夜鷹は羽を休める

第13話 吾輩は猫であるかもしれない


 吾輩は……猫だ。名前?

 飼い主と称してる人間がつけて勝手に呼んでるものはあるが、吾輩は認めておらん。

 吾輩には産まれたときに猫の女神であるバーストから霊的に刻み付けられた真の名がある。人間が吾輩を呼ぶ名前は単なる記号に過ぎん。


 吾輩に食事や寝床を提供している程度で主人顔しないで欲しい。吾輩は取るに足らぬ霊長類のお前達と違って、霊的に高貴な猫なのだからな。


 吾輩の飼い主と称する人間は、世の中に転がっている事実や嘘を均等に拾ってきて世の中の人間どうるいに広めては責任をとらないジャーナリストという職業に就いている。それが人間の倫理に照らしあわせて良いのか悪いのか、吾輩には関係ない。

 ただ、記事が売れると吾輩の食事内容がよくなることは確かだ。それは歓迎する。

 

 まあ、記事が売れるということはその記事で不利益を被って、自称飼い主に恨みをもつ輩も出てくる。つらいところだな。

 新聞やラジオ―――吾輩は知識欲旺盛な猫であるからして見たり聴いたりする―――で被害を受けた人間が自称飼い主のことをあからさまに罵倒するとか、カメラに凄んでみせることはあった。いたいところをつかれて怒ってる人間もいたし、憶測で書かれた記事に目を白黒させてる人間もいた。

 吾輩にとっては関係ない。それより口にあう食事だ。吾輩はグルメであり健啖家である。

 女神バーストは時たま吾輩に対し霊的な交信をしてくるが、吾輩のことを『豚を呑みこんだナイルワニ』と称したことがある。肉付きししおきが豊かであることは、人間が高貴な猫に対しよい食事をたっぷり提供したと結果であるから、吾輩の霊格の高さを証明するものとしてむしろ褒められることだと思うのだが。

 女神バーストとの見解の相違は少し調整が必要のようである。


 話を戻すと、自称飼い主の書いた記事に対して怒りを通り越して殺意をもつ厄介な奴があらわれたりもするのだ。

 読者が妙に真実味を感じるような『荒唐無稽っぽい事実』を書いてしまい、書かれた者がそれを不都合に感じて実力行使でのぞむ輩だった場合に限るが。

 

 『マサチューセッツの寂れた港町に今も残る禁忌の崇拝を追う』


といった記事などその最たる例だろう。あの町ではいまだに半魚人が人間を生贄にして邪神を信仰している。自称飼い主が思ってる以上にあの町の化け物は行動的で危ない。

 結局、吾輩の家に暴力的なクレーム目的で、魚のにおいをぷんぷんさせた人間のようで人間でないものが押しかけてくる羽目になる。

 しかも運悪く(良く?)自称飼い主が不在の時にだ。コンコンとノックする音がうるさい。無視していたら施錠に細工して、忍び入ってきた。

 おお、臭い。魚は好物だが、邪神ダゴンの手下のインスマス人(なりかけ半魚人)はただただ臭いだけで吾輩は好かん。

 吾輩は臭いと面倒事を避けるためにベッドの下に退避していたが、とっとと帰ればいいものをインスマス人の奴は自称飼い主の机の資料をガサゴソと漁り始めた。

 これはなかなか帰らないか、自称飼い主が帰宅するのを待ってうるさい口を永遠に閉じるつもりだろう。

 

 おい、そうなったら吾輩の食事はどうなるのだ。給仕がいなくなったら困るのだ。


 吾輩は高い霊格をもつ猫である。こんな魚と人のなりそこないに生活を脅かされるいわれはない。

 吾輩はバーストによって霊魂に刻まれた真の名を意識し、女神の力を一部借りた。

 吾輩の体は一時的に獅子や虎の如き巨躯となり、研ぎ澄まされた短剣に等しい爪でインスマス人を背後からバッサリとやった。


 臭い!

 霊格が汚れた気がする。

 器用な吾輩はずるずるとインスマス人の死骸を引きずり、家の裏に持って行った。あとは食ってしまう。

 まず過ぎてしばらく腹を壊してしまうかもしれんが、自称飼い主が給仕する食事がなくなってしまうよりは利口な選択肢だ。

 あいつのつくる食事は割と気に入っておるのでな。


 吾輩は猫であるかもしれない。

 名前はどうでもいいが、高貴で使用人を大事にする猫である。


第13話 完

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