第4面

習慣というのは怖いもので目が覚めたのは日が昇り始めた時間。


一人きりだったため、この時間に起きるのはナイトからしたら《普通》であったのだがこの街は遅起きらしい。


あんなにうるさかった大通りは静まり返り、かすかながら鳥の声まで聞こえてきている。

外に出てみると、昨日よりは幾分か空気が澄んでいるような気がして少し安心した。


まるで、異世界にでも来てしまったような気がしていたのでパルソーとの共通点を見つけられたかのように感じた。


お金は先払いしてあるので荷物を持ってふらふらと街を歩いた。

どこの店も閉まっていたけれど、見ているだけで退屈しのぎにでもなる光景だ。

何もかもが新鮮で物珍しい。


整備されている池までくると、近くにおいてあるベンチに座る。


池越しに見える、自分の容姿を見て頬に手をやる。

似てたかな、僕とファントは。

嫌なことを思い出してしまいそうになり慌てて頬を両手でパンパンと叩いた。


バッグから分厚い本を取り出す。

年季の入った本で、昔から家に在ったものだ。

何回も読み直した。


内容は至極単純なファンタジー。

主人公が、聖の力を手に入れて邪の力を操る大魔王に戦いを挑む話だ。


よくある話なのに、その物語はグッと胸を締め付ける何かがあった。


多分それは、心理描写の細かさや、聖の力を手に入れるまでの葛藤といった場面からであろう。


邪の力、そしてその恐怖から生まれる内乱によって主人公はたくさんの大切な人を失っていく。


その過程から生まれてくる邪の力への憎しみから悪鬼のようになってしまった主人公が聖の力を手に入れるのは困難であり、何をすべきなのかという結論を出し、その資格を手に入れるまでには長い年月と多大な苦労、壮絶な犠牲を要した。


最初から最後まで読み切るためにどれほどの涙を流したか。


最初から最後まで読み切るたびにどれほどの力をもらったか。


ナイトにとってこの本こそが《聖》なのであるといっても過言ではないくらい愛着のあるものだった。


題名は『聖アルカリアの命』


【誰かに恨みを持っていてその人を殺したとする。殺された人には本当ならもっともっと時間があったはずだ。誰かを救ってやれる時間があったはずだ。生きたいと乞いながらも死に逝く友を見てきた。彼らはどうして死ななければならなかったのか。今でもわからない。自分のような人間が何人もいて、殺した人しか理由を知らない。理不尽さ、やりきれなさ、悲しみ。それらは争いしか生まない。悪意は、残忍な大量虐殺を生むものである】


作中に出てくるアルカリアのセリフだ。


悪意というものはひどく愚かなものであること。

気が遠くなるほど先のことを考えてみると悪意に乗せられて起こした言動は争いしか生まない、と若かりしアルカリアは述べている。 


憔悴しきったアルカリアの話す言葉はどれも納得させられるものであり一つ一つの言葉の意味をゆっくりとかみ砕きながら読んだものだ。


はさんであった栞のページを開くと背を向けた勇者の姿があった。


懐かしいような悲しいような複雑な気持ちがこみ上げてくる。


【俺が、やるべきことは…。そうか、そうなのか】


アルカリアが全知をつかさどる女性パウルアネのもとに訪れた場面。

この意味深なシーンの謎はまだ解けていない。


何度読んでもわからないのだ、アルカリアは何を思ったのか。

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道化師の世界 赤羽 李兎 @liar-riri8

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