第12話 若き怪物の肖像(6)
ヴィンセント・マックニールをなんとか撃退してからまだ1時間ばかり。
死体と血とボヤで使いものにならなくなった私のオフィスは、別のフロアの会議室で間に合わせることとなった。
「君のフットボールチームは1人を除いてキックオフの前に
「言われなくても人員の補充はパーマー司法長官に要請済みだ。3日以内に20人の腕利きをそろえてみせる」
「今日中だ。ヴィンセント・マックニールはテロを3日も待つほど怠惰ではないぞ」
「ウィップアーウィル、優秀な捜査官というものはそこらに転がっているわけじゃないんだ。ダイナーのミートパイみたいにあっさりと注文通りに出てくると思わないでくれ」
「20人も必要ないんだ。そう、あと3人いればいい。それなら今日中に揃うだろう?」
私は司法省捜査官の資料ファイルを彼に投げた。
「適性がある捜査官はそういない。そのファイルの1ページから10ページはさっきゾンビとなって君に襲いかかった。今は
24ページ目にいたフィリップが気まずそうな顔をしたが、君の科学捜査知識とその情熱を評価したのだ。これからは科学捜査が中心になる時代だ。パイオニアとして胸を張れ、フィリップ。
君があの血液のカムフラージュに気づかなかったら、ウィップアーウィルだって今こうしてファイルとにらめっこなんてしていられなかったのだから。
しばらく捜査官ファイルをめくっていたウィップアーウィルだったが、すべて読み終わって私に差し戻した。
「フーヴァー、11ページと47ページだ」
私は議会図書館で仕事をしていた時からファイリングとファイル内容の記憶には自信がある。彼が告げたページの捜査官が誰を指しているのかは見るまでもない。
私は明確に否定の意志をこめて首を振った。
「フーヴァー、俺も君もこの残忍で卑劣なテロ行為を防ぐという点で協力関係を結んだのだ。君の意見は尊重したいところだが目的達成が最優先だ。今日中にあと3人を補充するところは譲れない。うち2枠はそのファイルの11ページと47ページが適材だ」
「フーヴァー部長、適性順にファイリングされているのであれば11ページ目を補充するのは理に適っていると思うのですが」
「フィリップ・ウェドル、君は部長の私の判断に異を唱えるのか」
「いや、しかし……」
「11ページ目はあのストークスだ」
「あ……」
フィリップも理解したようだ。ストークス捜査官を私が選抜するはずがないことを。
「おい、フィリップ・ウェドル。フーヴァーの言うことは聞くな。そいつを知ってるならここに連れてきてくれ。あと47ページにあるジョン・ブライアント巡査もだ」
「ジョン・ブライアント、あの!」
フィリップも47ページの意味がわかったみたいだ。
私は考えたくもなかった。あの巡査と一緒に行動するなど!
ウィップアーウィルの要求に屈したフィリップ―――なんと情けない、ボスは私だぞ―――は臨時オフィスにストークス捜査官とジョン・ブライアント巡査を連れてきた。
私はこの2人と同じ空気を吸いたくなかった。これ見よがしに窓を開けて換気してやる。
ストークスは、私を見るや鼻に嫌悪のしわを寄せてそっぽを向いた。私だって同じ気持ちだ。
もう1人のジョン・ブライアントはその巨体を居心地悪そうに縮めて視線を合わそうとしない。合わせなくていいぞ。
「事情はもうウェドルから聞いてるな、おふたりさん」
ウィップアーウィルが両手で2人を指差す。
「お偉くなった部長殿が今になって俺に何の用だってんだ?俺は明後日からオハイオで
とっとと行ってしまえ。時代遅れめが。その好色そうな口髭、むかむかする。
「ストークス、この頭が固いフーヴァーは君の能力は高く評価していたんだ。なんてったってリザーバーランク第1位だからね。是非君にチームに入ってもらいたいんだ。ブライアント、君にもだ」
「ウィップアーウィル!君はいつから司法省の人事権を手に入れたのかね!」
私の怒りなどお構いなしに仮面の夜鷹は2人の肩を叩いていた。
「聞いてるのか!」
彼は静かに振り返った。冷たい―――いや違う、この目は軽蔑している目だ。
「なあ、フーヴァー」
室内の空気が低下したように思えた。私だけではなくフィリップもストークスもブライアントも同様に感じたらしい。
「ストークスはお前が求める捜査官像にはあってないかもしれない。大酒呑みで、女好き。同期なのにひとり大出世した君のことを憎むような私情に駆られるところも」
その通りだ。私の創りたい新時代の捜査組織にこいつは不必要だ。確かに腕は立つ。しかし適性は最悪だ。
「そして、ジョン・ブライアント。体格、忠誠心、頭のよさ、身体能力は君が最初に組み入れた上位10人と同等だ」
だからなんだというのだ、こいつは―――
「黒人だからか?」
ジョン・ブライアントはますます立場がないように小さくなった。
私は、そうだ、と言えなかった。ウィップアーウィルの目を見て言うことはできなかったのだ。彼の目は、人間を生まれついての理由でのみ差別することを許さない信念に燃えていた。
「俺は君の
ストークスは驚きの目で、ブライアントは感動した目で、ウィップアーウィルを見つめていた。こいつ、もう2人を抱き込むことに成功している。
「嫌いな奴だとか黒人だとか、何も意味がないこと、明晰な君なら理解できるはずだ。明日にもこの国を転覆しようとしている邪神にとっちゃ、白も黒も髭も全て同じ猿だ。猿は団結しないと滅ぶだけなんだ」
沈黙。皆、私が何か言うのを待ってる。この事件にあたってから私のポリシーはとことん捻じ曲げられている。納得がいかん。
「ストークス捜査官、君は古い時代の捜査官だ。私の捜査局は新時代の捜査局だ。やり方には従ってもらうぞ。オハイオへのバカンスはそれからでいいだろう」
「フン、そんな言いぐさしてっからお前は同期全員から嫌われてんだ。まあ、俺もオハイオに行くのは延期してえから、部長様の言うことを聞いてやるさ」
「それからジョン・ブライアント巡査。私と同じジョンと呼ぶのだけは我慢ならない。いいか、お前は今からコードネーム、ハイタワーで通せ。そのデカさにはちょうどいい。命令だ」
それを聞いてジョン・ブライアントは初めて私を正面から見た。
「白人はそうやって昔から私たちアフリカ系の尊厳を傷つけてきた。どんな理解ある白人だってそんなには変わらねえ。ハイタワーで結構ですよ。私だって威張り腐っている白人なんか嫌いです。特にロースクール出のいけすかないお方はね。しかし、私はこの国の一員として家族を、仲間を、国家を守ることを優先してあなたに仕えます。アフリカから来た私たちだって貢献できることがあるから戦うんだ」
一気にまくし立ててハイタワーは、言い過ぎたと顔を紅潮させた。
普段の私なら殴っていたと思う。この黒人にアメリカの一員として死ぬ覚悟があるのなら、その大口に見合った奉仕をしてもらおうじゃないか。
フィリップ、なんだその目は。
私はこの馬鹿2人を捨て駒にしてやろうと思っているだけだ。ウィップアーウィル含めて、私の夢のために。
だからそんな涙ぐむな。
微笑なんかうかべやがってウィップアーウィル。私はまだ君に質問があるんだ。
「で、2人は揃った。最後の一枠は誰にするんだね」
「3人目はもう決まっている。司法省で誰よりも勇敢で誰よりも
「なんだと?そんな者がこの司法省にいるなんて私は知らないぞ」
ウィップアーウィルは意味深な笑いを浮かべた。
「よく知ってるはずさ。君の父親、ジョージ・エドガー・フーヴァーだ」
(続く)
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