①全ての起こり

魔法は現在、人類の生活と切っても切れぬ物となっていた。そして其の魔法を使役する者を魔法士と呼ぶ。魔法は、基本的には人類が持つ魔力を、各々が変換する事で使役される。


そして、幼い頃からその類い稀な才能を遺憾無く発揮し、それを以て周囲を魅了し続けてきた男がいた。彼は『天才』『神童』と周囲から持て囃され、名声を欲しいままにしていた。

 一方で決して驕る事は無く、他人を見下す事も無く。寧ろ好人物として彼は周囲に好かれ、何時も輪の中心にいた。

由緒正しい『中央学院』(セントラル)の一つ、その中でも最高の教育水準を誇るヴォルティル学院で学ぶと、卒業と同時に教師として働くようになった。

今は一つの王国であるとは言え、知名度は世界でナンバーワンと言っても過言ではない、今は『当代最高の魔法士』と世間から賛美を受ける男性。

 その名をノルン・ヴァンドゥルムと言う。

そして優秀過ぎる兄を持ち、周囲から何かに付けて彼と比較され続けてきた弟は、その名をフェイン・ヴァンドゥルムといった。

 出来は決して悪いわけではない。しかし物心がついてから周りが自分という存在をどう捉えているのかを知った少年は、いつしか自分を卑下するようになっていた。周囲の冷たい視線と態度が、彼の心に暗く大きな影を落とした。

──皆が見ているのは後ろにある兄の影でしか無く、誰も自分を一人の人間として見てくれないのだと。


 六~九歳での『初等教育』、九~十三歳での『中等教育』。このいずれも、フェインは『中の上』の成績で過ごしてきた。どれだけいい成績を残しても、結局兄の前では凡人に成り下がる。兄と比較されてしまうという恐怖心が、自然と彼から向上心を奪っていた結果だった。

 『あんな兄貴がいるのに何でお前は』と虐めの標的にされ始めたのは、確か九歳の頃だったか。元来争う事が苦手な故に言い返すこともできず、ひたすら耐えるしか無かった。そしてそれによる負の循環が、彼の卑屈化にさらに拍車をかけた。

 兄の推薦で特別にヴォルティル学院への入学が決まったと親から聞いた時、彼は酷く絶望した。自分の意見も聞かずに勝手に進路を決めたことは言わずもがな。

 そこまでして兄と同じ道を歩ませたいのか、という最早呆れにも似た感情。どうせ、晒し者になるだけなのに。


 中等教育迄に自分を受け持った担任も、全員が全員、自分に勝手に期待し、そして勝手に幻滅し最終的には離れていった。

 自分は天才の兄とは違う。増してや、自分は彼ではない。そのことを分かろうともしてくれずに、誰もが自分を兄と比較し、蔑み嘲ってきた。そんなこと、自分は望んでいないのに。何故自分を自分として見てくれないのだろう。そんな思いが彼の心から一時として消えたことはない。

 寧ろそんな余りに理不尽な環境の中で、良くぞ今まで生きていられたことを、我ながら感心することは度々ある。その代償として、 彼は自信を失い、自分自身が何なのかさえも分からなくなってしまっていた。

 それが何時からか彼の中に深い闇を生み出していたことを、彼自身さえ理解してはいなかった。

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