第21話 キングスポートは霧に煙る(5)
「あの冬至の前の日のことさ。あの日は寒くてね。もう深夜になろうかって時に隣の家のジーナ―――私より2つばかり年下の未亡人さ―――が急に胸の痛みで倒れてしまってね」
窓越しに偶然それを見かけたオーンは、ジーナに薬のありかを聞いたが何と切らしていた。自分の家の救急箱にその薬がない。
もう片方の隣家は早めのクリスマス休暇で旅行に出ていたため、薬の有無の確認どころか、所有のフォード車でジーナを運ぶこともできなかった。
意を決したオーンは外套を羽織り、ランタン片手にダウンタウンの医師兼薬屋のシュルツ氏の家まで走ることにした。
したたかに酔って就寝していたシュルツ氏に代わり、妻のミセス・シュルツがジーナの薬を持たせてくれ、オーンは再びダウンタウン地区からハーバーサイド地区で待つジーナのもとへ走った。
少しでも早くジーナに薬をのませたい思いが、オーンの行動を大胆にする。
朽ちかけた教会と共同墓地がある深夜のセントラル・ヒルを突っ切っていくことを選んだ。このルートは往路より数分ショートカットが可能になることを地元民なら知っている。その代わりに未舗装の地を突っ切るために足元は冷たい泥まみれになるが。
オーンがセントラル・ヒルにさしかかったときには日付が変わり冬至の日になっていたらしい。
そこで彼女は奇怪な集団に遭遇したのだ。
昼でも人気の少ないセントラル・ヒルを物言わず整然と歩み進むフード付き外套に身を包んだ者たちを。
その数はざっと100人を超えていたろう。
ジーナのために夜闇の中を勇敢に走っていたオーンもこの光景には足をとめ、本能の命じるままに墓石の陰に隠れた。
明かりのない泥の道を互いにぶつかることもなく整然と、まるで訓練された歩兵隊のようにいくフードの集団はひたすらにセントラル・ヒルの上にたつ古びた教会を目指す。
足音ひとつない無音の静寂の中を。
幽霊
そう思った。300年前の入植時代からこの地で生まれ、死んだ祖先たちの幽霊が
故郷に戻ってきたのだと。
おお、主よ。
オーンは黒々と闇に溶け込む教会の輪郭に向かい、瞑目して祈った。
祖霊の冥福を祈ったのか、自分の身を守ってほしいと祈ったのかわからない。
今にも気を失いそうな中、無力なオーンにできることは祈ることだけだった。
目を開けると、目の前にフード付きの外套をまとった何かが立っていた。
集団を見た時、とっさの判断でランタンの明かりを消したため、垂れ下がるフードに包まれた顔は見えない。
足音も呼吸音も聞こえない。
耳をすましても聞こえるのは自分のこめかみがガンガン鳴る音、そして泥道を這いずる虫の音だけ。
フードの者は外套の内側から携帯用の石板を取り出し、オーンに向けた。
『私たちはいつまでもお前たちを見続ける
私たちは霧であり、この町そのものであり、お前たちとともにある』
闇の中でも読めた、というより目に飛び込んでくると言った方がしっくりくる石板の言葉に、オーンは戦慄を禁じえなかった。
相手が何者かもわからないが、自分は目をつけられてしまった。
気がおかしくなってもいいから悲鳴をあげたかったが、口から胃が飛び出そうな嘔吐感にふさがれてしまい、オーンはあさっての方向へ走り出した。
恐怖に駆られ握りしめた手の中で薬袋に入った錠剤が粉々になる。
無我夢中で走り、気がつくとウォーター・ストリートのあの黄色い目の老人の家の壁にもたれかかっていた。
老人の家の窓も戸も固く閉ざされており、明かりひとつ漏れていなかった。
糸の切れた人形のような足取りでシップ・ストリートに戻り、ジーナになんとか薬をのませた。
それからオーンはキングスポート湾の中心にあるセントラル・ヒル地区には決して近寄らないようにしている。
「私...どうしてすべてを話してしまったの...誰にもここまでは話したことはなかったのに。あのフードたちが私を見続けているかもしれないのに」
オーン婆さんは知らなかったとはいえ、
ラヴクラッシュは用は済んだとばかりに無造作に立ち上がる。
そのときである。
居間の窓が割れた。
外から投げ込まれたそれは絨毯の上で転がり、パタンと倒れた。
さきほど恐ろしい告白に登場したそれ、携帯用の石板は
『招かれざる客は町によって消される』
と、書かれた面をこちらに向けていた。
「ああっ」
老婆がソファに倒れこんだが放っておくしかなかった。
割れた窓からフードに包まれた頭部がのぞき込んでいたからだ。
(続く)
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