すぐに目をそらすようになった。もちろん透子に心当たりはない。

(もしかして、仮にもプロポーズしてきたホルガーを、跡形もなく消し去っちゃったのが悪かったのかしら。って、そんなわけないわよね)

 タイトスカートを上げ、ふるふると首を振りながらトイレを後にする。

「あ、エーファ様」

 廊下に出た瞬間、その当のエーファとかち合った。

「あ、う……」

 今までと同じだ。何かを口ごもり、すぐに去ろうとする。だがとうとう我慢の限界に達したのか、透子は意を決してエーファの手を取った。

「恐れながら! 最近、エーファ様に避けられているように思います。もし私に至らぬ点があるのなら言ってください。エーファ様のためなら、私は何でもできます!」

 勇者というよりは、騎士のような透子の言葉。ややあって、エーファは赤い顔を透子に向けた。

「……なら、一緒に来てください」


 連れてこられたのは、もう慣れっことなったエーファの部屋だった。この部屋もホルガーとの戦いで荒れに荒れたが、魔王はいの一番に直したらしい。もうすっかり元通りになっていた。また幸いなことに、エーファが大切にしていたピアノには、傷一つついていなかった。

「それで、話とは何ですか?」

「えと、その……」

 エーファは顔に朱を散らし、もじもじしている。トイレでも我慢しているのだろうか、などとはさすがに透子も考えない。あれは、何か言いたいけれど言い出せない顔だ。

「どんなことでも甘んじて受けます。何なりとおっしゃってください」

 助け船を出すと、ようやくエーファは深呼吸一つして口を開いた。

「あの……その……ごで話しかけないで下さい!」

 声が小さくて中間部分は聞き取れなかったが、最後の「話しかけないで下さい」ははっきりと聞こえた。

 一瞬頭が真っ白になったが、すぐに透子の脳内で演算が始まる。

 話しかけないで→私、あなたのこと嫌いです→シスコン→死んでください。

「……わかったわ」

 精一杯の笑顔を見せ、ベッドのシーツをたぐり寄せて部屋を出ていこうとする透子。

「ちょ、ちょっと待って下さい。どこへ行くんですか!」

「今まで迷惑かけてごめんなさい。ちょっと吊ってきます。あ、シーツ借りますね」

「どうしてそうなるんですか!」

 エーファは涙目である。透子は不覚にも萌えた。

「だって、話しかけないでって……」

「それがどうして自殺に……あっ! 違います。そうじゃないんです!」

 どうやら自分の声が小さかったことに気づいたらしい。エーファは両手をぶんぶんと振った。

「私が言ったのは、敬語で話さないで下さい、です!」

「敬語で……?」

 どうやら自殺しなくてもいいらしい。

「でもなぜ? 私はダンジョンチーフとは言え、エーファ様は王女です。敬語で話さない理由が見当たりません」

「それは」少し口ごもり、エーファは申し訳なさそうに言う。「トーコさんが、お姉さんみたいだからです」

 お姉さんみたいだからですお姉さんみたいだからですお姉さんみたいだからお姉さんみたいおねと、透子の脳内でエーファの言葉がリフレインした。脳内がバラ色に彩られ、天使が飛び交い、祝福のラッパが鳴り響く。

 透子は、ことさらきりっとした表情を作った。

「わかったわ……エーファ、私はあなたのお姉ちゃん。これでいい?」

「わあ、ありがとうございます! わたし、憧れていたんです。お姉ちゃん!」

「……!? もう一度言ってみて」

「え? お、お姉ちゃん」

「もう一度」

「お姉ちゃん。……あの、大丈夫ですか? 鼻血が出ていますけれど」

「ぷぁっ、だ、大丈夫よ。これはただの幸せの鮮血ハピネスレッドだから」

「そ、そうですか、うふ、うふふふ……」

 一瞬戸惑うものの、すぐに笑みを浮かべるエーファ。姉ができたことがよほど嬉しいらしく、踊るように部屋の中をくるくると回る。

 その様子を、鼻血を拭った透子は穏やかな気持ちで眺めていた。

(詠香、ごめんね。そっちに行くの、もう少し後にするよ。この子を幸せにしたら、きっと私は堂々とあなたに会えると思うから……)

 天国にいる妹とそっくりな、もう一人の妹。そのエーファが、ひだまりのような笑顔を透子に向けた。

 その笑顔を、透子は一生忘れないだろう。


「大好きだよ、お姉ちゃん!」

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