第17話 死神は2度ベルを鳴らす(4)
今回触れているジョン・キャリントン博士の運命については第16話「エンディングの後で」で語られております。
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幼少時、父に聞かされたのは、仮面の夜鷹がキャリントン家の当主とともに邪教の信徒たちを幾度も打ち破った冒険譚。
ミリアムにとって最も印象に残るおとぎ話。彼はまぎれもなく憧れのヒーローだった。
その彼が唐突に現れて、自分の魂を刈り取りに来たと告げた。
キャリントン家最後のひとりとなったミリアムは返す言葉を失ってしまった。
「怖いか?ミリアム・キャリントン」
死神は窓外の闇に目を向けたまま問う。ガラスの向こうで雪が風に舞い狂う。
「無駄とわかっててもその拳銃を撃つもよし、外に逃げ出し雪になぶられて死ぬもよし。たどる運命は変えられない」
無意識に自動拳銃を握りしめていた。
おとぎ話のヒーロー―――小娘が勝手に創り上げた幻像。
人類以前から存在する超越存在―――神と呼ぶべきもの―――と渡り合ってきた仮面の男は、自分が想像する以上に冷淡で、自分が想像する以上にいかれてる。
「冷淡でクレイジー。否定はしない。ただ、君の想像よりほんの少しだけ余裕をもっている。今すぐ君の生を終わらせる気はない。コーヒーブレイクの間に話をしよう。覚悟を決めてもらうのはそのあとでいい」
祖父と父はまともな死に方をしなかった。警察も匙を投げた母の轢き逃げ死亡事故も父の敵対していた集団の仕業かもしれない。
キャリントンの血統で自分だけがそうならないなんて誰が言えるだろう。
「君の祖父ジョン・キャリントン博士とは
祖父ジョン・キャリントン博士はミリアムが生まれる十数年前に消息不明となったため、彼女は直接祖父を知らない。父の書斎にあった祖父の日記を読むことで、その波乱の人生を知ってはいたが。
「祖父の最期についてご存じのことがあったら教えていただけませんか」
還らなかった調査旅行の出発前日で終わっている1925年2月の頁。
南太平洋の島に潜む邪教と対決する決意、そして現地で合流するウィップアーウィル―――おそらく当時と変わらぬ姿で目の前に座っている男―――への強い信頼で締めくくられていたピリオドの後を。
「祖父とあなたは南太平洋で会っているはずです」
夜鷹は初めて見せる厳粛な表情を彼女に向けた。
「彼の最期の瞬間には立ち会えなかった。邪教の祭壇を破壊した後、船上で別れたきりだ。おそらくクトゥルーの手の者に復讐されたのだろう。彼らの遺体はおろか船の残骸ひとつ見つかってない」
「あなただけが難を逃れたと?」
「ジョン・キャリントンは敵ではなかったが仲間でもない。共通の目的を果たせば早々に立ち去るのみだ」
「クトゥルーは海に住まう奉仕種族を統べる存在です。その敵のテリトリーの真っただ中で祖父の船が襲われる可能性を考慮できませんでしたか?せめて、せめて陸に寄港するまで同行していただいてたら―――」
「君が生まれる前のことに対して興味を持つのは勝手だが、過ぎた歴史に触るのは無意味だ。彼が勇敢な戦士として海に沈んだのか、恐怖に屈した奴隷として死んだのか全く興味がない。
どんな死に方だったにせよ、それは俺たちの世界ではよくある終わり方だ」
一方的で冷たい断定は、ミリアムの反論も否定も許さないものだった。
風向きが変わり、雪まじりの風が窓ガラスに当たり始める。
人のかたちをしたなにか別のもの。
同じ言葉で会話はできても、その苛烈すぎる価値観は定命あるもののそれと隔絶している。
かつて彼と言葉をかわした先人たちも同様に感じたであろう薄ら寒さがミリアムを抱擁する。
「冷淡でクレイジー。そして
そこへミズ・マーティンが銀の盆を持って入ってきた。
夜鷹がオーダーした
続いて若き主人の紅茶を淹れ直す。
夜鷹はコーヒーカップを手にし、立ち昇る香気を堪能してから傾けた。
「ケヴィン・キャリントンが家を継いだ頃にもこれを淹れてもらったな。鼻と舌が思い出させてくれた。時代は変わったがあんたの淹れる味は変わらない」
この山荘を訪れて以降、初めて夜鷹の表情に人間らしい感情が浮かぶ。それは懐旧。
「毒を混ぜたかったけど切らしててね」
表情ひとつ変えず憎まれ口を叩く召使い。
それを叱るべきか躊躇した結果、流したミリアム。
再び窓の外を一瞥し、視線を厳しくする夜鷹。
雪風の鋭い音と暖炉の薪がはぜる音が交差する。
「そろそろ時間らしい。俺の用向きだが―――」
ミリアムの魂を奪うこと。
「あなたにご足労いただくほど私の命に高い価値があるのでしょうか」
夜鷹という名の死神が来ずとも、いずれ死ぬ覚悟はできていた。
このまま山荘に籠もり続けていてもいずれ精神は限界を迎える。
父と同じように拳銃で頭を撃ち抜くか、外に飛び出て奴らに殺されるかのところに、ひとつ選択肢が増えただけのこと。
できれば―――苦しまずに逝きたい。
「君の命というか、君の脳にとんでもない価値があるのだ」
ミリアムは目を丸くした。
「脳……?」
ボストンの平凡な大学生の脳に何の特筆事項があるというのか。
「そうだ。君の脳には
その脳が彼の言っていることを理解できないでいた。
「しかし、俺が来たからには安心してくれ。君の脳から呪文をアウトプットする。その呪文は旧支配者を狩る切り札になるかもしれない。君はたぶん死ぬだろうが最小限の犠牲だ」
やはり言っていることを理解できない。理解できないが―――
彼はまともじゃない。
その日最大の衝撃は次に来た。
「君の脳に呪文を隠したのはケヴィン。魔術師だった君の父親だ。彼の死後に
突き出された羊皮紙には見慣れた父の筆跡。
「俺さ」
(続く)
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