第17話 死神は2度ベルを鳴らす(5)
「お父様が……」
魔術師で
旧支配者を封じる呪文を秘密裏に娘に植えつけ
取り出せば死ぬことを承知で、
「事実だ」
呆然自失のミリアムを気遣うどころか、残酷な追い打ちをかける一言。
連続する轟音がリビングを震わせた。
ソファの革が弾け飛び、スプリングが露出する。
テーブル上にあった銃を取り上げ夜鷹に撃ち込んだ俊敏さは老婆のそれではない。
「主人と客の会話を弾丸で打ち切るか。いや、物騒なやり方は感心せんが、主人を守るためなら結構なことだ」
窓辺に立つ仮面の男の咄嗟の身ごなしもまた常人離れしていた。ガラスに映る相手を見ながら、この婆さんならやりかねんといった物言い。
「魔術師の父親も
老召使いは拳銃を取り落とし、その場にひざまずいた。汗の珠が浮いたしわだらけの額を片手で押さえる。
「ミズ・マーティンっ」
両肩を支えようとしたミリアムをもう片方の手で押しとどめ、
「ウィップアーウィル、私はもう限界だ。わかるね、この意味が」
と老女は喘鳴とともに振り絞って言った。
夜鷹はミズ・マーティンを数秒見つめた。なにかを確かめるように。
「ああ。あんたはよくやったと思う」
彼の口調が明らかに変わった。
先ほどまでの不遜な態度はとは真逆の、謹厳、いや驚くべきことに召使いへの尊敬すら感じ取れるではないか。
「お嬢様。お、お願いがございます。頭が痛むのです。私のベッドサイドのひ、
「すぐに持ってくるわ。待ってて」
自身に降りかかったショックに耐え、家族同然の老女の苦しみを解くべく健気な娘は走り去った。
「あとどれくらい話せる?」
夜鷹は問うた。ミリアムが戻る前に恐ろしいことを話さなくてはならないのだ。
「3分と少しってところさ。早くおし」
痛む額を指で揉むミズ・マーティン。
夜鷹は床に落ちた自動拳銃を拾い、再び窓辺に身を寄せる。
窓外で吹き荒れる雪風の音とは明らかに違う異国の詠唱は少し前から夜鷹の耳に届いていた。その意味するところを2人は知っている。
夜鷹は窓を開け放つや、白灰色の雪片が舞う夜闇の奥に向かって銃を3発発射した。
サクッと雪の布団にめりこむ音が3回。詠唱は途絶えた。
用事は終わったと窓を閉じる。
「トゥチョトゥチョ人どもめ、鉛弾で楽に死なせてやったことを感謝しろよ。
しかし、あの詠唱は―――旧神の印を恐れぬ北風の王を
「私の残り時間が尽きるのが先か、あれがこの山荘を叩き潰すのが先か。どちらにしてもミリアムお嬢様にとって惨たらしい未来しかないようね」
ミズ・マーティンの額が独立した器官のように震え始めている。
「ジョン・キャリントンが南洋に消えた後に家を継いだ息子ケヴィンは、父と自身の調査研究の集大成として、
「旦那様は、人間の脳は地球上で最も優秀な記録媒体だと仰っていた」
「そう、わずか1300グラム程度の細胞の塊が呪文書に最適だった。問題はその呪文書に誰の脳を用いるか」
「……知っていたわ。毎晩、幼いお嬢様に寝る前のお話と称して、得体のしれない
「刷り込みには数年かかったそうだな。敵と同じ魔導の力で旧支配者に対抗するべく外道の魔術師の道を選んだケヴィンだが、そんな彼にとっても、自らの手で愛娘を旧支配者用兵器にリ・メイクし続けるのは想像を絶する苦悶の日々だったろう」
その狂気の道の終点が拳銃自殺だったのか、それは誰にもわからない。
「長きにわたる魔導の探求の末、精神をすり減らしたケヴィンはいつか訪れる破滅の後、
「先代様は間違っていた!」
ミズ・マーティンの額の下を何か長虫のようなものが這いずる。
夜鷹の目にかすかな悲しみの光が灯る。
「ふむ。今話しているミズ・マーティンは俺がよく知る忠実な召使いで、ミリアムの保護者として誰よりも相応しい―――」
悲しみは消え、決意の光に変わる。
「しかし、時間切れになった後のあんたは最も相応しくないな。そうなったら一切の慈悲はない」
ガタン
夜鷹はそうなることをわかっていた。
自分とミズ・マーティンの会話をミリアムが聞いてしまうことを。
まだミズ・マーティンでいる老婆もそれは覚悟していたかもしれない。
「私……」
「お嬢様」
「ミリアム、知ったなら覚悟を決めろ。お前はもうそうなってしまった。そしてお前の召使いももうすぐいなくなる」
ミリアムは薬とカップを床に置き、震えるからだを自らの両腕できつく抱きしめた。
そのとき、雪風が一層強さを増した。
何者かが意図的に山荘に集中するよう風向きを変えたと思うほどの破壊的な衝撃が叩き付けられ、屋根、壁が大きく軋む。
「トゥチョトゥチョ人の召喚した
10,000メートルの上空から氷風の神性が山荘をめがけて舞い降りるまであとわずか。
(続く。2017年もよろしくお願いします。)
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