四話・少年が受けた痛み


 クリスティアンの視線の先にある画面越しで、若い青年二人が喋っているようだった。


 その片方は彼が唯一知っている研究員で、いつも連絡を入れてくる役目を担う青年だ。


 クリスティアンはすぐにその事に気がついて、大急ぎで頬を濡らした水滴を拭き彼の声を聞こうと、マイクの音量を上げてしまった。

 青年は同僚の男と一枚の薄いタブレット端末を見ながら話しをしている。


 音声はノイズが酷かったものの、何とかクリスティアンの耳に聞こえてきた。




『------今回の戦闘機---もなかなかだ---』


『だが---翡翠の奴ら---屈服させるには、至らな---かった---だろ?』


『そうだが---なに……また「あれ」に強力な---を作らせればいい---』


『「あれ」って…天才少年の-----か?』


(少年……僕のこと?いや、他の人?)


 クリスティアンが更に耳を傾ける中で、青年のあざけりが彼の頭に響いた。


『あれを---人扱いする必要ある---か?「人助けのため〜」---信じる---ただのガキ------』


『まぁ、そうだな---自分が設計した兵器---戦争---使われている、知っ---ら、逃げ---か?』


『---どこに逃げ場---あんだよ。今より---強固なとこ---入れられるだけ-----』


『---酷い皮肉だよな---「あれ」のか------は---』


 クリスティアンは自分の感覚を『仕事』上ではかなり頼りにしている。むしろ彼の自我を構成するものがそれだった。


 けれど、今だけは自分の感覚を信じたくは無かった。


「………へいき」


「……せんそう」


「……"あれ"……?」


 クリスティアンに与えられる書物には必ずと言っていいほどそれに近い言葉が載っていた。そして、それらが書物に出てくる「命」というものを奪うのだと理解している。


 彼は神でも、ましてや悪魔でも無い。

 ただ同族からすれば、そう呼称せざるをえない頭脳を持っているだけの独りぼっちの子どもだった。




 今の混乱しきった頭では、自分が床に倒れ込まずに耐えていることと、それを理解するのが精一杯だ。

 それ以外に気付けたことはただ一つ。

 ゆっくりと、着実に、自分が殻に閉じこもって行くこと。


 ——周りがどんどん見えなくなった。


 ——音が、遠ざかってるみたいだった。


 ——周りを、どんどん塗りつぶされてる気分で、クリスティアンは踞った。




 ……だから彼は、とある視線に気がつこうともしなかった。





 時を同じくして、一人の女性は暗闇の中で語りだしていた。

 誰にむけてというのでは無く。


「昔々のこと、一人の写真家がいましたわ。

 彼の故郷はとても山奥にあって、外に出る人は少なかったの。

 だから彼は、故郷の人に自分たちが住む美しい世界を見せようと、写真を撮りに旅に出た。

 けれど、彼が故郷に帰った時には、

 その故郷は戦争で跡形も無く消えてしまっていたわ」


 大げさに肩をすくめ、彼女は話を続ける。


「……いえ、爆風にさらされた遺体や、崩壊した瓦礫がれきに銃創が残る彼の母家おもやなら、消えずにに残されていましたけれどね。

 彼の愛した人々、透き通って光を反射する川、金色の麦が広がる畑、子どもの笑い声が満ちていた……そして夜になると小さく明かりのともる家々はたしかに、跡形も無く消えてしまいましたわ。

 そこでようやく気がついたの。

 彼は、自分の愛する故郷の写真を一枚もとっていないと。

 いつだって、見ようと思えば見れたから……ですって。

 彼は見つけられた限りの遺体を共同墓地まで何往復も、何往復も繰り返して泣きながら埋葬したの」


 ああ悲しいと言わんばかりに首を振ると、彼女はゆったりした動作で


「そして結局、彼は大戦争の最中にと呼ばれる軍団に分けられ、自分の愛する物を全て奪った武器を手にして、命を奪う側になってしまったの。

 けれど戦場に行く前に彼は、今までに撮った写真を保存していた写真集に必死で書き足したわ。

 この景色が、人々が、この後どうなってしまったのか。

 自分の故郷は理想郷は、確かにこんな世界に存在したのだと——自分で信じられるように」


 自らの創造主について語り終えて、彼女の視線は再び部屋の中でうずくまろうとしているクリスティアンに向かう。


「つい最近のこと、一人の女性研究員がとある少年を哀れに思って、彼に送る食料や資料に物語の本を混ぜていましたの。

 結果? ふふ、少年に僅かばかりの自我を作らせることに成功しましたわ。

 彼は、そして彼女は間違ってのかしら?

 浅はかだったのかしら?

 ……今私の前に、その一人の少年がおりますわ。

 彼は、力を持ちすぎてせいで大人に保護され、なおかつ学ぶべき世界を間違えていることに気がつかず、ここまで来てしまいましたの。

 ああ、愚かだこと。

 だけど……とても人間らしいこと。そうは思いません?

 さてさて、



裁きを求める御子に、方法という名の鉄槌を


この私めが与えましょうか」



 彼女は、命を奪った人間が心を閉ざして逃げることを許さなかった。


 なぜなら彼女の創造主は己の罪に向かい合った人間だから。

 全ての人がそうであるべきだと思い、少年に今残酷な真実を知らしめようとしている。








※この作品はフィクションです。

犯罪行為または犯罪につながる行為を容認及び推奨するものではありません。




【未完】


この作品は作者の都合によりまだ未完成ですが、続きの更新の目処はたっていません。


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呪月の罪人は檻の中 蓮沼 雫 @Shizuku

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