第3面
さすが、というべきか。
地方の過疎化と引き換えに発展したこの都市には有り余るほどの宿屋があった。
目的地はカウティアン中心部にある王立情報図書館。
一日借りた部屋の中で、此処までくる道中で手に入れたマップを広げる。
パンフレットには周辺一帯の絵地図しか載っていなかったので正直手詰まりになっていたのだ。
故郷、パルソーは遠すぎて記載されていなかったが、カウティアン全域は事細かに載っていた。
此処から王立情報図書館付近へ向かうためには、しばらく歩いた先のバス停に停まるバスに乗り込むのが一番だ。
時刻表もセットだったので、それで明日の時間を確認する。
手紙が送られてからもう8日目。
あと2日でファントに会える。
5年会っていない双子の兄はどんなふうになっているのか。
自分はどうみられるのだろうか。
5年前は確実に、頼り頼られ信頼し信頼されていたはずなのに。
無気力に過ごし、何の変化も得られなかった自分にとって近しい人の変化は恐怖であった。
ただ、ファントに伝えなければならないことがある。
5年間、連絡のつかなかった彼は知っているのであろうか。
行こうと思えば、行くことができた大都市に足を動かさなかったのは人間の恐ろしさを知ってしまったから。
怖い、人込みを歩く中それだけが心を支配した。
それでもナイトが進めているのは《この役目は自分しか果たせない》という強い使命感であった。
歩き続ける毎日から外れて、むしろ眠っている時間のほうが長かったはずなのに、やけに体が重い。
慣れない場所に一人でいるのは想像以上に疲れることのようだ。
故郷、パルソーとは違いバスは頻繁に停まるようだった。
早くに起きなければ一日の主食を失ってしまう生活を送っていたナイトにとっては奇妙に感じられる話だが此処では時間を気にしなくても食べ物は手に入れられるし目的地にたどり着ける。
ふとベッドに横になる。
近づいている証拠というべきか、この頃よく昔のことを思い出す。
【ファント君は、優秀であります】
【えぇ、それで?あなたは何を言いたいのかしら】
ある日、突然に来訪してきた男がいた。
誇らしげに胸を張る兄と、怪訝そうに告げる母、黙って見守る父、そしてそれらを窓の外から興味なさげに見る自分。
【私共は、ぜひファント君をこちらへ迎え入れたいと考えております】
【…お断りします】
驚いて母を見る兄、男をキッとにらみつける母、険しげな表情の父。
鮮明に覚えているのに、自分の言動についてはあまり記憶がなかった。
意味を理解していなかったのか、それとも…知らなくてもいいと《興味を持たなかった》のか。
僕はその異常な状況で何を尋ねることもなかった。
それから、家族は静かなる変化を遂げていっていたのかもしれない。
「ねえ、ファント。あの時、君らはあの男と何を決めていたの?」
あの場で起こった話し合いがすべての始まりではなかったの?
考えることが億劫になってきて明かりを消して目をつむった。
外からは、ガヤガヤと騒音が聞こえる。
窓からは、曇ってはいないはずなのに星が見えないし、妙に明るい。
いつもは絶対にしないけどカーテンを閉めた。
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