第12話 若き怪物の肖像(8)


 ウィップアーウィルがイエローサインという怪しげな同志から入手した情報により、今回の邪神テロの首謀者であるヴィンセント・マックニールが潜伏している拠点は首都ワシントンD.C特別地区に隣接するバージニア州某所にあることが判明した。

 たったの2、3日でそれを割り出す彼の仲間の調査能力、それこそが私の創ろうとしている新しい捜査組織の目標でもある。

 もっとも新組織の捜査の主軸は私のパートナーであるフィリップ・ウェドルが進めている科学捜査であり、イエローサインの用いた魔術や占いを導入することは不可能だ。予算がおりない。



 敵の拠点としている町―――邪教とは無関係の善良なアメリカ国民の名誉のためにQシティとしておこう―――までは約100マイル。

 我々6人のチームは3台の車に分乗して今、夜を徹して街道を飛ばしているところだ。

 私はこのチームを率いてテロリストを逮捕、その実績を元に司法省での発言権を強めていく野望があった。アメリカを見えない境目で区切る州行政府を無視して全国捜査を可能とする連邦捜査局の創設。共産主義者も魔術師もその踏み台になってもらう。

 3つのエンジン音が停まり、夜の静けさに包まれる。

 Qシティの町外れに到着したのだ。




 【聞き込み ジョン・ブライアントことハイタワー】 

 

 私は人種差別について、公には「憂慮すべき問題だ」と簡潔にコメントする。思想信条の自由に賛同する内なる自分は「有色人種カラードは進化が途中で遅滞した者達。異なる肌の色、ルーツ、信仰で差がつくのはいささか哀れではあるが、奴らに向上は見込めない」と語る。

 我々の先祖が赤銅色の肌をしたインディアンとの抗争で勝ち取ってきた土地や資源を元手として、正当な対価を支払って購入した黒人を労働力として使役してきた結果、アメリカが大国として世界に君臨しつつあることになんら負い目を感じていない。これが我々の常識的な考えだ。

 アメリカは白人の開拓者精神と愛国心によって今がある。有色人種カラードの存在意義は、社会の底部をしっかりと支えることであって、我々の決めたヒエラルキーの中に割り込むべきではない。

 しかし、最近少数ではあるが、有色人種の中でも才能を発揮して、我々の中に入り込んでくる者が現れ始めた。気がつけば片隅で自分の居場所を確保している奴ら。

 『新しい黒人』とか呼ばれているらしい。

 冗談ではない。黒人はいつまでも黒人であって古いも新しいもない。東洋人も同じくだ。

 アメリカ建国を成し遂げた我々の白亜の階段に上ってくるんじゃない。


 黒人でありながら、捜査官として優秀な器量をもつジョン・ブライアント巡査に対してもその気持ちは変わらない。

 捜査によっては黒人や東洋人の警官が重宝する局面がある。だから警官になれただけなのだ。このチームに入ったのも極端な人員不足に陥ったがゆえだ。

 私は彼の役割を運転手、御用聞き、荷物持ち、戦闘の前衛に限定していた。

 そして、どんな手柄をあげても昇進させるつもりはない。



「先ずは聞き込みだ。最近拠点を構えた敵はこの小さな町では目立つはず。住民から情報を得たいが、この時間では人が集まってるのは酒場くらいだ。これは最も階級が低いハイタワーの仕事だ。私が監督してやるから行って来い」

 たっぷりと土地が余っている町外れの立地を活かした酒場が営業中だ。

 何台か乗用車やトラックが停まっているところを見ると、客への聞き込みは可能だろう。

「皆はここで待機していてくれ」

 ハイタワーを先に歩かせ、数メートルの距離をとって追う。肩を並べて歩くなど御免である。


 酒場と言ったが、来年早々に酒の販売や提供は法律で禁止されることから、食堂と称して営業している店が多い。ここもそのひとつだった。

 立て付けの悪いドアが嫌な軋み音をあげる。私は顎をしゃくってハイタワーに入るよう促した。私は入口に立ったまま見ていた。

 突然6フィート7インチもある黒人が入店してきたら誰だって警戒するだろう。人種差別意識が薄い北部だとはいえ、南部に比べたたらマシというだけだ。

「もう閉店だ。とっとと帰んな」

 カウンターの向こうから主人が睨みつけている。カウンターや奥のボックス席には7、8人の客がいて主人と同じような険のある眼でハイタワーの大きな体をじろじろと眺めている。

「司法省捜査局の者です。少しものをお尋ねしたいだけです。最近この町に外部からの人間が多数出入りしているはずなのですが、そのことについて―――」

 ボックス席のトラック運転手らしい客がちぎった堅パンをハイタワーに投げつけた。早速始まったか。

「あんた客じゃないんだろ。仮に客だとしてもだ。店主の俺には客を選ぶ権利があらあな。営業妨害になるから出てってくんな」

 店主はカウンターにバンと両手をついて拒否の姿勢を見せた。

「おい、でかいの。ここはお前のようなのが入っていいところじゃねえんだ」

 カウンター席一番手前の意地悪い目つきの若者がハイタワーに指を突きつけて出て行けとジェスチュア。

「わかった。聞きたいことを聞いたらすぐ出て行きますから、ご協力ください。最近このQシティで暴力的な共産主義者やそれに同調するよそ者の情報はありませんか。どんな小さなことでも構いません。危険なテロを防ぐためにも地元の皆さんに情報提供して欲しいのです」


 私はハイタワーが言葉と態度による侮辱を受けながらも、職務遂行に忠実であることに感心していた。私が彼だったらどうだろう?このアウェーでは収穫なしと早々に諦めたと思う。

 私は法知識と情報整理能力を評価されて抜擢されて現職にある。捜査官として現場経験は少ないまま指揮官となった。それを理由に、ストークスら叩き上げ組から嫌われている。

 私は指揮官として下から上がってくる情報を判断して指示している。

 しかし、それは様々な現場で巡査達が足を動かしてかき集めてきた情報であり、それなくして捜査は進まない。

 私はいつも「現場は何をやってる」と怒っていたが、口を開けて捜査情報を待っているだけの私には知るよしもない末端の捜査員達の苦労と努力があるのだ。

 まして黒人のハイタワーは同じ捜査をするのでも白人警官の何倍もの苦労があるだろう。

 ここに来る車中で元ベテラン捜査官である父ジョージは私の未熟をたしなめた。

 嫌々とはいえ、ハイタワーをチームに入れる決断をしたのは私だ。

 上司として私は彼の捜査を支援する義務がある。

 犯罪に立ち向かう強き心に肌の色は関係あるのか?ジョン・エドガー。

「しつこいんだよ、よそ者はてめえだ。手枷足枷つけて畑で働かすぞ、この野郎」

 若い客がジョッキに残っていたビールをハイタワーにぶちまけた。

 縮こまっていたハイタワーの肩が怒りにぶるっと震えた。彼は今までもそうしてきたように今日も怒りを呑み込んで済まそうとする。

 私はいつも通り、「やはりカラードには荷が重かったな」とハイタワーを押しのけ、改めて聞き込みをすればいいのだろうか。

 ウィップアーウィルの言葉が浮かんだ。

 

「俺は君の同性愛と女装趣味ライフを否定しない。君が優秀で共闘できる人間だと信じたからだ。それと同様にストークスの放蕩と嫉妬ライフもブライアントの肌の色ボーンも否定しない。この非常事態に役に立つ器量をもち、任務の為に危険を厭わないところはフーヴァー、君と同じだからだ」

「嫌いな奴だとか黒人だとか、何も意味がないこと、明晰な君なら理解できるはずだ。明日にもこの国を転覆しようとしている邪神にとっちゃ、白も黒も髭も全て同じ猿だ。猿は団結しないと滅ぶだけなんだ」


 わかったよ。今だけ。今だけは君の言うとおりだということにしようじゃないか、ウィップアーウィル。


 私は前にも後ろにも進めずにいる巨体の前に滑り込んで店内に響き渡る声を張り上げた。

「ブライアント巡査、ご苦労だった。どうやらこの田舎者達はアメリカ連邦政府捜査官の公務に非協力的なたけでなく、公務執行妨害までやってくれたようだ」

 私はこれだけは自信がある大きな目で場を威圧した。場が凍りつく。私の手にある拳銃の効果も大きいが。

には時間がない。ひとりひとり聞いてる時間も惜しい。私の部下が聞いたことで知ったる事があったら一斉に答えろ!」

 天井に雨漏りする穴をひとつ作り、私は肩で息をしながらジョン・ブライアント巡査にメモをとるよう命じた。



 「上がってくる情報に『肌の色』なんかないだろう、フーヴァー」

 遠く耳を澄ませていたようなウィップアーウィルが独りごち、傍にいたフィリップ・ウェドルはきょとんとした。




 【科学捜査 フィリップ・ウェドル】 


「いや、独り言だ。ところで君の抱えているファイルは何だ?」

 俺はフィリップが常に何か書き込んでいる分厚いファイルについて尋ねてみた。

「これは将来フーヴァー部長が創設する捜査組織の要になるものです」

「ほう」

「ミスター・ウィップアーウィル、現在の司法省、いや全国の警察の捜査方法はいまだ19世紀から変わっていません。事件現場の貴重な遺留品を素手で触り、殺傷過程の手がかりとなる血を平気で洗い流してしまう捜査員。犯人の侵入・逃走経路の道しるべとなる足跡を自分達で踏み荒らしてしまう野次馬や家族。重要な証言を共有することなく独走する刑事。何度となく犯罪が未解決となってきた忌むべき要因です」

 過去に何度もそういう光景を見てきた悔しさがフィリップの眼鏡の奥に光っている。


「僕はノウハウさえ学べば誰でも客観的かつ正確な結果が出せる科学捜査をこのアメリカに根付かせたいのですよ。たしかに刑事のカンや長年培った情報網や密告ルートも大事でしょう。しかし、それは個人の力量に依存することになりますし、間違っていればとんでもない冤罪事件も生んでしまいます。誰もが納得できる科学的知見で、全米のどこの警察署でも同じ検証結果で犯罪を立証することがこれからの時代に求められる手法だと僕は確信しています。そのバイブルがこのファイルです。僕がいなくなっても次の時代の誰かがこのファイルを引き継いで、また進歩した科学技術でより正確な捜査方法を編み出していってくれたらいいなって思うんです」

 そこまで一気にまくし立てたフィリップは、急に気恥ずかしくなったように俯く。


「し、失礼しました。つい夢中になってしまって。邪神勢力にこの科学捜査が通用しないということは先刻承知していますから」

「邪神勢力を排除した後も人間の社会が続くのなら、人間による犯罪も続く。そのとき君の叡智は欠かせないものになるだろう、フィリップ・ウェドル。フーヴァーの希求する新しい組織で存分に活かすんだな」

「そ、そうですね!俄然やる気が出てきました」


 俺は自分が人間の味方だとは思っていない。そんなこと思うだけで背負うものが多くなって鬱陶しいからな。

 けれど、夜風が少しだけ快く感じるのはなぜなんだろうな。




 【捜査の鉄則 ジョージ・E・フーヴァー】


「情報は集められたのか?」

 わしは、今や立派にチーム長の風格を漂わせている息子ジョン・エドガーに訊いてみた。

「ジョン・ブライアント巡査、報告を」

「おい、ハイタワーじゃねえのか?」

 ストークスは根っからの捜査官だな。呼び方の違いひとつ聞き逃さない。当然わしも同じくひっかかったが、答えはわかっとった。捜査を一緒にやるってのはそういうもんだとな。

 ジョンはストークスを無視。再度ブライアントを促す。

 情報は耳で入れて脳味噌に刻め。その間も手足をレース前の馬のように慣らしておけ。

 わしが現役の頃はタバコの煙がたちこめる捜査部屋でよく言われたもんだ。

 耳と脳味噌はいいとして、手足がもうだめだな。すっかり弱っちまっている。

 ブライアントの情報は

 ・1週間前から大勢のよそ者が町の反対側にある先住民族の遺跡を不法占拠している

 ・同じ頃、町一番のホテル(と言っても4階建ての田舎ホテルだ)が貸し切りになっている

 ・貸し切ったのはヨーロッパの某国から来た貴族で、景気が良いアメリカに投資するための事前視察という噂

 ・その貴族本人の姿を見た者はいないが、その使用人達はホテルの2階かと3階に投宿して最上階に滞在している主人に仕えている

 ・その貴族の依頼でインディアン遺跡の不法占拠者達に大量の食料や日用品がトラックで配送された

 ・不法占拠者達は、6月なのに全身を隠す冬の装いの者、奇妙な跳びはね方で移動する者、異様に眼が大きい東洋人の寸足らずなどで構成されて気味が悪かった

 ・念のためQシティの分署に報告したが、大きな経済的利益を町にもたらす滞在者の機嫌は損ねない方が良いとして何も動いていない

 とよくまとめられていた。


「敵陣営はホテルと遺跡の2箇所にわかれている。白銀の血の本陣はホテルに、テロ実行部隊は遺跡と考えるのが妥当だろうか」

「フーヴァー、どちらかを叩いたら、別の方が一気にワシントンD.Cへ再度テロを仕掛けるんじゃねえか。こちらの狙いがヴィンセント・マックニールだということを知ってて敢えてホテルにおびき寄せる。ホテルには罠が仕掛けてあって俺達は全滅もしくは出られなくなる。その間に遺跡の一派が首都を蹂躙する」

「ストークス、その逆もあるのではないか。遺跡の方はいかにも実行部隊に見えるが、むしろそっちは囮。ヴィンセント・マックニールは妙な箱を使って空間転移ができる。ホテルに引きこもってて、私達が遺跡に行った途端にその箱でD.Cへ空間転移。私達がどんなに車を飛ばしても2時間以上かかる。その間に大統領はじめ政府首脳を暗殺するくらいあの魔術師なら可能」

 ふむ。性格も逆だと考えることも逆だな。

「どっちかを叩いてる間にもう片方に挟み撃ちされておしまいってこともありえますよ」

「うーむ。まずフィリップ君の心配は杞憂。人数が圧倒的に不利なのはこっちじゃ。挟み撃ちに持ち込まんでも潰せるからな」

 一同の目がわしに集まる。


「しかし、魔術なんてズルがあればどんな可能性だってあり得てしまうな。恥ずかしながらこの年寄りの唯一の武器、捜査の鉄則を披露するとしようか。プライドが高く、大規模な犯罪計画をしかける奴に限って、一度受けた屈辱は自ら晴らさずにはおけないのだ」

 ウィップアーウィルに向かって枯れた肘を見せた。

「あんたが肘鉄砲で奴の顔につけた屈辱のアザが、ヴィンセント・マックニールに2度目のテロのゴーサインを出させていないのだ。仮面の夜鷹を血祭りにあげずに目的を達成しても世界最強の魔術師のプライドは満たされない。なあ、あんたはよく知っとるじゃろう?」

 ウィップアーウィルは少し笑ってこう言った。

「フィリップ。この事件は、君が前時代的と言う捜査官のカンが活きた最後の事件になりそうだぞ」

「そもそも今回の事件は科学捜査が通じません。だったら捜査官のカンを信じてもいいかもしれません」

「ジョージ・エドガー・フーヴァー。あなたの培った捜査の鉄則に沿って進めてみよう」

「長いこと精神崩壊ひるねしとったんでボケとるかもしれんがのう」




 【荒くれ ジェイコブ・ストークス】


 結局よう、俺はフーヴァーの野郎が大嫌いだってのに何で奴の手柄のためにこんな命張ってんだ?

 そうだな、自問するまでもねえ。俺は捜査官だからだ。女も酒も大好きで、口髭の手入れに30分は費やすが、むかつく悪党に鉛玉を叩き込むのも大好きなんだ。

 最高に気持ちいい。目の前にわらわらと出てくるマトに面白いぐらい当たる。

 理知的じゃない?古い時代の捜査官だ?

 馬鹿野郎。悪党ってのはな、足で追って、度胸で燃えて、全身でしとめるモンなんだ。

 魚面、東洋のチビ助、くせえ死体。

 どんどん来いよ。残らずぶち殺してやる。弾丸タマ切れたら、次はガキの頃から相棒にしてるボウイナイフの出番だぜ。

 俺はチームの先頭切って、遺跡を突き進んでる。突撃隊長の座は譲れねえ。荒くれは快楽だ。


 ホテルの方はどうしたって?

 ウィップアーウィルの奴の面白れぇ提案に乗ったのさ。誰が泊まってようが関係ないとダイナマイトで大破させたんだ。これで可能性を遺跡一本に絞れたってことだ。あの覆面野郎、クールな顔して言うことがぶっ飛んでやがる。

 ヨーロッパ貴族ブルーブラッドの貸し切りの噂が事実だったとしても奴らのことだ、たっぷり保険はかけてあるから損はしねえだろ。


 さあ、出てこいよ。白銀の地の青っちろいマスターさんよ。


(続く)



※物語の登場人物の心象描写を行うため、やむを得ず現代と違う価値観に基づく言動がありますが、作者はこのような差別行為を推奨・容認するものではありません。

 その点について、既に作品概要に記載させていただいているとおりです。

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