第17話 死神は2度ベルを鳴らす(6)


 ミリアム・キャリントンは、父の手で自身に仕掛けられた残酷な仕掛けに震え、

心から信頼している使用人の明らかな異変におののき、また、山荘そのものをぐらつかせる雪風を叩きつける元凶を恐れた。

 「何がどうなって。私は一体―――」

 この場で最も理解しがたい存在が最後まで言わせなかった。

 「衝撃が来るぞ、備えろショゴス!」

 夜鷹の叫びの直後にガラス窓の上から下へ名状しがたい色のコールタール状のカーテンが降りた。何かが山荘の外側を屋根から壁づたいに覆い始めたのだ。


 次の瞬間に強烈な雪風の塊がドーンと山荘に叩きつけられる。

 頑丈な柱が軋むなか、暖炉の上の時計が床に落ち、テーブルからカップが飛ぶ。

 ミリアムの叫びは室内の騒擾にかき消される。

 「爆弾対策でショゴスを外に待機させといたが、まさかの旧支配者対策になるとはな」

 夜鷹が山荘を訪れた時からまとっていなかったトレードマークのマント―――ショゴスというクリーチャー―――は雪風の神の一撃から山荘を守り抜いくはたらきをしてみせた。

 

 片手でカウボーイハットをおさえ、もう片手でミリアムの華奢な体を支えた仮面の男は、床を転がるミズ・マーティンに声をかけた。

 「手が足りなくてすまないな。あんたか?」

 「お、お嬢様を守ってくれて感謝……するよ。フ、私は帽子以下かい……」

 「あいにくミ=ゴの手先になりかけている者に貸す手は持っていない」


 夜鷹は先刻来、老婆の額の皮下で蠢く長虫めいたものが異次元生命体ミ=ゴの外科処置による洗脳虫と見抜いていた。

 「私がに心も体も乗っ取られてしまう前にお前が来たのは、あのミ=ゴとかいうおぞましい生き物にとって不幸だったね」

 「その洗脳虫は寄生した宿主の意志抵抗を奪い、ミ=ゴの指令どおりに動くサーヴァントに変えるものだ。あんたとケヴィンは屋敷でミ=ゴに襲われ、ミリアムの脳みそを確保するように洗脳虫を植え付けられた」

 懸命に激痛に耐えつつ、老婆は首肯する。

 「あの忌々しいミ=ゴどものことだ。ボストンのミリアムを呼び戻したところで、旧支配者グレートオールドワンズ用兵器の彼女の脳をに詰めて確保する計画だったのだろう」

 異次元の科学力に通じているミ=ゴは利用価値のある人間の脳を円筒形の缶に移植して意のままに用いることを得意としている。

 「!」

 夜鷹の腕の中、ミリアムは己に降りかかる予定だった事態に身ぶるいした。

 「ミ=ゴはクトゥルーやハスターの旧支配者をレアメタル採掘の邪魔者とみて追い払いたがっているからな。この娘の脳味噌に詰まった呪文は喉から手が出るほど欲しいだろうよ」


 ミズ・マーティンの全身がビクッと震えた。

 「ミズ・マーティン!」

 ミリアムの叫びに応えるためか、老女は手足を突っ張らせて立ち上がる。先ほどまで頭痛に苦しんでいたとは思えない矍鑠かくしゃくとした動きだった。

 「そ、ソうだ。ソの女ノ首から上に用ガアるノさ」

 ノイズまじりのラジオ放送に似た聞き取りづらい声音とともに老女が夜鷹にとびかかる。

 

 ミリアムを腕に抱えたままスピンしてかわす夜鷹。そのままミリアムは安全圏へ放たれた。

 「洗脳虫に入り込まれた人間は一日と保たずに乗っ取られる。ケヴィンはそれを恐れて銃で自分の頭を撃ち抜いたんだろう。高潔な身の処し方だ」


 今再び両手を伸ばしてミリアムを奪い取ろうとする老女に対峙する夜鷹の声は、彼を知る者なら仰天しかねないものだった。

 相手に限りない尊崇に満ちたそれ。


 「キャリントン家の誇り高き召使いとして洗脳虫の精神攻撃にミズ・マーティンに最大の敬意を。俺はあなたが示した人間の強さをこの先忘れない」


 5メートル近い距離を軽やかに跳躍したミズ・マーティンだったもの。

 その細腕がミリアムの首をへし折らんとつかみかかってきたところを、夜鷹は同時に跳躍、背後に回り込んだ。

 左腕を老女の皺首に鞭が如く巻きつけ、十字交差するよう縦にした右腕の上腕部をガッチリつかむ。右掌は獲物の蠢く額に張り付き、一気に体を半回転させ捩じりあげた。

 グォキィッ―――頸椎が破砕される音。


 枯れ木のように倒れていくミズ・マーティン。

 ミ=ゴの支配から解放されたその口からかすかな吐息とともに


 お嬢様を―――


 とだけ聞こえた。


 「ここまで人間の凄さを見せつけられたら逆らえないな。あなたの主人を守ることを誓おう」


 邪神も人間も等しくあざ笑う皮肉屋ウィップアーウィルに譲歩させた数少ないケースとして事件簿に記載されることだろう。


 

(1話延びて次回完結です)

 


 

 

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