第32話

腕時計を見ると、そろそろ9時になろうとしていた。

「そうだチフン、部屋の窓にかかっていた布は?」

「あっ・・・」

チフンの顔から、一気に血の気が引いた。

「ごめんなしゃい・・・」

ホントに自分のことしか考えてないんだ・・・。

「代わりに今、何かちょうだい。」

チフンは、宙を見るように一瞬考えると、かぶっていたキャップを脱ぎ、ホコリをはらう仕草をしてから、2つに折り畳んで私に差し出した。

そしてリュックから、別の黒いキャップを取りだし、かぶった。

「チフン、写真撮ろう。」

私はチフンの側に回り、並んで座ってから、チフンにスマホを渡す。

私はチフンの肩に頬を寄せる。

「うん、いいね。」

撮った写真を確認してから、私にスマホを返した。

女の子を呼び、お会計をする。

約8千円だった。

私が1万円を渡し女の子が下がると、チフンは自分の財布を広げ、3千円を取りだそうとする。

「僕、これだけ払うよ。」

「いいよ、チフン。」

「ミッちゃん、いつもありがとうね。」

どっちにしろ、私の金だし。


店を出て、銀行へ向かう。

チフンは、嬉しそうな顔をしている。

お金のことも、これからのことも、楽しくて仕方がないのであろう。

「ここで待ってて。」

1人で銀行に入り、20万円をおろし、備え付けの封筒に入れる。

チフンは、銀行から少し離れた場所で、不動産の貼り紙を眺めていた。

「チフン、行こう。」

信号を渡り、ハンバーガーショップの横の細い道へ入り、線路沿いを並んで歩く。

「この道をいつも通ってたよ。」

「えっ、そうなの?」

「この先に、僕が通ってた日本語学校があるよ。」

「そうなんだ-。私もこの道を通って、仕事に行くよ。」

「ホント?」

JRの戸山口を過ぎると、駅のホームの灯りが途絶え、辺りが暗くなる。

バッグから封筒を取りだし、チフンに渡す。

「はい、チフン、早くしまって。」

「ミッちゃん、ありがとう。」

チフンは、前掛けにしていたリュックに封筒をしまうと、そのリュックを背にかけ直した。

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