第10話 乗り心地

今夜は独り語りのお話。

語り手はニューヨークのイエローキャブのドライバー。

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 どこまで?

 アッパーウエストサイドの―――ああ、わかりますよ。ストリート入ったところね。

 ドアは静かに閉めてください。そう、OK。車は大事な商売道具なもんで。

 出しますよ。


 この時間やっぱり渋滞になっちまいますね。裏道入ってもその先はどうせ渋滞してますからこのまま行っていいですか。

 はい、じゃあこのままで。


 こうのろのろ走ってると眠くなっちゃうな。お客さん、少し話してもいいですか。


 メイシーズ(デパート)は入ったことないんですよ。わたしみたいなモンには敷居が高くって。ドアマンはごつくておっかねえし。

 でも、あそこは買い物袋いっぱい抱えたお客さんのような紳士淑女を拾えるいい場所なんです。

 チップも弾んでくれるんじゃないか、って期待しちゃいますしね。あ、今のは冗談です。


 最近ですか?キャブの景気はまだまだ戻ってきてませんね。薄利多売の商売ですから、常に誰か乗せてないと後部座席シートもわたしの懐も冷えたまんまですわ。

 お客さんみたいなリッチなひとたちがもっと経済まわしてくれると、わたしらにもおこぼれあるんでしっかり頼みますよ。


 

 このまえ面白いお客を乗せたんですよ。

 夜のセントラルパーク沿いに立ってる奴なんてまずまともじゃないですから、拾うなんて自殺行為、普段だったら絶対しないんですけどね。

 ま、その人はまともだった。だからわたしは今も生きてキャブ流してるわけで。

 うん、まともだけどまともじゃなかった、そのお客は。

 8月だってのに―――あ、エアコンの効き大丈夫ですか―――チューリップハットにコートですよ。キメすぎて暑さも寒さも感じてないのかって。

 乗せちまったんですよ。今思うとなんでだろうって。

 行き先聞いたら……あー、あれ?どこだったっけ。

 で、まあ走らせたんですよ。

 今みたいな渋滞に巻きこまれて、今みたいに話をしたんですよ。

 お客はディーラーだっていうんで、何売ってるんです?と聞いたら、

 なんでも

 と言うんです。

 なんでも、って一番リアクションに困るじゃないですか。へえ、と言うしかない。

 そしたら、その男が

 いつでも

 どこででも

 と。

 そしたら、運賃の代わりに、君の欲しいものを与えてやろうって。

 やっぱりジャンキーか、と思うじゃないですか。

 どうせ警察突き出しても牢屋は満杯。すぐ釈放でしょう?暴れられる前に適当なところで降ろしちまおうって、バックミラー覗いたら目が合っちまったんですよ。

 そいつの眼鏡の奥の目、わたしを見てた。

 わたしの皮膚も肉も骨も素通りして、心ん中の奥の奥まで見てやがったんだ。

 ああ、ばれたと思いました。

 わたしの隠してた、いつもいつも心ん中で考えて思い描いてたこと。

 君の欲しいものはこれだね、ってミラーの中であいつの唇が動いてて。

 もう素直になりましたよ。どんなに否定したって隠そうとしたって見透かされてるんです。仕方なく……いや進んでもらいましたよ。欲しくなっちまったんですよ、それ。

 ありゃ本当にやり手のディーラー、まるで悪魔みてえだった。

 そいつ―――ナイ・フォールと名乗りました―――は後部座席シートカバーを、10ドルぱかしの料金の代わりに置いていきました。

 で、お客さん、その後部座席シートカバーの肌触り最高でしょ。

 そうジュルジュルってお客さんの白い肌溶かして、脂肪も肉も骨もとろかして、最後に何も残さないんですよ。

 満腹になったシートにゃ、お財布や指輪、高級品の詰まったメイシーズの紙袋だけが転がってるんです。

 わたしがバックミラー越しに、後部座席にふんぞり返ってるお客さん達をチラ見して、心ん中で何度も何度もブッ殺して高価な遺留品チップを残らずいただいてる妄想を、ナイ・フォールって奴はあのニタニタした目で見透かしてやがったんだ。



 やっと渋滞終わりましたね。もうアッパーウエストサイド入りました。あ、ダコタハウス通りましたね。ジョン・レノンに出くわさないかなあ。

 あ、1980年きょねん死にましたっけ。

 ……お客さん?

 困ったなあ。また乗り逃げか。

 仕方ねえ、忘れ物は運賃代わりにいただいときますからね。うん、大漁。

 まだ故買屋a fenceのラモンは店あけてっかな。


 おっ……ラモンとこに行きがてらもうひと稼ぎできそうだな。

 あの客、金持ってっるといいなあ。

 しっかし、カウボーイハットに仮面に黒マントってどこの仮装パーティーの帰りだよ?

 


第10話 完



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