ふた月 日々、猛暑

 暑い日々が続く。彼らの休日は未だに終わらない。そんな終わらない日だからこそ思い出という事をつくりたくなる。暇ではないが遊びたいからだ。

「そうだ陽、おふくろが和菓子持ってけって言ったから持ってきてやったぞ」


「ありがたいけど・・・あ?」


 たった一人の少年を譜導は睨み付けながら、差し出された和菓子の入った袋に手を伸ばし受け取ります。


「それから今日黎明学園でプールの一般解放があるんだって」へ〜。

 たった一言で流れるように始まる友達のような会話をぶつ切り、譜導は即座に家に戻ろうと家路に踏み入れました。


 しかし逃がさないとばりにその少年は道中に割って入り、譜導の帰宅を邪魔します。道の真ん中で謎の攻防戦のなか彼がまた話を続けます。


「そう簡単に逃がさねえよ」


「なんだなんだ。用事はもう終わったろ?」


「親父さんからお前を外に出すように言われたんだ、だから早く道具全部用意しろ」


 そう言いつつディフェンスを彼は張ります。
無駄に動きはするものの一定の距離を保って邪魔をしてきます。

「いい事を教えてやろう」「なんだなんだ」「俺は今外にいる」「つ…まり?」「お前が俺をお外に出す必要はもうなくなったわけだよ」「おお、確かに」「な、て事はだ。親父が言っていた俺を外に連れ出すという作戦はとっくに終わっているわけだ」「という事は?」

「これにて終わりさようなら」


「プールいくぞプール」


「ふざけんじゃねえ、外は暑さの亡国だ。ここにいるだけでも地獄なんだよ」

 夏休み。七月から八月を又にかけて入る学生の休暇日。それも半ばに入り本日、日本の都市内での気候は最高気温を指していました。


 そんな中、時計の短針が十時を示す頃、譜導陽と呼ばれる少年は自宅の和室にて口の中でアイスを溶かしていました。溶け切った後に残る支えの棒だけ咥え、一人仰向けで天井を見ては文句だけをはいていました。暑いだのヤバいだの暑いだの溶けるだの暑いだのと。

 しかしクーラーも壊れているようで、アイスと扇風機で我慢していたのですがアイスはなくなってしまい食べたいがために悩んだあげく、とりあえず何にもならない暑さへの文句だけはつらつらと出てきてしまったのでコンビニへ向かい始めました。


 そんなもので暑さが誤魔化せるわけではないのですが、それでもアイスが欲しい少年でした。ただそんな道中、暑さなんてものよりも譜導にとってはもっと暑苦しい存在に出会ってしまって、そして現在。


「じゃあまぁ!」


 そう怒鳴り付けますが一分経とうが十分経とうが一向に道を譲らない一人の少年。猛暑が続く中で無駄な踊りを取り、汗をかいてはノースリーブのシャツで拭き取り、長ズボン、サンダルを履いていた少年です。

 自分とは同年代とは思え無いそいつにため息が露骨に出てきます。中三だぞ中三。いいのかお前はそれで。いや、いいんだろうな。

 さらにその身なりを確認してみると、背中にはプールバッグのようなものを背負い先ほどまでは右手に茶色い紙袋をぶら下げていました。もう譜導にあげましたけど。

「じゃま…」


 三沢みさわ加凪かな。譜導が同年代でよく会うのがこの少年です。


 いい加減を知らず、止める気がないと察した譜導は行動に出る事にしました。タイミングを見計らい数秒・・・蹴りを入れました。ただ加凪に至っては物ともせず当たるよりも早く行動をして避けてきます。


「いいから行くんだよプールに、俺だって言われてなきゃ来なかったさ!」


 だったら来なきゃいいのに。心で呟く譜導ですが加凪はすでにプールの事に集中しています。


「いいから早く! 準備早く!」


「俺は受験生なんだ! 一人で行けばいいだろ、じゃあな」


「俺も受験生だから大丈夫だ! それに行く気全開なんだ! 一人で行ったってつまんねんだよ!」


 あまりにもしつこいと考えた譜導は徹底的に突き放すことにした。


「意味解らねえ、勉強しろよ、他のやつといけばいいだろ」


 すると少年は妙にするすると落ち込んでしまいました。どうやらこの言葉は程よく加凪を傷つけたようです。隙が見えたので退散しようとする譜導でした、がやはりそうもいかず加凪は譜導のズボンの裾を引っ張ります。


「放せ加凪!」


「遊べ! 遊べ! 遊べ!」


「怖いクソ熱い! 離せ! いかねえっつてんだろ!」


「何だと! ズボン下ろすぞ、俺は恥ずかしいぞ!」


 無駄なドヤ顔で加凪はズボンの両裾を持とうとしますが即座に譜導が蹴りをいれて行動を中止させようとしました。そこに一人誰かが声をかけて来ました。

「ふ、譜導…君?」

 呼ばれた苗字は自分の名前、当然呼ばれれば振り向く譜導は動きを止めるとその声がかかった方向に目線を向けました。

 そこに居たのは、偶然の形で三度出くわした事があるらしい少女、数日振りに顔を合わせたお人好しの少女、真野澄水。正確には少し話をして水浸しの譜導を家にあげて風呂に突っ込んだまでも覚えています。


 譜導の印象はこれです。


 ちなみに本日の印象はレースの施された白いキャミソールにスカートに見えるキュロットスカート。スカートなのにパンツ式。女子中学生ならそりゃ似合うだろう服装をしています。でもこの人、見た目が小学生の身長だからな。


 ふーん、白か…。そして譜導の視界にはもう一人見知らぬ少女が見えます。真野の横にいたそれを見てみるとロングスカートにオレンジで薄生地のトップスを着こんだ麦わら帽子の眼鏡少女でした。どうしたこいつ、衣替えを忘れて長袖なんか着て。暑そうだな。

「摩訶不思議さんだっけ?」

「真野! もう、覚えてよ!」

「悪い。真野だった。惜しかったな」

「どこが惜しいの!?」

 真野名乗った少女はどうやら先に気になる事があるようです。

「あ、この鬱陶しい奴に捕まってるんだ! 引き離すのを手伝ってくれ!」

「え・・・え? あれ? 陽、この子お前の知り合いか? 女の子の!? 女の子の知り合いなんて居たのか貴様」「それくらい居たっておかしくないだろっ引っ張るな! ズボンを引っ張る、ん、なー!」「お前!? 何ちゃっかり女子と仲良くなってるの!? 俺だって何か避けられる事多いのに」「それは今までの行いを振り返ればわかる、さあ走馬灯の時間だ! 振り返ってこい!」

 譜導に女の子の知り合いが居た事に加凪は大きく動揺します。その結果ズボンを引っ張る力が強くなります。それに対して譜導は倍以上の力で抵抗をしていきます。結果、思いっきりしばき始めました。

「コレは何だ…野蛮なやつ。真野君、目の毒だ。見るべきじゃない」

 二人が均衡して攻防戦を行なっていれば、また一人女の声が聞こえました。野蛮だの目の毒と言われた二人は一旦中止して、その方向を見ると真野を庇うように睨みつける少女が居ました。ただ、こちらの少女は譜導も見た事がありません。覚えもありません。

「目の毒だと思うならコイツをひっぺ剥がせ。というか加凪いいのか? このままだとどんどんお前は不審者扱いで女子に嫌われるぞ?」「やだ女子には嫌われたくない!」「そうだろう、離せよ」「あ、でもさ」「何じゃん?」「俺に絡まれている時点でお前も不審者じゃん」「わかってやってらしゃって⁉︎」

 加凪に自覚があった事を確認できた譜導は思いっきり突き放して、ようやく分離する事ができました。そして女子二人に向き直りました。

「本当鬱陶しい…そんで? えーっと…眼鏡十八番おはこさん?」

「特徴だけで勝手に名前を決めないで。あなたとは初対面だ」

 どうやら初めましての相手だったようです。譜導はやっちまったぜと言うような仕草をして一言言います。

「んー、スマン」

「なあ、真野君」

「名前でね? 音子ねこちゃん」

「え⁉︎ いや、でもな」

 何故か恥ずかしそうに顔を赤らめる少女。真野は少女に笑顔を振りまいてから次に譜導に向き直りました。

「道路で喧嘩してる人が居ると思ったら譜導君だったからビックリしちゃった」

「好きでやってんじゃない、こんな事をやって喜ぶのはこの馬鹿だけだ」

 譜導は隣の馬鹿を親指で差しました。バカは抗議を唱えます。

「誰が好きでお前なんかと! 俺は女子が好きに決まってるだろ!」

「わー、随分と開き直ったお答えを」

「と言うわけで、俺は三沢ね、ミッチーとか、みさ君とか気軽に呼んでくれていいぜ」

「あ、うん。初めまして…私は真野まの澄水すみな。よろしく。ちょっと変わってるね」

「いいかミッチーこの変わってるねってを変換すると変人ですねって意味だからな? 後三沢の下の名前は加凪。女っぽい名前だから加凪ちゃんて呼んでやれ真野」

「私そんなつもりで変わってるねって言ったわけじゃ」

「ミッチー言うな! お前人が気にしている事をズケズケと言いやがってこの野郎!」

 譜導は淡々と二人の噛み合いの足りないと思った部分を言い始めると加凪と真野は即座に自分のフォローへと入りました。

「譜導君てこんなに黒かったっけ?」

「髪の毛の話し? 腹黒の話し? 解った、日焼けの話しだな悪いが松崎しげるほど黒くはない」

「なんだかは話がひとつひとつこじれるね」

 腹黒と言うかサディスト? 真野は初めてあった時の譜導と比べての変化に少し戸惑います。

「お、おい真野君?」

「音子ちゃん。私の名前は澄水よ」

「え、あ、うん…う〜」

「どれだけ恥ずかしいの」

 未だに恥ずかしがる少女。真野は少女に名前で呼ぶ事を強要しているようですが恥ずかしさで口籠っています。

 けれど真野本人は笑顔でどうやらそれを待ち望んでいるようです。

「ところで二人はここで遊んでいたの?」

「遊んでいたわけじゃないんだけどね? コイツ引きこもりでさ」

「俺はアウトドアだ。お前と会いたくないだけだ」

「親父さんのめいでせっかく外に連れ出そうとプールに誘ったのにさ」

「頼んだ覚えは無い」

「暇なくせに熱いだの何だのと拒否りやがってさ、困ってんだよ」

「困ってんのはこっちだよ木偶の坊でくのぼう

「お前合間合間に否定したり罵倒したり楽しいか!?」

「楽しくはない、面白いだけだ」

 結局楽しんでいるんじゃねえか! 加凪は渋い顔つきで譜導を睨み、度重なる言動に苦い顔つきしかできません。

「あ、プールか。私達もその話しをしていてね」

「ん? 真野君?」

「なんだか偶然だね、譜導君とは偶然が多い気がする」

「そうだな、でも夏だしそんな話しどこでも湧くだろう」

 譜導は当たり前の様に淡々と言います。

「おい、真野君!」

「そうだ、どうせだったら一緒にプールにでも行く?」

「ちょっと澄水君!」

「あ、やった! 名前で呼んでくれた!」

 途端に会話を打ち切り真野は今度は少女が名前で呼んでくれた事に歓喜しその少女の両手を握ります。

「あ、ああ、やった。名前で呼べた! …違うん・だ!」

 握られた両手を上下に振り、振り下ろした時にその手を離しました。

「なぜ返事をしない返事を! いやそのあれだ! 確かに名前呼べない私も反省はあるが、だからってこれはないだろう」


「だってこうでもしないと音子ちゃん名前で呼んでくれないんだもん、ちょうどいいじゃん。前々からずーっとずーーっと。君づけ取れないし」


「いや、だから…そんなこと、ない。それと私にはせめて呼び捨てのほうがと」


「うーん。私は音子ちゃんって呼びたいんだけどな~」


「ちゃんは…恥ずかしいんだ」

 その様子を遠目でにやけた表情で加凪が一言漏らしました。

「女子が居るだけで華がある」

「お前のにやけ面がかけられて全部マイナスな」

 俺をそこに含めるな! 抜いてプラスでいいんだよ!

「そ、それよりもだ」


 コホン。話を打ち切るように、音子と呼ばれる少女は次に譜導へと向き直りました。けれども譜導を見ると真野との会話が終わっていた途端、暑さで頭を垂れて屈み込んでいる状態になっていました。


「君、大丈夫か? だいぶ暑そうだが」


「……」
少年は何も答えません。


「譜導君?」


 今度は真野が呼び掛けます。すると今度はキチンと頭をあげて真野を見据えました。
加凪はハッとした表情で譜導を見ます。これは荒れるぞ。

「なにか?」


 しっかりと答える譜導。


「君、もしかして熱中症じゃないだろうな?」


 譜導の様子を見て音子の少女は少し不安になります。


「…ん? ああ! ……俺に言ってるの?」


「え?」


 急遽、意に沿わない質問を返されて戸惑う少女。けれども譜導はそれを解らせるように言います。


「いや、てっきりそっちに言ってるのかと」
そう言うと譜導は真野を指しました。

 つまり譜導に問いかけたと本人は思わず、真野に様子をうかがったと譜導は考えたのでした。

 な、な、「なに言ってるんだ君は! 当たり前だろ! 君は話を聞いていなかったのか?」


「いや・・・話しかけてもらう要素無かったし」


 この一言に少女は頭を抱え苦悶を現しました。この二人、相性が悪そうです。


「あ〜悪いね。コイツ話しを聞かない事多いからさ」

「聞かないんじゃない、興味ないだけだ」

「お前もう黙れよ!」

 加凪は嗄れた声で譜導を睨み忠告をしました。

「そうだ! 紹介がまだだもんね! お互いの紹介をするね」


「いい、真野君…澄水君。自分でやる」


 真野判断に不服でも友人であるから真野のそれに乗った少女は自己紹介を始めます。


「真野澄水君のと・も・だ・ちの羽根巻はねまき音子ねこだ」


「・・・譜導陽」


「俺は三沢加凪ね」

 何やら一方が険悪のようですが自己紹介が終わると途端に真野は再び話題をプールに戻しました。


「私もね、まだこの夏プール行ってないんだ~。それで音子ちゃんと行こうってことになってね、でもね案外女子二人だけだと不安もあってね、だから私達と一緒に来てくれると嬉しいなって」


 何言ってんのコイツ。

「体のいい露払いか?」「喋るなって言ったろうが!」「オレは指図を受け付けていません」「ほうか、お前そんなに女子と仲良くしたくないんだな!」「女子は好きでもまずいろいろあるだろ」

「私はそんな理由で言ったわけじゃないもん」ひどいなー。

 けれども真野の唐突な提案に不安が尽きない友達の羽根巻が、二人の中を確認するように疑問を投げ掛けます。

「なあ真野…澄水君。この人とはいつ知り合ったんだ? 学校外の知り合いか?」


「音子ちゃんは違うクラスだから分からないけど同じクラスなの、でもまともに喋ったのはこの間一回だけ」


 その一言を聞いた羽根巻は絶句しました。


「ま、まて! 一回だけだと? じゃあこの…譜導君? をなぜいきなり誘える!?」

「真野ちゃん大胆だねー!」「加凪、今度はお前が黙る番だ」


「だって友達だから?」


 澄水君は一回喋れば友達なのか?

 真野の友達の定義に頭を悩ませる羽根巻でしたが、とりあえずハッキリと否定の意見を述べます。


「私はなるべく反対だ。ま・・・澄水君の友達かもしれないがいきなりプールだなんて。何て言うかその…」


「あー、音子ちゃん恥ずかしいんだ?」


「ち、ちが! …そうじゃなくてその疑っているだけで」


 あいつ、随分失礼なやつだな。

「私だって初めて男の子と外でプールいくから少し恥ずかしいよ?」


 二人はクラスメイトでも、まともに会話を広げたのは一週間かそこらの関係でした。けれどもましてや話したのも数日前の男と一緒にプールに行くなど急すぎる事に今度は譜導が訝しげな表情をとりました。


「なに? 逆ナン」


「だから違うってば!」


「むしろ俺から誘おうか?」

 加凪が調子づいてますが譜導の癪に触ったのか、堂々と足払いを掛けられ転びました。

 いって、いってえ! 足払い!?

「一緒に行ったって面白いことはないぜ」

「あなた、何だか失礼な人ね」


 譜導や加凪に怪しさを感じている羽根巻は未だ怪訝に睨むような顔つきになりますが慌てて真野は言葉を繋ぎます。


「でもどうせなら一緒にどう? この偶然で親睦としてさ?」


 どうにも引く様子がない少女に譜導は半ば諦めを感じ始めました。理解できない。
その事を譜導は口に出します。

「そいつの言う通り、疑いなさい。普通は知り合って間もないクラスメイトにそんなに親しく付き添えるもんなの?」


「でも友達じゃない」


 コイツ天然の人間たらしか…男はこういうのに弱かったりするのか? ちょっと試してみたい。加凪なら即墜ちだな。譜導の考える事は途端に別方向にねじ曲がっていました。

「でも譜導にこんな可愛い女友達がいるなんて初めてだよ。なに? 中学の同級生?」

「うん、同級生、でクラスメイト。しかも今日も偶然、出くわしたんだよ」

「なにそれあいつの運命背負い投げしてやりてえ。スゲー羨ましい」

「あなた口に出てるわよ本音」

「あー、あなたもいいけども名前で呼んで欲しいなーって俺は思ってる訳で」

「あなたも随分突然ね。天然真野澄水と良い勝負じゃない?」

「どっちかって言うと譜導君の方が急な気がするけどね」

 真野は前に出会った譜導の急な行動を思い出しながら苦笑いをします。

「ぜーったいお前の方が唐突すぎるわ」

「え?」

 真野の言葉に絶対的な反対意見を述べたい譜導は割って入って来ました。

「急に家に連れ込んだり、風呂に突っ込んだり、マジあり得ねえ」

「澄水! あなたそんなことしたの!? こんな男を連れ込んでしまったの!」

 お前がそこまで進んだ男だとは知らなかったぜ!「友達どころかまさかのそんな一線越えを…ずるい!」加凪はだんだんと熱情を散らしはじめました。

「まってまって、違うから! とんでもない誤解生んでるかも知んないけど譜導君が水浸しになったからだよ! それを私から庇ってくれたからその…お礼とお詫びとしてして、ね?」

 随分と恩は着ているようだけど。

「だからといってこんな見ず知らずの人」「クラスメイト」

「見ず知らずのクラスメイト」「クラスメイトなんだから見ず知らずじゃないよな」

「よくも知らないクラスメイト」「その前に偶然二回も出会ってるらしいんだがな」

 譜導と加凪の茶茶入れの割り込みと訂正に対して羽根巻は沈黙に行動を移し相手を刺すような目線を送りはじめます。

「うわ怖い」

「とっとと退散するのが吉かなこれ」

「ちょっとまって…偶然二回?」

 真野は唐突のワードが気になり始めました。以前に出くわしたことがあるのは確かあの一回のはずだったのにです。

「あれが一回目だと思うなよ。その前にお前は二回、俺に助けられている」

「え! マジ! どうしよう、何かお礼して…」

 驚きを隠せないまっすぐな少女はわかりやすく、いろいろ考えを口とともに巡らせていきます。

「どーだー、抗えまい、というわけで勝利者権限でこの場はお開きに」

「それじゃあとりあえず行こうよ」

 でた、こいつの唐突。譜導はとりあえず話を聞くことにしました。

「プールに行けば楽しい中学生最後の夏を過ごせる! いいことじゃない」

 受験生の発言じゃない。明らかに受験とはかけ離れた未来を提示してくる少女に譜導はどうしても戸惑いを隠せまんせん。

「もう…知らないわ」


 羽根巻もとうとう呆れてしまいました。


 ため息が何度も出そうになるも心で留め少年は、少女になんとも恐れ知らずの感想を抱きました。


「…すきにしろ、別に俺には権利はないからな」


「どう言うこと?」


「今回の主催は俺なのさ、まあ発案は違うけれど」

 加凪は自慢ではないけれど胸を張ってそれを自分の権限として主張しました。

「へ〜、二人は仲のいい友達なんだね」

「断じて違う、どうしてそうなる。」

「親友とか?」

 喋りなれているのだろう少女はさらに質問を重ねます。うんうん悩む譜導だが段々熱さにやられて正直、譜導は暑さで喋る気力がなくなってきてしまい黙秘を選択しました。

 彼女がやけに話しかけてくることに少し不思議に思う加凪ですが、真野の様子を見ればそれはせっかく見つけた友達なので話したいように見えました。でも大丈夫かな。


「違うの?」


 譜導はうんうんと力強く首を縦に振っておきます。思い切りの肯定です。


「じゃあ幼なじみとか!」


「腐れ縁だ!」


 どうやら首ふりだけ応答するといつまでも質疑が続きそうだと思った譜導は返事をすることに切り替えます。


「腐れ縁…友達じゃないの?」

「友達でもないし知っているけど知り合いと認めたくないからたまたま何もないのに出会う腐れ縁で納めたいって感じなんだよコイツは」

 違う。納めたいんじゃない。腐れ縁で完結なんだよ。


「…へー、何だかよくわからない関係だね」


 そして真野は理解できたような返答をして夏の暑さを感じているのでしょう。頬に伝う汗をハンカチで拭います。でもさ、そういえば今回親父の名目のもと集まってるから…いや、俺の意志はないノーカンだな。
ノーカン! ノーカン!

「でも腐れ縁なのに一緒にプールに行くんだね」

「いい問題だ。なんでも俺をプールまで連れていけと命令されたらしい、これも腐れ縁だろうさ」


 譜導は自分の中で結論付けたことを口に出して更に勝手な確信に変えていきました。



「なるほどね」


 真野は人差し指を顎にあて一応納得を得たらしいようです。なんだか適当過ぎやしないかな?

「それじゃあ行くってことでいいのかな?」

「不本意ながらね」

「へっへっへ、やったぜ!」

 不適な加凪の笑いに羽根巻は眉間に皺を寄せます。

「コレ行かなきゃダメなのか…仕方がねえ。荷物とって来る」

「それじゃあ、私達も荷物取ってくるね?」

「ん? …取りにいく?」

 一番最後に加凪は疑問の声を上げました。

「あれ? もしかしておれ一人待ち?」

「そっか、三沢君は道具をすでに持ってるね」

 真野は確認するように、加凪を見て言葉を漏らします。加凪は見られてなんだか照れています。それを見た譜導が気味悪そうに引きました。

「えへへ、まだ言ってなかったっけ? 取りに戻って行こうって話しだったからさ」

 それを聞くと加凪の顔は少し渋めの方向へと変わりました。それを察した真野は一言それを緩和しようと付け加えます。

「大丈夫、十分くらいで戻ってくるからさ、待ち合わせ場所はあの公園ね?」

 ここから見える公園に真野は指差します。

「私はたっぷり時間をかけてもいいんだがな」

 羽根巻はどこか距離を置きたいようで少々嫌らしく言います。

「……オレはもうどうでもいい」

 今回の事に諦めを通り越してどうでもよくなる譜導。

「あ、そうそう全員自転車な?」

 ただ決めることは決めて、とっとと家に戻ることにしました。

「うん、わかった」

「え?」

 真野が返事をしたその後、少女二人は何だ、譜導君も乗り気じゃんと思い、道具と自転車を取りに帰って行きます。

 譜導もため息をついて準備に向かいました。すると譜導の最後の一言に思わず声を上げた加凪が譜導に問いかけます。

「俺さ、今日は自転車乗らずに来たんだけど?」

「は?」


 譜導の拍子抜けの声。ただ、心底どうでも良さげな聞き返し方です。


「今日は暑いからな、一駅だけど電車で来た」


「贅沢だな」


 理由を聞いても譜導は準備をするために帰り道を歩き始めます。

「おい、だから俺は自転車ないんだって、取りに行くのに往復なんだって!」


 加凪がもう一度、警告するようにそう言と顔だけ向けてどうでもよさげに一言。


「走れば?」


 提案として足を使うことを薦め譜導は帰路について行きました。


 唖然と加凪はするが意識が戻ってきて大きな声で譜導に返答をします。


「ふ・ざ・け・る・なぁぁぁああああああああ!!! お前の方がナンパ野郎グフォウッ!」

 一言すら言い終える前に、怒った譜導の裏拳が加凪の顔面をえぐりました。


   間


 加凪のことは気にすることなく、そのまま譜導は家に戻り水泳用具を一式を持ってこようとしました。

 けれども加凪は、そのまま譜導が家に籠って出てこなくなるのではないかと、無理矢理にでも付いて来ようとしました。

 ただ、それは足払いで止められてしまいその後、加凪は往復すること仕方がなく、自転車を取りに再び自宅へ戻って行きました。


「わざわざこんな炎天下に何で…」


 暑い、マジ暑い、溶ける、ホントに暑い。

 文句をたらしながらも家に戻り、だいぶ溶けたフルーツ棒アイス(十六個要り)を箱から一つ取りだし残りを冷凍庫に入れます。

 溶けたアイスはそのまま飲み干して甘さだけを感じることにしました。そして三沢加凪に関わってしまったことと今日の出会いに後悔します。


   間


「私が一番乗りかな?」

 その後、決めていた集合場所の公園に真野が20分以内に戻りました。

「お、真野ちゃんが先か」

 その五分後に汗だくにりながら、急いで自転車を取りに戻った加凪が到着します。

「一応揃ったわね」

 羽根巻はその三分後に到着し、後は譜導だけで自転車装備でしっかりとプールへの準備も整っています。

「よっしゃー! 女子とプールだ! 断然こっちの方が太陽より燃える!」

 加凪は女子がいる事で、自転車を項垂れた表情とは打って変わって今度はワクワクとした表情に切り替わっていました。その様子を羽根巻は遠い目で見て、真野は苦笑いです。

 けれど十分経とうとも、残りの三人は未だに待ち人来たらずの状態でした。真野と羽根巻は仲良く話し、途中に加凪も交わりますが羽根巻は彼の発言に度々引きました。


「譜導君まだこないね」

「そうだな。女子との待ち合わせにおくれるとは・・・」


「その必死さに少し引くけど、まあ同じく」

「にしてもそんなにこの公園とアイツんち離れてないはずなんだがな」

「騙されてるんじゃないの? 私達」


「そんなら俺はあいつをどつき回さねえとな」



 そんな雑談を続けていると何やら騒がしい声が聞こえました。どうやら三人の男グループが一人の少年に怒鳴っているようです。

 それが気になった加凪が目線をそこに向けると思わず顔をしかめてしまいました。

 おとぎ話の中の出来事や人物がまるで現実に現れたよな驚きが、加凪の目前に事実として突きつけられました。

 なんと件の少年が何故か格好は上半身がずぶ濡れの状態で男グループに囲まれていたのです。
その風貌は譜導と判断がつけにくいものでしたが加凪には即座にわかりました。

「ねえ、あれ。譜導君?」

 次に発見したのは真野で、その様子の確認として加凪に問いかけました。それに釣られては羽根巻もそちらを見ます。

 様子としては、男一人が取り巻きであろうか二人を後ろに控えて譜導に絡んでいました。急な事に真野と羽根巻は驚きの表情です。

「おい、まじか。多分あれだよな。嘘だろ厄介ごと?」

 加凪の表情は一番嫌いなレモン果汁を飲んでしまった時のように皺が寄っていきます。静かにしていると、その会話の無いようが聞こえて来ました。

「だからさ、テメエよ、一体何してくれてんだよぉお? ああ?」

「知らねえよ。お前等が水浴びしてる所にぶつかって来たんだろ」

 そのずぶ濡れはお前がやったんかい!

「だがよおめえ、俺のチャリになーにブツけてくれてんだよぉお? 見ろよここ、傷が付いてんじゃねえか、どうしてくれんだよ」

「ぶつかってねーし傷って? 俺には見えん」

 遠目ながらも適当に見ては譜導はそう答えます。

「…おいおいおいおい、なーにしらばっくれてんだよお前! オイ、コラ!」

「もうダルいなコイツ、ぶっちゃけあり得ない」

「てめえ、なめてんのかコラァア!!」

 と言った感じに相手にすらしていませんでした。

 あいつもバカだけれどあの集団も多分、中身が相当バカだなー。

 ただ、どう思おうとも加凪の心はどんどん青ざめていき、表情も引きつったものに変わっていました。とにかくそのまま納めて戻ってくることを願います。

「おめ、とにかく謝罪な、あやまれよ」

「誰にだよ」

「俺にだよ、俺のに傷つけたんだから! だとーだよだとー。ほら、えろうスンマセンて」

「その謝り方で? まず覚えが無いんだけどね…じゃあ、えろうスンマセン? なんかこれちがくね」

「じゃあお前キチンと謝れよボケナス!」

「そうだよ、ボケナス」 なんで面倒ごと増やすかな⁉︎ 加凪の心はいつこの問題に終わりが来るのか、それしか心配できません。

 ただ、譜導を見てみるとどうにもこちらを睨んでいます。まさか今の小言が聞こえたのでしょうか。加凪はそれも心配になってきました。

「おい、土下座すんのかそれとも弁償すんのかどうするんだよ?」

「謝ったから弁償もしねえし、さっきからアホな事言ってるし、はたから小言もぶん殴る、そもそも君らいくつよ。どーにも学生っぽくない顔だし」

「顔のこと言うなよ! ふざけんな。もういい土下座させてやる」

 そう言うや否や、お怒りの少年は譜導に近づき頭を鷲掴みにしようとしました。ところが、その前に譜導の手がその少年の手首を鷲掴みにします。

「テメエ、離せこの野郎ぉ!」

「おっさんだろお前」

「テメエ! このクソ野郎!」

 言葉と共にさらに怒り心頭な少年は開いている拳で殴り掛かろうとしますが、同じく開いている片手でそれを受け流し、すかさず譜導は真似事の投げ技で相手をぶん回して地面に落としました。

「おぐぅあ」

「クソじゃねえ、野郎はいいけどクソはねーよ」

「斉藤さあん!!!」

「テメエ! 斉藤さあんになんて事!」

 斉藤と呼ばれた少年が仰向けに倒された事をきっかけにおやまの大将を取られた小猿達は敵討ちとして飛びかかります。が譜導は見ては躱して見ては躱してとスルスルと攻撃を避けてしまいました。

 加凪はこの光景が二人に見られている事に気が気ではありません。

「い、いや暑いね。飲み物でも持ってこよっか?」

 加凪がその二人に苦笑いで話しかけてみたのものの、片や背の低い少女は心配そうに青ざめ片や眼鏡の少女はその光景に嫌気がさしているようでした。

「ねえ、止めなくていいの?」

 真野はどうやらこの光景が起こったことと譜導の心配をしていました。もしかしたら友達が喧嘩をしている光景を目の当たりにして動揺しているのかもしれません。

 喧嘩の様子を再度見て見る事にしましたが、倒れこんだ(倒した)斉藤をジャイアントスイングに掛けてまた一人を倒し、最後の一人を脇に抱えて頭を固定する事に移行していました。

「止まんねえかも」

「・・・・・・喧嘩なんて野蛮人ばっか」

 そして羽根巻にいたっては嫌悪感にさいなまれながらその光景に不快の視線を送り続けています。

「あいつは不良であるから否定も出来ん」

 加凪の笑いかたは引くほどに苦笑いです。

「で、なに? 俺が何したの?」

「さ、斉藤さんのチャリにぶつけて傷を…」

「傷?」

 そういい斉藤の自転車のであろう物に近づき、頭を小脇にそれも物理的に抱えた少年に譜導は再度問いました。

「どこに傷あんだよ」

「ほら…そこ…そこだ」

 そう言われて目を凝らしますが譜導には全く分かりませんでした。

「だからどこだよ、分かんねえ」

「ここに、ほら、見えない傷ブフォア!」

 言うが早いか即座に譜導はその頭を解放して地面に放り投げました。

「見えない傷ってつまり無いんじゃんかあ!」

 無関心も通り越して喧嘩で爆発した感情が怒りまでに変わり譜導はとうとうキレ始めました。

「嘘つきがぁあ!」

 唐突の嘘つき認定。少年たちは、ぶつかった事は確かですが、傷までは言い過ぎたかも知れないことを自覚させられて行きます。

「何だ、人数だけ揃えて嘘つきか。そりゃないなよな、嘘つきどもめ! ただ嘘がつきたかったのか、何したいか知らんが、たった今お前らは嘘つきだ。いいな!」

 たった一つの単語を言われる度に少年たちは段々と意気を失っていきました。

 まだまだ言い足りない譜導を見かねた加凪はとうとうガヤとして声をかけてあげることにしました。

「お前等、早く逃げろ! マジで首の皮一枚にされんぞ! ガチだからマジで、逃げてえええええ!」

 加凪は若干半泣きになりながら譜導に絡んできた不良グループに声を掛けると必死さが伝わったのか斉藤を起こし、自転車を抱えて三人はその場を後にして去っていきます。後ろ姿は夏の日差しを受けても哀愁が漂うものでした。

「ふー、逃げたか、弱いな」

 ただ譜導は直後に転倒してしまいました。

 事後の直後に加凪は猛ダッシュし、譜導に足払いをかけに行ったのです。けれども即座に対応して譜導は立ち上がります。

「お前な! 弱いな、じゃねえよ。な? 本当に迷惑極まりねえな。喧嘩しなくても他に方法はあったろ!?」

「吹っかけてきたのはあいつらだ。ならば追い返して当然」

「こんな所、わざわざ見られるようにしなくてもさ」

「見られるって? 何だよそれ」

「ああ、この無関心がぁ!」

 吐き捨てるように言うと加凪は再び女子二人に向かっていきました。

「お、お二人さん? 悪いね、恥ずかしい所みせちまって。さ、気を取り直してさ、行こうぜ? プールプール! あっついしさー!」

「あの、申し訳ないのだけど」

 その視線は未だに譜導に対してある境界線を張り、建前とした作り笑いを加凪にみせて羽根巻は言葉を続けました。

「ちょっと、一緒にプールって言うのは…あなたのせいじゃ無いのだけれど」

 羽根巻の中にある境界線、どうやら譜導は関わりたくない人間の一定のラインに入ってしまったようで、彼女はどうしても今後に一緒に遊ぶと言う選択肢が消えてしまったようです。

 今まで奇妙な態度を取っていた加凪に対してでも、盛り上げようとする姿勢には申し訳ない気持ちの羽根巻なのですが、それでも今は……という感じでそういいます。

 ………ああ、仕方が無いよな。

「そうだな。今の見たら流石に今日はそんな気分にならないよな」

 空元気のようなでもそんな想いはなく、それでも表情としてそんな笑顔しか作れない、加凪もまた残念そうな声でそう発しました。そして、羽根巻の隣に心配そうな表情が消えた少女は静かに佇んでいました。

「…真野ちゃんだっけ? 悪いね、何か気分悪くしちゃったみたいで」

「……え? ああ、いや、私は大丈夫、そう」

 真野も加凪の声にゆっくりと答えます。少し沈黙が流れるかと思いきや。真野はそのまま譜導に近づいていきました。

「真野君!」

 羽根巻は真野を呼びかけますがその足は止まりません。そのまま譜導の前に立ちました。当の本人は暑さにぐだっていた状態でしたが真野が来ると、ぶっきら棒でもそれなりに佇まいを正しました。

「…小学生かと思った」


「今それを言うかな!? ……怪我は無い?」

「あ? 無いよ」

「そう…うん、良かった」

「で、プールは行くの?」

「今日はちょっと無理かも」

「あっそうなの、じゃあ帰っていい?」

「…次はさ、キチンと行こうよ」

「さあどうかな。気が向いたらでいいよな」

 譜導はそう言われても表情はなく、返事の仕方にしてもどうでも良さそうでした。

 やがて後から歩いてきた加凪と羽根巻は二人の様子をただ見るばかりです。

「……あー、あーー、あーーー! 何かこのままだと何かアレ申し訳ないっていうかさ! えっとなつまりな。二人ともまだ時間ある? っていうか甘いもの食わねえ?」

 どうやら加凪は挽回しようかの如く言葉を無理矢理繋げ、新たな提案を無理矢理引き出しました。

「きゅ、急に何?」

「羽根巻ちゃん甘い物好き?」

「え? そうね、嫌いじゃないわね」

「真野ちゃんは!?」

「好きだよ?」

「何その言い方、思わず惚れそう!」

「態度というか口が軽いのね」

 思わず羽根巻がツッコミを入れてしまうほど加凪の発言は軽薄だったようですが気にせず加凪は続けます。

「よしよし、じゃあ今から食いにいこう! 俺のおごりだ!」

「よ、太っ腹!」

 ちぃいっ!

 思わず飛び蹴りを譜導に入れたくなった加凪でしたがそこは我慢、加凪の言葉に気配りを感じた真野は少々戸惑います。

「え!? いや、流石にそんな。奢ってもらうなんて! ね、音子ちゃん」

 けれども羽根巻はなんだかときめいていた目を一瞬煌めかしますが、気を取り戻して直ぐさましまい、遠慮の言葉をかけます。

「そ、そうだ。いきなり出会った人に奢ってもらうだなんて…うん、ねー?」

 言葉を再度真野に戻しますが真野はその一瞬の煌めきに思わず目を細めてしまいました。

「いやさあ? 何かさすがにこのままお別れってのも味気ないっていうか、このままおなごともお話も出来ないで分かれるって何か勿体ないっていうか」

「あなた逆に清々しいくらい軽いね…そう、じゃあそれくらいなら。遊ぶわけじゃないからまだいいかな、真野君は?」

 加凪の発言にひきつる事がとめどなくなっていきますが、流石にここまで引き止められると羽根巻も無下には出来ず了承をしたようで、そして真野にも問いかけました。

「うん、私はいいよ大丈夫」

 笑顔で真野は羽根巻に賛同します。そして真野はそのままで譜導に振り向きましたした。

「もちろん、譜導君も来るよね?」

「何がもちろんだよ。俺は帰るぞ?」

「帰したいけど真野ちゃんのお達しだ。いいから来るんだよお前も!」

 露骨に面倒な顔つきになる譜導ですがそれでも真野はその譜導の背を押し結果そのまま甘い物を食べにいく事になりました。

「……彼も来るのよね」

 いえ、当たり前よね。

 一つ小さな不安のようなモノを呟く少女ですが切り替えにと加凪に羽根巻は問いかけました。

「そう言えば待たせたな…羽根かわ、巻だったかな?」

「今間違えたわよね」

 真野は小さいと言われる事に不服を持ち羽根巻が目線を向けると譜導は何かをはぐらかすように目線を背けました。

「後ろめたい事でもあるのかしら?」

「ねーよ、そもそも字面が意外と似ているんだよ。化物語の彼女と」

「なにそれ…いや、なにを言っているの?」

 名前を一瞬間違えてしまった。しょうがない似てるんだもん、容姿とか眼鏡とかねこ? とか。未だに睨みつけてくる羽根巻から逃れるように譜導は自分の自転車を取りに向かいます。

「それで、どこで食べるの?」

「ん〜? 三沢屋って和菓子屋」


   間


「ほえ〜。大きーい」

「隣町だと聞いたから来る機会が無かったのだけれどそこの息子さんなのね」

「この域だと案外有名だからなうち。さあさあ上がって上がって」

 三人が加凪に案内されて辿り着いたのは三沢加凪の両親が経営する代々に継続している和菓子屋『三沢屋』というお店でした。加凪は常に気に入った人をここに連れては店の評判を広めていくのでそれなりに噂として広まるのです。(主に女子)

 そして今回のターゲット兼親睦会と称して加凪は真野と羽根巻を連れてきました。

「副店長〜お客さん連れてきたよ〜」

 加凪は店の扉を開けるなりそう言うと副店長と呼ばれて反応した一人の女性が振り向き加凪に視線を向けました。

「あれ? 加凪、アンタプール行ったんじゃ?」

「んなことどーでもいいよ、ほい。入って入って」

 そう促されると真野と羽根巻は加凪の呼びかけに続いて店内に入りました。

「まーた女の子連れ込んだの? 今度は何の目的?」

「違う違う友達だから…今日できた友達」

 本当かね…。女人副店長は疑わしき目で加凪を見ますが加凪は続けて耳打ちするように言います。

「一人、陽の友達な?」

「マジで?」

 軽く頷くと加凪はそのまま二人の紹介に入りました。

「こっちの方が真野ちゃん。で、こっちが羽根巻ちゃんね」

「初めまして、真野澄水です!」「初めまして、羽根巻音子です」

「どうも、あたしは和子、この軽薄息子の母だよ」

 真野は元気よく、羽根巻は物腰を柔らかく、それに答えるよう張る声で和子は高らかに、それぞれの挨拶をしました。

「それで、どっちがアキちゃんの」

「おいまてまてまて、さっきのが無意味になるだろ!」

「耳打ちかい? 意味なんて無いんだ、言ったって別に構いやしないだろ」

「そうかもしんねえけど」

「で、どっちがアキちゃんの彼女?」

「飛躍し過ぎだアホじゃねえの!?」

「アンタ母親に向かってアホ言ったねポンコツ!」

 よりによってポンコツかよ! 加凪は母親からポンコツ呼ばわりされて若干苛立ちを覚えましたが、そこは押さえます。

 そして彼女候補として二人を見ますが、見られているはずの二人の様子として羽根巻は苦笑いでしたが真野は何かを考えているようで、頬に人差し指を当てる仕草でした。そして実際に疑問に思った事なのか真野は一つ声を上げます。

「…アキちゃんて誰ですか?」

 ああ、そりゃ分からねえか。

 加凪は唐突なワードに疑問を抱く真野の仕草の理由に納得しました。

「アキちゃんてのはアレだよ」

 そして加凪が指さすのは譜導でした。

「ゆびーーーーーッ!」

 ですが速攻に譜導はその指された指を折り曲げます。

「人を指差しちゃイケナイよ、な?」

「な? じゃねえ! 折れてない!? 折れてない! 何今のマジ怖い!」

 そんな加凪の芝居にも目もくれず、譜導はその場を離れて店の奥に向かっていきます。

「あ、オイ、陽!」

 今の一言で羽根巻は気がつきました。

「陽…だからアキちゃんなのね」

「え? あ、ああ! あきらね! 成る程」

 アキちゃんの謎を解いた羽根巻に真野も同じように納得できました。

「たくよう、まあいいさ。二人も中入って。副店長、余りそうなの貰うよ?」「あいよ、せっかくだからね今日はいろいろ持っていってあげる」そんな加凪とその母親が話しているのをよそに、二人してちょっとした謎解明をした後は店内が気になるようで、店内を見渡していきます。話を終えた加凪が二人に声をかけます。

「んじゃあ、真野ちゃん羽根巻ちゃんこっちね」

 そう言うと加凪はカウンターの奥の客間に二人の案内を始めました。


   間


「ほい、麦茶おーまち」

「あ。ありがとう」

「いやいや。ちょっと待ってろ。俺もお菓子持ってくるの手伝うからくつろいでて」

 客間の和室に通された真野と羽根巻は丸いちゃぶ台を囲んで座りました。加凪はお茶だけを用意するとそのままお菓子を取ってこようとして客間の襖を再度開けますが先に外側から譜導に開け放たれてしまいます。

「ん? 菓子は?」

「まだだよ、座って待ってろ」

 譜導に指示を出した後加凪はお菓子を取りに客間を出て行きました。

「どっこしょ」

 譜導は言われた通りに真野と羽根巻の向かい側にちゃぶ台を囲んで座りました。

「譜導君はどこに行っていたの?」

 譜導が座った時に少し羽根巻は警戒心を出しますが数秒後に真野は先ほどの譜導の行方を問いかけました。

「え? ああ、ちょっと顔見せ」

「顔見せ?」

 顔見せ……。

「誰に?」「教えない」「え〜」

 質問への返答を伏せられた真野は少し気になった様子で再度こういいました。

「よし、じゃあ誰か当ててあげよう」

「ご勝手に。正解も不正解も言わねえから」

「え〜、それじゃあ答えが分からないじゃない、もう」

 仕方がなく真野はこの話しを打ち切り麦茶を一口飲み込みました。羽根巻はその態度にでしょうか少し不快な表情です。けれども真野は次の話し相手の対象を羽根巻に切り替えました。

「音子ちゃんは夏休みの宿題終わった?」

「え? いや、まだだな。数学の問題が多いから手こずっちゃって」

「そんなに多かったっけ? 結構ぱっぱって終わったよあれ」

「真野君は得意じゃない。私は平均点程度だからな」

「あ〜、また名字だし。名前まだ〜?」

「いや、中々に直らないんだよね」

「さっきは結構呼んでくれたのに、何で?」

「いや、それは…」

 何かを言い淀む羽根巻。彼女の視線はどうやら譜導に向けていました。

 譜導はクーラーがかかっていても熱さを感じているのか伝う汗を拭い隣にある縁側の窓の向こうを見ています。

 すぐに視線を真野に戻した羽根巻は誤摩化そうとしますが真野はその視線を追ってか譜導を見ます。

「譜導君は宿題終わった? 夏休みも後、半月だもんね」

「終わってるんじゃないかな。知らんけどま、どうでもいいだろそんなの」

「え〜。でも宿題って後回しにしたりしない?」

「さーどうかな」

「頭いいんだね」

 そこで譜導は縁側に向けていた視線を真野に向けて鼻で笑うように言います。

「頭がいいんじゃない、要領がいいんだ。正解じゃなくても提出できる形にしておけばいいんだよ、たまに再提出なんてアホ言う教師いるがな」

「先生をアホって…でも合ってないと成績が」

「中学の成績は基本的にテストと授業態度と出席…のはず。提出物程度は大学行ってからが本領のはずさ!」

「それ本当に?」

「さーどうかな」

「もう発言に信憑性がなくなっちゃったよソレ」

「当たり前だよ。憶測だもん。中学は基礎だと思うし、高校は授業毎に教師が変わるって事以外基本自由じゃね? 大体、高校までは留年させたなんて汚名嫌う所もあるらしいからそこ行けば卒業は出来るかもな。大学は知らん、実際に高校も知らねえがな」

「まだ私達には半年先だもんね、高校決めたの?」

「決めたな」

「どこ?」

「教えねえよ」

「なあ、なんだか随分と態度が厚かましいな。友達ならそれくらい教えてもいいんじゃない?」

 すると先ほどから真野に対する譜導の態度が癪に触ったようで羽根巻は口を挿みました。

「何でだよ、言いたくないモノは言わん」

「まあいいでしょう。でも妙に嘘と言うか。人を嘗めてると言うか、人の心配に素っ気なくないかな?」

「嘘なんて付いてねえよ。自信を持って話す事なんて出来ないの。勝手に信用してるのはそっちだ。後オレが嘗めてるのは人類全員だ」

「何を君! 随分な言い草を!」

「音子ちゃん落ち着いて」

「何怒ってるんだよ。第一、友達同士でも教えたくない事はあるんじゃないか? 分からないけどさ、そう言う事もあるんじゃない? 親しき仲にも礼儀ありだっけ、いやコレは違うのか」

 会話が一つ切り上がり。とたんに眠りについてしまいたい深い間が生まれました。譜導はあぐらが疲れたのか体勢を崩して左膝を立てて右足で前を囲むように変えました。

「君、澄水君を・・・友達じゃないと―――」

「譜導君」

 真野は半身をちゃぶ台に身を乗り出し目を伏せて入るものの真剣な眼差しを向けます。

「私の・・・勘違いだったんだね。困ってたよね。ごめん」

「んー? 今の所困ってる事は無いから安心しろ」

 軽い調子で気にも留めないような発言で譜導は真野に言います。

「そう、うん」

「そんじゃオレ帰るわ。お菓子こないしもう用事は無いし、じゃーな」

 そう言うと譜導は腰を上げてそのまま縁側にそって客間を後にしました。譜導が居なくなった空間には沈黙が。二人の表情には困惑と苦悶と悲観が。

「澄水君。アイツは友達じゃなかった。それだけだ」

 しばらくすると今度は加凪は襖を再度開け、和菓子をお盆に乗せて来ました。

「あれ? なんだ、陽は帰ったか」

「…帰ったよ」

「あ? ああ、何かやらかしたなアイツ」

「急にこんな事を言って悪いけど性悪だねアイツは!」

「でも、譜導君は…」

「性悪つうか、不良っつうか。空気は読めないな。しかも他人に興味を持たない」

「興味を持たない? アイツは澄水君を友達じゃないとまで言い放った。やっぱり野蛮人…不良よ」

 羽根巻が初対面の相手に嫌悪感を持ったのは第一印象もあるでしょうが、それよりも真野を友人に持っているためでしょう。彼女は譜導に、苛立ちを覚えました。

「悪いね。アイツがそんな事言っちまったみたいで。友達と思ってた奴にんな事をマジで言われたらそりゃ嫌だよな、冗談でも嫌だな。けどさ、それ抜きに友達としていれなくてもさ。もうちょっと興味があるなら見てて欲しい、こんな事言うのもなんだけど、悪い奴じゃない…はず…なんだ…多分」

 自信がなくなる発言でも眉をひそめても、加凪は口元を笑わせそれぞれの前に羊羹を出しました。

「君も、随分な腐れ縁を持ったものだね」

「まあね、俺の自慢なんだよこの腐れ縁は」

「え? そう…」

 とても軽い即答。加凪の否定も出来ない返事に羽根巻はモヤモヤします。

 とりあえずいただきますと共に今日一日で起こった事を全部羊羹に詰め込んで彼女は甘さで溶かしました。今の彼女流のストレスの発散の仕方です。

「そうだね。友達じゃなくても別に付き合えるよね!」

「ぶふぅっ! げほげほっ!」

 と真野はまた自分に勢いを取り戻すように声を上げましたが羽根巻はその無いように思わず羊羹を喉に詰まらせました。

「ね、音子ちゃん!?大丈夫!?」

「ああ、ほら、麦茶! 飲んで、大丈夫かぁ!? へ、へへ」

 そして加凪は真野の一言にちょっと笑っていました。

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