第17話 死神は2度ベルを鳴らす(3)


 ミズ・マーティンの人生はキャリントン家への奉公に捧げられてきた。

 先々代のジョン、先代のケヴィンに仕えることは、主人たちが邪神と呼ばれる超越存在を復活させようとする集団と繰り広げてきた暗闘を否が応でも知ることを意味する。

 文化調査という名目の旅から戻るたび、拭いようがない疲労と強靭な精神力の摩耗に悩まされる主人たち。

 誰もいないはずの書斎から漏れ聞こえる異国の言葉による詠唱。

 屋敷を監視するかのようにたたずむ不気味な人影。

 ミズ・マーティンの目は、キャリントン家に降り積もる忌まわしい灰が少しずつ一族を圧し潰す様をつぶさに映してきた。


 そして、今また。

 3代目の主人ミリアムも禍々しい邪神教徒につけ狙われ、終わることのない籠城を余儀なくされている。

 いや―――事態を変える力をもつ死神が訪れた。魂を奪い去る凶鳥ウィップアーウィルが。


 ミズ・マーティンの額が疼く。

 自分の孫といってもとおる若さの女主人の運命を変えに来た死神への嫌悪と、自らがなさねばならぬつとめの重さで。


 「お嬢様から離れるんだよ」

 突き付けた銃口をと横に振る。

 「あんた、まだ現役だったとはな」

 ミズ・マーティンの要求に耳を貸さない夜鷹。

 「私以外の使用人は2年もたずに逃げ出したさ。どんなにお給金がよくても命には代えられないと言い捨てて」

 キャリントン家を取り巻く怪異に長く耐えてきたのは彼女ひとり。

 その誇りが枯れ木のような細腕に、重い銃を抱える力を付与エンチャントしている。

 「お前のせいで先々代の旦那様ジョン・キャリトンは亡くなった!お前のせいで先代の旦那様ケヴィン・キャリントンは―――」

 「ミズ・マーティン!あなた一体何を言っているの?」

 ミリアムが夜鷹と銃口の間に立ちはだかる。

 「お嬢様、その男はキャリントン家にまとわりつく厄病神でございます。その男は旦那様方の高潔なお志を利用して死に追いやったのですよ!今すぐ撃ち殺してやりたいのですよ!」

 唾を飛ばして激昂する使用人の姿にミリアムは困惑するばかり。

 

 ミズ・マーティンの額が疼く。

 「お嬢様、今すぐ奥の部屋へ行って耳と目をふさいでください。後片付けはしっかり済ませます」

 「いけないわ、ミズ・マーティン。まず落ち着くのよ」

 ミリアムは背後から両肩をおさえられて横にどかされた。

 仮面の夜鷹は銃口をものともせず歩き始めた。

 ミズ・マーティンが引き金をひく前に、夜鷹の胸が銃口に触れ、

 そのまま一歩進むごとに、銃口、照星サイト銃身バレルが背中から生えて―――ついに先台や機関部までが現れたとき、ミズ・マーティンはショットガンから慌てて手を離した。

 あと1秒遅ければ、引き金と用心金まで夜鷹の体に吸い込まれていただろう。引き金にかかっていた彼女の細い指もろとも。

 

 支える手を失ったショットガンは自重と重力に従い、夜鷹の体を貫いたまま縦に落ち始め―――次の瞬間には長手袋をはめた彼の手にしっかりと握られていた。 

 前から見ていたミズ・マーティン、横から見ていたミリアムともに何が起こったのか認識することはかなわなかった。

 「暴発したらどうするんだ」

 こともなげに言った夜鷹はショットガンをミズ・マーティンに返す。

 「い、今のなに……?」

 ミリアムの放った問いかけは山荘の冷えきった玄関間に漂う。

 「銃も頑丈な玄関扉も俺の足を止めることはできん。それでも一応呼び鈴を鳴らしたのはマナーってやつだ」

 呆然と立ちすくむ主従を残して、来訪者は堂々と暖炉のあるリビングへ入っていった。


 リビングに戻ったミズ・マーティンを従えたミリアムは、革張りのソファに思い切り背を預けた夜鷹に迎えられる形になった。

 「ミリアム、あまり長居している時間はないんだ。そこへ座ってくれ」

 自分が山荘の主人だと言わんばかりに大仰なジェスチュアで対面といめんのソファを示す。

 続けて悄然としている使用人に対しては

 「うまいブランデーコーヒーを。生クリームは要らんぞ。それでさっきの無礼は忘れよう」

と横柄に命じた。

 「葡萄産コニャック林檎産カルバドスがありますが?」

 殺そうとした相手にわざわざブランデーの好みを聞く召使も相当だ。

 「コニャックとコーヒーロイヤルコーヒーだ。くれぐれも生クリームは入れてくれるなよ」


 小さな靴音がキッチンに消えていくや、ミリアムは夜鷹を真正面から見つめて尋ねた。

 「ミスタ・ウィップアーウィル、父の遺書に書かれていた通りにあなたがここを訪れた理由をお聞かせください」

 夜鷹はミリアムの視線をはずすように首を窓外に巡らせて

 「死神と書かれた者の役割は決まっている。君の魂を刈り取りに来た」 

とこともなげに告げるのであった。


 窓の外は青黒い闇に染まる。人生最後の夜が山荘を包もうとしていた。


(続く)

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