第14話
それは、12月に入ったばかりの頃だった。
めっきり寒くなったこの季節。今年の冬はいつも以上に雪が積もった。
河川敷のゆったりと真っ直ぐに続く道も真っ白なホワイトロードへとなっていた。
歩く度にざくざくと雪音が鳴る。手袋をしていても悴むほど、この日の朝は冷えていた。僕はニット帽にマフラーを首に巻きつけ、手袋をして体の何処にも冷たい風を通さないようにと工夫し、河川敷のホワイトロードを歩いていた。それでも、冷たい風は何処からか侵入してきて、僕の体を侵食するのだ。僕は寒いのが苦手だ。
寒いと冬眠したくなる。事実、冬の休日のほとんどは眠りこけている。しかも、食欲がとんと出る。まるで冬眠に入る前の熊である。
冬季うつという症状があるらしい、きっとそれに違いない。
ふと後ろから小走りで足音が近づいてくるのが聴こえる。ザクザクザクザクと音が近づいてくる。
ツグミだ。僕が後ろを振り返えると、僕の頭の頭上に真っ白な大きな、それはもう大きな球状の物体があった。僕はそれを見上げながら「あ……」と声を出したか出さないかぐらいにその球状の物体は頭を直撃し、一瞬目の前に火花が散った。
僕はそのまま前のめりに、嫌になるほど冷たい雪の上にどさりと、倒れこみ、2~3秒気絶したと思う。
何が起こったのかと、ぼんやりとした視界の中で目を覚ますと、そこにはツグミがいた。彼女は人を殺めかねないほど特大の雪球を僕の頭上に振り下ろしたのだ。
「イチロー、おはよー!」と満足そうな笑みを浮かべてツグミは大きな声であいさつをしてくれた。
「お前、パンツ見えてるぞ」
僕は腹が立ったので(当たり前だが)そう言ってやった。
その瞬間、本日二度目の火花が目の前で散った。そしてまた、暗闇。
ツグミは無情にも倒れている僕にかかと落としを食らわした後、そのまま僕の屍を踏み越えてMyWayを歌いながら元気に登校していった。
朝が始まってたったの1時間の間に2回も気絶したのは中々の世界記録ではないだろうか。僕はこうしてツグミに幾度となく気絶級に頭を殴られているのでそのせいで大分頭が悪くなっていると思う。起訴したら勝てるだろう。
朝はいつもように登校した。遠藤は最近ミュージックにハマっているようで、いつも朝はヘッドフォンを掛けてロックやらシンガーソングライターの誰かやらなんやらを聴いているようだ。そしてギターを弾き出した。一度聴かせてもらったがやり始めたにも関わらず中々の腕前で僕は賛辞を送った。
クラス長山田は朝から机の上で勉強道具をおっ広げて黙々と勉強している。
前よりも増して勉強熱心になっている山田だが、勉強している内容が少し変わっている。以前はただひたすら学校の勉強に取り組んでいたが、今は学問を教えるために必要な勉強をしているのだ。
クラス長山田は最下位30人を見事にトップ30にまで導いたのをきっかけに自分がこの道に進むべきだと感じたらしい。
クラス長山田は山田塾という塾を本格的に開講した。土地は無いが、既に何人もの門下生が入門している。学校の勉強が主体というよりも、人間としてどう生きるかなどといったものがメインとなっている人生塾のようだ。
僕は、吉田松陰のようになるんだっと鼻息荒く興奮していたことがあった。
なればよろしいではないか。越後屋止まりではないことを是非証明してもらいたい。少し悔しいが。
遠藤がライトノベルを読まなくなったので僕はライトノベルを読むのをそのうちやめた。付き合いで読んでいただけだ。そしてまた僕は純文学を読、いや、読んでいない。特に何もしていない。ただ、一切は過ぎてゆく。なんて。
それは、放課後の事だった。僕が帰り支度をし、教室から廊下に出た時にいきなり腕を引っ張られた。伊集院だった。伊集院はなんだか、険しい顔をしている。
伊集院の顔をまじまじと見ると、その女よりも白く美しい肌、その切れ長の綺麗な目、高く、それでいて美しい曲線を描く鼻、唇の薄さ、ストレートパーマを当てたかのごとく綺麗に靡く、真っ黒でツヤのある長髪。まるでライトノベルかアニメの世界から飛び出たかのような風貌で、僕は思わず(ゲイではないが)ドキリとしてしまった。
「お、おいなんだよ。伊集院。どうした?」
「ちょっと共に来ていただけませんか?」
伊集院は耳元で囁くように言った。
なんだか分からないが、行ってみると2-Dの教室の前まで連れていかれた。
「ここがどうした?」
まさか、こいつ、ゲイで僕を誘っているのではないかと一瞬懸念した。
「いいですか。今から私の言うことに注目していたください」
伊集院は腕時計をチラっと確認し、軽く咳払いをする。
「今から5秒後に、一番向こうのドアから及川琥珀が出てきます」
と言い、伊集院はカウントを始める。
「5.4.3.2.1……」
0と同時に及川が本当にドアを開けて出てきた。
「及川は右手でドアを閉め、閉めおわると、ドアが最後まで閉まっている確認するためにドアの方に一度右側から後ろに振り向きます」
及川はその通り、右手でドアを閉め、右側から後ろに振り向いた。
「及川は次に左手で髪の毛を掻き分けます」
及川はその通り、左手で髪の毛を掻き分けた。
「ちなみに及川が髪の毛を掻き分ける時は100%の確率で左手です」
と伊集院。
「及川は向こうの階段へ向かって降りていきます」
そして及川は向こう側の階段へと向かっていった。
僕が口を開こうとしたら伊集院はもう少しまってくださいといって僕の口を塞いだ。そして僕達は及川に気付かれないように、及川の後を付けていく。
伊集院はその後も及川の行動の一挙一動全てを言い当てていく。
「及川は階段を降りる前に、一度頭を右手で軽く叩きます」
及川は頭を右手で軽く叩いてから、階段を降り出した。
「及川は首を鳴らします」
及川は首を不自然な程、右に傾けると、コキッと鳴らし、次に左に傾け、カキンッと鳴らした。
「及川は携帯をチェックします」
及川はポケットから携帯を取り出し、タップしてからまたポケットに閉まった。
「及川は軽くジャンプします」
及川はぴょんっとジャンプした。
「及川は欠伸をします」
及川は大きな口を開けてふぁわっと欠伸をした。
「及川は誰もいなければシャドーボクシングをする振りをします」
及川は辺りをキョロキョロと見回して確認してから、シュッシュッと言いながらシャドーボクシングをした。
「及川は誰もいなければ『テスト・テスト、マイクテスト』と独り言を言います」
及川は辺りをキョロキョロと見回して確認してから、「テストテスト、マイクテスト」と言った。
「及川は路地裏を曲がったところで誰もいなければ『THL-034』と言います」
及川は路地裏を曲がり、立ち止まり、辺りをキョロキョロと見回して確認してから、「THL-034」と言った。
そして及川の帰路へと向かうところを伊集院は実況し、途中で伊集院はここまでで良いでしょうと言い、及川を尾行するのをやめた。
「どうですか?」
伊集院は口角を少し上げる。
「ど、どうって。凄いよ。一体全体これはどういう事なんだ?」
僕は信じられないといった顔で言う。
「及川の行動パターンは、何か人に邪魔をされない限り必ず同じなんです。まるでプログラミング化されてるかのごとく正確なんです。それはまるで」
伊集院は手を顎に当てる。
「そ、それはまるで?」
僕は伊集院の次の言葉に注目する。
「それはまるで、ロボットかのごとく」
「はは、ロボット」
僕は鼻で笑った。
「ロボットって。はは。そんなアホな」
「コンピューターの基本はプログラムです。そしてプログラムに組み込まれていない事は出来ません。それ以上のこともそれ以下のことも出来ない。ただ、プログラム通りこなしていく。それがコンピューターです。まるで彼のようではありませんか」
伊集院は及川をピッと指差す。
「及川の遺伝子がコンピューターに近いほど真面目腐ってるってことだけなんじゃないの?伊集院、いくらなんでもロボットというのはちょっと現実離れし過ぎてて」
怪訝な顔で僕。
「事実は小説よりも奇なり。と言うではありませんか。このご時世何があっても不思議ではありません」
伊集院は前髪を掻き分ける。確かに、サッカー大会と言い、相川の変貌ぶりと言い、何があっても不思議ではない気がする。
「いや、伊集院、お前の推理はイカれている。小学生の時にごっこ遊びで成りきり過ぎて頭の中で『ごっこ』を消去して本物にしてたタイプだろ。そういうの、演技性人格障害っていう人格障害なんだぜ。俺の中学の時の友達でもいたもん。そいつはこの世の真理を発見した。君は友達だから教えてあげよう、この世は実はマトリックスだったんだとか小声で言い出してさ、それから彼の演技は拍車がかかっていって、俺はもうホント、見ているだけで恥ずかしかったんだぞ」
僕は過去の奴を思い出し、早口で喋った。あいつ、どうしてんだろ。
「言っている意味がいまいち分かりませんが、それでは彼のプログラム化されてるかのように正確な行動パターンをどう説明するんですか。いくら遺伝子が糞真面目だとしても、糞真面目の限度を超えています。人には不可能の領域です。私は彼を見ているとなんだか違和感を感じたのです。そして2週間ほど観察した結果、彼はロボットかのごとく変わらないのです」
伊集院は真顔だ。こいつもやはり演技性人格障害なのか。
「じゃあどうやって奴がロボットだと暴く?」
僕は鼻で笑う。
「あいつに直接聞いてみたらいいのよ」
僕と伊集院の顔の間ににゅっと顔を入れて唐突にツグミが現れた。
「うわぁお!」
僕は非現実的な叫び声を上げて飛び上がった。
伊集院はシュワッチみたいな奇声を発しながら2メートルほど後ろにジャンプした。そんな僕達の慌てっぷりようを見て満足そうにケラケラと笑うツグミ。
「ツグミさん、よしてくださいよ。ここ10年で最も驚きました」
「今からあたしが走って及川を追いかけて直接聞いてみるわ。それで全部解決じゃん」
そう言い放つと、及川目指して走りだすツグミ。
「おい、ツグミ!馬鹿かお前。そんなもん、そうですなんて言う訳ないだろ!」
僕は叫ぶ。
「コンピュータを混乱させるのよー」
そう言いながら、その声が遠くなっていくほど走りだしたツグミ。
僕と伊集院も慌ててツグミの暴走を止めようと走りだした。
しばらく走るとスタリスタリと一定の速度を刻むかのごとく歩いている及川が見えてきた。誰かが走ってきたのを察知した及川は立ち止まり、後ろを振り返った。
ツグミだと知るとビクッする及川。振り返った及川は何かジュースを飲んでいた。
「及川!あんた、ロボットでしょ?」
遅かった。
ツグミの肩に触れた時には既にそう言ってしまっていた。
3人で息を切らしながら及川を見る。及川もこちらを見ながら微動だにしない。
3人は及川の飲んでいた缶に注目した。赤い500ミリの缶だったのでコーラだと思った。しかし、それはコーラでは無かった。そこには非常に分かりやすいように大きくこう書かれていた。
『非常用缶詰 ガソリン』
ロボだ、こいつ。もはや間違いない。
僕と伊集院はポカンと口を開けたまま固まった。
及川も固まっていた。
ツグミは、やっぱりねと言い、ニヤリと笑っていた。
「戒厳令、戒厳令……正体がバレた相手は抹殺せよ」
その瞬間、ツグミはジッポを取り出し、火を付け、容赦なく及川に投げつけた。
ボッと軽い爆発音とともに及川は炎に包まれた。
ガソリンは、良く燃える。及川の鞄に入っていたであろうガソリン缶にも引火し、炎は及川を容赦なく燃やし続ける。暴れる及川。
ピピピ、ギィー、ウィーンガシャッといったような機会音が鳴り響く。
苦しむ及川。死んだんじゃないか、あいつ。
「殺……ギギ……貴様ラを……」
「向かってくるわ!逃げるのよ!」
僕達3人は一斉に逃げ出した。なんなんだ一体。なんで僕がこんな目に。
僕はただ、ぼんやりとした絶望が続く平坦な道を歩むかのような、そんな退廃的な高校生活を希望していたのに。そういうクールな青春希望してたのに。全然そういうのと違うじゃん。仕舞いにはロボとか出たりして。なんやねんこれ。退廃的美の欠片も無いわ。そもそも退廃的美というのがどういうものか既に思いだせない。
そう思いながら僕は涙目で走っていた。
撹乱するかのように、左へ曲がり右へ曲がり、ひたすら走った。
「ここまで来たら安全ですね」
ハァハァと吐息を漏らしながら伊集院。セクシーだ。
「おい、ツグミ。なんてことするんだよ。お前のおかげで殺されかけたじゃないか」
僕はツグミを小突く。
「いやーごめんごめん。まさかバレただけで殺しにかかるとは思わなくて」
と舌をぺろっと出して言うツグミ。舌とか出して茶目っ気を出すレベルじゃないぞ。分かってんのかこいつ本当に。
「というか火を付けるなんていくらなんでも可哀想じゃないか。あいつも生きてるんだぞ」
僕はため息を吐く。
「だって殺すとか言うんだもん。それにあいつは生きてないよ。ロボットは生きてるって言わないでしょ」
膨れながら言うツグミ。
それにしてもどうしてお前ジッポなんて持ってたんだ。と聞こうと思ったがあえて聞かなかった。どうしてジッポを持っていたかという理由は必ずある。その理由を聞いたところで『ああ、そうか』と思うだけだからだ。マジックも種明かしをすると『ああ、そんな単純なことか』と思うように不思議なことの種明かしをすると『ああ、そうか』と思うだけなのだ。ならばあえて謎のままにしておこうと思った。
「それはそうと明日の学校、どうするんです?及川はおそらく剥がれた皮膚を修復等して何食わぬ顔で登校してくるでしょう。しかし僕達を黙ってはおられないでしょう。既に殺るか殺られるかの状態ですよ」
と伊集院。唐突に映画・ロボコップの音楽が流れ出した。
僕のスマホのメールの着信音である。なんと、及川だった。携帯無事だったのか。携帯は水には弱いが火には強いのだろうか?
『明日の放課後、君たちの馬鹿げたメンバーを連れて第一体育館の裏に来るように』
「だってさ」
と言いながら届いたメールを伊集院とツグミに見せる。
「どうします?」
伊集院は手を顎に当てる。
「行くしかないでしょ。武装して」
ツグミは鼻息荒くガッツポーズをする。
「そうですね。私は日本刀を持っていきましょう」
とさらりと言う伊集院。
「おい、それ銃刀法違法とかにならないの?ていうかなんでそんなん持ってんの?」
焦る僕。
「銃砲刀剣類登録証を持参しているならば大丈夫です。私の先祖は代々伊集院家の家臣の由緒正しい武家なので」
そう言いながら親指を立てる伊集院。
お前は一体何者なのさ。いや、そういう者なのか。
「取り敢えず全員に武装させて行けばいいんじゃない?」
あっけらかんとツグミ。なんだその他人事のような口調は。
「いや、待て。あいつは確かにロボットだけどさ、殺しても大丈夫なのか?いくらロボットだと言っても戸籍を持ってたら法律上は人間だろう?」
「私は彼の素性を調べあげました。及川は無戸籍です」
と伊集院。
「なんだ、なら安心」
「心置きなくぶっ殺せるわね」
鼻息を荒くしてそう言うツグミ。恐ろしい娘である。
「明日はみんな学校を休ませよう。そしてカタルシスに集合し、みんなで放課後に第一体育館に行こう。後、相川も連れていこう」
と僕は言った。
かくして翌日、僕達はカタルシスに集合し、意を決して第一体育館裏へと急いだ。
他のメンバーはまだ及川がロボットだということを信じられないようだ。
そらそうだろう。正直僕も未だに信じられないのだから。生徒会長が実はロボットだったなんていうライトノベルを書けるレベルだ。しかも実話。実話のライトノベルなんて、類を見ないだろう。
僕達は他の生徒に気付かれぬように裏門から学校へ入り、第一体育館裏へと行く。
第一体育館からその裏へと続く雑草が生い茂る細い道を歩き、角を曲がり、そして第一体育館裏へと到着した。僕達から10メートルほど離れたところに、及川琥珀と某格闘ゲームに出てくるキャラのような、テッペンがハゲた白髪の目つきが鋭く、杖を突いている爺さんとその後ろに大勢の制服を着た屈強ではあるが、ただし雑魚臭が拭えない10人ほどの男達がいた。
及川琥珀は昨日の火傷の痕を修復出来ていないようだ。無残にも爛れた顔の半分からターミネーターよろしくばりに剥き出しのシルバー色の髑髏に赤い目が怪しく光っている。
維菜と鈴香が悲鳴をあげ、持っていた金属バットを地面に落とし二人で抱きついた。
他のメンバーも動揺が隠せないようだ。
ブレザーを着ているので体の方は分からないが、おそらく溶けた皮膚からシルバーのボディを覗かせているのだろう。
「来タか」
ロボット特有のダミ声で言う及川。発声回路にも支障をきたしているのだろう。
なんかジジッって聴こえるし。
「やい、なんだその男たちとそのハゲたジジイは」
声を荒げるツグミ。
「ツグミさん、初対面の人にハゲは失礼です」
細い声で鈴香。
そのハゲたジジイはフォッフォッフォッとありきたりな笑い方をする。
「おい、ジジイ。ありきたりな笑い方をするな。俺はそういうのが一番嫌いなんだ」
と僕。
「失礼な奴らじゃの。老人は労るように教育されんかったのか?のう?伊集院よ」
僕らは一斉に伊集院の方を見た。
「えぇ、あなたが老人間ならそうでしょう。ただし、人間ならね」
伊集院は腹の底から憎悪に満ちた凍てつくような声で静かに言った。
僕はその殺気に満ちた声に心臓がギュっと鷲掴みされたような感覚に陥った。
「し、知り合いですか?伊集院どの」
と村井。
「ワシの事をおぬしの仲間達に紹介してくれんか?伊集院よ」
と言いながらフォッフォッフォと笑うハゲジジイ。
「その笑い方、癇に障るのよね。次その笑い方したら赦さないよ?分かった?」
とツグミ。同感である。今更だがツグミとは何かとセンスが合うのだ。
伊集院は心を落ち着かせるために深呼吸をし、そして静かに、しかしはっきりとした口調で語りだした。
「奴の事を語る前に、まず私の先祖、伊集院家のことをお話しましょう。伊集院家は薩摩島津氏の分流であります。鎌倉時代に島津氏の一族、島津俊忠が薩摩国日置郡伊集院地頭職を得たことから始まりました。南北朝時代には争いを繰り広げておりましたが、第6代、伊集院久氏の時、島津宗家側につき今川勢を破り、それ以降は伊集院家は島津宗家の中で大きな発言力を持つこととなりました。しかし続く7代、8代では島津宗家と対立し、8代目の伊集院煕久の頃に島津家に滅ぼされ煕久は亡命しました。そして弟の伊集院倍久が島津家に仕え、以降3代まで島津家の家老として活躍しました。戦国時代末期にはほとんど独立状態でありました。その後、島津家が豊臣秀吉によって討伐され、伊集院家は豊臣秀吉の傘下となり、そして伊集院忠棟は秀吉に大層気に入られ日向群之城に8万石が与えられました。しかしそれが気に食わなかった島津忠恒が秀吉没後、伊集院忠棟を殺害。その後、それを聞いた忠棟の子、忠真が憤り、日向群之城にて島津氏家中最大の内乱である庄内の乱が1599年に起こります。テストには出ません。1600年に徳川家康の仲介により和解し、伊集院忠真は降伏し、集結。再び島津氏に召抱えられます。」
伊集院は一度深呼吸をする。ハゲたジジイは怪しく笑みを浮かべている。
「しかし」
と震える声で伊集院。
「しかし、関ヶ原の戦いの後のことです。慶長7年8月17日。島津忠恒は上格のため、伊集院忠真に同行を命じます。そして日向国野尻で狩りを催した時でした。島津忠恒は卑怯にも部下達に命じて事故に見せかけて伊集院忠真を射殺したのです。同じ日に伊集院宋家は襲撃され、一族は皆殺しとなり、伊集院宗家は滅亡しました」(※以上、Wikipedia参照)
伊集院の唇は震え、目が潤んでいる。
「だがっ」
と大きな声で伊集院。
「伊集院宗家は滅びましたが、薩摩大隅中に分家があり、伊集院家は島津家の家臣として密かに存続したのです。いつしか、島津に復讐を遂げようと一子相伝の武術であり、忍術でもある秘伝殺法、『空壊』を子から子へと受け継がれながら」
「愚かな一族じゃ」
と吐き捨てるようにハゲたジジイ。
「そして私が伊集院家の末裔であり、そしてあの老人は佐久間高校の表は教師、しかしその裏はマッドサイエンティストとして裏世界に君臨しているシマヅ。そう、あの島津家の末裔である島津松久」
と言い、ハゲたジジイに指を鋭くさす。
「いや、戸籍上では彼は既に死んでおり、この世にいません。彼は一度心拍停止した後に、彼のマッドサイエンティストとしての今までの成果を発揮し、彼の弟子である医師と科学者達に命じた通りの方法のサイボーグ手術を施し、人造人間として蘇ったのです」
マ、マジかー。なんだか物凄い壮大な話になってきたぞ。ついていくのが精一杯だ。維菜は既に目をまわして卒倒してしまった。
「愚劣極まりない一族よ。所詮、貴様はワシら一族の配下に過ぎんのだ。どうだ?もう一度召し抱えてやろうか?」
と言いながら人造人間・島津松久はフォッフォッフォッと声高らかに笑った。
その瞬間、細長い木を弾いたかのようなビィィンという音が鳴ったと思うと、島津松久の目に矢が刺さっていた。島津は笑っている途中だったのでフォエェ?と、へんてこりんな声をあげた。僕はその声で少し噴き出してしまった。
後ろを振り返ると、いつの間にか何処からともなく取り出したボウガンを構えていたツグミ。
「次その笑い方したら赦さないって言ったでしょ?」
「お、お前ほんまに滅茶苦茶やな」
と震え声で僕。
「恐ろしいほど規格外のお嬢さんよの。道理で、及川琥珀が恐れるわけじゃ」
と言いながらDr島津は矢を眼球ごと抜き取る。
眼球には細長い赤と青の無数のコードが繋がっており。そのコードを勢い良く引きちぎる。バチバチと青白い電流が激しく弾け飛ぶ。ホラー級のグロテスクさである。
「ひっ」
とクラス長山田は短く悲鳴声をあげ、後ずさりする。
「ツグミさんと二宮さんに謝らないといけないことがあります。私はこの部活に入部したのは島津と出会える可能性があると踏んだからです。私は及川と島津が何らかの関係があると睨んでいました。そして及川が唯一恐れる存在のツグミさんが非公式の部活を立ち上げた。これは及川が放っておくわけはないでしょう。及川がこの部を追う。ということはそこに島津の陰もある訳です。そしてここでやっと尻尾を出した。私がこの瞬間をどれほど待ち詫びたことか」
「それにしても、どうしてこの佐久間高校にお前は及川ロボを忍ばせたんだ?」
と僕。島津は口を開く。
「忍ばせたなんて人聞きが悪いのぉ。ワシは佐久間高校の校長に頼まれたことをしたまでよ。ここのボスはなんとしてもどうしても今の地位から手を離したくないらしくての。そのためにはPTAや、外部からの体裁が必要じゃ。体裁を保ち続けるためには秩序が必要。秩序を保つためには生徒を抑えつける力が必要じゃ。更に今の状態を維持するためには改革は危険じゃ。そういった危険分子を生み出さないためにも全てを抑圧してしまうほどの力が必要となる。そのために及川琥珀は造られた」
島津の眼球を刺した矢を島津は及川の方へ向ける。
「そウ、ワタシハ、そのタメにツクラレタ」
と及川。もう完全にロボット的な発声になってしまっている。
「及川はこの学校で起こる全ての事柄をあらゆる方法を用いて把握し、少しの秩序の乱れも赦さずにすぐに問題を解決していった。そして危険分子となり得る存在は全て退学に追い込んでいったのじゃ」
「まるで恐怖政治じゃないか!」
と遠藤
「しかし高岡ツグミだけはどうしようも無かったらしくての。1年の時に一度危険分子だと察知し、高岡ツグミを退学に追い込もうとしたが、なんとこの完璧な頭脳を持つ及川が返り討ちに合ってしまったそうな。詳しい事は分からん」
たぶん完璧な頭脳が仇となったのだろう。
「及川琥珀はこの佐久間高校に生徒として、忍びこみ10年間生徒会会長を務めている。及川は卒業する度に、姿形、名前を変えて再び生徒会会長として君臨するのじゃ」
そんなのありかよ。科学の発展ってすごいな。
「それも今日で全て終わらせてやる」
となんとなく恰好良いことを言ってみる僕。
フォッフォッフォッと笑う島津。
「うぬら生身の人間がワシら、人間を超越した存在に勝てるとでも?ちなみに後ろに居る屈強な男も全てワシの造ったロボットじゃ」
僕達は戦闘態勢に入る。といっても前線で戦ってくれるのは村井、相川、伊集院。
他5人はその後ろで固まって襲ってくる敵を倒していくという戦法だ。
村井と相川が構える。
伊集院が鞘から刀を抜く。
鞘からすらりと抜かれた刀は恐ろしい、まるで妖魔のような光を放っていた。
「そ、それは……!」
と刀を抜いた瞬間、島津が度肝を抜かれたような声を出した。
ニヤリと笑う伊集院。
「おぬし、それは我が島津家伝来の宝刀、島津一文字ではないか」
「そう、島津貴久が島津宗家を継ぐ際に鹿児島に持ちだそうとしたが、神の御告によりそのまま伊作城の宝物殿に厳重に保管されることになったという島津家代々伝わる伝家の宝刀」
刀は怪しい輝きを放ちながら、まるで不穏な音がその刀から発せられているかのようだった。
「何故おぬしがその刀を」
島津は口をまごつかせながら言う。
「私達、伊集院家が島津家から出奔する際、伊作城の宝物殿にこっそりと忍び込み、持ちだした訳です。そう、島津家をこの自身の伝家の宝刀によって滅ぼすために」
「よかろう!やってみるがよい!ものども!かかれい!」
Dr島津の掛け声とともに及川軍団は一斉に僕達目掛けて飛び込んできた。
まず始めに相川が襲い掛かってきた3人をマシンガンのような正拳突きを放ち、3人は鋼鉄が歪むような激しい音とともに宙に飛び上がり、そのまま崩れ落ちた。
3人は頭から煙を放ちながらバチバチと音を立てまま動かなくなった。
また1襲いかかってくる敵を村井が掴み、豪快に一本背負い。後ろにいたもう1人、いや1匹に直撃し、2匹揃って地面に倒れこむ。しかし、浅い。2匹ともまた起き上がり、村井に襲いかかってくる。更に村井の後ろに回り込んだ1人が今村井を羽交い締めにした。
しかしその瞬間ツグミのボウガンの矢がその敵目掛けて突き刺さる。
敵は脳回路に命中したのだろう。そのまま崩れ落ち、バリバリと音と立てながら痙攣している。
伊集院の手が動いた。
と思った瞬間、前方にいた6匹が真っ二つに切り裂かれた。何が起こったのか全く理解出来なかった。伊集院は遥か彼方に居た。
わずか20秒足らずでショッカーの役割を果たしていた10匹はたたのポンコツとなった。Dr島津は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「ワタシにお任セ……ギギ」
及川がついに前線に出てきた。
村井が及川の制服に掴みかかった。しかしその瞬間村井は及川の一捻りで関節を外され、その場で、ぬぉぉぉんっと悲痛の声を持って転げまわっていた。
「村井!」
僕達は叫ぶ。
さすがラスボス。いや、島津がラスボスか。
次に相川が及川目掛けて豪快な後ろ回し蹴りを繰り出す。
物凄い風の音とともに砂煙が舞う。
相川の後ろ回し蹴りは及川の頭にクリーンヒットした。ガコォォォンという音が響き渡る。相川、及川とややこしい。
決まったか?いや、及川はギロリと相川を睨み、にたりと奇妙な笑みを浮かべた。
怯む相川。そして及川は自分の頭に直撃した足をそのまま持ち、片手で相川をぶんぶんと振り回す。空中で何回転もする相川。そしてそのまま体育館の壁に叩きつけられた。物凄い音を建てて、体育館が揺れる。体育館からキャーやらワーやら悲鳴が聴こえてくる。グホォッと胃液を吐き、相川はとても苦しそうだ。
次に伊集院。直立の姿勢のまま、刀を片手で持ち、切っ先を地面に向けた構えをしている。伊集院の形相はまるで鬼のようだった。伊集院と及川は睨み合ったまま動こうとしない。途端、伊集院がハッと息を吐くと、伊集院の筋肉が盛り上がり、それによって服が背中から破れていった。伊集院の肉体が明らかに膨張している。
「及川君!」
後ろの方から大きな声がした。みんなが声の方を振り向く。
なんと、図書委員の清水由貴子であった。
「清水さん!?」とクラス長山田は素っ頓狂な声をあげる。
及川は清水のほうを感情の無い表情で見つめている。
「私、今日及川君授業に出てなかったし、連絡も無いしどうしたのかなと思って。でも放課後に私いつも第一体育館で本を読んでいたんだけど、すると及川君と、その島津って人が来て、私、咄嗟に草むらに隠れたの。及川君の顔が爛れていて、剥がれ落ちた皮膚からロボットのような金属の髑髏が覗かせていて心臓が止まるほどびっくりしたの。そして話を聞いているうちに及川君がロボットだと知って、気を失いそうだった」
そりゃそうだ。恋人が実はロボットだったなんて笑い話にもならない。
清水は涙を浮かべながら続けて話す。
「私、どうしたらいいのか分からなくて。頭が混乱しちゃって。でも、一つだけ分かったの。及川君がロボットだったと知った今でもたった一つ言えることは、及川君のことが好きだということなの」
クラス長山田は青白い顔をして口を半分開けている。まるで魂が抜けているようだ。ロボに負けた山田。哀れだ。どんまい。
そう告白する清水を及川は無表情の顔で見つめている。
ロボットに愛情は無い。何も感じていないのだろう。いつの間にか周りに人だかりができていた。生徒たちは及川を見て愕然とし、なんだありゃ。生徒会会長はロボットだったのか?っていうかロボットってどういうこと?とざわざわと色々な声が聴こえる。
カッカッカッと下卑た笑いをする島津。
「ロボットに恋をする人間。ありふれた3流アニメの典型的パターンじゃな。しかしお嬢さん、及川に愛や恋などといった感情はプログラムされておらん」
「違う!私知ってるよ!及川君が私に見せてくれた優しいところ。それだけじゃない。私、一度及川君を駅付近で見たことあるの。及川君はその時、道端で車に轢かれた子犬を拾って、息絶えるまで優しく撫でていて、その後、土に埋めていたの。あれはプログラムされていることなんかじゃない!人の持つ愛という何にも変えがたい、素晴らしく尊いものよ!」
叫ぶ清水。
「君が何を見たのか知らんが、及川はロボットだ。虚しい幻想は抱かんことじゃ。茶番にはもう付き合わん。及川よ!殺ってしまうのじゃ!」
及川は再び伊集院の方を向き直る。
伊集院はまるで気に留めていないように鬼の表情で及川を睨んでいる。
いつもの伊集院とは気迫がまるで違った。僕は震えた。
「お願い!二人ともやめて!」
清水は叫ぶ。
「及川君!私は知っているよ!及川君が本当は人の心を持っていること」
及川は口を開く。
「人ノ、ココロ?」
その瞬間、伊集院が刀を及川に振り下ろし、及川の左が飛んだ。バチバチと青白い光が美しく見えた。切られた部位を抑えながら倒れこむ及川。
「隙あり」
ボソッと伊集院。
「清水さんに免じて、これで赦してやる」
「及川君!」
と泣き叫びながら清水は及川に走り寄る。僕達は、完全に置いてけぼりを食らっている。伊集院はヌラリと向きを変え、島津の方を何にも形容しがたいほどの殺気を込めて島津を睨んでいた。
「覚悟は、よろしいですか。島津殿」
伊集院が島津に詰め寄っていく。
「ま、待て、伊集院」
震える声で言いながら島津は後ろにじりじりと下がる。
「伊集院家の長年の恨み、伊集院末裔、伊集院世阿弥が晴して進ぜる」
伊集院の声は今までの代々遺伝子に受け継がれてきた憎悪が全て出てきたかのようであった。伊集院の周囲は近づけない程の憎悪のオーラがまとっている。そしてその目は絶対零度のような、凍てつく眼差しで、それはまるで殺意そのものであった。
僕は震えた。
ひぃぃと言いながら、腰を抜かしその場に情けなく倒れこむ島津。
なんだ、サイボーグだから強いと思ったのに。めっちゃ弱そうじゃん、こいつ。戦闘型とかじゃないのだろうか。
伊集院が島津の上に非情にも刀を構え、そして、振り下ろした。
ヒィィィッという叫び声とともにガキンッという鋭い音。
伊集院は……島津の顔の真横に刀を振り下ろし、刀は地面に突き刺さっていた。
目を見開いて口をパクパクとしている島津。
何故?伊集院はそのままの姿勢で口を開いた。
「私は、今まで復讐を糧にして生きてきました。しかし、遠藤さんはたわいもない会話の中でこう私に言ってくれたことがあります。『人間の最も強い精神は人を赦すことが出来る心だ』と。私はその言葉が胸に突き刺さりました。私に島津が赦せるか?答えはNOです。しかし、刀を振り下ろそうとしたその瞬間、唐突に遠藤さんの言葉が私の頭に響いたのです。そして私は人としてあるべき行為を取りました。島津は一度死んで蘇ったサイボーグとは言え、やはり人間です。私が一時の満足を得るならばトドメを刺すべきでしょう。しかし、しかし、後に残るのはきっと虚しさだけだ。そのために生きてきたのだから。島津。私はあなたを赦しましょう」
島津は呆然としている。そんな馬鹿なことがあるかといった顔だ。
そんな島津を哀れみに満ちた目で見つめる。伊集院。
そして伊集院は刀をそのままにして僕達の方を振り返り、そのまま僕達のところへ戻ってこようと歩みだした。島津の顔が豹変し、怒りに満ちる。
島津は、なんと杖から何かを抜き取って捨てた。それは鞘だった。
杖に刀を忍ばせていたのだ。
「小童の愚か者がぁぁ」
叫びながら島津は悪に塗れた笑みを持って伊集院に刀を振り下ろした。
しかし、その前に立ちはだかる陰。なんと、なんと、及川だ。
及川は島津の腕を抑え、刀を振り落とす。
「及川さん!?ど、どうして」
振り返って伊集院は目を丸くした。
及川は島津を片手で抑えつけるように抱きかかえたまま言った。
「私は本来、軍事目的で島津によって造られたサイボーグ。島津をこのまま放っておくと私のようなロボットを利用した第三次世界大戦へと突入する。それを避けるには、私が島津を抱きかかえたまま自爆するしかない」
「そんな、他にも方法があるよ、及川君。そんなの、ダメ!」
清水が泣きながらすがるように叫んだ。
「及川殿!それはいけない!」
村井が腕を抑えながら叫ぶ。
「みんな下がっていてくれ。よし、この距離なら誰も巻き添えを喰らわない」
及川は後ろに下がっていき、周囲を見渡す。
清水が及川に駆け寄ろうとしたところを、遠藤が清水の肩を掴んだ。
「離して!遠藤君!」
「ダメだ!巻き添えを喰らう」
遠藤は悲痛な声でそう言った。
及川は、みんなが静かになってから、口を開いた。
「二宮君、高岡さん、この高校を変えてくれ。一人一人の個性を抑えつけるような学校ではなく、一人一人の個性を最大限に生かした、学校へと。それが、人間らしさというものだろう?」
僕は涙目で深く頷いた。ツグミもコクリと頷いた。
「伊集院君、こいつはロクでもない男だが、私の生みの親だ。今までの無礼、私が代わりに謝る」
伊集院は目を閉じ、俯きながら首を横に振った。
「君が謝る必要はない」
「由貴子と、そして、この学校をよろしく頼む。生徒会会長、山田君」
クラス長山田ははっとして顔を上げ、眼鏡を濡らして泣きながら何度も力強く頷いた。
「みんな、今までありがとう。ロボットの僕がこんなことを言うのもなんだが、中々楽しかったぞ」
しゃっくり交じりに嗚咽する声が聴こえる。涙を溜めている者がいて、涙を流している者がいる。そして泣きじゃくる清水に向かって言った。
「清水さん、人が何故泣くのか分かったよ。僕には泣けないけどね」
次に山田の方を見て言った。
そして、空を見上げて呟くように言った。
「この前 人間のまねをして…… 鏡の前で大声で笑ってみた……なかなか気分が良かったぞ」
それと同時に、及川の目が光り、警報アラームが鳴る。
「起爆スイッチ作動。爆発10秒前」
と及川が冷静な声でカウントダウンを始める。
「みんな、下がれ!」
伊集院はみんなを及川と島津から精一杯離し、遠藤と僕は暴れる清水を強引に下がらせる。
「ひぃ、伊集院、ワシが悪かった助けてくれー!」
見苦しく叫ぶ島津。末代の恥じである。
「あの世で私の先祖達に謝るんですね。特に、伊集院忠真殿に」
「5・4・3……」
非常にも及川のカウントダウンは続いていく。
島津は既に白目を剥き、目と鼻からガソリンを垂れ流している。人間と同じような作用をするのか、と僕は場違いに感心する。
3・2……
1と言った所で及川は親指を立て、ニヤリと笑って見せた。それが及川の最後の姿だった。
及川と島津の体は閃光に包まれ、それはみんなの目を眩ませ、僕達は一斉に伏せた。女性陣がキャァッと叫び、それは隣にいたツグミも同じようにキャッと叫び、ツグミは、なんと、僕の胸に来たのだ。僕は思わずツグミを強く抱いた。僕は爆発音と共に、僕の胸までも爆発した。
ドォオンと豪快な音と共に、地響きが鳴る。
しばらく耳鳴りが続き、目を開けると、砂煙が蔓延していた。そうして砂煙が徐々に引いていくと、目の前にはまるで隕石が落ちた後かのように、大きく窪んだ地面があるだけだった。
はっと、僕は自分の胸にいるツグミを見た。ツグミもはっとして僕を観て、そして目があった。キ、キスか?その瞬間、僕は宙を舞った。目が再びチカチカする。なんだ、二次災害の爆破か?と思ったが、それはツグミのストレートパンチだった。ドスンと地面に叩きつけられたと同時にツグミが変態!と叫んだ。そんな理不尽な。
「及川君!」
泣き叫び、取り乱す清水。その清水の肩にクラス長山田が触れた。
「山田君」
清水は山田の胸で泣く。クラス長山田は清水の頭を撫でる。
立派に男になったなぁ、山田。僕は地面に突っ伏したまま、山田の方に親指を立てる。その後は、警察沙汰だ。事情聴取やらなんやらで満身創痍である。
事件にはならなかった。及川も島津も法律上、生きた人間ではないのだから。
なんとも薄っぺらい紙キレで重要な要素のほとんどが決まってしまうのだ。
それが国家であり、人間社会。
僕は思った。人間のエゴで造られたロボットの及川。そして感情を持ってしまった及川。彼はロボットであり、そして人間になった。人となってすぐに死んでしまった。戦争を食い止めるために自らが犠牲になった。人間よりも崇高な人間。それが及川琥珀。
遠藤は言っていた。彼は自分の十字架を背負って、そして戦争を防ぐために十字架に掛かって犠牲になったのだと。
僕もそう思う。
後で伊集院が調べて分かったことがあった。
マッドサイエンティストの島津は元々沖縄のある小さな離島で医者をしていたらしい。その離島の医者は島津1人だけだった。腕前も人柄も良い島津は村の人達から人気があった。この村には島津先生がいるから安心だと。しかし、ある時島津の妻が大病にかかった。その病気を治すには本当の大きい病院へ行かないといけない。
しかし島津には金が無かった。何故かというと、その時、戦後まもない頃だったので村の住人はとにかく貧乏でお金が無かったのだ。生きるか死ぬかの極貧生活だ。なので島津はほとんど無償で住人達を看ていた。にも関わらず、島津がお金に困っていて、大きい病院へ行かなければ妻が死んでしまので助けてください。お金をカンパしてくださいと訴えたのに、みんなは戸を閉めて鍵をかけて誰もお金をカンパしてくれなかった。みんな、明日自分が生きるためにお金をカンパすることは出来なかった。
島津は自分を犠牲にしたのにも関わらず、村人は自分を犠牲にしてくれなかったのだ。そして島津は血の涙を流し、「こんなに苦しいのなら…悲しいのなら……愛などいらぬ!」と叫び、島津はその日からマッドサイエンティストになった。
それからしばらくして島の住人は奇病で苦しみ、たくさんの人が死んだ。島津は愛深き故に愛を捨ててしまった男なのだ。彼もまた人の罪の犠牲者だ。いや、人の罪の犠牲者ではない人間は誰1人いないだろう。
「そうだ、みんなが加害者で、みんなが被害者だ」
と大きいハンバーグにかぶりつきながら父。肉汁が父の口から溢れた。
「そしてみんながそれに気付いてないってことだね」
と言いながら僕はハンバーグの横の人参を口に運ぶ。
「そうだ、今そう言っているお前も、私も気付いていないのだ。だから悲惨なんだ。70億人いれば、みんな人間の本質部分にある罪というのを持っているんだよ。それが人を苦しめるものだ。でもそれと同時に、人間には愛というのも備わっている。愛と罪。私たちはいつもどちらかを選択する自由意志が与えられている。ってまぁそんなところだろうな」
と言った後に味噌汁を啜る父。
僕は父と重い話をした後に部屋に戻り、パソコンを開き、ほとんど何も考えずに思いつくままネットサーフィンを繰り返し、その後小一時間ほど夏休みから書き始めた小説を書き、薄く眠気が来たので電気を消し、ベッドに横になった。そして、暗闇。
――見渡す限り真っ暗で何も無い場所へ二宮一郎は居た。
前方からパッと光が差し、誰かが歩いてきた。
それは、ぼんやりとしていて黒くて良く分からないがとにかく人間の形をしていた。二宮はそいつを確かに知っていた。 この空間に来ると必ず奴を思い出す。
しかしこの空間から出た後は奴を忘れるのだ。
「なぁ、一体ここはなんなんだい?」
二宮はそこらに腰を降ろして、溜息混じりにそう言った。
「教えてやろうか?ショックを受けるなよ?」
と奴。
「あぁ、もう何が起こってもショックは受けないさ」
投げやりに言う僕。
「ここは俺の住む世界と俺の造った世界の狭間さ」
と奴は言う。
「なんだい?その俺の住む世界と俺の造った世界ってのは」
と二宮。
「俺の造った世界とはつまり、あんたが居る世界で俺の住む世界は俺の住む世界。あんたが決して行けない世界のことだよ」
二宮はきょとんとしている。
「なんだい、じゃあ俺の住む世界はあんたが造った世界ってことか?」
「その通り」
と奴。
二宮は少し目を上に上げて何かを考えてから口を開いた。
「そうか、なんか変だと思ってたんだよ。次から次へと現実離れしたことが起こるしさ」
「悪いな。ライトノベルが嫌いな文学青年気取りの奴を主人公にして、しかしその世界がライトノベル風味だと面白いなぁと思ってさ」
と奴は全く悪そびれていない言い草でそう言った。二宮は怒りを通り越して呆れていたようだ。
「酷い奴だね。ただ面白いってだけで俺を利用するなんて。俺も生きてるんだよ。文字の中で。まぁこれも人の性ってやつであり、罪ってやつなんだろうな」
「しかし悪くなかったろう?」
「ああ、悪くはなかった」
「楽しかったろう?」
「ああ、楽しかったよ。それなりに。しかし利用されたというのは癪にさわるがね。一つだけ」
と二宮は人差し指を立てて言う。
「なんだ?」
と奴。
「無いとは思うんだけどさ、あんたの本物の世界に行く方法なんか一つ教えてよ?」
と二宮。
うーんとしばらく唸ってから奴は言った。
「無いけどさ、実験してみよう。もし、この夢をあんたが覚えていたら、こちらの世界に行ける抜け道ってもんを用意しておいてあげよう。それはこっちの世界とそっちの世界を繋ぐ穴だ。その穴にリンクしておくよ。その場所は自分で捜しな」
「ほぅ。夢を覚えていたらいいんだな?」
と二宮。
「あぁ、絶対無理だけどね。何故かというと、俺が夢を忘れさせるから」
「絶対、か」
と言い、二宮は立ち上がって上を見上げた。
「小説ってのは、その中の登場人物が勝手に1人歩きをすると聞いた。つまり作者も予想がつかないことが起こるという訳だ。俺たちは文字の中で生きてるんだよ。作者も気付かないうちに、人格を持ってしまい、思考ってやつも持ってしまってるんだよ。だから作者のプロット通りに動かないことが多々あるんだ。人格を持ってしまってるんだから、俺たちは作者の意に反して俺たちの選択を自由にしていくんだ。だからこそ、作者の思い通りにストーリーは進まないわけさ。いや、思い通りになんて決してさせないんだよ」
二宮は奴を見てニヤリと笑った。
「面白い。創造者に反抗して挑戦状を叩きつけてくるとはな」
奴は二宮を見てニヤリと笑った。
「もう1つ」
と二宮。
「注文の多いやつだ」
と奴。
「ツグミはせめて恋人にさせてくれよ」
うーんと唸り、頭を掻く奴。
「分かった。最後は告白したりされたりなんやかんやのラブラブハッピーエンドにしてあげよう。良くやってくれたしね」
と言って奴は親指を立てた。
はっと声を出して僕は目が覚めた。背中が汗でぐっしょりと濡れていた。
なんだか覚えていないが悪夢を見た気がする。僕は汗を拭いベッドから這い出る。汗で濡れたせいで余計に寒い朝だった。あまり寝た気がしない。おまけに今日は曇りだ。少し憂鬱な気分になる。しかし休日だ。それを思い出し、一気に心が晴れる。人の感情の単純さよ。
「今日、小説を完成させよう」
そう心に誓い、早速パソコンを開き、パチパチとキーボードを打ち始める。
僕のタイピング速度のそれときたら、タイピングゲームで全国ランキングの上位に食い込むほどである。それもそのはず、小学校の頃からチャットで腕を鳴らしてきたのだから。
母の声、朝食出来た、昼食出来たの声もいらない、いらないの二言で済まし、全ての力を小説に注いだ。
そうして10時間程後ぶっ通しで書き続け、「妄想良戯」というこの小説が完成したのだ。出来上がった頃には頭が沸騰してクラクラしていた。
ノンフィクション。僕の体験した、嘘のような本当の話。
そして僕はこの小説を新人賞に応募しようと決めている。
文学の賞に出すか、一般大衆の賞に出すか。或いはライトノベルの賞に出すか。
いや、ノンフィクションジャンルの賞か。なんでも良い。こんな駄文が賞が取れるとは思ってもいない。ただある事を証明するために書いただけなのだ。
――そこまで書くと、僕はファイルを保存してパソコンを閉じた。書くというのはどうしてこうも体力を消耗するのだろうか。憔悴しきった僕はそのままベッドに倒れ込み、気が付けば朝日。ベッドから這い出て、ブレザーに着替え我が母校佐久間高校へ。人間らしくなってきた佐久間高校へ。
チカチカと光るスマホを見てみると珍しくツグミからのメールだった。
「今日、登校の時かせんじきで待ってる」
なんだ?いや、分かってる。今日は2月14日、バレンタインデーだ。
去年のことは良く覚えている。なんせ顔に火傷を負ったのだから。
また度の過ぎた悪ふざけをお望みなのだろう。
かせんじきの冬は寒い。ましてや2月という日本で最も寒い時季。こんな時季にあまりいらんことはしてほしくない。
凍えながらかせんじきを歩いていると、前方に川を眺めるセンチメンタルチックな同じ高校の乙女がいた。近寄ってみてわかったがそれは乙女ではなくツグミだった。
いつもと様子が違う物静かな感じだが、騙されるわけはない。なんせ顔に火傷を負ったのだから。
僕が近くまで歩いて来ると、僕に気付いたようではっと僕を見る。
目が合うとすぐに目を逸らして、僕を見ないで横顔を見せながら小さい声で
「おはよ」
あざとい。騙されるな。顔に火傷だ。思い出せ。
「なんだよ、魂胆はみえみえだぞ」
と冷たく僕。
「ち、違うんだよ。去年はホント、ごめん。やり過ぎた」
とうつむき加減でツグミ。
ツグミのごめんは人生で二度目だ。
「いや、別にいいんだけどさ」
といつもと明らかに違い過ぎるしおらしいツグミについ体裁を崩してしまった。
ツグミは鞄をゴソゴソと探り、そして出てきた、薄赤い箱に入った何か。
「なんていうか、チャレンジトゥディリューションを一緒にやってくれたお礼とか、後……」
言葉に詰まるツグミ。
僕はもう胸の高鳴りが大変だった。
「後、なんだよ?」
と僕。
「言わせる気?」
か細い声でそう言い、顔が耳たぶまで赤いツグミ。
しかも目まで潤んでいる。これが演技なら彼女は間違いなく日本が誇る大女優となるだろう。
「い、言わなきゃ分かんないだろ」
と僕。
「言えないよ。バカ」
ツグミは目をきゅっと瞑る。
しばしの気まずい沈黙。
「分かったよ!花火大会の時から気になってていつの間にかイチローのこと好きになってたんだよ!女に告白させるなバカー!」
と捲し立てるように叫んだツグミ。
ツグミの声は真冬の河川敷の透き通った空気に良く響いた。
「受け取ってくれたらOKてことだからね。チョコとべんとーつくった」
「んっ」
と言い、僕の目の前に大事そうに抱えた箱を両手をピンと伸ばして差し出した。
ツグミの両手にはバンドエイドがいくつかの指に巻かれていた。
ツグミは目をきゅっとつむっている。断らない馬鹿はいないだろう。
僕はその箱を優しく受け取った。
ツグミのキズだらけの手に少し触れてトクンと更に胸が高鳴った。
受け取ったと分かるとツグミは目を開け、満面の屈託の無い笑顔へとみるみるうちに変わっていった。ふと、時計のカチカチという音が箱から聴こえるのに気付き、なんだろうと思い、箱に耳を近付けた。ツグミが後ろに二、三、四歩下がり、屈託の無い笑顔から、下卑た笑みへと変わっていく。
大物女優誕生の瞬間である。
嗚呼、約束が違うぞ、これは。忘れてるとでも思ったのか奴め。
心に響く凄まじい爆発音。後はただ、耳鳴りと、閃光。
諸君、喝采せよ。悲劇は終わった。
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