ひみこ2085年//19_次世代/今上陛下

 

 ◆2887秒経過



 『ひみこ』第一艦橋

 「那覇に待機中の『せんかく』に打電、“5m級”3個の回収に全力を尽くせと。」

 「了解」

 「まさか1m級の破片に、あの変態ジジイのいっていた独立モジュールがひっついているとは思えないけど。」

 「全着弾破片の仔細は妥協せず把握するよう徹底させます。」

 「よろしく頼むわ、お八重…」

 艦長は、自分より10cm以上背の高い副艦長の手を、ほんのわずかの間、軽く両手で握りしめた。

 10歳以上も歳上の副官はその意味を受け止める。

 女ばかりの職場で10歳以上も歳下の上官がやりやすい訳がなかった、はずだが、その常識を革新させるところに、希望の地平を見いだすのが古来より語られてきた開拓者の使命だろう。

 ここでは、それは嘘ではなく存在していた。

 まもなく『ひみこ』は大気圏内降下を始める。


 進入航路はJ-5778RT-OIIUJY、対気降下速度は1.34km/s。


 「艦長、皇居からホットラインです。」


 艦長は背筋をのばして、『(菊の御紋…live)』の表示の後に姿を現すお姿に心を準備した。


 今上陛下。

 短く刈り上げた髪に白い肌。

 白のツーピース姿に穏やかな笑顔をたたえている。

 おだやかな皺を刻んだ御尊顔には、守るべきものがあるという使命感の共有を、自然な形で促すことを為さしめる日本特有の解析不可を相場とした優しい魅力をたたえていた。


 『ごくろうさまです、またこれで、国民と地球の人々の幸せを祈る事ができます、本当にありがとうございます。』

 「お上、いえ…」

 『ただ一つの事のために、皆に犠牲を強いる独善を許してはなりません。』


 やんごとない方よりの通信を受ける艦長を見守る艦橋詰め士官の表情も一様に固い。

 が、ミッションは一段落した。

 次は必ずあるが、それはその時に考えればよい。


 『みなさまも、まことにおつかれさまでございました。』


 副艦長

 「とんでもございません。もったいないお言葉でございます。」

 『明日にそなえて、ゆっくりと休んでください。』

 「ありがとうございます。」




 ◆2887秒経過



 艦長は第二艦橋頂部外の展望台へ出た。

 第二艦橋は『ひみこ艦体』ほぼ中央部の、深宇宙感知器集合区画頂部にある。


 ただ今の『ひみこ』対気降下速度78km/h、対地表高度2470m。


 ゆっくりと降下中の『ひみこ』に続いて『いざなぎ2090』『たかみむすび』が続く。

 『いざなぎ2090』は豊洲の浮きドックへむけて、わずかに艦首を傾けた。

 艦長の手首に、友人でもある美人内閣総理大臣の顔が浮かび上がった。


 『お疲れ、姫、来週、赤坂見附で呑みましょ、白石さんの報告、あるんでしょ。』

 「そうね、お上にご報告してから日取り、決めましょうか。」

 『そうしましょ、あたしも予算委員会の予定、きっちきちだし。』


 『たかみむすび』は木更津の基地へむけて、大きく回頭した。

 大気圏内規格に切り替わった航法灯の明滅が遠ざかる。


 『ひみこ』は横須賀への帰投コースに乗った。


 『ひみこ』艦首の量子縮退演算誘導弾の砲口には最大10m近い断裂が入っていた。

 高機動反動バーニヤノズルのシャッターは、左舷側で4カ所、右舷側で10カ所が閉鎖できなくなっている。実質使用不可状態だ。


 第一副砲、第三主砲、オーバーヒートにより使用不可。

 艦内気密破断区画12カ所。

 速射荷電粒子砲12基のうちオーバーヒートにより9基使用不可。

 速射対空レーザー砲52基のうちオーバーヒートにより35基使用不可。

 無機知性体尊厳機能損壊停止_戦死扱い:白石祐輔三尉(ソシオンドロイド)

 艦載機:損失1/被弾3


 “ひみこ”が、艦長の左手首に現れて、ぺこっとお辞儀をした。


 『本艦はまもなく着水いたします、みなさまお疲れさまでございました。』

 『ただ今の時刻日本標準時2085年6月19日09:15、着水座標点は東経139゜10'北緯34゜』

 『着水予定地点は、房総半島洲崎沖、約9.5kmの地点でございます。』





 ◆3281秒経過




 朝日の東京湾。

 はるかに横浜の遠景を望む。

 艦の後方には梅雨の雨雲の切れ目から朝日が覗いていた。


 た、た、た…猫が展望台へあがってきた。


 「あらぁ、柴助ちゃん」


 自分用(猫用)サイズの制服ベレー帽をかぶった(ピン止めしてある)人工知能アンドロイドキャットは、艦長のふくらはぎに自分の頭をすりっとこすりつけると、人間の言葉で艦長を労った。

 「ごろごろごろごろ…お疲れさんだにゃぁ。」

 艦長は、見かけは全く普通の大きな猫をだっこして、万歳をするように持ち上げた。

 人語を喋る猫の体重は約6kg。

 2リットル入りペットボトルとだいたい同じくらいの身長。

 抱きごたえは十分だ。

 艦長は、信頼する猫の乗組員の気遣いに優しく応える。

 「いえいえどういたしまして…」

 「また疲れたらオリの腹をもんでくれ。」

 「うん、そうするわ。」

 風に吹かれる長い髪、帽子をとる。


 …



 「だめだわ、今の地球は、やつらの侵入を防ぐだけで手一杯…」






                                       _終劇_

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戦史記録、暫定治安維持機構 つぐはら ふみ の ものろーぐ @HAGI

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