第21話 キングスポートに霧は煙る(2)
黄色い目の老人がふらつく足を杖で支えながら客間に入ると、夜鷹はすでにテーブルの上に並べてあった数本の奇妙な瓶に注意を向けていた。
それらの瓶の内部には小さな鉛が糸によって吊られている。
「おっと、その瓶はほっといてくれ。私の大切なものなんだ」
機嫌の悪い来客が瓶に何かするのではないかと、老人は気が気でなかった。
「俺の
静かな怒りをこめた夜鷹の言葉はテーブルと椅子以外ろくに調度のない殺風景な客間を切りつける。
老人は
「まずは私の話を聞いてくれ。そうだ、茶でも飲めば冷静に事の経緯を伝えられる。インドのいい
「お前の船に積んでいた茶ならいらんぞ」
老人は若かりし頃、イギリス東インド会社の快速帆船の船長であった。無数の水かきのある手が彼の船の舷側にへばりついたあの日までは。
「避暑に来ていたニューヨークやボストンの小金持ちのために食料品店が取り寄せとった茶葉の余りというのが気に入らんがな。味はいいんだ」
ちょっと待っとれ、と言い残してキッチンに向かった老人の背を見送るや、夜鷹は傍らの椅子に腰を下ろした。主人からしゅるりと離れたショゴスが床に這う。
お前は後輩に甘えよなあ、ウィップゥ。オイラだったらミスした奴は即行で解体しちまうがなあ。
イエローサインの
解体しすぎて、いつも
「さあ、温かいうちにやってくれ」
片手で杖をつき、もう片手で盆を掲げた老人が戻ってきた。
盆の上で陶磁器のポットとカップがカチャカチャとぶつかりつつも奇跡的に落ちない。老人の技量によるものだとすればやはり只者ではない。
注がれた紅茶から立ち昇る香気の向こうに腰を下ろした老人に夜鷹は問いただす。
「トゥルーメタルがどうなったか簡潔に話せ。俺は気が長い方ではないぞ」
十分に気が長いと思うぜぇ、とブッチャー・チャーリーがいたら茶化すだろう。
「盗まれた」
「いつだ」
「一昨日はあった。間違いない」
「
「心当たりはあるがはっきりと奴らだと言い切れん...」
「心当たりのある順に言え。その順番通りに殺していけばいつか
床に広がっているショゴスがぶるるとうごめく。
仲間に「甘い」と茶化されていてもこの非情さである。老人の体感温度は確実に下がった。
「こ、この町に巣食う古き結社だ。奴らならこの家の周りの結界をすり抜けてトゥルーメタルを盗み出すことができるだろう」
風光明媚な景色で観光客と芸術家を惹きつけてやまない港町にもカルトは存在していたのだ。
トゥルーメタルの魔術有用性を理解し、イエローサインの一員を出し抜く実力を有した集団が。
「お前に気づかれずにあの庭の結界を通れるフリークスがいるか? 結社に奉仕する純粋な人間にぶざまに出し抜かれたとしか思えん」
夜鷹でさえ足を踏み入れなかった結界である。生半可な邪神奉仕種族では通ることはできない。
指摘されたように結界が反応しない人間ならこの家に侵入は可能だ。
げんに庭に面した窓は悪ガキの投石により割られていた。
老人は首を横に振った。
「最近は仕事にあぶれた移民くずれが町に入り込んできてる。あいつらはたいてい金に困ってるから報酬をもらえればやる。しかし、それだけはない」
夜鷹の目が仮面の奥から老人を射る。続きを促している。
「何人いようが私が人間相手に後れをとると思うか、同志」
老人の黄色の眼光がこのときばかりは夜鷹の視線を押し返した。
おお、仮面の夜鷹が自ら視線をずらすとは。
やっぱり後輩に甘いよなぁ、ウィップ。
黙れ、チャーリー。
「...
「奴らは霧とともに行動する。大胆にそして巧妙にどこにでも入り込むのさ」
「霧か」
夜鷹自身も精神集中により体を非物質化して壁などを透過できる。それと似た魔術の使い手がいるとすればあり得ない話ではない。
「結社の規模は?」
「
「
「すまん。さっぱりわからん」
夜鷹は独り思案する。
トゥルーメタルを奪い合っている
海と河口の町の立地からすればクトゥルー、
雪氷の精霊イタカ・ザ・ウェンディゴの可能性もなくはない。
どれであっても、また、別の神性だとしても油断できない相手だ。
「拠点はわかるか?」
「ああ。わかる」
老人はやせ細った足でトントンと床を踏み鳴らした。
テーブルの上の紅茶がカップの中で波打つ。
「この町の
(続く)
カクヨムは久々ですが本作を覚えていてくださる方もいらして感じ入っております。
なにとぞ応援いただけると幸いです。(拝む)
今回夜鷹の回想に出てくるイエローサインの戦士ブッチャー・チャーリーは過去に投稿した 第12話 若き怪物の肖像(1)にて少しだけ絡みがあります。
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