第7話 A Step Forward into Terror(2)

楽しいキャンプ場に現れた怪獣から逃れたボーイスカウト君達の運命やいかに。

恐怖に向かって踏み出せ!


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 小さな湖だったことも幸いして僕達は対岸に辿り着くことができた。

 武器になるオールを持って足早に進んだ。キャンプ地があった向こう岸を振り返って泣いていた小さなマシュウの手を引っ張って。

 僕達をキャンプに連れてきてくれた大人は全員あの怪物に食べられてしまった。

 残された子供達の中で最年長の僕が皆を守らなきゃいけない。パパとママのもとに帰るまでは僕が大人だ。

 対岸はすぐに原生林が始まっていて、足元に木の根が張り出して危なかったがケビンがポケットに懐中電灯を入れていたので、その灯りをたよりに皆で用心して進む。誰もがしくしく泣いていた。静かに!と言いたくたって、僕も涙が止まらないから言えっこない。

 とにかく誰か大人に助けてもらうことだ。ボーイスカウトでつちかった連帯がここで役に立った。何があっても前に足を出す。それを繰り返しているうちに目的に近づく。

 しばらく行くと、ひらけたところに出られた。月明かりがあるので懐中電灯を消しても大丈夫だ。

「カール、おうちがあるよ!」

 アーロンが指差す先に木の家がいくつかあった。人が住んでいる証拠に窓から明かりが漏れている。

「みんな、助かるぞ。あそこまでがんばって歩こう」

 集落に着いて、明かりがついている一番手前の家のドアをノックした。8人で助けてくださいと連呼した。

 カギがガチャガチャと鳴って、中からおじさんとおばさんが出てきた。僕達の様子を見て

「おや、こんな夜中に一体どういうことかい、これは」

 と中に入れてくれた。皆にお茶がふるまわれている間、僕はおじさんとおばさんに対岸の怪物のこと、大人達が食べられてしまったことを説明した。

「それは大変だったね。お茶を飲んで温まりなさい」

 おばさんが湯気の立ったマグカップを渡す。

「だから警察に通報してください」

 おじさんは残念そうに

「ごめんよ、この集落には電話はひかれてないんだ。怪物がいるかもしれない夜道を走って町に行くよりここにいた方が安全さ。警察に通報するのは朝になってからにしよう。さあ、お茶をお飲み」

「ここだって危ないかもしれないんです。だって怪物はとっても大きかったし、車をひっくり返しちゃうんですよ。警察か軍隊じゃないと止められないよ」

「大人の言うことは聞くもんだよ、坊や」

 坊やと呼ばれたことに少しカチンときたけど、大人から見たら14歳の僕も他の子供達と一緒くたにされてもおかしくないかもしれない。そんなことより、おじさんとおばさんが僕の話を真剣に聞いてくれてない様子がもどかしかった。

「急な来客なもんでお茶くらいしか用意できないが、毛布はいっぱいあるから今夜はおやすみ。ほら、他の子達も疲れたんで寝ちまってるよ」

 ケビンやマシュウ、ロンも床に転がっている。カップもそこら中に転がって……。

 僕はお茶に口をつけようとしていたアーロンの手からカップを取り上げた。

「坊や、何をするんだね」

 いくら疲れていたとしても皆一斉に、カップは転がったまま、お茶を床に垂れ流したまま寝てしまうなんておかしいと思ったんだ。

「お茶は嫌いかね?」

「何が入ってるの、これ」

 まだ眠っていないアーロンを背後に匿って、おじさんとおばさんから距離をとった。

 2人の目がすーっと細くなった。優しげに目を細めたんじゃない。僕らを逃がさない、という怖い目だ。

「せっかくのもてなしを」

 おじさんとおばさんは僕とアーロンに近づいてきた。眠り込んだ皆を助ける余裕はない。アーロンと僕だけでもここから逃げなきゃ。皆を助けるには大人の力がいる。隣の家、またその隣の家なら。

「良い子だからお茶を飲みなさい」

 おじさんが両手で僕の肩を掴もうとした瞬間、マグカップの熱いお茶をおじさんの顔にぶちまけた。

「アーロン!」

 おじさんが顔をおさえて悲鳴をあげている間に僕らは玄関から飛び出した。

 僕がとっさに隣の家に向かおうとすると、集落の家々のドアが開き、数人の大人が出てきたんだ。

 アーロンの手をしっかり握って僕は集落を突き抜けるように全速で走った。

 集落の大人達の目は、さっきのおじさんとおばさんと同じ目をしていたんだ。ここには普通の大人はいない。朝になったら警察へ行くなんて嘘だ。ここの集落は警察に来られちゃ困ることをしているんだ。あの怪物と関係があるのかもしれない。

 運良く隣の家の前は走り抜けられた。集落の最後の家から飛び出してきたおじいさんは

「おとなしくしろ!」

 と叫んで干し草を運ぶピッチフォークを僕に突き刺そうとした。

 アーロンが金切り声を上げる。フォークは僕のすぐ横を空振りした。殺されると思った時にはポケットの中に入れていた折りたたみ式のナイフを出して振り回していた。当たりもかすりもしなかったけど、おじいさんの動きをとめるには十分だった。

 


 ハアハアハア……。

 僕とアーロンは集落からのびる細い道から外れて70ヤードくらい離れた丈の高い草むらに隠れていた。遠くで僕らを探す集落の奴らの口汚い罵りが聞こえてくる。時折、風向きのせいで聞こえてくる

 ~絶対に逃がすな

 ~既に2人捧げた。子ども6人追加ならご満足いただける

 ~時間がない、ガキを探すより儀式を始めるべきだ

 ~どうせガキの言うことなど誰も信じやしないさ

 ~今夜を逃すと△△様がお怒りになるわ

 ~そろそろ祭りの洞窟にガキどもを運ぶぞ

といった会話にガタガタ震えながら、僕はリーダーとしてどうするべきかを考えていた。 

 このまま闇と草むらに紛れてひたすら逃げる?でもケビン達を見捨てることになる。

 2人でなんとかケビン達を助ける?そんなの無理だよ。

 僕はアーロンに囁いた。

「アーロン、君にしかできない重要な任務を与える。警察に通報してくれるちゃんとした大人を探して。警察にボンズさん達のことやケビン達のことを知らせるんだ。そうすればきっと助けが来る」

「カールはどうするの?」

 僕は本当はアーロンと一緒にここから離れたかった。アーロンは小さいから状況をうまく説明できないかもしれない。僕だったら……。

 膝の上に置いた拳をギュッと固くした。ボーイスカウトのリーダーなんて世の中から見たらただの子供。だけど、今は僕が『大人』だ。『大人』は怖いものにも立ち向かわなきゃいけない。ボンズさんのように。

 ケビン達を永遠に見失ってしまったら僕は大人リーダー失格だ。

「僕は奴らのあとを追う。途中で木を刻んだり草を束ねて目印にするから、それをたよりに警察を連れてきて」

「カール、僕怖いよ。まだあいつらがいるかもしれない」

「行くんだ。君はボーイスカウトの一員なんだからリーダーの指示に従わなきゃダメだ。アーロンは背が小さいから草むらや林にうまく隠れていける。大丈夫さ。もし大人を見つけたら、あいつらと同じかどうかよく観察してから声をかけるんだ」

 アーロンはまた涙をぽろぽろと流し始めたが、僕は懐中電灯を渡して厳しく命令した。

「いけっ」

 アーロンが草原の中に消えていった後、独りぼっちになった僕はちょっとだけ泣いた。

 


 集落の奴らはケビン達を1人1人背負って林沿いの道を早足で歩いて行く。道が狭いので車で運ぶことができないことと、奴らの懐中電灯やランプが居場所を教えてくれることが僕に幸いした。道そばの林に隠れて木に×の目印をつけながらそろそろと尾行する。

 道は次第に林からそれて、ゴツゴツした岩に覆われた斜面を登っていく。その先に巨人が大きな口のような洞窟があった。僕はハンカチや帽子を等間隔に置きながらその洞窟の入口に近づいた。

 奴らの灯りが洞窟奥の方へ遠ざかっていく。ここで警察を待とうか?でもアーロンが運良く電話を借りられたとしても警察が来るにはどれだけの時間がかかるかわからない。

 もう少しだけ行ってみよう。用心のため、転がっている固そうな石をいくつかポケットに詰めて、折りたたみナイフを片手に慎重に進んで50ヤードくらいの辺り。

 少し蒸し暑い……。

 ヴァーモント州はアメリカの東北部にある。明日から5月と言っても肌寒いのが普通だけど、洞窟の奥に進むにつれ、気温が上昇しているのを感じた。しかも気持ち悪い音が聞こえてくる。

 ブゥゥゥゥゥゥン、ブゥゥゥゥン

 洞窟の壁に体をつけて目立たないように奥をのぞき込む。そこから先は一気に広くなっていた。ホールのように広いそこの天井にあたる部分は天窓のように穴が空いてて、月が見えた。

 月明かりに照らされるホールの中は―――

 気持ち悪い音の元凶がいっぱい蠢いていた。

 は見たことがない生き物だった。図鑑でも動物園でも見たことがない。神さまがこんな気持ちの悪い生き物を創るわけない。なんなのこれ!?

 僕より少し大きいピンク色のエビ?カニ?サソリ?

 どれだとしてもコウモリみたいな羽はついてないし、頭がどんな生き物にも似てないくらいに不気味だった。イソギンチャクみたいなうねうねがいっぱい生えてる楕円形の渦巻き。

 その渦巻きがチカチカたくさんの光を点滅させていたんだ。

 ブゥゥゥゥゥゥン、ブゥゥゥゥン

 その悪夢に出てきそうな気持ち悪い生き物が数十匹。

 僕はたまらずその場にうずくまって吐いた。頭がくらくらしてきておかしくなりそうだった。

 このまま死んでしまうのかもしれない。

 ケビン達が眠ったままだといいな。こんな気持ち悪いものを見たら泣き出してしまうよ。

「カール、カール・フェルドマンじゃないか」

 背後―――入口の方―――から聞こえた声には聞き覚えがあった。

「モーガンさん!」

 ボーイスカウト団長のモーガンさんが驚いた顔をして立っている。

「無事だったんですか」

 途端に気力が戻ってきてモーガンさんに抱きついた。僕はモーガンさんがあの湖畔の黒い大きな怪物に真っ先にやられたと思い込んでいた。よく考えたらハーパーさんやボンズさんのようにこの目でそれを確認してたわけじゃない。

「無事だとも」

 モーガンさんがしっかりと抱きしめてくれる。僕はようやく『大人』であることから解放されたんだ。モーガンさんはケビン達のことも一緒に助けてくれる。

「モーガンさん、ケビン達が変な奴らに掴まってこの奥に」

「知ってるさ。カール、あの子達はね、豊穣の神シュブ・ニグラスの祝福をいただくために必要な肉なんだよ。ああ、もちろん君もね」

「モーガンさん?……」

 腕を突っ張ってモーガンさんから離れようとしたけど、大人の力にはかなわない。再会のハグではない。獲物をとらえる網にかかったのだ、僕は。

4月30日メイ・イヴの夜はミ=ゴ様たちが聖なる出産をなさる日。ミ=ゴ様たちは豊穣と生命の神シュブ・ニグラスの祝福を得ないと子孫を残せないお体なのだ。だから私は毎年この日にいろんな町から子供達をここまで連れてきてシュブ・ニグラスに捧げるのだ。月の光が差し込む場所でシュブ・ニグラスの力はミ=ゴ様たちの繁殖欲を大いに高める。素晴らしいだろう?君もそのお役に立てるのだよ、カール」

「嫌だ、離して!」

 自由な足を思いっきり動かしてモーガンを蹴るが効果は無かった。ナイフは地面に落としたままだ。

「ボンズとハーパーはシュブ・ニグラスの黒い落とし子が前菜として味わったようだな。あれを呼んだのは私。そして君達をメインディッシュにしてシュブ・ニグラスの力を降臨させるのは―――もう会ったよな。全員ミ=ゴ様に仕える者たち」

 モーガンは僕の首をぐいをとまわして、ミ=ゴという気持ち悪い生き物の群れの向こう、月の光が落ちる洞窟の一角を向かせた。

 そこにはさっきの集落の奴らがケビン達を横たえていた。

「もう召喚呪文は半分を過ぎた。じきにこの洞窟にシュブ・ニグラスのパワーが満たされ、ミ=ゴ様たちの聖なる乱交パーティーが始まるんだ。知性と秩序の塊ってくらいクールなミ=ゴ様たちが今夜だけはポルノも真っ青のくんずほぐれつってやつさ。たいそうな見物だぜ。ハハハ―――ああ、君はその場面まで生きてはいないんだった」

 僕には意味がわからない部分があったが、モーガンが下品な笑いを見せた。背筋が寒くなる。

 

 ケビン達の横たえられた辺り、月の光が降り注ぐ場所に何か靄がかかり始めて、嵐の夜のような騒々しい音がしてきた。ブゥゥゥゥンという音はかき消され、ミ=ゴの頭のチカチカが激しくなる。

「おっといけない。カールも大切な肉だった」

 モーガンは僕をハグしたまま、靄が発生する場所へ歩き始めた。全身の力を振り絞っても自由は取り戻せなかった。アーロンは無事に大人に出会えただろうか。警察が来たって無駄かもしれない。むしろここへ来ちゃダメだ。

 グゲェェェェェッ

 10ヤードくらいになった靄の中からドロッと流れ出るように、湖畔で大暴れした怪物が2体現れた。ハーパーさんとボンズさんの最期を思い出して涙がこぼれた。結局あれに食べられる運命だった。怖くて怖くて感覚が麻痺していく。パパとママの顔だけが頭に浮かんだ。

 ケビン達の泣き叫ぶ声が聞こえた。お茶に入ってた薬が切れたんだ。今目を覚ますことはけっして幸せなことではないけれど。

 僕はリーダーらしいことは何もできずに皆を守れなかった。でも僕はボーイスカウトのリーダーとして、この悪魔のような男に対して少しでも抵抗してやろうと思った。

 モーガンは僕を子供だと安心している。無防備なその耳に思いっきり噛みついてやった。

 うあああああっ

 どうせ死ぬんだから遠慮なんかしない。安食堂の脂身だらけのステーキを食べる時の要領でモーガンの耳たぶを噛みちぎってやった。口の中に血の味。ペッと肉片を吐き捨てた。

 放り投げられたけど痛くない。子供をなめるなよ!


 血が噴き出た左耳を抑えて喚くモーガン。ケビン達の泣き声。集落の奴らの狂ったようなコーラス、さらに黒い怪物のうなり声がかぶさる。彼方からはブゥゥゥン、ブゥゥゥン 僕の聴覚はおかしくなっていた。


 ふと、痛みに顔を歪めてたモーガンが上を見た。洞窟のてっぺんには煌々とした月。それを黒い何かが遮って、月の光は洞窟から消えた。ミ=ゴの頭のチカチカでなんとかものは見える。

 月の光が無くなると、集落の奴らのコーラスは中断され、黒い怪物が出てきた靄が急速に薄れていった。月の光とコーラスがセットじゃないとシュブなんとかは呼べないみたい。

 モーガンや集落の奴らが、ふさがれた天井の穴に向かって一斉に叫び始めた。

 多少の違いはあるけど、僕の近くにいたモーガンと同じ内容だった。

夜鷹ウィップアーウィルの鳴き声が聞こえる!」

 

 夜鷹って森や林にいる鳥だろ。あのざわざわする鳴き声が聞こえるって?モーガン、僕に耳を噛みちぎられておかしくなったのかな。

 

 そして今度は洞窟内を照らしていたミ=ゴの光がドミノ倒しのようにパタパタと消えてった。

 本当に真っ暗になった。ブゥゥゥゥン音も消えた。

 あれほど喧しかった洞窟内、黒い怪物の吠える声とモーガン達の叫び声だけが残っている。それだけでも十分にうるさい。

 

 あれ、不意に吸い込んだ息が普通の空気が煙い。咳き込む。

 背後―――ミ=ゴがいた方から煙が漂ってきたのだ。モーガンやケビン達も続いて咳き込み始めた。火事なら明るくなるはずなのに火の手はどこからもあがっていなかった。

 今何が起きてるのかさっぱりわかんない。僕らはどうなっちゃうの。

 

 

 再び洞窟内を月光が照らし出した。天井の穴を塞いでたカバーがとれたんだ。カバーはすとーんと洞窟に落ちてきた。あの落ちる早さからすると布じゃないのかな。

 丸まったパラシュートのようになって、月の光を真上から受けてるそれは、表面がモニョモニョと動いてる。

 その塊がぬーっと人の形になった。いや、表面がモニョモニョしてるマントをまとった人だったんだ。

 マントがひろがって天井の穴を塞いでいたのか。あの穴はマントを広げたくらいでは塞がる大きさではないのだけど、どういう細工がしてあるんだろう。

 そんなことを考えていると、背後から複数の足音。ミ=ゴの大群がいた方だ。月明かりを拒否する煙のカーテンで何も見えない。やっぱりこれは煙だったのか。

 モーガンの仲間が増えたのかと思って僕はケビン達の方へ走ろうとした。

「待て」

 もうもうと広がる煙の中から走り抜けてきたのは、キャンプで出会った3人のハイカーだった。

 僕を呼び止めたのは、危険だから去れって言ってモーガンと険悪になった人。この人の忠告は正しかった。

 2人目は丁寧なしゃべり方でちょっと冷たい印象の人。

 3人目は、僕と目があったアフリカ系の人。

 ハイカー達は、モーガンと僕を交互に見た。

「間に合ったようだな、ボーイスカウトはまだ生きてる」

 1人目の男の人―――ウェーブの入ったブロンドに小さな青い目の人。右の頬を縦に走る古傷がある―――がいきなりモーガンの顔面にキックを入れて吹っ飛ばした。ちぎれた耳の痛さに膝立ちしていたモーガンの顔は回し蹴りの的にはピッタリの高さにあったんだ。

「お前さん達ボーイスカウトはミ=ゴの乱交パ……いや、恋の季節に必要なシュブ・二グラスの力を降臨させるための餌ってことだな。で、この俺に生意気な口を叩いたオヤジは?」

「そのモーガンが僕達を騙してたんだ。ボンズさんもハーパーさんもモーガンが呼んだ怪物に食べられちゃったんだ……」

 悲しくなってきてまた涙が出てきた。もう何年分泣いただろうか。

「じゃ、このオヤジはミ=ゴのパシリってことな。蹴っ飛ばして正解!」

 傷の男は背後の2人のハイカーに自慢気にガッツポーズをとった。2人目の冷たそうな人が小さくため息をついた。

「ねえ、ジェフ。私は、君がいきなりキックをしたから彼が敵だという確証があるのかと思いました。もしただの犠牲者だったらどうするつもりだったのですか」

 傷の男ジェフはゲラゲラ笑った。

「こいつ俺に生意気な口きいてたろ。だから見た瞬間つい蹴り入れちまったんだ。結果的に糞野郎だったからよかったじゃねえか」

 2人目の冷たそうな印象の人―――茶色い髪を丁寧になでつけてて透き通るように肌が白い―――は、ハンカチを差し出した。

「君は運がいい。私はヨハンだ。まずはこれで口の血を拭いたまえ」

 僕は遠慮なくモーガンの血で汚れた口元を拭った。

「ありがとうございます」

 ヨハンさんはつんとすました感じでうなずいた。でも優しい人なのかもしれない。

「あの、あなたたちはいったい―――」

 僕の問いかけをジェフが遮る。

「俺達は害虫ミ=ゴ駆除が得意な大人のボーイスカウトだ」

 ジェフが親指をくいっと後方へ向ける。 

 天井の穴から煙が出ていき、見渡せるようになったそこにはミ=ゴが数十匹横たわっていた。ピクリとも動かない。

「ミ=ゴは黄色い印の兄弟団おれたちの特製のガスにめっちゃ弱いんで虐殺モードよ」

 あの煙はガスだったのか。

「お前さんも少し吸っちまったか。心配するな。人間にはたいして毒じゃねえからよ」

 3人の腕におそろいの黄色いバンダナが巻いてある。だから黄色い印の兄弟?

「その黄色いバンダナが兄弟のあかしなの?」

「そんなもんだ。黄色い目印を身につけるきまりになっててな」

 僕はこの荒っぽいジェフは信頼できる大人だと信じた。頼まなきゃいけないことがある。

「あの、僕の大事な仲間が黒い大きな怪物に食べられちゃうんで助けてください。お願いします」 

 3人目のアフリカ系の人が僕の肩にぽんと手を置いた。分厚い手。ツルツルに剃った頭に

よくわかんない字で入れ墨が入っている。

「坊主、そのへんはあの人に任せるんだ」

 それは天井の穴から飛び降りてきたマントの人。カウボーイハットの下は顔の上半分を仮面で隠している。マントの下には茶色い革の服。胸には黒いドーナツ型のペンダント。

「ウィップ、こっちはガスで片付けた。あとはそこのミ=ゴの操り人形の糞どもと、パーティに招待されちゃったデカい糞が2つだ」

 ウィップと呼ばれた人はこちらに顔だけ向けて言った。

「ジェフ、ミ=ゴの手下を任せる。あと俺をウィップと呼ぶな。ヨハン、人間を隔離しろ。邪魔になる。デック、援護」

 3人は口々に了解と言って、散った。

 ヨハンさんが僕をちらと見た。

「君、名は」

「カール、カール・フェルドマンです」

「ではカール、私についてきてくれますか。君の仲間を外に連れ出すのを手伝っていただきたい」

「は、はい!」

 

 ヨハンさんと一緒にケビン達のもとへ走った。

 それはあの恐ろしい黒い大きな怪物に近づくことになる。

「シュブ・ニグラスの落とし子は私達のリーダーとデックが相手をします。問題はありません。落ち着いて自分のやることをやるのです」

 ヨハンさんの言う通り、デックは背負っていたザックから機関銃を取り出して怪物に撃ち始めた。薬莢が立て続けにデックの背後に転がる。

 怪物は身をよじって汚らしく叫んでデックの方へにじり寄る。機関銃の弾をいっぱい受けたのに死なないなんて。

 ヨハンさんがケビンら年長組に年少の子の手をつかんで、僕の後に続いて走るよう命じた。ヨハンさんの口調は子供の甘えを容赦しない冷たいものだったけど、彼は僕達が1人も落伍しないようしんがりを守ってくれた。

 僕は小さいマシュウの手をしっかりと握って洞窟の出口を目指した。

 しかし、そううまくはいかなかった。黒い怪物は2体いるのだ。デックの機関銃は1体を相手にしていたが、もう1体の黒い塊が僕らの進行方向に回り込んでいた。

 ヨハンさんはザックからショットガンを取り出した。

「カール君、君はこの子達のリーダーです。それなら仲間を守ってここを通り抜けなさい。私達のリーダーはね、文字通りあちこちを飛び回ってる気ままな人なのですが、本当にピンチの時に私達を見捨てたりしない。君もそういうリーダーであってください」

 そしてヨハンさんは自分の腕に巻いていた黄色いバンダナを僕に渡した。

「名状しがたきものハスターの加護があります。差し上げます」

「ヨハンさん……」

行きなさい!生きなさい!

 僕はマシュウの手を引っ張って走った。後ろを見てほかの5人の仲間が着いてきているのを確認した。その更に後ろではヨハンさんがショットガンを腰だめにして撃ちこんでいた。

 怪物は黒い血のようなものをまき散らしたけど、致命傷にはならなかった。ヨハンさんの姿は黒い大きな塊の陰になって見えなくなった。

 僕は2度と振り返らなかった。


(続く)

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