第7話 A Step Forward into Terror(1)

湖での楽しいキャンプ。しかしその日はいわくつきの日だったのです。

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「テントはうまく張れたかー?そろそろ夕飯もできるぞ」

 モーガンさんの大きな声が湖畔に響き渡った。今夜皆が寝るテント全ての設置チェックを済ませた僕は、たき火の辺りまで駆けた。

「カール、君が最後だ。さあ受け取れ」

 モーガンさんがシチューを盛った皿を渡してくれた。僕―――カール・フェルドマンは適当な丸太の上に腰を下ろして食べ始めた。隣のアーロンがまわしてくれたパンはたき火に十分にあてられてて柔らかい。



 僕らはボーイスカウトのメンバー。今夜この湖でキャンプする。

 キャンプに参加したのは11名。最年長14歳の僕がリーダー。引率はモーガンさん、ボンズさん、ハーパーさん。湖までは大人3人の車に分乗してやってきた。

 町から2時間ほどの距離にある湖畔はアウトドア派のモーガンさんが見つけてきた穴場。何度かここでカヌーを漕いだり、近隣の山歩きを楽しんだんだって。

「どうだ、いいところだろ」

 食事を済ませたモーガンさんが両手を広げて湖や対岸の森を賞賛する。皆わーわー声をあげて賛成。こんなすてきな場所、モーガンさんしか知らないなんてもったいないよ。

 ボンズさんは町の消防士、ハーパーさんはおいしい野菜をたくさん作る農家。今僕のおなかにおさまっていくシチューの具はハーパーさんの畑でとれたものだ。

「明日は朝からボートで漕ぎ出そうぜ」

 ボンズさんが大きめのゴムボートを3艘用意してくれていた。水際に並べたゴムボートは風で流されないようロープで木とつながっていた。4月30日は泳ぐにはまだ寒いけどボートなら楽しめる。大人達は僕にオールを任せてくれるかな。


 歓声をあげていたから、3人のハイカーがたき火の近くに現れるまで気づかなかった。

 突然見知らぬ大人が暗がりから現れたらびっくりする。僕らは緊張してハイカー達を見た。背中に大きな登山用ザックを背負っている。

 一番近くにいたハーパーさんが立ち上がってハイカー達に挨拶をしたが、強張った表情のハイカー達は挨拶を返さずに、じろりと僕ら全員とテントを眺め回して

「あんたたち今夜はここで泊まる気か?」

と言った。口調が冷たい。

「そのつもりだが」

モーガンさんがハイカー達と僕らの間に立ちはだかる。預かった子供達に怖い思いをさせまいとしているのがわかった。先頭のハイカーはモーガンさんに言った。

「悪いことは言わない。危険だからここでキャンプをするのはやめた方がいい」

 突然どうしてそんなことを言うのかわからない。だってここはこんなに静かですてきなところなのに。熊でも出るのかな。

「あんたが、どういう了見で私達にお節介をやいてくれるのかわからんが」

 モーガンさんは手でたき火を囲む僕らとテントを示した。

「もうテントも張り終わったし、食事を楽しんでいるところだ。今から撤収したら真夜中になっちまう。それにあんた達がここの土地の持ち主じゃないのならほっといてもらいたいんだかね」

 ハイカーは強い口調になった。

「俺達は忠告してるんだぞ。ここは危険だと。いいか、あなたは

選択をした責任をとることになるぞ。連れている子供達の分までな」

 アーロンが僕の腕にしがみついてきた。大人達の険悪な雰囲気にまだ9歳のアーロンだけじゃなくボーイスカウトの皆が不安がっていた。僕だって怖かった。でも皆より年上でリーダーだから、何も心配いらないよとアーロンにウインクしてみせた。

 2番目のハイカーが仲間の肩に手を置いた。

「好きにさせてあげようじゃないか。彼等には選択する権利があるのだから」

 せりふは紳士的だが、2番目のハイカーの目は冷たくて最初のハイカーより怖かった。

 最後尾にいたハイカー―――アフリカ系だ―――が偶然目があった僕に

「何か危険を感じたら一目散に逃げるんだぞ、坊主」

 と言った。僕は困ってボンズさんを見た。ボンズさんは心配するなと頷いた。

「何が危険だっていうんだ。こんな何もないところに熊だって出やしないさ。私はここで一度も危ない目に遭ったことはないぞ」

 ハイカー達はモーガンさんが言い終わる前にくるっと背を向けて暗がりに消えていった。3人の右腕には黄色いバンダナが巻いてあった。



 気まずい形で夕食を終えた僕らは、ハーパーさんのギターにあわせて歌ったりしたけどいまいち盛り上がれずに各自テントに入ることにした。毛布にくるまって明日の朝のボートを楽しみにして寝よう。

 リーダーのモーガンさんは、しばらくたき火の番をしてからテントに入ると言った。



 大地が震えている。何かとんでもなく重たいものが地面を打ちつける音が連続している。ボンズさんは既に起き上がっていて、僕はアーロンと6歳のトムを揺り起こした。

 就寝のお祈りをしてから何時間経ったかわからないが、真夜中なのは間違いない。

「地震かもしれない、靴を履いて落ち着いてテントから出るんだ」

 ボンズさんは消防士だから、こういう事態は落ち着いて行動できる大人だ。僕はボンズさんと同じテントで良かったと思った。

 揺れ続ける地面で転ばないように慎重にテントを出た。先に外に出たボンズさんの広い背中の向こうに、この轟音と揺れの原因がいた。

 

 僕らのキャンプ地にどすんどすんと転がるように近づいてくるのは黒い大きなものだった。熊なんかよりずっと大きくて、鞭みたいなものを何本も振り回している。それが2つ、こちらへ近づいてきていた。

「なんだあれは……アレク!」

 ボンズさんの呼びかけに応えはなかった。たき火はとうに消されていてアレックス・モーガンさんの姿はなかったんだ。

 ボンズさんは他のテントに走ったが、地面がぐらぐらと揺れているのでまっすぐに辿り着けない。そうしている間に他のテントからもハーパーさんと子供達が飛び出てきた。皆小さいからすぐに泣きわめいて散り散りになる。それをなんとかまとめようとハーパーさんがボンズさんへ

「子供達を車へ!」

と叫んだ。我に返ったボンズさんが僕とアーロンとトムに、車へ走れと告げた。

 散り散りになった子供達だけど、こんなにぐらぐら揺れてたから走ることも出来ずに皆その場に座り込んでしまった。

 ハーパーさんは小さい子達を何とか集めて、黒い大きな怪物から逃げようとしていたが遅かった。鞭みたいなものがハーパーさんを打ちつけたんだ。ハーパーさんは宙を飛んで自分の車にぶつかったあと地面に転がって動かなくなった。

 怪物はハーパーさんの方へのたくりながら向かった。僕は怪物の表面に口みたいな穴がいくつもいくつも開いてて、緑色の汚らしいよだれみたいなものが垂れているのを見た。真っ暗なのにそこまで見えたのはボンズさんが懐中電灯で照らしていたから。

 怪物はその口みたいなものをハーパーさんにくっつけた。グラスに残り少なくなったジュースを最後まですすったような音がしてハーパーさんだったものは見えなくなった。

 怪物はハーパーさんの車をひっくり返した。その車がボンズさんの車の上に重なってボンズさんの車はぺしゃんこになったんだ。


 ボンズさんはもう一度僕に振り返ると水辺に用意してあったゴムボートを指さした。

「車はもうだめだ。皆を集めてボートで逃げよう。俺はボートのロープをほどく。カールは急いで皆をボートに乗り込ませるんだ」

「モーガンさんはどうするの?」

「わからん。それよりも今はボートに乗ることを考えろ」

 バシッと背中を押されて、僕はアーロンとトム以外のボーイスカウトの子供達5人を呼んだり、引っ張ったりしてボートに分乗させた。僕の次に年上のケビンにオールを渡した。残り2艘はそれぞれボンズさんと僕がオール担当だ。

 車をひっくり返してテントを押し潰しながら怪物はボートに近づいてくる。地面の震動が湖面も震わせる。わんわん泣きわめく小さな子達は泣きながらもボートを湖に押し出しで乗り込んだ。

 でも間に合わない。あの怪物が泳げるのかわからないけど、今ボートが浮いてるところでは、あの鞭みたいなものがビューンと伸びてきたら僕らに届いてしまう。

 ボートのロープを全てほどいたボンズさんが、足下の太い木ぎれで怪物を殴った。

 ボンズさんがハーパーさんと同じ目にあうのを見ることが出来なかった。

 僕は怖くてオールで湖の向こうを目指した。ケビンのボートも、ボンズさんが漕ぐ予定だったボートの最年長のランディも顔を真っ赤にして一所懸命にオールで水をかいて怪物から離れていった。

 泣きじゃくってない子は1人もいない。僕だって理解できない怖さにわんわん泣きながら、オールを動かし続けた。


(続く)

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