第2話

「俺の家は……都内だったよな……。」

一歩踏み出しただけでわかった、ここは俺の知っている世界ではない。

5年前の記憶になるが、俺の家の目の前にあったマンションも、近所にあったコンビニも、全て朽ちていた。それに加えて、誰も人が歩いていない。いわゆる漫画やアニメにでてくる荒廃した世界という突拍子もない言葉がピッタリな情景だった。

一週間前までテレビも普通にやっていたし、インターネットだってできた。配達だって普通に来ていたんだ、一週間でここまで世界が変わるということは普通ならありえない。

……状況は全く飲み込めていなかったが、腹が減っていたので食べ物を探しに行くしかない、そう思い歩き出した。


「何もない…。」

ついそんな言葉が漏れてしまった。

3時間ほど歩き回り、お店だったと思われる建物や、誰かの家であったと思われる建物にも入ってみたが何も無かった。

非常にまずい状況だ。こんな世界になっている理由もわからず、街には誰もいない、そのうえ食料もない。…と、なると待ち受けるのは死しかない。

これがゲームなら俺は世界の救世主か何かで、そろそろ美少女なんかが現れて一緒に世界を救いましょう、な〜んていいだす頃なんだけどなぁ…なんて都合のいい妄想をしながら夕日の落ちる茜色の空を見上げる。わかっている、5年間引きこもっていたって流石に現実と理想をごっちゃにしたりはしないさ。

……空腹のせいだろうか、泣きそうになってきた。

……このまま寝てしまえば楽になるんじゃないだろうか、そうだ、寝てしまおう。どうせこんな世界、滅ぶのを望んでたんだ。

はぁ、何も残せない人生だったなぁ…。




「だ……じょ……」

何処かから声が聞こえてくる、どうやら本当に終わりの時がやってきたようだ。死後の世界って本当にあったんだね。天使の声だろうか、はたまた地獄の門番の声だろうか。幸せなあの世ライフだといいなぁ……。


バシッ


激しい音が俺を眠りから覚まさせる。こんな痛い思いをすると言うことは俺は地獄に来てしまったということだろうか。そんな不安を抱きながら目を開いた。

目の前にはまだ沈みきっていない夕日が茜色に染める空が広がっていた。


あぁ、結局、俺はまだ生きていかなくてはいけないのか、なんて考えていると、横から透き通った声が聞こえてきた。

「大丈夫ですか!?」

振り向いた先には色白で目が人形のように大きく整った顔の可愛らしい少女が座っていた。

「お、おう…。」

この世界にも人がいたのか…。

「死にそうな顔をして寝ていたから心配になっちゃって起こそうとして……すみません……。」

地獄なんてとんでもない、叩き起こしてくれたのは天使のような少女だった。

本当に死のうとしていたなんて言える訳も無く、引きつった作り笑いを見せる。

「あ、いやいや、こちらこそ、助けてもらってありがとう……。」

妙な沈黙が2人を包む、どうやらこの少女もいわゆるコミュ障のようだ、ここは俺から話しかけよう。

「「あ、あの!」」

……なんてこった、息ピッタリじゃないか、なんて、良い年した大人が照れていると先に少女が切り出してきた。

「あの、ここが何処かわかりますか……?」

そうだ、忘れかけていたがここは普通の世界ではないのだ。

「いや、俺は何も知らない、ただ家から出てきたら世界が急に変わっていた。君は?」

「私も全く同じです、いったいどうなっているんでしょうか……。」

「そっか……。」

正直少女が何か知っているのではないかと期待していたのだが……。

「あ!自己紹介がまだでしたね!私は未来っていいます!16歳です!」

「俺は子守純、25歳、宜しくね。」

そういうと少女は急に驚いた顔をした。長年引きこもっていたせいで自己紹介の仕方でも間違えただろうか、正直自信がない。

「……子守って、苗字……ですか?」

苗字で驚かれたのは初めてだ。

そんなに珍しくも無いと思うのだが。

「あの、私には、名字という物はないんです。名字が存在したのは西暦2030年までですから。……純さん、何年生まれですか?」

……おっと、脳のキャパオーバーだぜ。とんでもない電波少女だ、と、いつもならシカトするところだろうが、状況が状況だけに信じざるをえない。

「俺は、西暦1990年生まれで西暦2015に生きていた。未来ちゃんは?」

「私は……西暦2035年生まれです。西暦2051年に生きていました。」

「まじかよ……。」

人がいて少し安心しかけていたが、より複雑怪奇な状況だとなると、これはもう本当に死んだ方が楽だったかもしれない。

「とりあえず、夏とはいえ夜は冷えますし、どこか中に入りませんか?お腹も空いてきましたし……。」

そうだ、俺はもう5日間もまともに食べ物を食べていない、思い出すとより腹が減ってきて、腹の音がなりそうだ。


グゥ〜


「い、急いで食べ物を探しましょうね…。」

赤面する俺をそんな哀れな子犬を見るような目で見ないでくれ。

「そ、そうしましょう……。」

まだ黒に染まりきっていない群青色の空の下で、俺と少女は歩き出した。

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毀れる世界と君の声 @sunshine884

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