第12話 若き怪物の肖像(5)


「ひとつ聞くが、いつから自分が最強だと勘違いしていたのかね?」


 両膝をつかされて低い位置にある俺の顎を、金の杖でクイッと持ち上げたまま、ヴィンセント・マックニールは尋ねる。

 生殺与奪権を掌中にした者に共通した嗜虐的な愉悦が杖を通して伝わってくる。

「ほら、聞かれたことに答えたまえよ」

 杖にグッと力がこめられ、更に仰向かされる。不始末をした奴隷に問い質す主人の態度だ。

 俺がかつてこの大陸で見知った経験から予測すると、白人の主人の態度はどんどんサディズムを増して最後は杖で有色の奴隷を半殺しにする、が定番だ。

 つまり、ヴィンセント・マックニールが勝者の余裕で、俺を精神的にいたぶりまくってから殺す―――半殺しなんて中途半端を奴はやらない―――までには暫しの猶予があり、俺はその時間を使って活路を見出せばいい。 


 ヴィンセント・マックニールはこの星で最も強力な魔術師の1人であり、人間でありながら下級の神々を優に凌ぐ魔力を有している。

 俺も魔術はやる方だが正面切って勝てる自信はない。

 更に恐ろしいのは俺の顎を持ち上げている金の杖に、下級邪神を軽く撃退するほどの星辰の力が付与されているという事実。

 実は10年ほど前のシベリアの地で戦った際、その威力は経験済みである。

 あの時ばかりは本当に死を覚悟したものだ。

 杖の魔力を少し解放するだけで俺の頭は消し飛ぶ。こっちにも奥の手の非実体化能力があるが、精神集中に数秒かかるため分が悪い。

 して本題。どうする、この状況。


 魔術は万能ではない。

 呪具や触媒を必要としたり、呪文詠唱に時間を要し、環境や星辰にも大きく左右される不安定なものだ。何よりその術者自身の魔力のキャパシティと相性が求められる。

 念じられば求める奇跡が起きる便利なものではなく、さまざまな要件を満たしてようやっと発動してもその効果は期待通りとなるかわからない。

 それら言わば魔術の弱点をさまざまな創意工夫によって、最小化もしくは克服している故にヴィンセント・マックニールは最強の魔術師と呼ばれるのだ。


 では俺がヴィンセントを凌駕しているスキル、直接戦闘術は魔術に敵わないのか? 否。

 基本的に必要とするものは肉体のみ。得物があれば破壊力とバリエーションは増える。技をきめるのに必要な条件は距離のみ。

 技を体得するのに時間がかかる欠点は魔術も同じ。

 シンプルがゆえに、直接戦闘術の方が戦いには有利と言えよう。

 その戦闘術がバリツなら尚更だ。

 格闘技の長所を最大限に活かすだけでなく、対立概念である魔術の理念をも一部取り込んだこの神秘の戦闘術の強さは俺がこれまで倒してきた魔術師や邪神の数が証明している。

 

 そのバリツがあっさりとかわされ、逆に急所をおさえられている。

 俺の闘魂クンフーは満ち足りていたはずなのに、だ。

 原因分析―――呪文高速圧縮詠唱はやくちことばとそれ自体が純粋魔力の塊である金の杖による魔術自動発動おまかせうんてんを組み合わせてバリツの軌道を予測、俺の鳩尾が移動してくる位置に先手をとって杖を突きだしてブラスト。

 ヴィンセントも自身の魔術の弱点を認めたうえでバリツ対策を講じている。


 やるじゃないか。ヴィンセント・マックニール!

 ならば俺も命を賭けなければいかんな!



(ショゴスへの支配テレパシーを一時遮断カットオフ

 攻防に優れた黒いマントの正体は、ショゴスという伸縮性に富んだ不定形の

神話生物クリーチャーである。この生物はもともと『古のもの』という種族が使役目的で創造したため、強力なテレパシーであればコントロールできる余地があった。

 とある事件で遭遇したショゴスを苦労の末、主人おれの支配下に置くことに成功して以来の相棒である。マント形態が一番使い勝手がよい。

  俺のテレパシーによる支配が無効化されたなら、ショゴスは自身の本能のままに動き始める。近くにいる者はこの怪物の規定外のパワーの犠牲になるだけだ。


 マントとして背部に広がっていた黒い原形質が急速に球状に変化し、下にいた俺と目の前にいたヴィンセントにそれぞれ触手を伸ばした。

 完全に不意を衝かれたヴィンセントは突き出していた金の杖を弾き飛ばされた。 奴の余裕のニヤニヤが瞬時に強張ったのは笑えたぜ。

 俺はバリツの捌きでなんとかショゴスの触手をやり過ごし―――魔術師には真似できまい―――転がった金の杖をヴィンセントが拾えない部屋の片隅まで蹴り飛ばす。

 

 ショゴスは最も近くにいるヴィンセントに攻撃を絞った。

 両掌に張った超小型の結界バリアで直撃は避けられたようだが、結界を通してもその人外のパンチ力は通る。二発、三発。

 ふむ、何発目で死ぬかな。


 ヴィンセントが体内の魔力をショゴスパンチの防御用にかき集めているのがわかった。

 見ろよ、世界最強の魔術師様が冷や汗かいてやがる。

「なんということを、ウィップアーウィル!」

「もっと脇を締めてガードしないとやばいぜ、ヴィンセント」

「貴公もな」

 ヴィセントが茶化すように口を大きく開く。後ろから羽交い絞めがきた。

 とっさにブーツのヒールから飛び出たナイフで背後の奴の足首を薙ぎ払った。手ごたえはあったが締めは解除されない。

 四肢が同じように抑え込まれた。

「こいつら!」

 五体バラバラにされたフーヴァーの精鋭部隊がゾンビとなって10人がかりで動きを封じにかかっている。それも生前とは比較にならないゾンビの馬鹿力で。

 呪文で祓おうとした口にも血まみれの指が入ってきて詠唱を妨害する。

 魔術の王は魔術の弱点を知り尽くしている。


 防御の要ショゴスマントをテレパシーでここに戻したら、ヴィンセントは金の杖を拾いに行き、最大級のブラストをぶち込んでくる。下手すると司法省ごと消滅だ。

 かといって俺もこのままでは挽肉になってしまう。

「ンフフフフ、貴公と私のどっちが先にやられるかねえ」

「ウィップアーウィル!これは!」

 フーヴァーと科学捜査員のフィリップが戸口に立っていた。のこのこ戻ってくるんじゃない。

「2人とも逃げろと命令したはずだぞ」

「何を言ってるんだ。おい、フィリップ!誰でもいいから警備を呼んで来い」 


 フィリップは無視して、その場にしゃがみ込むと部屋一面の床を眺めまわした。

 フーヴァーはゾンビに向かって銃を構えたがゾンビは無視して獲物に集中。

 部下にも部下にも無視された可哀想な新任部長。

「ミスター・ウィップアーウィル。この血痕―――言い方変えます、血の海はおかしいです。いくら10人分の血液が全部抜けてもこの広いオフィスの床全域にこうも均一に広がることなんてありえない。しかも、凝固するのが速すぎる」

 科学捜査員の報告をフーヴァーは持て余しす。一方それは俺にとって有益な報告となった。


 まだゾンビに掴まれてない両眼に力をこめる。

 途端に視界が薄青い世界に切り替わり、動いているものは光の柱で視認された。

 床の血の海は青い海のようになっていたが、そのカンバス上に銀色の線で描かれた魔法陣が輝いているではないか。


 魔術には準備や環境が必要であると言った。いかにヴィンセント・マックニールが卓越した魔術師であろうと、金の杖が無い状態でショゴスとやりあいつつ、10人のゾンビーを創造する死霊秘術ネクロマンシーを行えるだろうか。

 否。奴は最初から俺をはめるつもりで10人の捜査官を殺害した後、死霊秘術が自動起動する魔法陣を描き、俺に見破られないように血液を上塗りして隠していたのだ。

 用意周到というか……ご苦労なことだ。

 タネ明かしされた奇術ほど興ざめするものはないよな。さっさとご退場いただこう。


「フーヴァー、フィリップ。出番をやる。その辺の床を延焼しない程度に燃やすんだ」

 フーヴァーがフィリップの白衣をはぎ取る。フィリップが捜査鞄から検証用のアルコール瓶を取り出して白衣と床に振りかけ、最後はフーヴァーが最近流行のロンソン社製のオイルライターで点火した白衣を床に放り投げた。

 恋人同士の阿吽の呼吸だ。見事。

 床に火の手が上がった。俺の青い視界に映る銀の魔法陣の一角が火で崩れた。

 魔術の効果は環境によって大きく左右される。魔法陣が体をなさなくなれば術は減退するか消失する。

 元のバラバラ死体に戻った捜査官達を蹴散らして俺は跳躍した。


「しまっ―――」

 ショゴスに防戦一方のヴィンセントは上空から襲いかかる

肘鉄砲エルボースイシーダをもろに食らい、執務机を越えて窓枠の辺りまでそれはもう鮮やかに吹っ飛んだ。

「日本のバリツ、お味はいかがかな」

 テレパシー接続を復活、暴れん坊をマントに戻して見栄をきってやった。


 足をデーンと投げ出して壁に打ち付けられた世界最強の魔術師殿は肩を震わせ、やがて声をあげて笑い始めた。

「うぅん。痛いよ。

 吹っ飛ばされた奴の傍らには例の金の杖が。

 ゾンビやらショゴスが入り乱れる乱闘によっていつのまにか窓際に転がっていたらしいな。しくじった。


 ヴィンセント・マックニールは横っ面にできた大きなアザを押さえながら、よろよろと立ち上がった。もちろん片手には大切な金の杖を握って。

「貴公は相変わらず面白いことをやってのける。こんな結果になってしまい残念だがそろそろお暇することにするよ。昼食にレストランを予約しているのでね」

「飯が食えるといいな。口の中切れてるだろお前」

 魔術師は俺の挑発を無視して、肩越し―――戸口に立つフーヴァーとフィリップに視線を送り、

「そこの血と糞を詰めた袋ふたつ、いい死に方はさせないからね」

 と告げるや、カメラのストロボフラッシュのような閃光を発していなくなった。

「消えた!?」

「奴を入れておける牢屋なんかないと言った理由がわかったか?」

 ショゴスマントの一振りで火を消すと、俺は戸口の2人に近づいた。

「フーヴァー、フィリップ。なぜ戻ってきた?」

 フーヴァーが何か言うより早くフィリップが

「心配だから戻ると言ったのは僕です。ジョン、じゃなかったフーヴァー部長には落ち度はありません。戦闘時指揮官の命令違反は僕に全責任があります」

 と真っ向からきやがった。


「……その、なんだ、君たちの勇気ある命令違反に感謝する」

 

 フィリップ・ウェドル科学捜査員。銃も格闘も落第だが、白銀の血とのネクストラウンドには必要な人材なのかもな。

 捨て石という意味ではなく。


(続く)

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