若き怪物の肖像

第12話 若き怪物の肖像(1)

史実と神話が交差する怪事件によって、歴史は大きく動くことになります。

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【時代背景】 

 

 1918年に第一次世界大戦が終わり、アメリカは戦争から平和への移行期特有の騒然とした空気の中で次の時代を迎える準備に入った。

 

 大戦後の経済がより活性化すると同時に、消費者物価も急速に上昇。戦時中はストを控えていた労働組合はいくつかの順法闘争を再開した。

 更に大戦中の1917年に起きたロシア革命ではボルシェビキが権力を握り、戦後はドイツとハンガリーで革命を試みた。そのウェーブは1919年には大西洋を渡ってアメリカにも到達。

 アメリカの社会党の過激派は、ソビエト連邦を夢見て、後の米国共産党を結成する。

  共産主義者アカの台頭である。


 また、クトゥルーやナイアルラトホテップなどの邪神を崇拝するカルト勢力は、それまでも各地で布教という名の侵食を続けていたものの、ローカルなものにとどまっていた。

 そこへヨーロッパから複数の『マスター』と呼ばれる者達が訪れ、そのカリスマと人智を超越した力をもって瞬く間に全米の邪神カルトをネットワーク化した。

 その影響力は伸び盛りの産業、戦争で潤った富裕層や政府要人へ届き始めていた。

 マスター達は資本主義の根幹に食い込みつつも、もう片方の手で共産主義のテロリズムを支援し、アメリカ国内をかく乱した。

 

 更に1919年の夏には人種暴動が発生。軍隊や北部諸州の軍需産業で働く「新しい黒人」の台頭に対する白人の不安が爆発したものであった。


 こうした様々な社会不安が、爛熟しつつあるアメリカの繁栄の陰で伸長していった。

 黄金の1920年代直前の1919年とはそのような年であった。


 この年に怪物は誕生した。




 1919年6月2日。23時少し前。 

「ここは俺にやらせてもらおう。同志たち、すまないがよそで暴れてくれ」

 俺―――ウィップアーウィルと呼ばれている―――は上空に向かって指示した。

 有翼生物バイアクヘーに乗った黄色の印の兄弟団イエローサインのメンバー達はそれぞれ得意の武器を掲げて四方の空に散っていく。

 アメリカの政治の心臓部ワシントンD・C。

 テロリスト化した邪神カルトのメンバーはまだまだ他にもいるはずだ。俺たちイエローサインは全てを狩り尽くす。


 最後尾のバイアクヘーの騎手は片手に持った大ぶりのチェーンソーを振りながら、

「こうも月が明るいとさ、血がぎゃあぎゃあと騒いでたまらねえ。皆殺しにはぁもってこいの夜だなあ、ウィップゥ」

 と言い置いて飛び去った。正気をゴミ箱に捨ててきたような物言い。

 自分が常識人だと思ってはいないが、あいつよりはマシだ。

 肉屋ブッチャー・チャーリー。イエローサインで最もイッてる狂戦士。

 切り刻むのは 邪神勢力テロリストだけにしておいてくれよ。共産主義者は俺達の管轄外だからな。

 俺は背にしたワシントンD・C市長宅に今にも突撃をかけようとしている東洋系の矮人武装集団に宣戦布告する。

「さあ、夜鷹の鳴き声は聞こえているかね、トゥチョトゥチョ人の諸君」



 2日後。

 新聞報道により同時多発テロ事件はアメリカ国民の知るところとなった。

 俺はD・Cのとあるコーヒーハウスでワシントンポストを読んでいた。連邦政府職員も多く詰める場所だ。

 この時代、こんなところで有色人種カラードがふんぞり返っていたら、どれだけ嫌がらせをされるかわからんので、白人に見えるよう体組織を組成していた。

 面倒事は御免だからな。


 6月2日の23時ジャストに上院議員2人、閣僚4人、最高裁判事1人、そしてアレクサンダー・ミッチェル・パーマー司法長官の自宅が爆破され、怪我人は出たものの、共産主義者のテロは失敗に終わったと新聞は伝えている。


 記事には続きがあり、パーマー司法長官が司法省内に「急進主義対策部」を設置したこと、新進気鋭の若手官僚を部長に抜擢して事件の解明と今後のテロ防止にあたらせると締めくくられていた。

「半魚人や魔術師に襲われて手も足も出ませんでした、と発表はできないよな」

 コーヒーを一口。

 政府は本気で邪神カルトのマークと検挙に乗り出すらしいが、現実がどこまで見えていることやら。共産主義者たちとは口角泡を飛ばして議論はできるが、クトゥルーを信仰するカルトの奴らは問答無用だからな。

 問答無用には問答無用で立ち向かうしかない。今のところそれができるのはイエローサインだけだろう。


 『他にも爆弾が36個発見されたが司法省によって確保された』

 政府発表を鵜呑みにした記事。見事な情報統制と誉めてやろう。

 『宗派を超えて結託した全米の邪神カルト連合による36人の政府要人や穏健派宗教指導者の暗殺が未然に防がれた』

 これが真実だ。


 恐るべきテロリストは、大いなるクトゥルーに仕える

深きものどもディープワン、インスマス人(深きものどもと人間の混血)、

ニューヨークや西海岸都市部に犯罪組織を形成しつつある矮人トゥチョトゥチョ人、食屍鬼グール、獣人ヴーアミ族、意志あるゾンビであるグラーキの従者などの邪神奉仕種族オールスターチーム。

 並の人間の手に負える相手ではない。

 

 そこで俺達、黄色い印の兄弟団イエローサインや特殊な才能をもった人間が連携して36箇所の襲撃に立ち向かったわけだ。

 俺と同じバリツ使いである、『アメリカ人密偵アルタモント』は群がるグラーキの従者を次々と打ち倒していたそうだ。60代も半ばに差し掛かった老人だが、

大英帝国の名探偵シャーロック・ホームズとしてならしていた頃の強さはいささかも衰えていないらしい。

 

 俺はワシントンD・C市長宅を死守したわけだが、市長本人が自分も暗殺対象だったと知ったのは後々のことだ。

 短刀と銃で武装していたトゥチョトゥチョ人は1分少々で全滅したからだ。

 物音たてずに必ず相手を倒す。それが日本のバリツなのだ。

 

 ほかのイエローサインの同志たちも一昨日は暴れて、それぞれ邪神勢力を撃退したそうだ。

 我らの盟主、名状しがたきものハスターも宇宙の果てで少しは喜んでいるだろう。

 もっともチェーンソー使いのブッチャー・チャーリーは、

魚野郎ディープワンを刻み足りねえ、と大荒れだったらしい。

 血に飢えたブッチャー・チャーリーは人間相手に無差別殺人レクリエーションしかねないクレイジーだからいささか心配ではある。


 共産主義者のテロは事件の真相の一部。事件はより大規模で超常的であり、政府転覆を狙う刃は大統領の喉元に迫ったままだとご理解いただければ幸いだ。

 起きてしまった爆破事件は仕方ないが、知られざるテロは伏せておくに限る。

 それが政府の判断。

 政府の脇の甘さは大統領の支持率低下につながるからだ。

 政治家はいつも事なかれ。そして、報復は後から徹底的にやる。


 その担い手が、パーマー司法長官の肝煎りで設立された急進主義対策部だ。

 しかし、ただ共産主義者を逮捕して終わりでは困る。

 背後で忌まわしい同盟を築きつつある化け物どもにも一泡噴かせる必要がある。

  

 イエローサインはアメリカの盾ではない。ハスターと敵対する邪神の勢力を削ぐ都合のいい機会だったがゆえにメンバーがまれに集結することはあっても、いつもではない。

 仲間たちにもそれぞれ役目はある。トゥルーメタルの回収、ミ=ゴの拠点潰し。


 ん、ウィップアーウィルおまえは優雅に一服していて暇じゃないか、だと?

 

 アメリカ政府に積極的に邪神カルトを取り締まらせるための情報提供と少しばかりの協力。これが俺の任務だ。

 政府と国民が、自分の国を自分のできる範囲で守るのは当然のことだろう?

 侵略されることがわかっててぼーっとしてるような国なら滅んで結構。

 よそ者の移民どもが築いてたかだか200年足らずのアメリカ合衆国というポッと出がどうなろうと正直どうでもいい。それが本音だ。


 しかしながら、世界中で強力な邪神勢力やミ=ゴの活動が活発化している現在、イエローサインも人手不足。

 できればアメリカ政府にも働いてもらう方がよいと判断して、今このコーヒーハウスにいるわけだ。遊んでいるわけじゃないんだぜ。



 おっと。目的の人物がコーヒーハウスに入ってきた。

 俺は新聞を畳んで小脇に挟むと、その意志の強そうな面構えの人物に対面する形でテーブルの向かいに腰かけた。営業用の笑顔を見せて、どうも、と挨拶。

「どなたですかね」

 24歳にして政府の新設部門のトップに抜擢されただけあって、唐突な事態に微塵も驚かずに、抜け目なく探りをいれてくる。

 堂々としていながら、かなり神経質に相手のことを窺っている。

からお聞きになっていませんか。私はあなた達の伝承の中で語り継がれてきた仮面の夜鷹。ウィップアーウィル」

 ただの頭でっかちの官僚なら一笑に付すか怒り出す。こんな自己紹介は馬鹿げている。俺もそう思う。

 しかし、この若者はじっと視線をあわせ続けた後にこう言った。

「初めまして、ウィップアーウィル。あなたの話は子供の頃に親から聞かされてました。もっとも信じてはいませんでしたけどね。でも今、本物にお会いできて光栄です。あのイギリス訛りの紳士は嘘を言ってたわけではなかったのですね」

 スッとテーブル越しに手を差し出してきた。


「私のこんな自己紹介に、まともにうけあってくれたのはあなたが初めてかもしれません。ジョン・エドガー・フーヴァー部長」 

 握手した手は若々しさを象徴するように熱く、同時に、人を観察対象としか見ていない冷たさを併せ持っていた。



 J・エドガー・フーヴァー。後にF.B.I(連邦捜査局)の初代長官となり、半世紀以上にわたってアメリカを裏から支配した男である。


(続く)

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