日々、日常 デイリーアクト

福山 哲<<ふくやま さとし>>

ひと月 日々、唐突…

「よーしわかった、家に来て」

「…なんで?」

 唐突な話し。それに少年は思わず疑問を投げました。

「近くなのよ、いいでしょ?」

 ……意味がわからない、いや訳がわからない。

 ただただ目を閉じるばかりでした。こんな提案、確かに思わず驚いて聞き返しますよね。

「何? どうしたの?」

 だめだ、話しについていけない。少年は少女の言葉にどうにも納得できず、納得のための理由すら思いつかず、目を閉じるだけだった表情は、訝しげになりかわりました。

 そんな表情が気になったのか、それをさせる理由を少年に聞き出します。

「だって、あなたがこうなったのは私のせいだしだし、帰って風邪ひかれたらその…目覚めが悪い?」

「おい、もう一度」

「あれ? …寝覚めが悪い?」

「そう、でももう会わないからわからないだろ?」

「そうかも、でもこれは好意よ、受け取ってよ」

 え〜。不満はないが文句は思いつく少年です。やり方がどう聞いても強引な気がしてならないのでした。

「そういうものか?」

「そうなのよ当然なのよ」

 そんな当たり前受け入れられねえよ。

少年はさらに疑問を勝手に重ね自問自答まで心の中でしだす始末でした。

「とにかく良いから付いてくる。早くしないと夏でも風邪は引くんだから」


          間


 時を少し遡って、実は少女の言う通り現在は季節にして夏。アスファルトすら高熱の温度を保たせるほどに日が照っていた正午の事でした。

 一人の少年は住宅街で囲まれた公園内で、びしょ濡れになってしまったのです。そして、その場に居合わせてしまった少女がおりました。

 少女は困り果てた顔でその少年の成れを見ています。男の子が女の子を困らせるなんて中々見られない光景ですね。

 けれどもそれにはちゃんとした理由がありました。公園内で楽しげに水風船で遊ぶ、小学生の少年たちの誤りによってこのようにずぶ濡れてしまったのです。

 ただ、最初に被害にあうはずだったのは少女でした。ついはしゃいでしまった少年たちは思わずその少女に、間違えて水風船をいくつか投げてしまったのです。

 けれども、そこをさらに通りかかった、後に水浸しになる少年が意図せず少女を庇う形で代わりに水をかぶってしまったのでした。

 結果、少女はその少年に対して生まれるはずもなかった感謝とちょっとした罪悪感を抱くことになったのです。女の子を困らせるなんてたいした男の子です。

 ええと…ええと、えっと、ううどうしようどうしよう! えっとどうしたらいいんだ!? などと少女は悩み焦りますが、片や少年は随分と落ち着きをはらっています。

「おい、ちゃかちゃかすんな」

 少年から落ち着きの無さを諭されると少女は何とか落ち着こうと深呼吸をします。とりあえず息を吐くごとに段々落ち着きを取り戻しました。

 落ち着きを取り戻した少女は少年を気にかけます。大丈…夫? と。

 少年は中々良い感じに上半身だけずぶ濡れになっていました。水風船の範囲はバカに出来ません。

「よし、じゃあとりあえず家に来て?」

 そして、どういうわけかこんな感じに少女は唐突な申し出を始めた訳でした。それからは先ほどの通り…罪悪感からの申し出かはたまたそれを助けるための救出かは彼女の内です。

「…んー」

「え!? 何!? ど、どうしたの?」

「だからちゃかちゃかすんなって」

  少年の発音につられ少女は思わず戸惑いに戸惑って聞き返しました。

「ま、なんでも…」 

 何事もないように否定する少年。

 ただ、少年は思わず目線を左手に持っていた紙袋に向けてしまいました。

「あ! あちゃー」

 無意識のそれに 少女はそれに気がついたようで、声を上げ少し気まずそうな顔をしました。紙袋…濡れてる…まずいよね? まさにやっちゃったね状態です。

「えっと、そのままじゃ、風邪引いちゃうよね?」

 ただもう一度確認として、現在は夏。時期としては学生ならば夏休みが後半を迎え、暑さも未だにコンクリートに熱をこもらせる日々です。

 それでもこのままだと風邪は引くはずと言うことを頭に少女は自分への確認としてそう気にかけました。

「それと助けてくれたの?」

「通っただけだ」

「…えーなんだー」

 ただそう言った少年は大元の原因である水遊びをしていた子供達に振り返って一言、危ないから気をつけろー! もっと周りを見なさい! と大声で掛けました。子供達は申し訳なさそうに大きな声で、ごめんなさいと返事をしています。

 こういった注意までしちゃった少年ですが、あとは気にも留めず少女に向き直って少年は声を掛けました。

「ぼーっと歩いてたらとんでくるなんて」

「あ…ご、ごめんなさい」

「 言わなくていいのです」

 ですが咄嗟に少女は両手を合わせて謝りました。謝る要素のない行動に少し少年は戸惑います。

「だって、私が不注意で、だからかばって水かぶっちゃったみたいだし」

 どうやら少女は自分のために少年が被ってくれた事に対しての罪悪感から謝ったようです。しかし少年はそれに対してなんじゃらほいで返事をします。

「いいよ、結局は自分からかぶりに行ったようなものだから」

 口だけニヒルな笑みを浮かべて少年は少女に言い聞かせました。

「うん…分かった」

 納得はないものの了承した少女。

 そう言って少女は自分の荷物を片手に、少年の紙袋とは反対の手を取ろうとしましたが、少年の反対の手にある物を持っている事に気がつきました。青色の質素なヘッドホンでした。とたん、少女はさーッとヘッドホンのように青ざめていきます。

「…ヘッドホン、もしかして濡れた!? 大丈夫?」

 少女は彼の右手にあるそれを指差して慌てて無事を確認しました。まさかそのような水に濡れたらアウトな物まで持っているとは思わなかったからです。

「ん? あぁ、かぶる前に外しといたから大丈夫だと思う」

「え? そう……」

 沈黙。

「あぁ、えっと早くしないと風邪引いちゃう」

  少女は振り返り横顔だけこちらに向けて少年に言いました。

「行こう?」

「いや、いいんですよほんとうに」

 ただ少年に選択権はなく、もう行くしかないようです。どうやら少年は行く事しか選択肢を求められませんでした。渋々少年は付いていく事にしました。



          1



「失礼いたします」

 少女の後に入った少年は、初めての場所なのか少しかしこまった挨拶を玄関で放ちました。しかし返事は帰ってはきませんでした。どうやら少女の家族はお出かけ中のようでした。虚空への挨拶ほど虚しいものもありません。

「ちょっとそこで待ってて」

「お、おう」

 言われれば待ちますとも。少女は靴を脱ぎキチンと揃えて、玄関すぐ隣の部屋に入っていきました。次に少女はバスタオルを持って素早く登場します。どうやら先に拭いてもらうために少年にタオルを持って来たようです。

「お待たせ、まずこれで濡れたところ拭いて? ずいぶんと濡れてるみたいだからね、はい」

 そう言った少女は綺麗に折り畳んでいる状態のバスタオルを彼に差し出します。

少年はそれを受け取り、広げて頭から拭いていきます。幸い濡れたのは上半身だけでしたので簡単に拭い終わりました。

「まー、すみません」

「助けてくれたんでしょ? このくらいしなきゃ」

 その後、少女は先ほど入った部屋に少年を案内しました。どうやらそこは洗面所兼脱衣所だったようです。

「お風呂沸かすまで時間かかるし、シャワー使っちゃって」

「いや、ホントそこまではしなくても」

「いいから、ここまで来て帰るなんて言わないわよね?」

「わかりました、わかりましたから」

 少年は自分より二十センチほども背の低い少女の言いなりになるしか、そこではなかったのでした。ここまで進められると要らぬお世話と言ってしまえばそこまでですが少女は自分のためを思ってやってくれているのだろう、と言う空気をあえて読まない少年でも感じ取ってしまいます。ただ少年はこの人は無警戒過ぎやしないかと思い始めました。

 シャワーを借りる事になったため、とりあえずしっかりと浴びて先程貸してくれたタオルで水気をキチンと拭います。上着だけTシャツを貸してくれたようでそれに着替えて洗面所をでました。あいつは…こっちか?

 玄関とは反対の廊下を歩くとリビングだと思われるところに少女が紅茶を用意して待っていました。

「さっぱりした?」

 白いアンティークなカップを持ち少女はシャワーの感想を問いかけ。何か見た目に似合わない事をしているな。そう思った少年、ましてや身長の低く見た目が子供っぽいので余計に思ってしまったのです。

「おかげさまで」

 そんな気持ちはとりあえず置いといて、貸してもらったTシャツに自前の制服ズボンの少年は少々かしこまってお礼を言いいます。

「今、上の服は乾かしているからお茶でも飲んで少し待ってね」

 少女はそう言うと自分とは反対側の椅子を指しました。反対側の席にもテーブルクロス上にソーサーが置かれ、その上にひっくり返したティーカップが置かれおります。

「じゃあ、失礼」

 これ以上渋っても仕方がないので少年はその指された椅子に座る事にしました。椅子はソファ類いの物で座り心地はとても柔らかい物でした。

 少年が座ると少女はカップをひっくり返し、テーブルに置いてあったポットの中身を注ぎ始めます。少年は紅茶をほとんど飲まないのですが、それでも中身が紅茶と思わせるほど良い香りが漂ってきました。

「お砂糖かミルクいる?」

 少女はよくお店に置いてあるコーヒーフレッシュの丸い小瓶とスティックシュガーが入った四角い瓶を指しました。

「じゃあミルクを」

 そう言いながら少年はそれに手を伸ばします、がその前に少女が手を伸ばしミルクを取って渡してくれました。ありがとう、と一言。少年はそれを受け取りました。

 女の子が手渡しで渡してくれると普通ならドキドキするモノですが、少年はそんな風情など見せません。ませていますね。反対に少女のそぶりを見ていると少しももどかしい感じを漂わせています。

「甘いのは嫌い?」

 渡されたミルクを紅茶の中に入れている少年に少女が訊ねました。

「いや、何となく紅茶はミルクで飲みたいだけ」

「じゃあこれはちょうどいいかも」

 軽い相槌をうった少女は自分のカップの残っている紅茶を飲み干しました。

「何か、紅茶って大人みたいな雰囲気だ」

 少年はスプーンで紅茶とミルクが混ざるのを目で感じながら適、当に思いついた感想を述べてみる事にしました。本当に思いつきです。

 ですが。

「でしょ! 何か大人な感じがするよね!」

 少女はその言葉にニコニコしながらいきなり目が輝かせてくれました。どうやら適当にが当たったようです。この人は背伸びしたいタイプなのかもしれない、少年は心でそう自己分析します。

 とにかくスイッチの入った少女はそのまま話を続けてきました。

「ちなみにこれはアッサムでね。ミルクティーとして飲めるなかで特に親しまれてるんだよ! でね、飲むならなるべく低温殺菌の…」

 ただ話が長くなりそうで絶対に分かり得ない領域のため、少年はさっさと飲み干して切り上げようと一気に喉に紅茶を通していきます。なんだかんだとそのためには熱いのも我慢です。

「あっつい」

 ただ小声で思わず言ってしまいましたが、少女には聞こえていなかったようです。

「ああ、ごめん急に話し込んじゃって」

 向こうは向こうで途端、我に返って自らの行いを反省しているようでした。

 少女はそんな乗り気になった事に少し羞恥心を覚えたのか、ちょっと顔を赤らめております。そして話題をわざと代えるように別の話題を出してきます。

「そうだ…さっき持っていた袋の…」

「ん? んあ、これ?」

「そうそれ…濡れちゃったでしょ?」

 少年はずっと持っていた紙袋を持ち上げそして中身を確認しました。

「平気そうだし、濡れてはいないからまだ大丈夫」

「そう、それならよかった」

「食べる?」

 そう言って少年は一つ紙袋からその中身を取り出しました。取り出された白い包み紙に入ったそれは。

「鯛焼きなんだけど、どうせなら、紅茶もらった変わりで」

「いいの? ありがとう」

 ずいぶんと素直に受け取る、と自分がひねくれているとは思いませんが比べてそう思ってしまう少年。比べただけで全く気にはしません。

 少女は鯛焼きを包み紙と一緒に受け取りそれを口に運んで一口。笑顔になりながら美味しそうに食べ、そしてまた少女はティーカップに口を付けます。ただし中身は入っていないのであわてて少女はティーポットから紅茶を注ぎ、優雅に再び飲み始めます。うーん、あくまで背伸びのタイプ。

 次第に少年は、部屋やリビングの品質、その姿勢の良さから一応どことなくお嬢様風に育てられたのかな、と思い立てました。

「えい!」

 ただし次の行動を見た瞬間少年は諸々そんな考えを撤回しました。

 パン! と音が鳴りす。少女がいきなり自分の真上でお願いするように両手を勢いよく叩いたからです。

「……んー」

 少年はちょっとまの抜けた顔で少女を見ました。しかし少年のそれは表情にはなかなか出ないため、そのまぬけに少女は気づきません。

「あ、やった、捕まえた」

 少女は手を開き手の中を確かめます。

 蚊。

 そりゃ夏なのだから出ますでしょう、けれどいきなり目の前で猫騙しの如くそんな事をされたら少年とて唖然としてします。

「飛ん出たもんだから気になっててさ。ん? どうしたの?」

「お転婆かー」

「え? そ、そう見える?」

「いや、思っただけ…です」

 少年は次にはまあいいやと言う変わりとして紅茶を飲み干しました。

 ああ、無かった! これは俗に言うミイラ取りがミイラ的な…いや、ただ集中力が足り無かっただけかと思う次第でした。ただ少女は仲間を見つけたみたいにニヘラと笑って少年のカップに紅茶を注ぎます。

「さっきはありがとう、改めてお礼するね」

 少女はカップを置き少し赤い笑顔でまたお礼を言います。

「い、いいえー、どういたしまして」

「なんで棒読み!?」

  口調がとたんに棒読みの返答をする少年、それに思わず少女は驚き聞いてしまいました。

「慣れてないんだー、って言うかお礼をもらうような事もしてないと言うか」

「でも、助けてもらえなかったら私がずぶ濡れになっていたし、それに買い物の帰り道だったから。ほら荷物も濡れていたかも」

「ま、偶然なんだけどさ」

「素直じゃないね。変な人」

「意味が分からん。偏屈な考えを持った奴なんか五万といるだろ」

「でもさ」

 少し間を空けるように少女は紅茶を一口含み飲み込みました。そして。

「そう言う咄嗟の事が出来る人って素敵じゃない、いいと思うよ」

 ぶへっ! 素敵と言われた発言に咳き込む少年。不意打ちのように言葉に詰まってしまいましたがそれでも紡ごうと一言言います。

「お前も変人だな」

「ええ!?」

 またしても唐突な発言に少女は戸惑います。ただ少年はそこまで偏屈な人間ではありません。はっきりとモノは言うタイプです。だからこそ思わず一つ本音を漏らします。

「そんな考え方は嫌いじゃない」

 少女も同じく不意をうたれたように表情が抜けました。それでも笑う少女ですが少年はどうにもこんなことを言ったことに納得がいかず紅茶を飲んでしまいました。彼にとっても無意識に言ってしまったことへの考えがまとまっていないようです。

「さてと、そろそろおいとまします」

 少年はもういいだろうと一気に紅茶を飲み干します。真野も我に返りそれに答えます。

「もう? 服まだ乾いてないでしょ?」

「いいですよ、もう着ても平気なくらいにはなってると思いますし」

「そう? ならいいんだけど」

 少女は立ち上がるなり乾かしている上着を取りに洗面所に向かいました。どうやら乾燥機に掛けていたようです。途中で取り出したため少し湿ってはいました。けれどもだいたいは乾いいるようです。

 とりあえずシワにならないようにYシャツをしっかりと広げると、一つ見覚えのある物が少女の目に入ってきました。そして戸惑います。これでもかというほど戸惑いました。

 校章です。それもでした。それを見た少女は考えます。つまり、あの少年はこの校章のついている学校に通っていて、私と同じ学校の生徒だということ。

 リビングに戻った少女はそのまま少年に問いかけます。

「…ねえ、君ってこの中学の生徒?」

 そう言いつつ少女はおおっぴろげに少年のYシャツを少年に向けました。わかるように少女は校章を少年の目の前に突き出します。

 少年は唐突な質問に眉をひそめますが問いにはちゃんと答えます。

「その通り」

 続けて少女は質問しました。

「学年クラスは?」

「…三年三組」

 聞いた内容が内容なだけに少女は絶句しました。つまりはこういう事だったのでした。

「あなた…私と同じクラスの人なの?」

 これで最後のつもりの問いに少年の返答はこうでした。

「…中学生だったのか」

「立派な中学三年生よ!」

 少女は勘違いを絶対的に正すために念を押して言いました。何せ自分が事を即座に否定したかったからです。まあ見た目的に小さいことでこの少女仕方がないですね。

「えっと…多分だけど間違ってなければその顔、今よく見てみたら、濡れてたから分からなかったけど見覚えある…多分、譜導ふどうあきら君だよね?」

「おう、譜導陽だ」

 少年は親指を立ててグッドサインをだします。それにしても親指がノリノリです。

「じゃあ…お邪魔しました」

「ちょ、ちょっと待って」

 玄関を開けて帰ろうとする譜導を少女は止めます。少女の会話は会話を打ち切った覚えはなく、まだ会話は終わっていません。だから切り上げさせる訳には行きませんでした。切り上げられたらここで会話は終わってしまって、そして今言いたい事も言えなくなるからです。

「私の名前は聞かないの?」

「…聞いて欲しいの」

 なんだか不思議そうな表情をする譜堂。

「そう言う訳じゃないけどこういうときなんかこう…会話のキャッチボールとして普通聞くものじゃない?」

 と少女は会話の流れを譜堂に諭そうとします。

「会話のドッチボールなら日常茶飯事なんだがな」

「それは人として間違った会話の仕方だからやめなさい」

「一応成立はする」

「どうやって?」

「会話するー、相手をディスるー、相手もディスるー、ガンガンぶつけあうー、ほら、良い感じに会話」

「喧嘩売ってるよね。絶対喧嘩への発展途上が丸々築かれてるよそれ以上はダメ!」

 急な会話のドッチボールへの解説に負けじと少女は否定を重ねます。負ける事はないのですがやっぱりキャッチボールの会話をしないとお互い一方的な言い合いになりますからね。

「で、名前何?」

「あなたはドッチボール以前に何にしても唐突よ、もう少し話題に添って話しを…ああ、でももうこれ以上は言っても仕方ないか」

 とにかく今は繋がっているうちになんとかして少女は話題をキチンと立て起こしておきたいようです。

真野まの澄水すみな、覚えた?」

「ああ、多分覚えた」

「復唱しときなさい、真野澄水」

「真野」

「…本当素直じゃないね、不良みたい」

「そうかもな、喧嘩だってするし。授業だってサボり気味だ」

「え? 流石にそれは嘘でしょ?」

「さーどうかな」

 譜導は顔を悪くしてなんどもなんどもその表情を真野に見せつけます。

 この人本当に変わりすぎた者かも。

 けれどもようやく二人は自己紹介までこぎ着けました、と言っても譜導が勝手にぶつ切りにしていたので元の路線に戻すのに真野が一苦労しただけです。

「ま、嘘だって会話だって、そんなもんいつだって唐突さ。話したいと思えた時に話すから会話になるんじゃないの?」

「そのちょっと真理じみた事言ったよ、みたいな事言われても譜堂君が話題を変えたら会話もあったもんじゃないわよ?」

「そーですね」

「さっきも言ったけどもっと素直に受け入れなさい」

「そーですね」

「何子供じみた事してるのよ」

「ふん」何かムカつく。

 譜導は笑い飛ばしました。どういう了見で笑い飛ばしたか真野にははっきりとした理由がわかる事はありませんでした。これは宣戦布告ととって後々、こちらが笑い飛ばしても文句は言われないかもしれません。

「…よし。とりあえず公園まで送るね」

「えー、いいよ別に。方向音痴じゃないよ」

「君の方向感覚は聞いていません、ほら早く出た出た」

 二人はこうして真野のマンションを出て、出会いの公園まで真野は見送る事にしました。

 いつの間にか時間も大分経過していて。夕焼けが公園辺り一帯を照らしてくれています。

「今度は気をつけろよ。なるべく自分で自分を庇えるようにな」

「そうだね、でも反射神経は悪くないんだよ。さらに鍛えるけど」

 公園に向かう道中、そんな少女のために譜導は忠告として少女に注意しておくことにしました。少年は少女にそう促しますがそんな少女は楽しそうに自分の向上心を見せます。子供が朗らかに笑って見せるような、そんな明るさです。

 ただそういえば中身は結局、背伸びしがちなタイプだったかもなという事を少年は思い返します。

 ま、それとは関係なく気をつけたほうがいいだろ。

「どんどん鍛えておきな、でなきゃこんな変な縁なんか作らずに済むから」

 面倒事は避けるべきだ。譜導はさらに促しますがしかし少女の返答は

「でも、こんな縁があっても良いじゃない。私はこんな出会いの友達も嬉しいよ」

 とこれまた変わった返答でした。

「お前…やっぱ変な奴」

 なんだか思わずため息が出そうな譜堂。

「ただ、前向きな考えは嫌いじゃない」

 小声の割に、でもはっきりと言いたいことは言っていきます。聞こえたからには少女は嬉しくなります。

「…うん!」

 二人はお別れの場所にたどり着きます。そして…

「じゃあ、またね」

「縁があればな」

 最後は互いに本日のお別れの言葉を述べ、二人は帰りました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る