第21話 キングスポートに霧は煙る(3)

 地下に拠点を構えるトゥルーメタル盗難容疑者たち。

 犯人は喰屍鬼グールか?

 

 その推定を老人は否定する。 


「この町には喰屍鬼グールはおらん。アーカムじゃ路上にが転がってたなんていうことが時々起きているようだが、キングスポートではそういう話はとんと聞かんのだ。大勢押し寄せる観光客の一人や二人やられてても不思議はないのに、だ」


 夜鷹は、アーカム警察が酔っ払いや家出人が喰屍鬼グールに食い散らかされた事件を野犬によるものとして処理していることを思い返していた。

 

 どのエリアの地下にも喰屍鬼グールの巣はある。それがこのキングスポートの地下について奴らは領有権を主張しない。

 喰屍鬼グールどもを寄せつけず、地下に居座る古き結社は強敵とみておいたほうがいい。


冬至ユールにはアメリカ各州からだけでなく、ヨーロッパからも大勢の信者が集うと言ったな。人間の足で地下拠点に入れる場所があるはずだ」


「さっきも言ったとおりその日は家から一歩も出ないことにしておる。だから信者がどこに向かうかは知らんよ。だが」


 シップ・ストリートに住む社交的なオーン婆さんなら何か知っているだろう、と老人は告げた。

 信者らが集まる話も老人はオーン婆さんから一方的に聞かされたのだそうだ。


「日が暮れる前に婆さんに会ってこよう」


 夜鷹がテーブルに手をついて立ち上がった際、卓上に置いてあった数本の瓶―――瓶の中に小さな鉛が糸で吊るされている奇妙なもの―――が揺れた。


 瓶の中で鉛が時計の振り子のように左右に動く。


 ウオオー ウオオー


 空虚な客間に複数の男の喚き声が響く。


 この家に他人の気配はない。声の発生源は奇妙な瓶であった。


 老人は身を乗り出し、6本の瓶に顔を寄せて語りかけ始める。


「ああ、ジャック、びっくりしたか。

 ロング・トムよ、落ち着いてくれ。

 スパニッシュ・ジョーはウィップアーウィルを覚えていたんだな、そうだ彼だ。

 ピーターズ、瓶を危害を加えさせるようなことは私がさせない。安心せい。

 スカーフェイスは相変わらず血の気が多いな。

 メイト・エリス、彼は私のスペイン金貨狙いの泥棒じゃない」


 それぞれの瓶の中の鉛に名前をつけて、さも生者に接すると同じように語り掛ける老人の姿。これを見た常人は恐怖するに違いない。


 伝承と神話が人の形にこごった存在―――仮面の夜鷹にとって驚くことでもなかった。 

 100年の隠遁の無聊を慰めるための話し相手が鉛に封じられた霊魂たちであっても。

 それらの名前がディープワンの群れから救えなかった船員たちの名前であっても。

 

「夜には戻る。部下たちに『驚かせてすまない』と伝えてくれ。船長キャプテン


 ツカツカと玄関に向かう夜鷹に廊下の途中で追いついたショゴスがしゅるしゅると彼の背中を覆う。


 

(続く)



次回から探索パート。危険な結社は夜鷹の自由な探索を許すのでしょうか。

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