第21話 キングスポートに霧は煙る(12)

 商売道具を抱えた7人の芸術家がにぎやかにロビーへ降りていくのを見送り、ボーイはため息をつく。


 フロントに陣取る主人だんなが「ろくに金も落とさない安部屋の客にバカ騒ぎされちゃあ当ホテルの格が落ちる」と立腹するからだ。

 とはいえ、今夜彼ら以外の宿泊客は1人しかおらず、この騒ぎの企画者がその宿泊客なのだから、この出来事に眉をひそめる者は主人だけ。

 自分は半日たらずで多くのチップを稼いだので文句はない。

 よってホテルの評判は現状維持。ボーイの自分はずいぶん懐が温かくなった。

 上出来な夜じゃないかという結論に落ち着いた。


「陽気な小隊はもう行ったようだね」

「イエス、サー。小隊長殿」

 ボーイはラヴクラッシュに敬礼した。


「今日は遅くまでよく働いてくれた。受け取りたまえ」

 魔術のように現れたドル紙幣を押し頂いて、

「200ドル! 1年分の家賃を先払いしてもおつりがきますっ。ほ、本当によろしいのですか」

 顔を紅潮させた彼にラヴクラッシュは愉しげに囁く。

「最後に一仕事頼まれてくれるかい」

 その内容はとても尋常なものではなかったが、ボーイは人生最高額のチップにひざまずいた。



 ハーバークラウンホテルを出た一行は、常に彼らを見下ろしているセントラル・ヒルの教会に向かって深夜の行軍を開始した。

 直線距離なら1マイルもないが、ダウンタウンの道は回り込むようになっているので少し遠回りとなる。

 

 ランタンを掲げて先頭を歩く芸術家にラヴクラッシュは声をかける。

「我ら騎兵隊の先陣をつとめていただき感謝する」


 揺れるランタンの光によって、青年にも中年にも見える不思議な容貌をしている男は他の6人とは距離をとっているようで、実際パーティの最中もこの男が歓談の中心になることは一度もなかったことにラヴクラッシュは興味を抱いた。


「気になっていたんですよ、あの教会のことはね。共同墓地の土の冷たさ。キリストよりずっと昔から崇められていた別の何かアナザーワンにまつわる気持ち悪さ。霧に隠れたつもりでいる無言の襤褸ぼろ外套の奴らとかね」


「君は......何者だ」


 こいつも町の眷属か。ラヴクラッシュは自分のうかつさを呪った。

 キングスポートの外部から流れてきた芸術家たちならこの町の古き結社の眷属にあらずと踏んだが、敵の手はここまで長かったとは。


 男はラヴクラッシュの方に顔を向けて微笑んだ。

 光の加減か、その顔は棺の中で数か月経過した死体めいている。


「旦那、わたしはただの絵描きです。死体や食屍鬼グールばかり描くんで同業者からは嫌われてますがね。おかげでボストン画壇のお偉方からいつ追放されてもおかしくない身です」


 自嘲する口調に敵意は感じない。

 白い蟲や他の魔術によって操られている様子もない。


「風景画を描かない画家がキングスポートに用があるとは思えないが」


「この町で海や漁民の暮らしを描けば、適当な値段がつけられて土産物屋に並びます。その対価でパサついたパンが食えて、宿代もなんとか払っていけるでしょうね」

 

 後方で鼻歌を歌いながらついてくる6人はそうなのだろう。

 すでにセントラル・ヒルをのぼる傾斜のついた道に入っている。

 数分で教会と共同墓地にたどり着く。



。海と空の色合いを季節ごとに変えて描いてりゃ誰かの家の廊下に飾られること請け合いの絵に興味はない。私の祖先が魔女として処刑された地セイラムから遠くないキングスポート。ここの霧と泥の間に隠れてる昏い秘密にこそわたしの興味はあるのです。そして独りではたどりつけない穴蔵の底へあなたが誘い出してくれると確信した。わたしは人ならざるものたちを目に焼き付けてそれを描きたい」


 ラヴクラッシュは理解した。

 自分とこの男が目指しているものは同じキングスポートの臓腑はらわたであること。

 自分は男を利用する気でいて、男もその機会を利用し返すつもりでいること。


 

 この男はいつか人間ならざるものに喰われるか、自身が人間ならざるものになるかの運命を辿ることになる。

 人間でありながら人間を演じるのに疲れた男。

 ラヴクラッシュの印象は正しい。


「人間とは面白い生き物だ」

 仮面の夜鷹としての呟きが口から漏れる。


「名を教えてくれるか」


 邪神とその追随者が潜む巣窟に行けばまず命はない。よって売り込みに必死な芸術家達が教えてくれた氏名はひとりとして記憶していない。


 しかし、この男。

 月に魅入られたふつうではない者は明日も霧の中を歩いているかもしれない。

 興味が湧いた。


 ランタンが雑草に侵略された共同墓地の入り口を、そしてその向こうにうずくまる教会を照らす。ここからは夜鷹の世界。


「ピックマン」


 墓地の匂いを肺に吸い込む男は言った。


「リチャード・アプトン・ピックマンといいます。食屍鬼の絵に興味がおありなら是非お買い上げを」


 食屍鬼に異常な関心を示し、食屍鬼を描き続け、食屍鬼の世界に足を踏み入れる男ピックマンは長く伸びた爪でランタンのガラスをキンとはじいた。



(続く)


 ピックマンと夜鷹の絡みを入れるならここしかない一篇。

 ピックマンについて知らない方は「ピックマンのモデル」で検索、検索。


 次回から一気にいく(といいなあ)ので、応援方よろしくお願します。







 






 


 

 




 























 

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