④きっかけ
全員の自己紹介が終わると、案の定フェインは新しいクラスメートから質問攻めにあっていた。少なくとも現時点で一番仲がいい人間である立場上、彼を助けてやりたいのは山々なのだが、そうもいかない事情が彼にもあった。
「ねぇねぇ、レクトール君はどこから来たの?」
「住んでるところからは一人で来たの?」
「後で『金』属性の魔法使ってみてよ!」
「連絡先教えてくれない?」
興味を持ってくれるのは嬉しい事だが、彼はもう少し詳しく自己紹介すべきだったと後悔した。数にして六人、女子が自分の席を囲んでいる。投げ掛けられる質問に対し一つ一つ返答するものの、一つ答えては一つ聞かれる現状でけっきょく終わる気配は無い。しかし、自分の倍の人数に囲まれる半分はフェインに比べれば、自分はまだ楽だと言えた。
しかもフェインは元々の性格が災いしてか、しどろもどろ、曖昧にしか答えられていない。その質問も質問で、兄についてのものが大半。
見ていてどうにも胸くそが悪い。彼らの目の前にいる少年はノルンではなく、フェインだというのに。この事態も避けたかったのだろう、だが彼は自分を奮いたたせあの場に立った、其れが今の状況を生んだのだから、不憫でならなかった。
そんな状況が暫く続くと、囲まれるフェインをつまらなそうに傍観していた二人組が、ゆらりと立ち上がった。
「おいお前、ちょっと来いよ」
二人組の、無駄に背の高い方が凄みを利かせた低い声でフェインを脅した。周りを取り囲んでいた女子も彼らのことが怖いのか、全員が全員二,三歩後ずさる。その中には間に合わずに軽くとは言え突き飛ばされ泣きそうになってしまっている者もおり、二人は非難の対象に上がる。
しかしレットにしてみれば、彼らには何の恐怖も感じない。寧ろ強がっているようにしか見えず、かえって滑稽だ。
「コイツ借りるけどよ、誰も来んじゃねぇぞ」
今度は太った方がそう言って、フェインは連行されていった。どこに行くのかは不明だが、どうせ彼への嫉妬で暴力に訴えるつもりだろう。レットとて去年度までは何度も揉め事を起こしていたのだから、其れくらいは想像が容易にできた。
「俺が行って来るから、先生に言っててくんね?」
取り敢えず近くにいた女子にそう伝えると、彼女からの了承を得る事ができた。レットは二人に拉致されたフェインを追い掛け、ゆっくりと歩き始めた。あの様に気弱な性格の人間を威圧する手合いは、何より虫酸が走ってしまうから。しかも入学初日に問題を起こすのだから、相応の制裁を加えなければならない。
教室から出ると、三人の姿は既にそこから視界に映る場所には無かった。とするならば、恐らくは階段から屋上に上がっていったのだろう。校舎は一階から五年、四年、三年……というようになっているため、階段を上がれば見渡す限りの広大な空を抱える屋上へと辿り着く。
「全く、いきなり何やってんだかあのデブとノッポは……」
レットはそうぼやきながらも、その足取りはこれまた真っ白に染められた階段を、一段ずつしっかりと上っていく。あの二人――確か名前はベルとダグと言ったか――は、見るからに親の地位を盾にした人間なのだろう。ああいう存在は、早めに叩いておかないと後々鬱陶しい、と経験が耳元で告げている。
また、下手をするとフェインがこれからカモにされてしまう可能性も否定できないのだ。ふぅ、と彼は溜め息を落とした。階段を上りきり、屋上に繋がる、少し開いた状態の扉からそこを覗くと、其処に三人はいた。
「なぁ、お前。余り調子に乗るなよ?」
「そうそう、お前は兄貴が天才だからチヤホヤされてんだからな」
――何とも醜い言葉。
人間としての器の小ささが知れてしまう、やはりフェインの周りに人が集まっていたことへの嫉妬心丸出しだ。見ている此方が恥ずかしくなることこの上ない。
しかしレットが許せないのは、フェインが抵抗できないように羽交い締めにした状態で殴打を食らわせていることだった。彼の性格上、抵抗などできないのだろうが。
燦々と優しい春の暖かい日光とは対照的に、温かい気持ちにはとてもではないがなれそうにない。目に映る光景に苛々がどんどん募る。レットは勢い良く扉を開けて其の場へ侵入した。
「おい」
「何だお前? あ、分かった。お前もこいつが気に入らないんだろ」
なら仲間だな、などと馬鹿げた言葉を発し、笑いながら此方へと歩み寄ってくる少年。勘違いも甚だしい。レットはうんざりしながら、拒絶の言葉をぶつけた。
「寄るな、んで黙れデブ」
「ぶは」
「……ベル、笑うな。何か言ったか?」
いきなりの罵倒に不意打ちされたのか、長身の男は吹き出していた。其れを咎める様にもう一人が睨み付けると、彼は視線を逸らし無言に貫く。罵倒された彼は舌打ちすると、レットを怒り心頭と言った様子で見遣る。レットは其れに怖気付くどころか、へらへらとした態度で疑問に答えた。
「へぇ、聞こえなかったのか? デブって言ったんだけど」
二度目の罵倒が完全に怒りのスイッチを入れてしまったのか、今目の前にどっしりと立つダグの体はわなわなと震え出し。手入れに失敗したかのような汚い眉はピクピクと痙攣している。
面白かったのか相方も吹き出したが、再度睨まれ素知らぬ顔をして距離をとった。身長は、昨日の情報によれば自称百六十三センチのフェインよりやや小さいくらいなのに、フェインが痩せ形とは言え横は二倍はありそうだ。どれだけ贅沢な生活をしてきたのかがよく分かる。
「てめえ、俺を怒らせたな……! ぶっ殺してやるぞ平民がぁ!」
怒りに震えるダグが空に掲げた掌に、赤々と燃え盛る直径二十センチほどの火球が姿を現す。しかし、校内で許可なく魔法を使うのは禁じられていたはず。事故に繋がりかねないからだ。
レットは溜息を零しつつも、正当的に魔法を使える事に笑みを見せた。
目には目を、歯には歯を。魔法には、魔法を。いきなり校則違反になるが、この際仕方ない。呪文を唱え、何の装飾も無い、簡単で軽い黒籠手を創造する。
「何だそりゃ、所詮平民は平民だな!」
「……バカでデブなお前に、いいこと教えてやるから感謝しろよ?」
「てめェまた言いやがっ…!」
挑発に掛かりダグが苛立っている間に、その懐へと入り込む。体格から判断した通り、こちらの素早い動きにはついていけない様だ。籠手をはめた右拳に、ありったけの力を込める。手加減などしない。してはいけない。全力で叩く。次の瞬間、籠手がめり込む鈍い音が聞こえると共に、ダグは腹部を両手で抑え悶絶し始めた。脂肪の盾があるとは言え、鳩尾はやはり急所だった。
「かは……てめえ、よくも……!」
その口からは泡だらけの涎が滴り、其れは地に落ちていく。激痛に気絶したのか、敵はいつの間にか白目を向いてによたれかかっていた。
ベルに目を向けると、彼はフェインから手を離し、ハハハと苦笑いを浮かべ一歩、二歩と後ろへ下がり出した。
「貴族が必ずしも強いって訳じゃあねぇんだよ。親の七光りって言葉知ってるか?…で、お前もやる訳?」
「……ちッ!」
それだけ言うと、百九十センチはありそうな長身の少年は、仲間を見捨てて下階に繋がる扉の方へ走り其の儘逃げた。まさに薄情極まりない彼を、レットは蔑むような眼差しで見送った。
そしておどおどしたままのフェインのもとへ静かに歩み寄ると、彼は『ごめんね』と一言だけ、悔しそうに呟いた。
「…どうして来てくれたの?」
「ばっか、俺らは友達だろ? 昨日勉強教えてもらったし、見捨てる訳にはいかねェだろ」
「レットが魔法使った事…怒られそうになったら僕が証言するから」
「…そりゃ有難いけど、あんま無理すんなよ? またあいつらが難癖付けてくるかもだしさ」
あくまで自身のことを気にかけてくれるレットに、フェインはくすりと笑みを見せた。横たわるダグを他所に、最初の授業は共にサボタージュすることを決め、陽射しが暖かいこの場所で日向ぼっこをすることにした。
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