第13話
――見渡す限り真っ暗で何も無い場所へ二宮一郎は居た。
前方からパッと光が差し、誰かが歩いてきた。
それは、ぼんやりとしていて黒くて良く分からないがとにかく人間の形をしていた。「やぁ」とそれは話かけてきた。二宮は思った。この光景に見に覚えがある。そう、あの悪夢だ。やぁと話かけてきた『そいつ』は最後におぞましいことを言って、それから自分は目を覚めたのだ。と思い出した。
「またお前か。覚えてるぞ」
二宮はそいつに向かて指をさす。
「良い感じに高校生活を送っているね」
と『そいつ』
「まぁな。楽しんでるよ。それなりに」
「それにしてもなんだか、ライトノベルっぽい雰囲気になってきたね」
そいつはニヤリとして言う。
「なんだって!?」
二宮は素っ頓狂な声をあげる。
「おいおい、何驚いているんだ。何処からどう観ても、あんたの定義からするとこの世界はライトノベル臭プンプンじゃないか」
鼻で笑う『そいつ』
「仕方無いだろ!実際に起こっているんだから」
二宮は声を荒らげた。
「おいおい、何を慌てている?そもそもライトノベル臭がしたら何が駄目なんだい?」
『そいつ』は馬鹿にしたように言う。
「ライトノベルなんて俺は認めない!あんなの小説じゃない!ドカアンだの陳腐な効果音を乱用したり、ページをめくるとたまに漫画チックな絵があるなんてどういうことだ!小説とは想像を楽しむものだろう。絵を入れるなら漫画やアニメを観たら良いじゃないか。ふざけやがって」
『そいつ』はカンカンカンと甲高い声で笑い出した。
「何がおかしい!」
二宮は唾を飛ばして叫ぶ。
「小中高生の読書量は、2000年代に入って急上昇している。最も読書量の多い県では人口1人辺りにつき、9冊も読んでいるという統計が出ているのだ。若者の活字媒体への関心と読書量は増大しているんだ。何故だか分かるかい?それはライトノベルの流行によるものなのだよ。一方純文学は衰退している。有名な文学賞なんかでは若者を受賞させることによって意外性でメディアを注目させるが、それも衰退の過渡を止めることは出来なかった。そもそもライトノベルが純文学に劣るというのは一体何を持って言っているのだ?文体?文章の美しさ?内容?人格的においてはあんたのような文学青年気取りのほうが劣っているだろう。ライトノベルを侮蔑している時点でな。純文学が衰退するのは商業主義ではないのだから、当然かもしれない。しかし純文学業界は純文学の信念を貫いていない。話題性を売りにしようとするなど、商業主義そのものではないか。衰退するのは彼らが信念を曲げるからだ。もはや今の純文学は純文学とは言えない日本語の美しさとやらが欠如したシロモノばかりだ。それはまるで君が言うライトノベルのようじゃないか。最も彼らの言う日本語の美しさというのは良くわからないけどね。そもそも彼らが良く言う正しい日本語ってなんだい?正しいの定義は?文法ってのはとても曖昧なもので、どれが正しいだとか間違っているだとか明確に定義することさえできないんだよ。元々語学というのは相手との意思疎通のための道具だろう?それならば相手に通じる言葉こそが正しい日本語ではないのかい?本来ならば機能美に優れているということこそ大事ではないのか?
いいかい。時代というのは変わる。どうしてその歳で頑固爺のようになる?いいことを教えてやろう。明治中期の新聞にはこう書かれていたことがある。
『近年の子供は、夏目漱石などの小説ばかりを読んで漢文を読まない。これは子供の危機である』などと批難され、悪書追放運動が行われた。歴史は繰り返されるのだ。
いいか。市場はもはや純文学を必要としていないのだ。純文学は死んだ。なんなら純文学と一緒に心中するか?純文学業界はそれを望んでいないで自らの信念を捨て、生き残ろうと必死のようだが」
『そいつ』は言いながらカンカンカンと笑う。
二宮は頭の中が真っ白になっていた。まるで全てを否定されたかのようだった。
『そいつ』はとどめをさすかのように言った。
「あんた、なんだかんだ言いながらこの世界に馴染んでいるじゃないか。あんたなんて言った?まぁな、楽しんでいるよ。それなりにって言ってたじゃないか。素直になれよ。あんたの言う信念や真理を求める姿勢などといったものはつまらんもんだよ」
はっと声を出して僕は目が覚めた。背中が汗でぐっしょりと濡れていた。
なんだか覚えていないが悪夢を見た気がする。汗を拭いベッドから這い出る。汗で濡れたせいで余計に寒い朝だった。あまり寝た気がしない。おまけに今日は曇りだ。少し憂鬱な気分になる。
「一郎!いつまで寝てるの?」
下から母の叫ぶ声。
僕達、Challenge to delusionは突っ走った。
『悪戯』とは悪ふざけという意味である。それは他人のためにならないことだ。
しかし僕らは悪戯ではなくて良戯だ。他人のためになる良ふざけによって眠気眼を覚醒していった。
2学期の始めに起こしたのは成績革命だ。学年で最下位争いをしている30人の生徒達を集め、彼らを全員トップ30にまでひっくり返してやろうという良戯だ。
まず、彼らを覚醒するためにあらゆる方法を駆使して彼らに成績向上の意欲を与えた。高校の成績がいかに将来に響いてくるか。それを高校の勉強を怠った結果、相当路頭を彷徨っている30人を集め、果てはギャンブル依存でホームレスになったり、薬物依存で傷害事件を起こし、刑務所に行ったり、アルコール依存で交通事故を起こし、交通刑務所へ行ったり、彼らの悲惨さを写しだしたドキュメンタリー番組と、逆に高校の成績が優秀だった結果、社会のあらゆるジャンルで活躍し、充実、幸福、家庭円満な人生を送っている30人を集め、彼らの喜びに満ちた姿を映しだしたドキュメンタリー番組を創り、観せつけた。もちろん、学校の成績で人生が決まるわけではないことは100も承知だ。ただ、頑張らないと、良い地位は得られない。学校の成績は頑張った証拠になる。もちろん、他のことで秀でていればそれをやれば良いが、ほとんどの成績の悪い一般ピープルは、自分のしたいことも分からず、そのくせ勉強することを怠り、惰性の中で生きていき、そういった人はほとんどの場合ろくな人生を歩めないのだ。やはり、頑張らないといけない時は頑張らないといけないのである。それから、学年トップのクラス長山田を塾長とした裏佐久間塾を開講し毎日テスト勉強に励んだ。
駄目な人というのは何故駄目なのか。それは継続することが出来ないからである。
よって継続させるためにはこれでは不十分なのだ。彼らのモチベーションを維持することは出来ない。しばらくすると彼らのモチベーションが途切れてくるのがわかった。ここで僕はモチベーションを維持するためのあらゆる方法を考えた。
ここにサッカー部の時の経験を生かし、『女子の応援』というスパイスを与えることにした。これによって彼らのモチベーションを維持することが出来たのだ。
自宅に帰ってからも女子の応援メールが暗躍した。彼らはそれはもう、四六時中勉強に励んだのであった。そして9月の期末試験は見事この最下位争いを繰り返す30人全員がトップ30へと君臨することが出来たのだ。
先生達はこの非常事態に驚き、職員会議が開かれるまでとなった。
結局またもやエロの力を借りるハメになったのは癪に障るが。もちろん他にも方法はあるだろうが、今のところエロの力が最も有効だと知っているからこそ、エロの力を借りるだけである。
次は運動会では簡単な良戯を行った。
100メートル走でトップを走っていた生徒がゴール手前で走るのを止め、最下位の生徒を待ち伏せて、最下位の生徒と肩を組んでゴールをするという良戯だ。
これをいくつかの競技に交えた。これは競争社会に対するささやかな反抗である。
次には、ある先生は生涯で一度も泣いたことが無いと言うのを自慢にしていた。
その先生を泣かせてその悲しいプライドを砕いてやろうという良戯を施した。
先生に対して2ヶ月掛けて手の込んだ感動的なドッキリを仕組んだ。
先生は僕達のドッキリにまんまとハマり、ドッキリが終わる頃には今まで溜めていた涙が全て流れたのではないかというほど泣きじゃくった。おそらくバケツ3杯分は泣いただろう。
このようなあり得ないということが次々と起こるうちに、生徒達も馬鹿じゃないので誰かが裏で糸を引いているというのに勘付いてきた。
政府の陰謀説、フリーメーソン説、果ては宇宙人説にまで色々な噂が飛び交った。
しかし事の真相は謎のままだった。
だが生徒会会長の及川だけは、僕達が仕組んでいることだと確信を持っていたようだ。僕達の尻尾を掴もうと躍起になっていた。
一度、伊集院世阿弥が、ある良戯のためにトラップを張っていると、生徒会会長とその部下達が何処からともなく現れ、伊集院を取り囲んだ。
その時は夜だったので伊集院は持っていた上着を持って顔を隠して姿は見られていなかった。及川は「お前は誰だ!顔を見せろ」と言う。
伊集院は隙を伺っていた。
及川は部下たちに奴を捉えよと命令し、部下達が伊集院を一斉に捕まえようとした時に、伊集院は常備していた煙玉を地面に叩きつけ爆発し、煙が辺りを包み込んだ。
数秒して煙が消えると、伊集院の姿はもうそこには見当たらなかった。
何故、そんなものを常備しているのだろう。伊集院もほとほと、訳の分からない人物である。
そんなこんなでまるでジェットコースターのごとく、高校生活は流れていく。
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