第33話
いつも通っている坂道を、通り過ぎる。
この坂道を下って、いつも左の駅方向に曲がっていたが、右方向に来るのは初めてだ。
前方に諏訪通りの信号が見える。
「ここが、僕が通っていた日本語学校だよ。」
右側の青い建物をチフンは指さす。
「そうなんだ。ホント偶然だね。こんな近くにあったんだ。」
諏訪通りに出た。
信号待ちをしているのは、私達の他に4〜5人ほど。
この時間にしては、交通量が多い。
しかし、大通りであるにもかかわらず、店が全くないせいか、外灯もまばらで、ものすごく暗く感じる。
信号が青になり歩き始める。
渡り切った歩道の上に、ちょうど外灯があり、そこだけスポットライトのように照らされている。
私とチフンは、その外灯の真下にいた。
チフンとお別れの場所に来てしまった。
この道を、私は右、チフンは左へ・・
チフンが無言で手を差し出す。
握手をする。
お互いに手を引き合い、自然にハグをする。
長い時間。
昼間、忙しく歩き回ったのであろう。
少ししょっぱいような汗の匂いが、Tシャツに染み込んでいる。
チフンが腕の力を少しゆるめる。
「元気でいてよ、ミッちゃん。」
チフンが私の頭の上で囁く。
そしてまた力を入れ、ハグをする。
長い時間。
行き交う車の音が止まり、横断歩道を渡って来る人の気配を背中に感じる。
再びチフンが腕をゆるめ、私の頭の上で囁く。
「ミッちゃん、また会えるからね。お別れじゃないよ。」
そして力を入れる。長い時間。
チフンの汗の匂いに包まれ、心地よい痺れが全身に回ってきた。
もう、いいよ。私は大丈夫だから。
自分に言い聞かせる。
そして自分から体を離し、チフンを見上げる。
「じゃ、チフン・・・。元気で行ってらっしゃい。頑張って。」
「うん、ミッちゃん、ありがとね。」
「うん。」
手を振ってから、背を向け歩き始めた。
振り返りたい気持ちを抑え、歩き続けた。
10秒ほど歩いてから、振り返った。
誰もいなくなったステージを、スポットライトが照らしていた。
2014終わり2015へ続く
イミテーションソウル @sumireko
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