み月  日々、頑迷 前編

「よう、陽、コレからさ、デパートの屋上で大食い祭りやってんの。食いにいくぞ!」

 季節は夏。中学生には夏休み。その夏休みも後半を迎え、中学一年二年生達は夏休み最後の思い出に、と遊びにいったり、帰省先から帰ったり、宿題を済ませたり、満喫できるでしょう。

「あ、譜導君。図書館で勉強? 私、息抜きに本を読みに来たの」

 けれども受験生はそうもいかなく、受験勉強の名目があるため、それなりに出掛ける事は少なく、対策がしっかりしてない人間は、勉強に励む日々が夏休みにもあるのでした。

「あきら〜、宿題教えてくれねえ? わからねえんだよ」

 俺だって適当だから教えても意味ねえよ。お前はそれよりも受験勉強しろ。

 そんな夏休みの日数を削っていく中、譜導陽は中学最後の暑さにうちひしがれ、受験勉強を自主的に行ないます。

「譜導君、この間の本ありがとう、返すね! これお礼に夏みかん、あ、今度勉強一緒にしようよ!」

 一緒に勉強って、絶対捗らないものだから嫌だ。教えるか教えられるならいいけどさ。

 なぜだか約二名の人物が数日事に譜導に話しかけてくる事が多くなっていました。別段、加凪以外は鬱陶しいとは思わないのですが、それでも普段喧嘩や電話等でしか口を開かない譜導にとっては喋る頻度が上がったような気がします。

 けれども譜導は気に留めずにいつも通りの休みを堪能していきました。

「よう陽、花火大会行こうばあぁ!」

「お前少しは、勉強しろよ!」

 玄関が開けられればその一言に譜導はぶち切れ、加凪を正面から蹴り飛ばしました。間一髪でガードをした本日の加凪はひと味違うようで。

「どうせ暇だろ!」

 加凪は譜導をそう決めつけますが当人はそれをよそに、要点の一つだけ追求します。

「言うじゃねえか、そんなお前なら勉強は無問題か?」

「してるよ、言われるとやる気をなくすだけで、一応やってんだよ」

「その一言でもう疑うよ。やる気とか色々」

「それに運動した方が頭の回転が速いだろ?」

 良く言うぜ、この間も遊ぼうと散々駄々こねていたくせに。断ったけどさ。

 譜導の目つきは段々可哀想なものを見るそれに変わりますが加凪は気にも留めません。

「それよりさ、おーい、二人とも」

 加凪が何かを呼びつけたようで外に向かって声を上げます。すると二人の女子が入って来ました。一人は最近見かける事が多かった真野澄水、もう一人はあのプールの日(未遂)以来顔を合わせなかった少女、羽根巻音子です。

 二人は今日の日に合わせた様に着物を着ていて、真野は白を基調に羽根巻は紫を基調にしたものでした。

「どうよ、超いいものだろ!」

 加凪が鬱陶しいのだ。

「ど、どうかな譜導君」

「…さーどうかな、いいんじゃねえの?」

 とりあえず適当に答える譜導ですが真野はそれでも嬉しそうに笑顔です。

「どこに連れて行かれるのかと思ったら、まさかこの人の家だとはね」

 深いため息で羽根巻は目線を外に向けます。その目つきや視線はどうにも譜導を見たくない様子でした。加凪は苦笑いですが、けれども勢いは衰えず譜導に言います。

「じゃあ準備しろよ陽、早くいくぞ」

「……Why?」

「え? ええっと何? じゃなくてどこ…何故かって! まあ、とにかく準備だ! つーかお前はその格好でいいから財布と携帯持ってこい!」

 よく見れば譜導の格好は黒を基調としてストライプの甚平でした。彼は家では普段この格好が多いのですが、花火大会に向かうとしてもその格好は外に出ても違和感がないのかもしれません。けれどもそれ以前に譜導は未だに訳が分かっていません。

「行くなんて言ってねえぞ?」「行くんだよ! 花火への好奇心をわかせろ!」「私はそれを拒絶する! 人ごみに行くなんて業火に飛び込む所業だ! 花火は家から見るんだよ俺」「え、お前んち見えるの? 初耳なんだけど」「言うわけないじゃん」

 ま、川近いからな。急に新たな情報が入り戸惑う加凪ですが当然のように最後の一言に呆然としてしまいました。ひどい…。

 ただここでは引くまいとなんとか策を考えます。すると真野はそれをフォローするようにと頑張り、一言告げてあげました。

「譜導君、せっかくの腐れ縁でも友達なんだから少しは考えてよー。いい?」

「良くないよ、第一、前もって連絡も来てないのに準備も素直も無いんだよ。なーバカナ」

 真野の言い分もどこ吹く風のようで、その後は罵倒の言葉を加凪に向けて彼の頭をグリグリと拳で潰します。加凪はグリグリされるたびに段々縮んでいきました。

「こんな面倒な奴、放っておいてもいいでしょ。もう行こうよ」

 羽根巻は譜導の事などどうでも良く、もう真野が入れば即座に花火大会の祭りに行こうと考えていました。

「まあまあ、音子ちゃんも…でもそっか、三沢君忘れてたのね、次回からは気をつけよう」

「真野、お前はしっかりしてるな」

「うん、だからその伝え忘れの確率を下げるためにメアドを交換しよう!」

 ・・・・・・。メアドの交換てこういうときにするもんだっけ? 思わず間をおいて考えてしまう譜導です。自ら申し出ることも言われることもないことを言われて固まってしまったのでした。

「……どういう事だろうコレ」

「交換するの、持ってるんでしょ?」

「え? ああ、携帯はあるけど…なんで交換するんですか? 売るんですか、一銭の価値にもなりませんよ?」

「売らないよ、言ったでしょ。伝え忘れを防ぐためって、ほら出して?」

 真野は自分の巾着袋に入っていた携帯を取り出し、譜導の前に突き出します。途端に譜導はいろいろ考えを巡らせて結果的に拒みたくなってきました。なにやら縛られる感じがして嫌だそうです。

「…面倒なんだけどやらなきゃダメかな」

「おや? こんなところに譜導の携帯が」

 こいつはいい加減どつきたい。加凪がどこからか持ち出した譜導の携帯を少年はしっかりと取り上げ、仕方がなく自分の携帯を突き出すことにしました。「譜導君のはスマホなんだね。私はアイフォンだよ」「どっちもスマホだよ」

 しばらくすればお互いの携帯から軽快な音が鳴れば交換が終わったようです。真野が確認をすると携帯には名称未設定受信済みと表示されていました。

「譜導君…名前入れてないの?」

「え? ああ、設定してないんじゃない? そこら辺見るけど、弄ってねえし」

「お前、俺の時からまだ変えてなかったのかよ」

「三沢君交換してもらえたんだ、てっきり譜導君は拒んでるかと」

「違うんだな」

 しかし真野の予測的発言は譜導の言葉に否定されました。さりげに酷いことを言う真野ですが譜導の方が普段、圧倒的に酷いので加凪はどうでも良さそうです。

「コイツ勝手に携帯登録する時に付いてきやがって、勝手に俺のを登録しやがったんだよ」

「ああ、そんな感じなのね」

 加凪の努力に近いようなエピソードを聞いて、真野は何とも言えない顔でした。そして携帯を登録画面に移すと、真野はある事に気がつきます。

「…あれ? 譜導君、メアドは?」

「え…メアド?」

「これ、無いじゃん! メアド! なんで?」

「え…マジで?」

 真野の言葉に何故か加凪が驚き、自分の携帯を開きました。譜導陽の項目を見てみると確かにメールアドレスが存在していなかったのでした。

「お前はそれ以前に登録したからだろうが」

「あ!」

 ただのアホじゃん。譜導はそれに一瞬思わず目を伏せてしまいました。

「でも何で無いの?」

「そいつぁ…幼怪メアドクイのせいだな」

 冥土食い? 譜導の唐突な説明に真野は目を丸くして突然の単語に疑問を抱きました。メイド食い…。加凪に至ってはどうでもいい事を頭で書き換えています。

「いつの間にかメアドを食ってしまう幼怪だ」多分、寄生虫の類だと思うんだけど。すでに自分の言っていることで矛盾が生じていますが譜導は淡々と続けます。

「出会ったが最後そのメアドを二度と使えなくなり変更手続きを余儀なくされると言う恐ろしい妖怪だ」

「マジかよおい」

「そんなのが――」

「いるわけ無いでしょ、嘘も大概にしなさい」

 加凪と真野が信じて恐怖している中、羽根巻はきっぱりとそれを嘘と断言しました。

「嘘だけど、何で信じてるんだよお前等」

「ケータイ持って、まだそんなに日が経ってないからさ」

「そんな淡々というんだもん」思わず信じちゃった。そんな真野でした。

「真野君、疑う事をもう少し覚えないか?」

 本当に心配になる羽根巻をよそに譜導はこれまた淡々と作業を終えたように携帯をポケットにしまいます。

「それで、メアドは結局?」

「持ってないな」

「そうなのね」

 シュンと落ち込む真野ですが、ここで終わるわけにはいきません。二人は羽根巻を巻き込んでどうにかコレを引っ張り出すことを模索します。

 けれども譜導は間なんて持たせてくれませんでした。

「じゃあ、俺はコレで」

「おいこら待たんかい!」

 加凪は譜導が閉めようとする扉に足を掛けて、さながらドラマに出てくるセールスマンや借金取りの様に閉めさせません。夏の暑さか汗が止まりませんがとっさに口を開いていきます。

「なーワレどっちがいい? 親父さんに話しを付けて家に全員上げるか、それとも強制的に外に引っ張りだされるか…」

「それは喧嘩を売ってるな?」いいぞーいくらでも買うぞ。譜導のやる気の方向は依然として自分の心のままに上げ下げを繰り返します。

「無粋な事はやめましょうや…あんさんがどちらかを選ぶだけで問題は片付くんですぜ?」

「鬱陶しいな…やめろ顔をドアに挟むな!」

 段々顔だけ寄せてくる加凪に譜導は気色悪さを感じ思わずドアノブを離してしまいました。また扉は全開になり、夏模様真っ盛りの外の景色が広がります。

 外には祭りに向かおうと老若男女達が入り交じり進行していました。祭りに行けば人だかりにもまれてそれなりに交通も悪くなるでしょう。それを考えて譜導はうんざりとしたように態度が変わります。

 多分、加凪は親父さえ引き出して強制的に家に上げかねない…こいつ。自分が家主じゃない(親父の家だから)と知っている加凪だから、その強攻策に出るのでしょう。

「…外には行かねえ、家には入れてやる、存分に花火なんか見てろ」

 そして譜導は開け放っていたドアを放って中に引っ込んでしまいました。開け放たれ誰も支えなくなった扉はそっと閉まります。どうやら許可は降りたようです。

 まあ、そう簡単じゃねえか。加凪はそれでも今は良しとして二人に話しかけます。

「…許可は出たけど、どうかな? 花火は見れるけど祭りは向こうだけだし」

「私はいいけれど、音子ちゃん。どう?」

 譜導に対して良い印象を持たない羽根巻に様子をうかがうように真野は訊ねました。

 それを受けて羽根巻は仕方がなさそうに息をつき答えてくれます。

「まあ…私も人ごみは得意じゃないし。いいよ、別に」

 その言葉に真野はパアッっと嬉しくなりました。思わずガッツポーズの加凪です。

「よしよし、じゃあ俺は買い出しにいってくるぜ! せめて何か食い物とか飲み物とかな!」

 加凪もやる気を出すと玄関の扉を開けて急に一人でを喋り始めました。いや、どうやら扉向こうには譜導がいるようです。

 その二人の話をよそに真野と羽根巻も話を続けます。

「ごめんね、何か無理強いしたみたいで」

「澄水君と一緒なら別に私は…それよりも君もよくアイツを誘う気になるね」

「…なんかさ。譜導君てさ。興味なさそうでも、冗談は多くても…なんだろう、まっすぐにやってくるからさ。ちょっと面白いなって」

「そう、興味持っちゃったんだ…私は野蛮人としか、どうでもいいがな」

 目を細め、醒めた表情で羽根巻は譜導の家の扉を見つめます。羽根巻の位置からは譜導は見えませんが、加凪が喋っている様子からやはり居るのでしょう。

「大丈夫、きっと良い所を見つけられるよ」

 真野は羽根巻を信じるように笑顔で言いました。

「…はあ? ダメに決まってんだろ! とりあえず俺は買い出しに行くから…お金の問題じゃないの! まず俺は買える年齢じゃねえそんな物!」

「…なんか、余計に嫌いになりそうだよ」

「あ、あはははは」

 向こうの会話に真野は苦笑いを浮かべるしかないようです。

 その後加凪は買い出しに向かい、真野と羽根巻は譜導に案内され二階の見晴らしの良いベランダ付きで四畳半ほどの洋室に案内されました。

 一つのテーブルと椅子だけがぽつんと置いてあるその洋室で、そのテーブルや椅子をベランダ側に寄せて花火鑑賞の準備を進めていきます。すると加凪が帰宅しました。

 加凪は屋台にも行っていたようで、出店に並んでいたような、焼きそばやたこ焼き、綿菓子等々、さらに1.5ℓのジュースも三本ほど携えて帰宅しました。

「そ、そんなにどうしたの?」

「あ? あ、張り切ってたらいつの間に!」

 真野に聞かれるまで無意識に買い物をしていたようです。

 とにかく、和気藹々とそれらを四人で豪勢にテーブルに広げて、いよいよ準備は整います。

 花火が咲くまで時間がまだあります。真野はお手洗いを借りてまた洋室に戻って来ましたが、すると先ほどまで準備を進めていた譜導が見当たらない事に、真野は気がつきました。

「あれ? 譜導君がいない」

 ぼそりと一言呟いて室内を見渡します。加凪の話しに羽根巻が醒めたように聞いているのが視界に入りますが譜導は見当たらないのです。ふと、ベランダの方に視線を向けてみると人影が見えました。

 二畳ほどあるベランダに出てみると譜導は缶を片手に凛とした佇まいで外を眺めています。まだ中学生なせいか様にはならないのですがそれでも譜導は気にせず遠く向こうに聞こえる祭り囃子に耳を傾けています。

 静かにしていると楽しげにしている音が聞こえてくるようです。

「どうしたの?」

「…座敷童か、元気だったか?」

「え、居るの?」

「いねえよ、疑いなさいもうちょっと」

 譜導は飲み物を含み喉に通すとそのまま首を柵に寄りかけました。

「何か今年の夏は特に譜導君と遊んだね」

 言われたことに記憶を模索しますが、一向に遊んだという覚えが譜導には出てきません。

「遊んだ…え? 遊んでたか?」

「…そうだね、遊んだことはないかも」

「あ、勉強はしたかもな。偶然出会ったのもいくつかあるし」

「同じ街に住んでるんだもの、そりゃ出会うよ」

「そういうもんか」

 どうでも良く譜導は再び佇まいを正し、夏にぼやけて見える向こうの光に目を通します。

「譜導君と友達になれて良かったよ。私は」

「ん? そうか」

 あまりにも軽い返事言葉に真野は思わず譜導を見てしまいました。譜導は加凪を友人というくくりで拒んでいた人だったので、思わない返事だったようです。ただ今の譜導は鉄面皮と言える顔、何を見ているのか遠くを見つめていました。

「…よかった、友達になれてて」

「どういうこと?」

「いや、分かってないならいいんだなけどさ」

 すると唐突に譜導はポケットにしまっていた携帯を取り出し、親指で簡単に操作すると何かを見つけたようでそこで指を止めました。友達…互いに心を許し合って、対等に交わっている人。一緒に遊んだりしゃべったりする親しい人。国語辞典より。

「友達…コレ、だよな」

「えー、調べちゃうんだ…」

「でも、最近の友達と言う言葉は意味を持ちすぎだろ。もうコレに正しい意味を見いだすのは無理だな」

「そうかな、譜導君はちょっと固いんだよ。思えたら友達でもいいじゃない」

「よく解んねえ。大丈夫大丈夫、友達だしいいだろ」

 …なんだろう、この人の友達感覚が不安でしかない。暑いのか少し汗ばむ真野です。

「ねえ、譜導君」

 しかし真野が何かを言い切る前に、大きく音と立てて空の星が一瞬見えなくなります。見上げれば一つの大輪が早送りで花開くように夜空で一瞬輝いていました。

 時間とともに突如、轟音が色とりどりに夜空へ照らされていくと、それに釣られて中に居た加凪と羽根巻もベランダに顔を出して来ました。

 新しい花火が打ち上がるたびに加凪は盛り上がり定番のかけ声を、それと共に真野も心を呼び戻し花火にみとれ、羽根巻も写真を撮っていました。

 譜導はしばらく見ているとお腹が空いたので、洋室への出入り口に置いてあった椅子に腰掛け、近くのテーブルにある焼きそばを取り、頂いていきます。

 うん、うまし。「やっぱ屋台の焼きそばって普通の焼きそばと絶対違うわ」独自の感性でもった感想を一つ、屋台の焼きそばをすすりながら、今だ夜空を照らすイロトリドリと爆音に夏の風情を感じては譜導は空腹を満たします。

 あーお前先に食うなよ! 屋台の焼きそばは何か違う感じするのは確かにそうだけどさー! …ちっ、聞こえてたか。

 危機感のない受験生達の一夜の休日は過ぎていきました。

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日々、日常 デイリーアクト 福山 哲<<ふくやま さとし>> @farblue

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