第12話 若き怪物の肖像(9)


 白銀の血が貸し切ったと推察されるホテルをダイナマイトで破壊する。

 ウィップアーウィルがこともなげに提案した大胆な策は、司法省の権能をかなり逸脱していた。私のクビどころかパーマー長官のクビも飛ぶ。

 始末書を書かず、誰もクビにならず、更には私の求める新捜査機関を創設するには、首都を標的にした大規模テロを未然に防いだという英雄的な戦果が絶対不可欠になった。


 以上の理由から、テロ一派が根城にしているQシティはずれの先住民族遺跡への突入は、私にとって乾坤一擲の大勝負となる。テロリストどもを制圧し、首謀者ヴィンセント・マックニールを合衆国憲法が支配する法廷に立たせなくてはならない。


 ストークスは私とそりが合わない前時代的な男だが、いくつもの現場を踏み荒らしていているだけあって、突入のルート選択とタイミングは完璧だったと思う。

 我々の援護射撃を受けながら、愛用の45口径リボルバー片手に、あっという間に敵の最初の防衛陣を突破していく。

 本人に言うつもりは微塵もないが、彼を連れてきてよかった。

 彼は巨石の陰に飛び込み、隙を見ては敵を撃ち倒す。自分が被弾せずに、敵に弾丸を叩き込むタイミングの読みも見事なものだ。


 ストークスの死角から迫ろうとする敵は我々が相手をする。元々優秀な成績を誇る警官であるブライアントのライフルは百発百中。

 また、ブランクによる筋力の衰えがあるとはいえ、父ジョージ・フーヴァーも落ち着いた射撃でもって、敵の波状攻撃を分断させることに成功している。今でこれなら、全盛時はどれだけの腕前だったのだろうと我が父ながら感嘆する。

 射撃が苦手なフィリップはお手製の電撃棒(スタンガンの原型)を敵の首筋や脇腹に当てて、銃撃で倒れた敵を確実に処理している。

 ウィップアーウィルは風のようにあちこちを舞う。伸縮自在の黒マントを一閃させるごとに敵の兵隊がごっそりと削り取られていく。その姿は超小型のハリケーンのようだ。


 私はブローニング25オートを構えながらストークスの背中を見失わないように進む。

 テロリスト達は人間と人外の混成部隊。人間なら手足を撃って無力化すればいいが、人外の場合は手足を撃っただけではダメだ。確実に急所を狙い撃つ必要がある。

 乱戦の中、人間なのか人外なのかをとっさに区別するのが難しくなってきた。

 いかん、ストークスが前に進み過ぎている。あれでは確実な援護ができない。

 そのとき樹上に隠れていた東洋系の矮人―――トゥチョトゥチョ人というらしい―――が鋭い短刀を手にストークスの背中目がけて飛び降りてきた。

「転がれ!」

 私の叫び声は聞こえていたようだ。ストークスは躊躇せずに横の草むらに転がった。

 標的を失ったトゥチョトゥチョ人の着地ポイントに照準を合わせていれば私でも確実に射殺できる。今後は現場経験が少ないなどと陰口は言わせんぞ。

 そのまま腰を落として走り、ストークスの傍らへ。

「貸しだからな」

 ストークスの自慢の口髭は大量の汗によってうなだれていた。

「何言ってやがるフーヴァー、お前は俺のケツを追っかけてきただけじゃねえか」

 ギクリとすることを言う。意識した発言でないのはわかっている。

「それにな、俺から言わせりゃ45口径以外は銃じゃねえ。

そんな25口径おちょぼぐちなんての中にしまっときやがれ」

 自室のクローゼットにスカートを隠しているのを見透かされたのかとまたもギクリとする。

 そんなわけはない。落ち着くんだジョン・エドガー。


 後方から支援部隊3人が追いついてきた。負傷者ゼロ。

「6人にしては上出来じゃねえか。アメリカの州の数くらい(1919年時点は48州)倒したんじゃねえか?」

「我々の目的はあくまで逮捕だということを忘れるな、ストークス」

「これだけぶっ殺しといて馬鹿言え。それにな、これだけの人数しょっぴくだけの手錠や捕縛紐持ってきてるのか?」

「手錠は1つしか持ってきていない。あの口髭野郎の手にかける分だ」

「おいおい、口髭に罪はねえぞ。取り消せ。―――で、手錠はひとつだが、代わりに弾薬はたっぷり。やっぱりぶっ殺せパーティーってことだろうが」

 この男は数十年早く生まれていたら、永きに渡り名を語り継がれるガンマンになっていたかもしれない。保安官とお尋ね者のどちらで有名になるのかはわからないが。


 そこへウィップアーウィルがやってきた。彼はその跳躍力と超感覚―――青い視界―――でこの辺りのテロリストの動きを探っていたのだ。

「ヘイ、夜鷹。あんたも景気よさそうだな」 

「全員が与えられた役割を全うし、それぞれ連携が上手く噛みあっていた。おかげで散開されると厄介な兵隊達はあらかた片付けられたぞ。ここの主力部隊はもはや大規模テロを仕掛けるだけの力を失ったと見ていい」

「仮に別働隊がワシントンD.Cに向かったとしても、その数は大したものではないじゃろう。D.Cに通じるあらゆる道路にはジョンがあらかじめ手配した非常線が張り巡らせてある。奴らの強硬突破は最早不可能。テロは未遂に終わるな」

「父さんの言う通りだが、我々にはまだやることがある。ウィップアーウィル、君の超感覚に問おう。この先に捜査対象者はいると思うか?」

「いる。ヴィンセントやつは隠れる気もないらしい。この石組みの通路の奥からとてつもなく強い魔力を感じる」

「つまり君を待ち構えている、と」


「最強の名に汚点をつけられ、テロにも失敗した魔術師が白銀の血という結社でこれまで通りのカリスマと地位を維持するためには、少なくとも俺を倒すくらいのスコアを稼がないといけないはずだ。奴のプライドの高さを読んだジョージベテランの読み通りの展開になったということだ」

「俺とブライアントとフーヴァーで鉛玉の援護はさせてもらうぜ。もっともフーヴァーの射撃はあてにならんぜ」

 ウィップアーウィルの表情は険しかった。

「事前にはっきり言っておこう。君達の支援なくして俺はヴィンセント・マックニールには勝てない。期待している」

 彼はあるものを全員に手渡した。


(続く)

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