第12話

 まだ暑さは変わらず残っているが、所々に秋を匂わせる変化の兆しが見え始める9月。始業式が終わり、久しぶりの生徒達との再開にテンション上がるみんな。

 昔の僕なら、この、愚民どもが。訳の分からぬことではしゃぎおってからに、と思いつつ、そんな彼らを蔑んでいたが、今では僕は踊る阿呆と見る阿呆の理論で共にテンションを上げてはしゃぐようになった。

 その日、早速Challenge to delusionのミーティングが行われた。場所は公園から、森山駅の近くにあるカタルシスという喫茶店へと移った。この喫茶店はツグミの友達が経営している喫茶店で、店長は元インディーズのパンクバンドでボーカルとして活躍していた。その名残があり、店に入るとすぐにEpistolistのどでかいポスターで客を招いてくれる。灰皿は全てドクロの灰皿で統一されていて、昔のパンク・バンドのレコード盤が飾られていたりする。

 店員も耳に痛々しいほどの量のピアスをしていたり赤の髪の毛をツンツンに立てていたりするとても攻撃的な店である。

 Challenge to delusionは4人掛けのテーブルをくっつけて8人掛けにしてそこでミーティングをすることにした。

「みんな、元気そうだね」

 笑顔で氷をごりごりと食べながら遠藤。

「ところで、君、誰だい?」

 笑顔で問う遠藤。

 隅っこにオールバックで一重の鋭い眼差しを持つ、まるで何かの格闘技をしているかのような、いや間違いなくしているであろう体格の男が居た。

「はは、やだなぁ。冗談でしょ?」

 笑いながらコーラを一気に飲み干す男。

「も、もしや……」

 と僕。

「え、嘘」

 手を抑えて鈴香。

「相川!?」

 とツグミ。

「分からないほど変わりましたか?はは」

 と相川。

あの枯れ枝のような腕が今や面影が無いほどたくましい腕となり、上腕三頭筋が半袖のカッターシャツからはみ出てパツンパツンになっている。

 胸板なんてカッターシャツから盛り上がりを見せるほどになっていた。

 顔も真っ黒に日焼けし、顔の所々に傷があった。

 そして口調さえも堂々としていて全てにおいて別人となっていた。オーラからしてプロの格闘技を匂わせる。彼に喧嘩を売るのは地上最強を目指すような輩ぐらいだろう。僕らの反応を見てご満悦そうな村井。

「ちょっ、なんか手術とかしたりマッドサイエンティストのシマヅに変なクスリ貰ったりしてないよな?」

 僕は彼のあまりの変貌ぶりにドーピング等の人体改造を疑った。

 がはは、と笑いながら村井は言う。

「そんな武道に反することはしませぬ。彼のために有名アスリートや格闘家を始め、スポーツトレーナーや専属栄養士など、プロの専門家の意見を集結した『最強の男プロジェクト』というプロジェクトが発足されたのです。40日という超短期間の間でいかに肉体改造し、いかに強くなれるかということを目標としたプロジェクトです。世界中の名だたるトレーニングを取り入れて練に練った鍛錬方法かつ究極のハードスケジュールなので、40日が限度とも言えます。結果は彼をご覧になっても分かるとおり成功と言えるでしょう。前半は私のジムに寝泊りしてもらい。そこで世界一流の名トレーナーが付きっきりでひたすら筋肉トレーニングをし、筋肉肥大化のために世界一流の栄養士によって大量の食事を摂取していただきました。そうして始めの20日を過ごします。彼の肉体は経ったの20日で以前の面影は無くなりました。この結果はギネス記録に載るでしょう。そして次の20日は高安山で野宿をし、自給自足の生活を虐げられながらの修行です。ここでは主に空手、柔道、合気道、骨法などといった格闘技を伝説の格闘、史上最強の武人と謳われた生きた伝説である小山倍達師匠から訓練を受けました。小山倍達師匠は弟子を取らないので彼が最初の弟子となったでしょう。小山倍達師匠は既に齢90の高齢であり、自分の寿命は長くないと悟っていました。彼は本来は自分の究めた武術を世に残そうとは考えていませんでした。だから私達の申し出も断ろうと思っていたそうです。しかし、相川君の目を見た時に、思いは変わったそうです。彼こそ私の全てを受け継ぐことが出来る。そして、受け継がないといけないと思ったらしいです。高安山で小山倍達師匠の地獄の訓練を受けながら、メンタルトレーニングのために滝に打たれたり、自給自足で動物を狩ったり等して、サバイバル生活をしました。こうして彼は40日の間で完全に生まれ変ったのです。私達のプロジェクトもさることながら、この凄まじい猛特訓を最後までやり遂げることが出来た彼の精神力に敬意を表します。並大抵の精神力でないと、やり遂げることは不可能です。相川君の受けた40日の訓練は10年の修行に値します」

「な、なんだか凄まじいプロジェクトだけど、お金かからなかったの?そんなの無償で出来るものなの?」

 遠藤は口に入れて頬張っていた氷を思わず吐き出しそうになりながら言った。

「はい。私の父は格闘技界では名のしれた著名人でして、最近父が学校のイジメに関しての対策と傾向を政府に要請されていました。そのための援助金が出されていまして、その資金で賄うことが出来ました。このプロジェクトは相川君がイジメっ子から自分を守ることが出来た時に初めて成功と言えるでしょう。ちなみに相川君は昨日、山から下山してきまして今日始業式に間に合わなかったので、まだイジメっ子とは遭遇していません」

 てへへと頭を掻く相川は言う。相川の手は肉厚があり、木でも殴っていたせいなのか、異様な形をしていた。

「今日、村井さんに僕をイジメてた奴らに手紙を渡してもらったんすよ。その手紙には、金輪際、あなた達にお金を渡しません。もしこれ以上、私に対して恐喝や嫌がらせをしてくるのなら、私は自分の身を守る手段として刑法に則って正当防衛をさせていただきますと書いた手紙ッス」

 語尾がおかしくなっている。

「彼らは手紙を受け取り、読んだイジメていたリーダーの者は、私の胸ぐらを掴み、あのガリヤローは何処にいると目くじらを立てて怒鳴ってきました。私は彼は2時間後に君達がいつも暴行をしていた所で待っています。と言い、私はその場を去りました」

 淡々とした口調の村井。

「私はプロジェクトの結果をビデオカメラで撮影するために現場で隠れて撮影しなければなりません。みなさんももちろん行くでしょう?そろそろ時間です」

「血が騒ぐわね。じゃあ行こう」

 居ても立っても居られない表情のツグミはテーブルを叩き立ち上がった。

 佐久間高校から森山駅に行く方面の遠回りにある人通りが少ないある路地裏に連れていかれ、相川はいつも暴行を受けていた。

 彼らは既にいた。いつもは3人でつるんでいる奴らなのに10人もいた。相川が仲間を呼ぶと思ったのだろう。彼らは俗に言うヤンキー座りをしてタバコを吸っている。リーダー各の奴はピアスをした人相の悪いやつだ。おそらくわざわざ学校が終わって帰り道にピアスを付けているのだろう。ご苦労なことである。

 僕達は彼らの背後に当たる方へとまわり、隠れた所で様子を伺うことにした。

「それでは、相川どの。最後の訓練です。訓練内容は、彼らに負けないことです」

 そう言いながら村井は相川の背中に手を置いた。

 相川は小さく頷き、彼らのほうへと向かっていった。

 相川はポケットに片手を突っ込み自販機にもたれかかってタバコを吸っているリーダー格の側まで歩みよっていく。相川に気付いたリーダー格は少し仰け反った。

「な、なんだお前!」

 彼は必要以上に驚いた。相川のオーラが彼らの野生の本能に危険を察知したのだ。

 そこにいた10人はみんな一斉に立ち上がり、一歩、二歩と下がった。

 相川は彼らの前で立ち止まりリーダー格のほうを向き、口を開いた。

「久しぶり、今田君」

「お、お前まさか……相川か」

 今田は目をこれでもかというほど丸くして、口をパクパクとしている。

「はは、やっぱり分かんない?ちょっと夏休みの間に修行をさせてもらってね」

 余裕しゃくしゃくといった表情で頭をポリポリと掻く相川。

「てめぇ。俺を倒すために修行したのか?」

「へっなんだよ。あの柔道馬鹿の村井とかいう奴と一緒になって仲間でも呼ぶのかと思ってこっちも数揃えたんだが、必要無かったな」

 そう、言いながら不良が喧嘩をする時、相手に威嚇をして向かっていく時の両手をポケットに入れ、肩を入れ、少し大股で歩くという不良独特のファイティングポーズを取り、今田は相川の方へと詰め寄ってくる。

「愚かな。あんなに好きだらけで間合いに入ってしまっている。本来なら既に奴は相川君にやられているだろう」

 いつの間にか実況解説者になった村井。

「ぶっ殺すぞこらぁ!」

 舌を巻いて大声で怒鳴りながら、今田は相川の顔に当たるか当たらないかすれすれのところまで顔を近づけ、ガンを飛ばす。

 相川は怯み、昔のあの弱々しい表情に戻った。足が震えている。それを見て今田は下卑た笑みを浮かべながら言う。

「なんだ、ビビってやがんぜ。見掛け倒しだな。おい、修行したかなんだかしんねーけどよ、お前は見てくれがちょっと変わっただけでなんもかわんねー弱虫のヘナチョコヤローなんだよ。あぁ?」

 更に睨みつける今田。

「相川君、恐怖はねじ伏せるしか無い。思い出すんだ。熊を倒した時のことを」

 と村井。

「え!?熊倒したの?」

 僕は裏返った声で言った。

 相川は弱々しい表情から、また精悍な顔つきへと戻った。

「俺とタイマンしたいのか?お?」

 今田は凄みを効かせて相川を睨み殺すかのように、目からビームが出るかのごとく、顔を皺くちゃにさせて睨んでいる。もはやその顔はヒョットコのようである。

「それは望んでない。穏便に事を済ましたい」

 静かに、落ち着いた口調で相川は今田を優しい眼差しで見つめる。

「穏便に済むと思ってんのかこら?ぶっ殺すぞ」

 今田はその目が気にくわないようだ。更に顔を歪ませて、もはや誰だか分からない人相へとなっている。相川は静かに笑って言う。

「合気道の伝説の達人で塩田剛三という人がいた。彼の弟子が塩田剛三にこう質問したんだ。合気道で一番強い技はなんですか?とすると塩田剛三は笑いながらこう答えた。それは、相手を殺しに来た者と友達になることだよ。と。俺はそれを望んでいるんだよ」

 僕は震えた。遠藤が「サイッコー」と小声で喘ぐように言う。

 今田が怯んだように、一歩引いた。相川の言葉に呑まれている。

「てめぇ、なめてんじぇねぇぞ。敬語使えや?コラ?」

 今田はまたヤンキーファイティングポーズを取り、相川に向かっていく。

「敬語、使えやコラァ!」

 と叫び、今田は相川に向かって突進した。

 相川はまるで残像を残すかのごとく驚くべき速さで今田の背中に回った。

 今田は突然消えた相川にびっくり仰天。キョロキョロと辺りを見廻している。

 余りの速さで消えたようだったのだ。相川は進藤の背中に手を置く。ビクリとして振り返る今田。

「やめておこう。傷付けたくない」

 諭すように相川。今田の目が痙攣している。顔に浮き出た血管が今にも切れそうだ。傷付けたくないの一言にプライドが砕かれたようだ。

「おい、てめぇら!このクソヤローを囲め!ぶっ殺してやれ!」

 今田は相川から距離を保ち叫んだ。彼らはポケットからメリケンナックルやナイフを取り出し、相川の周りを囲んだ。

「光もんを出すってことは覚悟が出来ているんだろうな?」

 相川の目つきが鋭くなり戦意のある表情へと変わった。

「いくらなんでも10人はヤバイんじゃないの?」

 遠藤は焦る。

「しげちん」

 涙目の維菜。

「大丈夫です」

 落ち着き払った声で村井。

 相川が口を開いて何かを言っているが聞き取れない。村井が相川の喋っていることを代弁しているかのように喋る。

「心を空にしろ。形なきものとなれ。水のように無定形に。水をコップに入れれば、コップの形となる。ボトルに入れればボトルの形に、茶瓶に入れれば茶瓶の形となる。水はゆらゆら流れる。水は破壊することもできる。水になれ、友よ」

「どうして相川はファイティングポーズを取らないんだ?」

 遠藤は心配そうな顔で村井に尋ねる。

「合気道の開祖である植芝盛平は言いました。『真の武とは、相手の全貌を吸収する引力の練摩。だから、わたしは、このまま立っていればいい』と。宮本武蔵はこう言っていました。『平常の身体のこなし方を戦いのときの身のこなし方とし、戦いのときの身のこなし方を平常と同じ身のこなし方とすること』。彼は既に構えているのです。いつでも」

 相川がカッターシャツを破り捨てた。破らんでもいいではないか。勿体無い。

 相川の肉体を観て一同驚いた。維菜はキャア、エッチーなどと言いながら手で顔を覆っている。生々しい傷だらけのその肉体は筋肉隆々で鋼のような、まるでダイヤモンドの美しさのごとくの肉体美を誇っていた。

 相川の背中を観て、驚き、息を呑んだ。

「なんだ、ありゃ?」

 遠藤は目を丸くした。

 彼の背中はまるで……鬼の顔ッッ


 メリケンを嵌めた体格の良い男が相川に向かって殴りかかってきた。相川は当たるか当たらないか擦れ擦れで軽く交わし、彼の首筋に手刀を軽く入れた。

 すると彼はそのまま一気に全身の力が抜け、倒れこんで気を失った。

「な、なんだぁこいつ?」

 震える声で不良の1人が言う。

「ひ、怯むな!やっちまえ」

 という掛け声とともに一斉に相川に突撃する不良達。

 相川は1人1人の攻撃を難なく交わし、ナイフの持った男の手を持ち、軽くねじり込むと男はナイフを離した。相川はそのナイフを蹴りあげて、遠くへ放った。そしてその男をそのまま地面へと伏せさせた。男は腕を抑えたままもがいでいる。

 次に蹴りを入れてきた男の足をヒョイと持ち上げ、もう片方の足を足払いをした。

 男は情けなく、尻もちをつく。尻もちをついた男のコメカミに軽く掌底を入れると、白目を剥き、意識を失った。1人、また1人と次々と倒されていく不良達。

 時間にして、約30秒足らず。1人を残して不良たちは全てのされていた。

 その場で立ち尽くし呆然としている今田。

「今田、もうやめよう。俺は君と仲良くしたいだけなんだ」

 と相川。人格者である。

「決着か?」

 と遠藤。

「いいや」

 首を振り、続けて話す村井。

「今までイジメてきて徹底的に見下してきた相手に対して、『分かったごめん』と言えるほど彼は強くないのです。彼は自分の強さを誇示することによって、自分の弱さを隠してきました。彼が本当の意味で強かったのならイジメなんて決してしないでしょう」

「ということはつまり?」

 と僕。

「まだ戦いは終わっていないということです」

 と村井。

「へっ。ふざけんなよ相川。てめぇ。俺はお前を毎日泣かしてたんだぜ。色々とイジメてやったよな。お前なんか怖くねぇんだよ。思いだせよ。俺がイジメてた頃のことを」

 相川は俯いて震えている。怒っているのだ。

「ここからが本当の勝負です。相川どの。自分に打ち勝つのです」

 と村井。

「そういえば、一度お前のたった1人の友達も一緒にボコボコにしてやったよなぁ。その次の日からお前の友達は口を全く聞いてくれなくなってたよな。あれは傑作だったぜ」

 震える声で涙を目に浮かべて言う今田。

 その瞬間、相川は今田に掴みかかり、足払いで倒し、馬乗りになった。

「いかん!相川どの!」

 思わず飛び出しそうになる村井。

 相川は今田を目掛けて右拳を振り上げた。瞬間、衝撃音とともに地面が揺れ、地面が揺れた。そう、地面が揺れたのだ。そんな馬鹿な話があるのだろうか。それが今ここにあるのだ。思わずみんな目をつぶり、地面に伏せていた。

 はっと顔をあげると辺りに砂煙が立ち込めている。今田、死んだんじゃないのか?

「相川どの!」

 思わず村井は相川のほうへ駆け寄る。僕と遠藤も続けて駆け寄った。

 相川は今田の顔のちょうど横に拳を殴りつけていた。

 相川が振り下ろした先の地面は大きく凹み、ところどころに亀裂が走っていた。今田は白目を向いて失神している。怪我は無いようだ。

 相川はボソッと呟くように言った。

「小山倍達師匠が言ってたんだ。『相手を憎み復讐するということ。それすなわち、相手の悪に呑まれているということ。最も強い者は相手を赦すことが出来る心である。自分の心を悪で染めるな。復讐を遂げた時、お前は敗北したことになる。勝つのだ。自分の悪に』と」

「相川どの……成功です。武を極めました」

 そう言いながら村井は目に涙を浮かべて相川の肩に手を置いた。

 マジか。40日で武を極めちゃったのか。と思いながらつい今しがたバイブにより、メールが来たことを知らせているスマホの画面を開き、メールを確認する。母からだった。

『さっきテレビ観てた時地震あったけど大丈夫?震度は2だってテレビで言ってたけど大丈夫?』

 そんなアホな。

 なにはともあれ、こうしてChallenge to delusionの二学期が始まった。

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