⑤親友
臆病ではあるものの、しかし見ていて少しも飽きがこない彼との出会いから、一年と少しの時間が経過した。
フェインがレットに連れられてやってきたのは、いつものように屋上。心なしか、彼の表情はいつもより固く見える。それに加え、何か言いたそうにしていた。
「どうか、したの?」
「……また、何か言われたのか?」
「……うん」
さっきの授業であったことを、包み隠さずレットに打ち明けた。これで何回目だろう、と悲観的になりながら。彼も『やっぱりか』と苦笑いを浮かべるばかり。晴れ晴れとした空に、溜め息を一つ放ってみる。何も変わらないと分かっていても、いつか何かが変わってくれると期待してしまう自分がいて。
この世界は、自分にとって余りに狭量過ぎる。思えば、ずっとそうだった。今までも、そしてこれからも。沈んだ気分で空を見上げるフェインに、レットは拳を力強く握り締めた。
「……あいつらも懲りねぇな、ホント。何回俺にボコられりゃ気が済むんだか」
少し間をあけて、彼は続ける。
「だいたい、お前とノルン先生を比べようとすること自体ナンセンスだっていい加減気づけってんだよ。違う人間だから違って当たり前じゃねぇか」
レットは抑え切れない怒りをぶつけるように吐き捨てた。そんな親友に、フェインは僅かとは言え口元を緩めた。思えば、彼は会った時から自分を自分として見てくれていたのだ。
レットは、未だ二年生とは言え学院の中で名前が通っている学生だった。それは、去年の学内トーナメントで一年ながら四回戦まで駒を進めたことに起因する。学内トーナメントとは、年度を三つに分けた学期の中で、それぞれ一回ずつ行われる行事である。その名の通り全ての学生が無差別の組み合わせで参加するトーナメントである。彼はその一回目、つまり入学後初めてのそれで、そこまで進んだのだ。
一度のトーナメントで一週間が丸々消費されるこの行事では、一年生はよっぽど相手に恵まれない――例えば一年生が固まったブロックが存在する場合など――限り、大抵一、二回戦で駆逐される。世界最高峰と言われるこの学院で学んだ経験の差はそれほどに大きい。しかし中には例外もいる。
フェインは去年三回とも二回戦で敗退した。そして一方のレットは四回戦が二回と三回戦が一回。審判は教師が行い、審判による判断で勝敗を決める。
負けた相手は五年生が一人に四年生が二人。この行事の結果は、低学年で良い成績を残せば残すほどその学期の成績に反映される。上級生に彼の実力のことを良く思わなかったり、妬む人間もいるものの、彼の能力を素直に称える人間の数は其の比ではない。
「今度のトーナメント、どうなるのかなぁ……」
「今回はベスト十六、だな。俺の目標は」
「ってことは、七回戦……気が遠くなりそう」
穏やかな日光を受け心地良い程度に暖まった床に二人して寝転がり、トーナメントについて語り合う。お互いの目標や、対策、練習の日程などを話していると、すぐ時間は過ぎて行く。
「……じゃあ、僕は四回戦まで行きたいな」
「ま、俺が思うにお前は魔法の工夫と魔力の配分次第でもっと上行けるって」
フェインもレットも、魔力量は魔法士の中では中の上ほど。こればかりは先天的なもので、上限を上げたいと思っても自らの意志で上げられるものではない。まさに『才能』の一つと言える。
フェインの場合は、傷つかないために防御に魔力を使い過ぎることで攻撃に使う分が不足しがちになること、そもそも争い事が苦手な性分である事が明らかに弱点になっているというのが親友の見立てであった。尤も、後者については彼の良い所でもある。
「そうかな? 僕にはまだそんな……」
「あのな。お前は、自分で思ってるより凄い奴なんだぞ?」
「僕が?」
きょとんとするフェインに、レットは頭を軽く数回叩いて自信満々に言った。
「おう。ただ、お前はそれを自分で分かってないだけだろ。一番近くでお前を見てる俺が言うんだ、間違いねぇよ」
――と、彼は大真面目に、そして何の羞恥心も感じていなさそうに堂々とした口調でそう言ったのだ。寧ろ言われているこっちが恥ずかしくなってくる。
しかし、ただただ嬉しかった。彼のおかげで、さっきまでの憂鬱な風船は、広く澄み渡った空へとそっと飛んでいってくれた。彼が自分の最高の、そして現時点で唯一の理解者でいてくれることが、何より誇らしくて。
「……レット、ありがとう」
「気にすんなって。何たって、お前は俺の『親友』なんだからな」
二人で顔を見合わせて笑いあっていた、そのときだった。レットが何かの気配を感じ取り、屋上への入り口の方向を睨んだ。だがそれはすぐに、冷や汗を浮かべた情けない表情に変わることになる。
僕らの心を、絆という名の魔法で。 寺田黄粉。 @teradakinako
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