第7話 A Step Forward into Terror(3)
第6話完結編。
外なる神シュブ・ニグラスの落とし子×2 VS 仮面の夜鷹とキレてる仲間
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僕はヨハンさんから教わったリーダーの心構えに従って、自分の仲間を全員助けることだけ考えて走った。ヨハンさんのこと最初は冷たいと思ったけど、本当はとっても優しくて勇敢な大人だ。きっとジェフもデックも、そしてあのマントの人も。
遂に洞窟から外に抜け出た。脱落者はなし!
「カール!」
大人にこのことを知らせるために町へ走らせたアーロンが待っていた。
「アーロン!」
僕らは皆で無事を喜びあった。
「警察には通報できたのかい?」
アーロンは首を横に振った。
「途中、キャンプでモーガンさんと口喧嘩したお兄さん達に見つかっちゃって、事情を話したらそれは警察じゃなく俺達の仕事だって言われて道案内させられたの」
僕が洞窟までの道すがらにつけてきた目印を辿ったんだな。
「この中には悪い奴らがいっぱいいるからここで待つように言われんだ」
アーロンはテニスボールくらいの大きさのキラキラと光る球体を見せた。
「もし悪い奴が来たらこれをぶつけて息をするなって」
息をするな?
さっき僕が咳き込む原因になったガスのことが浮かんだ。
ミ=ゴは
お前さんも少し吸っちまったか。心配するな。人間にはたいして毒じゃねえからよ
ジェフの言葉を信じるなら、この球の中にはミ=ゴの大群を一気にやっつけるガスが入ってる。
アーロンからガス球を受け取り、僕は僕の次に年長のケビンに折りたたみナイフを渡した。
「ケビン、あそこにある林の中で皆と待機だ。今から君がリーダーになって皆を守るんだ」
「カールは、君は?」
「ヨハンさんを助ける」
「無茶だよ。僕たち子供が行ったら邪魔になるだけだよ」
ケビンは正しい。ガス球ひとつ持った程度であの黒い怪物相手に何ができる?
でも僕らを逃がすためにあの恐ろしい怪物に立ち向かった『大人』に僕はなりたい。今日はなれなかったとしても近づきたい。
たった数時間で何度も怖い目にあって、その中を走り続けたことでちょっぴり大人ってものがわかった気がする。モーガンに殺されそうになった時、耳を噛みちぎってやった時に噴き出た強い気持ち。仲間を守る気持ち。それがヨハンさんやジェフの強さと通じているのなら。
「頼んだよ!」
皆の心配と制止を振り切って僕は暗い道を駆けた。
わああああああああ!!
僕は洞窟の出口に向かって駆けていた。方向が逆だって?仕方ないよ。
モーガンとあの集落の悪い大人たち―――が洞窟の奥から僕に向かって走ってきたのだから。
追いつかれたら今度こそ殺される!
そんな焦りで足がもつれて転んでしまった。後ろを向けばモーガンが迫ってくる。ああ神様。
「待てやァァァァァァァァァァッ」
僕の横をつむじ風が走り抜けた。モーガン達は一斉に倒れた。
「え……」
つむじ風―――ジェフだった。片手にボウイナイフを構えていた。
「俺のナイフから逃げられっかよ、害虫の糞ども……おい、ボーイスカウトじゃねえか。お前さん何してんだ」
ジェフは引っ張り起こしてくれた。
「あ、あのヨハンさんが僕達を逃がすために怪物を引き付けてくれて……少しでも加勢しようかなって」
ジェフは小さな青い目でじっと僕を見て―――大笑いした。
「それで、俺から必死に逃げてたこの糞どもと鉢合わせて回れ右したってことか。ウヒャヒャヒャ。でもお前さんの勇気ってやつはリスペクトするぜ。で、まだ行くかい?正気でいられなくなるかもしれねえけどな」
ジェフは洞窟奥にあごを向けた。
「行くよ。このボールをあの怪物にぶつけて、ボンズさんとハーパーさんの仇をとるんだ」
ジェフは屈んで僕の目線まで顔を下げた。近くで見るとこの人、僕と10歳も違わないんじゃないかと思った。
「お前さんを大人の男として認めてやるぜ。ついてきな」
ジェフは走り出した。僕はついていくのに必死になった。
「ひとつ言っとくけどな。そのガス球はミ=ゴなら一発で殺せるが、あのデカい糞―――シュブ・ニグラスの落とし子にはほとんど効かねえ。加勢するなら、その辺の石っころ投げてくれた方が助かる」
「そうなの?」
広い洞窟に到着。僕はもう息があがっていた。ジェフは涼しい顔。
「お、落とし子はまだ両方とも生きてんな。じゃ、ちょっと仇とってきてやっから、ボーイスカウトはここで督戦しといてくれや。」
ジェフはすごい速さ―――僕と走ってた時はあれでも加減してくれたんだ―――で手前の落とし子に接近。
両手にいつの間にかボウイナイフを握っていてすれ違いざまに長い触手を一本断ち切った。地面に落ちた触手はうねうねと這って本体に吸収された。その間にも一本触手が生えてきていた。
「でか糞がっ!」
僕の目では追い切れない速さでジェフの両手のナイフは落とし子の体をスパスパッと削り取っていく。削り取られた破片はまたゼリーのように震えながら本体に吸い寄せられていくがジェフが削るスピードの方が早い。少しずつ落とし子の体が小さくなっていく。
「そろそろ手ごろな大きさになったろ?」
ジェフが呼びかけたのは、落とし子の向こう側にいたヨハンさんだった。よかった。無事だったんだ。
「ええ。もう『荷物』は発送できます」
ヨハンさんの目、第一印象の冷たさとは真逆に真夏の太陽のような熱さだった。
「 」
僕は外国語はわかんないのでヨハンさんがなんと言ったのかは理解できなかった。ただ、その言葉がどんな現象を呼び出したのかはこの目で見た。
ヨハンさんの視線の先の空中に赤銅色の門が現れた。それは金属がきしる音をたてて開くと落とし子を掃除機みたいに吸い込んだ。門の開口部の大きさはジェフがナイフで削り取った落とし子とほぼ同じだった。
「 」
ヨハンさんがもう一度外国語で叫ぶと門はまたきしる音とともに閉じて、消えた。
落とし子も消えた。
「すごい……!」
僕はこれは魔法なんだってわかった。ヨハンさんは魔法使いなんだ。
ジェフもあの怪物をイベリコ豚の肉を薄切りハムにしていくみたいに切り刻んじゃった。
2人は同時に膝をついた。
「ぐへー、糞もこれだけでかいと疲れんなぁ」
「これでしばらく退散の呪文は使えなくなりました……」
ジェフは汗まみれ、冷たい目に戻ったヨハンさんの顔色は完全に血の気を失っていた。
落とし子をどこか別の世界に送り返すための連携プレー。僕は感動していた。
「おい、ボーイスカウト。野球は好きか?」
ジェフが地面に大の字になって顔だけあげてた。
「町のチームではピッチャーだよ」
「んじゃ、将来のメジャーリーガーにひとつ頼みがある。あそこに一匹だけ仕留めそこなった糞虫野郎がいやがった。あれにお前さんの剛速球をぶつけてくんな、
荒い息のヨハンさんが白く長い指で一点を指す。気持ち悪いとげとげが生えた楕円形の頭を弱弱しく点滅させながら一匹?のミ=ゴが逃げようとしていた。
ボンズさんとハーパーさんが死んだのは落とし子のせいだけど、もともとはこのミ=ゴのせいだ。おなかのそこから湧き上がってくる怒りをあいつにぶつけてやるんだ。
「うああああああっ!」
得意のオーバースローで投げたガス入りの球はピンク色の胴体に命中し、はじけたボールから煙がもうもうと広がった。最後のミ=ゴはぴくぴくと痙攣して同胞と同じ運命をたどった。
「サイ・ヤング賞ものだったぜ、ボーイスカウト」
ジェフの笑顔に僕も笑顔で返した。ヨハンさんも一瞬微笑んだ風に見えた。すぐに冷たい表情に戻ってたけど。
「じゃあ、もう一個のデカ糞を
「ワハハハハハハ、もっとだ、もっと喰らえ。ギャハハハ、硝煙臭いのサイコーだ!」
スキンヘッドの乱射狂が次から次へと銃を取り換えてはシュブ・二グラスの落とし子に弾丸を注ぎ続ける。彼ら3人の背負っていたザックの中身のほとんどはこのデックの銃コレクションと弾倉だった。
普段は3人の中で一番まっとうなデックは、銃を撃ち始めるとその快感に酔いしれて戻ってこれなくなるトリガーハッピー、ガンバーサーカーだった。
そのしつこいくらいの猛攻にさすがの邪神の眷属もデックに近づけず立ち往生させられている。
「デック、俺は援護しろと言ったのだが」
ウィップアーウィルもデックの射撃変態っぷりには少し戸惑うほどだ。
「アアアアア、イキそう!」
デックは全く聞こえていない。……が遂に全弾撃ち尽くして恍惚の表情でぶっ倒れた。
「……もういいな?」
ウィップアーウィルは
「仕切り直しだ。
落とし子の2本の触手が時間差で挟撃。首か胴がもぎ取られる必殺の攻撃をショゴスマントで振り払い、夜鷹は跳躍した。
カウボーイハットを片手で押さえ、もう片方の手を落とし子本体に押し当てた。
「You must obey the orders of Whippoorwill!」
絶対服従を強いる接触テレパシー。
人間の言語や思考など通じない外界の魔獣に通じるか?
・
・
・
数秒。
「変われよ、化け物」
ウィップアーウィルの勝利宣言。人間より邪神に波長が近い彼のテレパシーが、彼のマントになって従っている不定形生物ショゴスと同じように、シュブ・ニグラスの落とし子を遂に屈服させたのだ。
「ほら、人の形に変われと命じているんだぞ」
おお、見よ。
小型トラックほどもある落とし子が急激に収縮し、黒一色の人間に成形された。
「きちんと中身も人間とおなじつくりになったんだろうな」
どういう意味か?
ウィップアーウィルはコォォォォォと呼吸を整えるや、屈ませた黒人形の頭を自分の両腿で挟み込み、胴を抱え込むように両手でクラッチ、そのまま持ち上げる。
黒人形は頭を地面に、両足を天井に向けたさかさまに抱え上げられていた。
ウィップアーウィルはその体制で高く高くジャンプ、きりもみ式に回転しながら落下した。黒人形の頭は地面に回転しながら垂直に叩きつけられた。
なんということか外界から召喚された魔獣は、人間がその技をかけられたら当然そうなるように頭から爆砕して散った。
飛び散る肉塊をマントで避けてスッと立ち上がったウィップアーウィル。
遠くでジェフが
「スクリューパイルドライバーとかえげつねえな、ウィップ」
げええ、と舌を出して言った。
「ジェフ、2つ言っとく。これは日本のバリツだ。それと俺をウィップと呼ぶな」
僕―――カール―――は茫然とするしかなかった。だって……ねえ。
「カール、そのバンダナは君が恐怖に対して踏み出したことを称える証として受け取ってほしい」
洞窟の外で―――今はケビン達も一緒だ―――ヨハンさんはあらためてバンダナをくれた。これは僕の一生の宝物にする。
ジェフが軽い口調で
「さーて、これからお前達が今夜の後腐れで苦しまなくて済むように一晩分の記憶を消すからな。っと、記憶を消すったって怖がらなくていいんだ。覚えてない方が幸せなことってあるだろ。きっとその方がハッピーなんだ」
と言った。
ようやくまともに戻ったデックが僕の頭をなでた。
「いつかひょんなことから記憶取り戻してもなお、バンダナ巻く覚悟があったらきっとウィップアーウィルがお前さんをスカウトしに行くと思うぜ。――――実は俺もあの人に救われてイエローサインに入ったんだ」
少し離れたところで腕組みしていたウィップアーウィルが言った。彼の向こう側に朝の太陽がのぼりつつあった。
「では勇敢なボーイスカウトの諸君、さよならだ」
5月1日の朝、湖畔から一番近い町の警察署前でカール・フェルドマンとボーイスカウトの少年7人は記憶をうしなった状態で発見された。
カール少年の手にはしっかりと黄色いバンダナが握られていた。
湖畔には大型の獣が暴れたとおぼしき跡が残されており、対岸の洞窟は崩落して塞がっていた。郡行政府は警察と猟友会を派遣したが何ら成果はなかった。
第7話 完
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