エピローグ
王都リノの軍庁舎、中隊長室。
「隊長、アーネさんに会いに行くのは明日でしたっけ?」
エレノアが何気無い微笑で質問してくる。
「そうだね」
俺は机に広げられたケーキを頬張り、頷く。
リノ・パルデ通りの【ラ・ベルデ】で買ってきたものだ。
次にプラムが何気無い微笑で質問してくる。
「隊長ー、アーネさんに会いに行くのは明日でしたっけー?」
「……そうだね」
俺のフォークを持つ手がぴくりとする。
そしてネイダは平坦な表情で質問してくる。
「隊長、アーネさんに、会いに行くのは、明日?」
「…………そうだねぇ……」
俺は根性で返した。
何これ拷問?
結局戦いで傷は負ったが、一日で退院できた。
ただし右腕は釣ってある。
「ねえねえ私、隊長と肌を見せ合った仲なのよ」
「えっ?! そ、それならボクは隊長の胸の中で泣かされたんだよー!」
「なっ……! それなら、ネイダ、隊長と一緒に汗をかく運動した!」
俺のフォークを持つ手がわなわなと震える。
あー無視無視。
食べるのに専念。
「相談に乗ってくれたし、優しいのねー隊長。皆にね」
「隊長優しいよー。皆にね」
「そう、隊長は優しい。皆に」
「隊長、アーネさんに会いに行くのは明日でしたっけ?」
「隊長ー、アーネさんに会いに行くのは明日でしたっけー?」
「隊長、アーネさんに、会いに行くの、明日?」
俺はフォークをだんっと突き立てて叫んだ。
「だ――――――――――――もううっせ――――――な! レトラに会いに行くついでだついで! 何年か会ってないから話したいんだそれが何か?!」
レトラの状況をダナン元帥や女王に話した結果、渡すものができたのだ。
彼女の寒村を助けるための案が記載された資料だ。
アーネも同じ村に住んでいるというので一緒に会う約束にしている。
しかしそれを分かっているのにこいつらときたら。
「なっ……!」
「レトラとー?! アーネさんがいるのにー?」
「隊長、手広い」
もうなんなの。
マジなんなの。
ほんと面倒臭いなこいつら!
翌日、コロウ山に向かった。
道中で俺はダナン元帥との会話を思い出していた。
俺が退院する前に元帥が見舞いに来てくれた時のことだ。
『ほほぅ、あの【ガシュラの戦姫】を破ったか! やはり私の目に狂いは無かったな』
『……ずっと訊きたかったんですけど、何故俺を中隊長にしてくれたんです? 俺には何で中隊長になれたんだか全然分からなかったんです。というか今でもよく分かっていません』
俺なんかで本当に良かったのか。
それは以前も今も、変わらず残り続けている瘤だ。
自分には分不相応な役割なんじゃないかって。
『何だ、自分で気付いていないのか?』
『ええ』
『君はそれを教わって帰ってきたと思うがな』
『…………えっ?!』
俺は巡回任務を思い出す。
エレノア、ネイダ、プラム。
彼女達と関わり、話した記憶。
とりわけエレノアの言葉が強く印象に残っていた。
『部下の能力を、引き出してくれる人です。ハロルド隊長が私の……理想なんです』
胸が熱くなる。
こんなことを言われたのは初めてだった。
『ふむ、心当たりがあるようだな。私は君をプロデューサーとして招きいれたのだよ』
『プロデューサー?』
『そうだ。君の調べなど最初に会った時に既についている。前にいた所でも随分活躍したようだな? だから君が兵士募集に来た時、私は飛び上がって喜んだね。スパイであるかどうかが問題だったが……君はそこら辺の事情も喋ってくれた』
『え、まさか元帥が面接してくれたのって偶然じゃ……ない?』
『フハハ! 偶然に思えることも得てして必然だったりするものだよ! 君がリノロスの国民となった時点で既に目を付けていたのだ。そして模擬戦でガレ中隊長を破ったことで確信に変わった。これこそ求めていた逸材だとね』
元帥はネタばらしをして楽しいのか、腰に手を当て豪快に笑った。
裏でそんなことがあったのか。
『あれは、何と言うか戦術がはまっただけで』
『謙遜するな。今回小隊長達の能力も無事引き出してくれたからな、ゆくゆくは我が軍全体をプロデュースしてもらいたい。頑張ってくれたまえ!』
元帥はまた嵐のように来て嵐のように去っていってしまった。
俺は呆然とした。
『プロデューサー……』
自分の両手を見詰めてみる。
何の変哲もない手。
でも、自分にプロデュースの能力が……?
自分にそんな能力なんて……
なんてことは、もう、思わない。
やってやろうじゃないか。
それが必要とされる、力なら。
拳をぎゅっと握った。
馬車の揺れが止まった。
第一採掘場に到着。
登山者が立ち寄れる休憩所に向かう。
休憩所に入ると、いた。
レトラもアーネも雪色の髪を揺らし、可愛らしい服装だった。
軽く挨拶を済ませ、三人でテーブルに着く。
そしてまずはレトラへの渡し物。
俺は左手で書類の束が入った大きな封筒を差し出した。
「試案だから色々書いてある。でも女王はこれからもずっとガシュラと小競り合いするよりここでちゃんと解決した方が安く済むからって前向きに検討しているんだ」
「…………本当、に……?」
彼女は目をぱちくりさせる。
「正式に決まるのはまだ先だけど、何かしらはできる予定だよ」
「あ、あの……その腕、ごめんなさい……」
「別に良いさ、さぁ読んで」
そうしてレトラが読んでいる内に、アーネと話し出す。
「久し振り、だね」
「…………うん、三年振りぐらい?」
肩ぐらいまでの雪色の髪はどこか大人っぽい。
顔の造作も大人っぽい気がする。
三年という月日がそう見せているのかも。
快活さは残っている気がする。
積もる話があるはずなのに、出てこない。
逆に上手く話せない。
真っ白。
何これ。
「ファルナムが、ごめん……」
結局出てきたのはこれだった。
「ううん、ファルナムはきっと、燃えすぎちゃったんだよ」
燃えすぎた、か。
確かにそうだ。
好きな相手なのに人質に使うとか普通じゃない。
でもそこまで歪ませるほど、燃えてしまった……燃えすぎてしまったんだ。
そこで、思い出した。
過去ファルナムが言っていた言葉を。
『ハロルド、恋愛ごときで火を点けるなど馬鹿げている! 恋に燃えたんだか何だか知らないが、自分が炎に呑まれてしまったじゃないか!』
「昔は恋に燃えすぎた人を馬鹿にしていたけど、自分がなっちゃうとはね。人生どうなるか分からないわー」
しみじみ零した。
昔ウチに火を点けた男とファルナムが、重なって見えた。
ファルナムは実際に火を点けたわけじゃないけど、狂気の行動に走ったのは同じだ。
「たぶんね、ファルナム自身も分かってなかったんじゃない?」
「…………自分のことってさ、自分じゃ分からないこと多いよね」
「ジジくさ」
「えー」
「そんなもんだよ」
「そんなもんですか」
そうして二人でふっと苦笑する。
憧れだったファルナム。
学年主席で将来を嘱望され、周囲には人が集まって。
でも本人は納得していなかった。
そして最後は狂気の行動に走った。
俺はぽつりと零した。
「消えたのかな、炎……」
火ダルマになった男の心の炎は消えたのか。
そしてファルナムの心の炎は消えたのか。
俺には分からない。
もしかしたら、本人にも分からないのかも。
レトラが書類を読み終わったようだ。
「ありがとう。何だか不思議」
「俺も不思議だ。何となく女王に話してみたらとんとん拍子で話が進んで」
「嘘。女王に何となくなんて話せない。謁見を許されでもしない限り。必死に頼んでくれたんでしょ? どうしてここまでしてくれるの?」
「…………小競り合いが続くと面倒だからだよ」
俺はテーブルに頬杖を突いて口を尖らせる。
するとアーネが横槍を入れた。
「放っておけないからだよ。ハロルドって面倒って言うといつもそうなの」
「うわ優しいー! アーネ、半分分けて!」
レトラがアーネに抱きつく。
アーネはどうしよっかなーなどと言っている。
俺は物か。
「あ、そうそう。ハロルド、私にプロポーズしたよね?」
ごくり。
ファルナムと戦った時、全員の前で『傍にいてくれればそれで良い』などと叫んでしまったのだった。
「……あれは傍にいて欲しいなーとは言ったけど離れ離れを惜しんでのことで」
「えーなにそれ。あれはハロルドが気付いてなかった本当の気持ちだよ」
俺は耳を塞いで逃げ出した。
あーあー聴こえませーん。
自分の気持ちは分からないデース。
エルサリカ魔術戦記 盤上のレドラス 滝神淡 @takigami
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