第21話 キングスポートに霧は煙る(11)

「おかえりなさいませ、ラヴクラッシュ様。お申しつけの通りパーティの準備が整っております」


  20時を過ぎて帰ってきた金払いのいい上客が両手にたくさんの荷物を抱えていたため、主人はあわててフロントカウンターから出てきた。


「私がお荷物をお持ちしましょう。ボーイはパーティ会場の番をしていますんで」


「割れ物が重いから気をつけて頼む。それと相談なんだが君のフォード、大層いい乗り心地で気に入ったよ。明日も乗りたいので借りたままでいいかい」


 胸ポケットに100ドル札が差し込まれれば主人になんの異論があろうか。

 ここまで気前のいい客、繁忙期でもそうはいまい。

 

「お気の済むまで走らせてください。私は月に2、3度アーカムやボストンに行く時しか転がさないですから」


 ラヴクラッシュはフォードのキーを指でくるくるとまわして微笑んだ。


「では遠慮なく」



 ふうふう言いながら荷物を運ぶ主人を従えて3階の自室に帰還したラヴクラッシュはボーイの差配に感謝の言葉を述べた。

 ソファセットが取り除かれた空間には大きなテーブルを搬入し、その卓上には湯気のたつ大皿料理や一級品を証明するラベルの酒が並んでいる。

 部屋のところどころに灰皿が置かれ、喫煙好きなゲストたちに配慮がなされている。


「荷物はそこの隅に置いてくれ。ではボーイ君、海に落ちる夕陽の絵を描き終えた芸術家諸君をお招きしてもらえるかね」


 主人に「深夜まで少々騒がしくなる」とさらに50ドルを握らせて退去してもらう。

 入れ替わるように、7人の芸術家―――稼げている者と自称に過ぎない者の混成軍ハイブリッド―――がボーイに促されてさほど広くない室内を埋めた。


 芸術をなりわいとするだけあって7人それぞれが個性的な印象の持ち主だったが、タダ飯と酒とたばこにありつけることへの期待は共通していた。


「皆さん、突然の招待に応じていただき感謝します。私はパワード・ラヴクラッシュと申します。夏に休暇をとりそこねて、ようやく今日憧れのキングスポートに来たばかりです」


 芸術家達は自分たちの夕飯代を浮かせてくれる変わり者スポンサーの挨拶に聞き入っている。

 ラヴクラッシュを品定めするようにじろじろ眺めている無遠慮者もなかにはいたが、創作意欲を掻き立てる題材と金払いのよい支援者は芸術活動を続けるために等しく大切だとその場の誰もが思っていたので、それをとがめる者はいなかった。


「私は独り者でして夕食をともにしてくれる相手もおりません。こんな素敵な海と霧の町の魅力を誰かと語り合わずに黙々とベッドに入るのはもったいないと思ったのです」


 ボーイは主催者からの「そろそろ乾杯するぞ」のアイコンタクトを受け、各人のグラスにワインを注いでまわる。

 アメリカ人はビールでの乾杯が多いが、芸術家を自認する彼らには欧州ワインをふるまった方が受けがいいはずだ。


「そんな意気消沈していたところに、なんと皆さんが投宿していることを聞きました。町の魅力についてよくよくご存じであり、その美しさや儚さを絵という宇宙に落とし込んでいる崇高な芸術家の皆さんが! 私は呪わしいことに絵筆の才能を取り上げられて生まれましたが、皆さんと交歓の場を設け、このキングスポートを形作る色彩についてご教示願えればと思います」


 つまり、気に入った絵は高く買ってくれるってことだろう。

 相手が東部の放蕩野郎だろうが西部の田舎成金だろうが自分の芸術をドルで支えてくれることが大事なんだ。

 自分を評価してもらうべく、この初対面の青年をしっかり持ち上げよう。

 芸術家達は将来のスポンサーに対して熱い視線を注ぎ始めた。


 Let's make a toast to our Kingsport!(我々のキングスポートに乾杯!)



 パーティが始まって3時間が過ぎた。

 ラヴクラッシュと7人の芸術家はすっかり意気投合した様子で料理と酒を楽しんでいた。

 ボーイに調達させた葉巻や紙巻たばこを芸術家たちは遠慮なく味わい、中には絵具で汚れたポケットに失敬する者もいた。

 

 用意した酒がなくなると、ラヴクラッシュは部屋の隅に置いた大きな袋の中からブランデーやビールを取り出し、拍手を浴びた。

 ボーイはグラスや灰皿の交換をするとき以外は、3階の階段で待機していた。

 ラヴクラッシュから「どんな顔見知りでも階段を上ってくる者がいたら大声で知らせるように」と命じられていたからである。


 当然、白い蟲に憑りつかれた者を警戒してのことだ。


 ラヴクラッシュは芸術家達のくゆらす紫煙を換気するためにカーテンと窓を開け放っていた。

 その真正面にはセントラル・ヒルの老朽化した教会が夜闇の中にさらに黒くこごっている。


 壁掛け時計の針があと半時で日付が変わることを示した頃。

 ラヴクラッシュは芸術家達にある提案をした。

 

 酒と財力、そしてきわめて魅力に富んだ青年のパーソナリティにすっかり支配された彼らは少年時代のいたずら感覚でその話にのる。


「窓の外をご覧なさい。きわめて美しいキングスポートの景観をセントラル・ヒルの教会のみすぼらしさが大きく損ねていると思いませんか。牧師不在でミサも行われない打ち捨てられた廃墟に神がおわすはずありません。我ら心の通い合った一同、今からキングスポートの美を完全なものにしてやろうじゃありませんか」


 青年曰く、教会の内壁に思い思いの絵を描くらくがきするもよし。

 青年曰く、見晴らしのよい窓の部屋をアトリエとして占有するもよし。

 青年曰く、丘から町を見下ろして酒盛りを続けるもよし。


 青年曰く―――

「あのあばら家が霧の白さと海の青さにふさわしくない汚点なら


 科学の時代に生きる者といえど、魂の根底には教会への畏敬の念がある。

 しかし、儀式パーティに参加した芸術家すてごま達は、青年の言葉は芸術のさらなる高みに達する近道なのだと信じるに至っていた。


 その冒涜的な囁きは、伝承にいう夜鷹ウィップアーウィルの凶事を告げる鳴き声のそのものだと誰も気づかないままに。


(続く)


夜鷹は『町=古き結社』に属さない兵隊を募ることに成功しました。

彼の反撃が始まります。

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