第12話 若き怪物の肖像(10)

 巨石を組み合わせた通廊の先は、直径40ヤード程度の円形広場になっていた。

 広場はすり鉢の底部になっていて、全方向に向かってなだらかな勾配が外の土地につながっていた。

 ウィップアーウィルと5人の探索者達はついに最終ステージに到着したことを知る。


 広場の中心で黒土の地面に金の杖をついて立っている今回の同時多発テロの首謀者であり、邪神結社『白銀の血』の最高指導者マスターの1人、ヴィンセント・マックニールの姿を認めたのである。

 ウィップアーウィルは眼窩に力を籠めた『青い視界』に切り替え、空間及び地面に魔法陣や魔術トラップが仕掛けられていないかをサーチし、安全を確認する。

 もっともどんな魔法陣やトラップよりも目の前の男が危険である。一瞬たりとも気は抜けない。


 ウィップアーウィル以外の5人は今までの激闘により満身創痍といった風体で、歩みからも機敏さが失われていた。

 散開しづらい石の通廊の中でゾンビの一群に待ち伏せされたのだ。

 頭から爪先まで、血と泥にまみれているのは勝利の代償である。寡兵ゆえに体力の消耗も激しい。

 ここまで1人の脱落もなく辿りついたことは僥倖と言っていい。


 数百年を生き、個人ではこれ以上望むべくもない大量の魔力を保有している魔術師は彼らを一瞥するや、

増強型萎縮呪文ちりとなれ

金の杖の先端を向けていきなり魔力の塊を射出した。

「まずい!よけろ!」

 ウィップアーウィルは跳んで躱すことに成功。しかし、疲労困憊の5人にその力は残されていなかった。巨大な魔力の塊はのろのろと回避行動をとろうとした一同を逃がさない。

 ブーストがかかった萎縮の呪文によってフーヴァー達は一瞬で蒸発した。

「フーヴァー!」

 ウィップアーウィルは跡形もなく消えてしまった仲間達の方へ愕然とした表情を向けたが、ヴィンセント・マックニールの次の攻撃を警戒して向き直った。 

「死者の魂を捕らえる魔の夜鷹ウィップアーウィル、生命とはげに儚いものよ。私や貴公と違って、人は長くても100年で死ぬ。彼らは少しそれが前倒しされただけ。気にすることはないさ」


 魂を切り裂く霊的な刃が放たれ、肉体を溶かす呪いが蔓延し、恐怖の感情が脳を狂わせる魔力が飛ぶ。空中からおぞましい触手が生え、電撃が四方八方から迫る。

 ヴィンセント・マックニールは最強の魔術師の呼び名のとおり多様な呪文の連続詠唱を行い、ウィップアーウィルを攻め立てる。

「フフフフ。逃げ惑い、ショゴスに守ってもらうしかできないのかね。もう少し歯ごたえのある鶏肉チキンだと思っていたが、とんでもない腰抜けチキンだったようで残念だよ」


 魔術師が嘲弄するとおり、ウィップアーウィルは回避と防御に徹していた。隙あらば必殺のバリツを繰り出したいところだが、魔術の連打がそれを許さないのだ。

増強型萎縮呪文ちりとなれ

 魔力の砲弾が脇を掠める。ショゴスマントの防御力もいつまで保つかわからない。敵を狩る夜鷹が狩られる側にある。

「ほらそこ」

 火炎の花が咲く。転がった地面から岩の槍が飛び出す。

 オーケストラの指揮者よろしく金の杖をタクトに見立てた魔術師が奏でる夜鷹葬送曲。

 

 ウィップアーウィルは途切れることのない魔術の連撃に翻弄されながらも、時を待っていた。

 ヴィンセント・マックニールの魔力が途切れるのを待っているのではない。彼の金の杖は邪神のそれに匹敵する魔力が蓄えられているいう噂であり、確実に自分の体力が先に尽きる。

「先日は少し小突かれてしまったが番狂わせは続かないぞ。貴公はその折れた鉤爪で、このヴィンセント・マックニールの魂を掴めると本気で思っていたのかね。ハハハ。化け物揃いの黄色い印の兄弟団イエローサインが総動員でならともかく、貴公のような小鳥一羽、私の館に剥製になって飾られるのがオチさ」


 そして、時は満ちた。もういいだろう。

「たかだかにしてはずいぶんな口を叩いてくれるじゃないか。お前のアメリカを手に入れるために張り巡らせた蜘蛛の巣は、お前が軽視する人間の手によって、どんな間抜けな蝶もくぐれるほどの大穴をあけられた。あとはこの夜鷹が巣からずり落ちかけてる間抜けな蜘蛛おまえを除去すればおしまいだ。もう逃げ回るのもおしまいにしよう」

 テロ組織が崩壊した事実は、ヴィンセントの自尊心を傷つけていた。怒りの炎が彼の目に浮かんだ。

「フン!よかろう、白銀の血のマスターを代表して、貴公の首を大いなるクトゥルーへの捧げ物にするとしようか。たったひとりでこの私に挑んだ無謀な夜鷹よ」


「ほう、

 夜鷹の笑みをヴィンセントは見たか。

「ヴィンセント・マックニールよ。お前には信頼できる仲間はいるか?んー、聞いただけ野暮だったか」

 ヴィンセントは周囲を見回した。

 すり鉢状の底部広場を囲む勾配の上から、先ほど蒸発したはずのフーヴァー達が全力疾走してきてヴィンセントを中心点とした6ヤード程の距離をとって囲んだ。

 ヴィンセントは小さくため息をついた。

「……ウィップアーウィル、私がさきほど塵にしたのはダミーだったのだな」

「ここに来る途中でお出迎えしてくれたゾンビに変装を施してみたのさ。

 ゾンビどもやつら、動きがのろいからバレやしないかと冷や冷やしたぜ」

「貴公はゾンビ操作ネクロマンシーの力を消費してまで何がしたいのだ。うまくやればゾンビを身代わりにして私から逃げられたかもしれなかったのに。この定命の者どもはわざわざ死にに来てしまったぞ」

 金の杖はくるりとブライアントに向けられ、同時にウィップアーウィルは5人に合図した。5人はあらかじめ夜鷹から渡されていた黒く長い棒を手はず通り足元の地面に突き刺した。

―――瞬間。



 魔力回路をもつウィップアーウィルとヴィンセント・マックニールにしか知覚できなかったが、フーヴァー達5人が突き刺した黒い棒はそれぞれ他の4本とリンクし不可視の力場(フォースフィールド)を構築した。その形は正五角形。

「ヴグッ」

 ヴィンセントは金の杖を取り落とし、その場に片膝をつく。重い鎖が巻き付けられたように魔力回路が鈍磨していく。

 慌てて金の杖を拾っても貯蔵されている魔力が励起されることはなかった。南太平洋に眠るクトゥルーや次元のはざまを行きかうナイアルラトホテップとの精神回線までもが遮断されている。

「わ、私の魔力が」

 この五角形の力場による異常事態。考えるまでもない。魔力や霊的な存在の動きを著しく制限する結界に閉じ込められた!

害虫野郎ミ=ゴの拠点を潰した時に回収した奴らのアーティファクトだ。一見ただの棒だが、五角形の力場をつくれば神話の邪神グレートオールドワンズですら封印できるそうだぞ。害虫野郎の発明品というのはが忌々しいが、お前の厄介な魔力を封じられるなら利用するさ」

「貴公、この結界をつくるためにわざと逃げ回って時間を稼いだのかぁっ」

 夜鷹はそれに答えず、フーヴァーに

「どうしても5人必要だとこだわった理由はこれさ」

 と告げた。



 フーヴァーはこの大逆転劇には自分にとって別の意味があると感じていた。

 五角形の結界をつくるために集められた5人は、自分の内的宇宙を占める5つの事項を象徴していると。

 フィリップは魔術や迷信を打ち破る新時代を呼び込む科学を。

 ブライアントは人が自分を優位にに置きたいがために他人を卑しめる差別を。

 ストークスは人間の行動原理である快楽と闘争を。

 ジョージは過去から未来に継承される知恵と経験を。

 自分は―――社会、組織を改革する冷酷さと熱意を。

 この短期間に紆余曲折を経て集まった5人は、ひとりひとりがこれからの時代に進歩と混迷を交互にもたらすものの象徴なのだ。

 そして、その象徴がひとつの結界をつくり、巨大な古い力を封印せんとする。

 ……自分らしくない。今は感傷に浸るな。ウィップアーウィルに任せ、全てを終わらせるのだ。



 ウィップアーウィルは結界の外縁まで近づく。ヴィンセントは怒りと屈辱に顔を歪めて罵倒した。

「ミ=ゴハンターがミ=ゴのアーティファクトを使うとはとんだお笑い草だ。プライドはないのかね」

「この俺がそこまでしないとお前に勝てないと思ったゆえだ。過小評価されてないことを素直に喜べ。ヴィンセント・マックニール君」

「夜鷹に人間、絶対に許さぬ。白銀の血のマスターの力を侮るな!」

 ヴィンセントは調息を繰り返し精神集中に入った。

 おお、邪神の力すら封印する結界の中で、魔術師は体内の魔力回路を現状可能な限り稼働させ、失った魔力を賦活させていくではないか。

「杖が無くとも!神々の加護が無くとも!私ヴィンセント・マックニール自身の魔力で貴公らを仕留めてくれる」

 結界がヴィンセントの魔力を抑え込むべくバチバチと見えない閃光を放つ。

 魔術師は必死に抵抗し、ついに自身の魔力をコントロールすることに成功した。

 それを見たウィップアーウィルは―――敵の底知れぬ強さに微笑んだではないか。

「敵ながら見事。その闘志に敬意を表する」


 ウィップアーウィルは結界に入ったリングイン

「ウィップアーウィル、君はなんてことを!」

「この魔術師を完全に檻に閉じ込めるには少しばかり弱らせないとダメみたいだ」

「君の力も封じられてしまうのではないのか!?」

「我がバリツは魔力にあらず。燃える闘魂クンフーは絶えることなし」

 ウィップアーウィルはカウボーイハットのふちを少し押さえた。


「貴公、私を過小評価していないと言ったが、今なら勝てると思っているならそれこそが過小評価よ!」

 ヴィンセント・マックニールは両腕でガードを固める。

「もう一度肘をくらわせてやる」

 ウィップアーウィルは自身が回転して遠心力を乗せたローリングエルボーを放った。

 魔術師としては最強、しかし格闘は超人の域には程遠いヴィンセントのガードは簡単に突破されるはずだった。

 吹っ飛んだのはウィップアーウィルの方である。

「何!」

 フーヴァーは裏返った声で叫んでしまった。先日の司法省での戦いを見ているだけに信じられない光景だった。

 

 受け身をとって立ち上がった夜鷹は間髪入れず、連続して左ジャブを入れてから、右フックのコンビネーションで攻めて―――倒れた。口元から血が流れている。

「貴公は愉快なダンスを踊るのだね。それではこちらからいこうか」

 ヴィンセントはオーソドックスなボクシングのジャブとフックを繰り出す。

 バリツに比べたら明らかに劣る動きである。百戦錬磨の戦士である夜鷹がそんな素人攻撃をもらうわけはない。

 夜鷹はパンチをかいくぐり、右手をヴィンセントの内股、左手を肩にまわし、そのままヴィンセントの突進力を利用して空中で身をひねり、背中から地面に叩き付けた。これは当然バリツの技だが、数十年後にパワースラムという呼び名で世に知られることになる。


 見事に決まったパワースラムはヴィンセントのみにダメージを与える技なのだが、ダメージを負ってのたうちまわっているのは技をかけた夜鷹の方であった。

 腕の関節を逆に極めながらの一本背負いを決めても、夜鷹の腕関節が悲鳴をあげる。

「かけた技の威力がすべて跳ね返ってきておるんじゃ」

「おい、どうなってんだよ畜生め」

「ウィップアーウィル、結界から出るんだ!」

「お仲間が貴公を心配しているぞ。いいのかね、逃げなくて?フフフフ」

 ヴィンセントは残った魔力を全身に巡らせて肉弾戦でも優位に立った。

 バリツのパワーを跳ね返さなくても魔力で増強したパンチやキックは、少しずつ仮面の夜鷹の肉体にダメージを蓄積させている。

 

 夜鷹の息はすでに荒くなっていた。得意の格闘戦で魔術師に遅れをとるなんて初めてのことだった。

 ローキック、ミドルキックから足を降ろさずにそのまま首筋深くに叩き込むハイキックのコンビネーションも見た目鮮やかに決まるものの、やはり仕掛けた夜鷹が膝をつく結果に終わる。

「ハハハハハ!バリツ敗れたり」

 ヴィンセント・マックニールは夜鷹の顔面に蹴りを入れ、ラッシュをしかける。


「部長、このままではヴィンセント・マックニールを逮捕するどころではなくなってしまいます」

 と苛立ったブライアントが銃を構える。

「やめろ、ウィップアーウィルに当たる危険がある」

 手で制したフーヴァーだが、彼自身が見守ることしかできない苛立ちにさいなまれていた。


 ウィップアーウィル自身もバリツが通じない敵への焦りに冷静さを失いかけている。

 その場でただ一人冷静な目でいられたのは、フィリップ・ウェドルという最も格闘とは縁遠い科学捜査官だった。

 フィリップは自分が目の前の事象を、信じる信じられないの主観ではない

事実ファクトだけで判断する目を持っていた。

 ジョージさんの言うとおり、ウィップアーウィルの攻撃、全て威力を跳ね返されている。これは間違いない。

 ではヴィンセントはなぜダメージを負わないどころか物理的な接触した形跡すらないのか。いくら魔術で威力を跳ね返していても、あれだけのパワーとスピードがこめられたものが触れれば、皮膚が赤くなったり、アザができたりするはずなだ。

 それは攻撃の接触面に何か魔術的な仕掛けを施しているから。ではどうやって?それはヴィンセントの視線だ。

 ウィップアーウィルの攻撃で本来ならダメージが生じる箇所を意識しているあの視線。僕の推論が正しければ―――。


 フィリップは、夜鷹が正拳突きをヴィンセントに打とうとモーションを掛けた瞬間に結界に飛び込み、背後からヴィンセントを殴りつけた。

 エルボースマッシュの威力が跳ね返り、夜鷹は数度目の血を吐いた。

 そして、人生で一度も喧嘩の経験がなく、まったく腰の入ってないフィリップのラビットパンチは魔術師の後頭部に

「痛っ」

 という言葉を引き出すことに成功した。

 ヴィンセントは反射的に背後を振り返り、フィリップを捕まえようとしたが、逃げ足だけは自信のある元いじめられっ子は咄嗟に結界の外へ滑り出していた。


「今ですよ!」

 ウィップアーウィルがフィリップの推測に気づいたかどうかはわからない。

 長年の戦闘経験が、本能がその声に従った。

 もう一度エルボースマッシュを見舞った。

「ぎゃっ」

 再び夜鷹の方に振り向こうとしたヴィンセントは頬にエルボーを打ちこまれ、初めて悲鳴をあげた。

「やはりね!」

「フィリップ、納得する前に彼にアドバイスだ!」

 フーヴァーの鋭い指示。

「ウィップアーウィル、謎が解けました。そいつがあなたの攻撃を跳ね返せるのは視線で予め認識した攻撃の着弾箇所だけなのです。つまり、視線で反射魔術が指定できないところ、視線認識が追い付かない複数の同時攻撃にはおそらく対応できない!」

「糞袋が!」

 ヴィンセントの罵倒がフィリップ・ウェドルの推論を裏付けた。

 ウィップアーウィルはショゴスマントをバサッと跳ね上げた。彼の背後に暗幕が張られたかのように見える。

「全員で俺のマントを撃て」

 フーヴァーの決断は素早い。自ら25口径を抜き出す。

 元々ライフルを構えていたブライアントが、早撃ちではナンバーワンのストークスが、迷わずショゴスマントに向かって発砲した。

 フーヴァーが続き、ジョージも、

(ウィップアーウィルに対する信頼とジョンのリーダーシップがなけりゃこんな無茶ぶりは躊躇しちまうよな)

 と思いつつ撃った。

 4発の弾丸はショゴスマントの弾力性によって、跳弾となって結界内部を飛んだ。

 ヴィンセントの絶叫が響きわたり、大量の血が散りしぶく。胸や腹に咲いた赤い花がみるみる花弁を大きくしていく。

「フィリップ・ウェドル。君に感謝する」

 ウィップアーウィルは息を整え、腰を落として構える。

 そのまま瞬時に距離を詰めて横殴りの飛び膝蹴りを決めた。

 閃光の如く魔術の如くシャイニングウィザード

 大量の血反吐をお気に入りの銀メッシュシャツにぶちまけながら、ヴィンセント・マックニールは崩れ落ちた。

「諸君、これが日本のバリツだ。研ぎ澄ましたバリツは魔術を超える」



「私はまだ負けを……認めていないぞ」

 結界内の地面に横たわって身動きひとつとれない魔術師のタフネスにストークスが感嘆の口笛を吹いた。

 夜鷹は、魔術師が忌まわしい手段により不死性を強めているのだと説明した。

「ううむ。俺はお前をここで完全に滅ぼしておくべきだと思う。しかし、どうしてもお前に法の裁きを受けさせると言って聞かないフーヴァーあまちゃんの方針を尊重することになっているんでね」

「愚かな男だ……無能な人間どもが他人への不信と恐怖から取り決めた『法』という空疎な絵空事でこの私を縛る……本気で考えているのかね」

「確かに愚かだと思うが、フーヴァーは俺が認めた男だ」

「ウィップアーウィル……」

「さあ、フーヴァー。この大罪人に手錠をかける時が来たようだぞ。もっとも迂闊に触ってどんな魔術をかけられても俺は保証しない。そのリスクを背負って逮捕するがいい。そして、1度瞬間移動したのを見てるから知ってるだろうが、どんな厳重な刑務所に入れてもこの男はすぐに帰宅する。逮捕自体無意味だと忠告はしておくぞ」

「じゃあ、黄色い印の兄弟団イエローサインのオフィスの電話番号を教えてくれないか」

「フーヴァー、おめえジョークも言えるようになったんだな。同期の奴らが聞いたらウイスキー吹き出すだろうな」

「ストークス、是非それを試してみてくれ。ブライアント、父さん、その……ここまで来れたのもあなたたちのおかげだ。心から感謝する」

「あなたがアフリカ系の私にそんなことを言ったら、あなたはKKKから指名手配されるでしょうね」(KKK。クー・クラックス・クラン。白人至上主義団体。有色人種やカトリック、同性愛者を攻撃する)

「ジョン、わしは久方ぶりにこんな体験ができて満足しとるよ。家に帰ったら掃除夫か何かの仕事に就いてのんびりやりたいのう。アニーはそんなわしを罵るだろうが、悪夢の中でクトゥルーに延々追い回されるのに比べたらマシだな」

「そして、フィリップ。フィリップ・ウェドル。司法省での戦い、今回の戦いと君の冷静な科学者としての観察力なしには勝てなかったと思う。殊勲者は君だ。ヴィンセント・マックニールに手錠をかける名誉は君に進呈しよう」

 フーヴァーは、照れるフィリップに手錠を手渡した。

「それでは……ヴィンセント・マックニール、アメリカ合衆国刑法に定める―――」



 フィリップが後世に残る偉業を成そうとしている姿を満足気に眺めていたウィップアーウィルの胸に灼熱の痛みがはしった。

 背中から胸を通り抜けていった細い光条の熱光線ブラストは彼方の斜面に吸い込まれた。

「あ……」

 夜鷹はわずかな音をたてて倒れた。


(続く)

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