第21話 キングスポートに霧は煙る(8)

 力の大半を封じられ、使役生物の支援も期待できない。

 敵は町に根を張り巡らす古き結社。その背後にはフルートを奏でる神性の存在あり。

 

 自分が陥った状況を理解した次の瞬間から、仮面の夜鷹ウィップアーウィル―――パワード・ラヴクラッシュはまだ使える武器を稼働させた。


 この大陸に何者の境界線もひかれていなかった時代から蓄えてきた智慧と経験。

 彼のある意味最強の得物までは奪えなかった敵の愚かさを笑う。


 今の自分にできる手管をすべて繰り出せるよう舞台を再構築していけばいい。

 体は少し痛むが戦いは続いている。歩き出して再開しよう。

 霧が漂う港町の地図は頭に入っている。


 シップ・ストリートからウォーターストリートを戻る。霧は彼の行く手を阻もうとしてか濃く沈滞してきている。


 両眼窩に力を込めるだけで霧や闇を見透かす『青い視界』を使いたいところだが、その力もロックがかけられているらしい。

 しかし、視覚、聴覚、嗅覚、触覚は生きている。これに長年の経験からくる勘を上乗せすれば、そうそう後れを取ることはない。


 彼が今まで見てきた人間の探求者達。その多くはすでにこの世になく、残りの半数も異形と化したか精神に深い傷を負う末路をたどったが、彼らもまたこのように己の体だけを頼りに影の世界で歩を進めてきたのだろう。

 いや。

 今日も世界のどこかで人間は太古の神性や宇宙由来の異常に挑んでいるに違いない。


 彼にしては珍しい感慨にふけっているうちに黄色い目の老人の家が見えてきた。

 敵中においても、黄色の印の兄弟団イエローサインの同志がいる。老人は庭の結界を見てもわかるように魔術を使う。相棒バディとして最適だ。


 一体どうしたことか。

 邸内―――人間ラヴクラッシュはやすやすと庭の結界を通ることができた―――に老人はおろか彼が大切にしていた乗組員の霊魂を封じた瓶も見つからなかった。


 結界を攻略した敵に拉致されたのか、それとも危険増す港町から撤収したか。

 後者であればイエローサインメンバーとしてあるまじき行為だが、罰を下すのは首領―――黄衣の王の役割である。


 ラヴクラッシュは家具すらろくにない邸内からなんとか役立ちそうなものを見繕い、老人が買い物に使用していたと思われる防水鞄に詰め込むのだった。


 カサカサ...

 カサカサ...


 庭の方から擦過音が聞こえてきた。人間の足の運びによるそれとはリズムが違う。つまりまともな来訪者にあらず。


 カサカサ...カサカサ...カサカサ....


 複数だ。十指に余るどころではない。思い当たるのは―――。


 老人の家のドアに空いた穴から、白い蟲たちがポタリポタリと零れ落ちて廊下をこちらへ這ってくる。


 なんてオープンな家なんだ、と皮肉が口を出る前にその穴をあけたのが誰だったか思い出して、結果的に自分自身を呪う羽目になった。

 

 廊下と戸口にに灯油をぶちまけると躊躇なく火のついたマッチをはじいた。

 陰鬱で空疎な客間に炎の柱が生じる。

 白い蟲の群れは嫌な臭いともに焼かれていく。

 樫板のドアが倒れたせいで庭までの見通すことができ、そのおかげでトゥルーメタル盗難のからくりが判明した。

 

 地面を這う蟲は庭石が発する結界の力線のさらに下を進む。これなら魔術属性のある生き物でも結界に焼き切られることなく、軽々と邸内に侵入できる。

 夜鷹が黄色い目の老人に預けたトゥルーメタルは薄い延べ棒インゴットの形であった。そして見た目よりはるかに軽い。

 蟲たちが集団でとりかかれば結界の力線の下ギリギリのところを引きずってトゥルーメタルを邸外に持ち出すことも可能だろう。


「わかってしまえば単純な話だったな」


 老人の数少ない財産である毛布と掛け布団を火にかぶせてボヤを鎮火させると、

青年は白い蟲の援軍がいないことを確認してから再び霧の中へ身を隠すようにして次の目的地へ向かうのであった。


(続く)








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