二一話 新たなる日々

「おはようござ……おや?」


 改札前で待っていたひろしは、俺を見て少し首を傾げた。


「どうかしたのか?」

「ん……軽馬殿、なにやら今朝はさっぱりした顔をしているでござるな」

「そうか? うーん、そうかもしれないな」


 いつもクラスメイトを見て溜息しか出なかったもんな。

 だけど今日は違う。俺は等しく仲間であることを選んだんだ。


「ところでその手に持っている長物の袋はなんでござるか?」

「ああ、これは俺の武器だ」

「おおっ! 見せてくれぬか!?」

「学校でな。さっさと行こうぜ、

「そうでござるな!」


 ひろしはカラコロと下駄でこけることなく走って行った。随分慣れたものだな。




「皆、とうとう軽馬殿が自らの獲物を持ってきたでござるよ!」


 教室に入るや否や、ひろしが大声で伝達した。するとみんなが一斉に俺を注目する。

 疲弊していたとはいえ、ひろしとアイスバインの二人を倒した俺は今クラスで一番旬なのだ。


 調子に乗っていい時期ということだ。俺はみんなの注目のもと、いそいそと袋から槍を取り出した。


「これは槍でござるな?」

「そうだ。名を魔掃輝槍まそうきそうと言う」


「見た感じシンプルだな」

「素ほど恐ろしいものはないぞ。なあ剣武」

「うむ」


 剣武の模造刀も飾り気の無いシンプルなものだ。しかしこういうものは無駄な装飾の無いほうが異様に見えたりする。



「ちょっとあんた来なさい!」

「ちょ、待っ」


 突然ジャス子は襟首を掴み、半ば引きずるように俺を教室から連れ出した。



 俺を壁際に追い詰め、後ろの壁を殴るように手を突き出す。

 女子に壁ドンをやられてしまった。背は俺のほうが高いからわきの間にだけど。


 しかしそこにはロマンスのかけらもなく、眼前のジャス子は鬼のような形相を浮かべていた。かなり怒っている。大憤慨だ。


「……一体どういうつもりかしら?」

「どうもこうも……」

「どうもこうもじゃないわ! 何一緒になって馴染んでるのよ! 言ったわよね! 私は中二病が大嫌いだって! なのになんなの! 嫌がらせ? 当てつけ?」


 お前だってジャスティスとか名乗ったじゃないかよ。なんで俺だけ責められるんだ。

 だけどこいつの理不尽は今に始まったことじゃない。それよりも聞きたいことがある。


「なあジャス子」

「だからその呼び方やめなさいって……」


「なんでお前はそんなに中二病を嫌うんだ?」

「関係無いでしょ」

「あるから聞いてるんだよ。理由がわからないのに踊らされてたまるか」


「……わかったわ。私の家族は中二病に殺されたの」

「いやそういう嘘はいいから」

「じゃあ昔、憧れていた先輩が中二病に殺されたの」

「じゃあってなんだよ。てかどんだけ中二病危険なんだ」


「少しは信じなさいよ」

「そんなあからさまな嘘を信じろってほうが無理だろ。大体内容が重いのに話し方が軽いんだよ」


「実は私が昔、酷い中二病を患って、そのせいで周りからいじめを受けていたの。そのせいで中二病が大っ嫌いになった。ってことでどうかしら?」

「……そうだったのか……」

「ちょっと、信じないでよ!」

「どっちだよ」


 信じないと文句を言われ、信じても文句を言われる。

 というかさっきのはわざと軽く言っていたふしがある。だから恐らく本当のことなんだろう。


「大体あなたが信じないって言うからちょっと言ってみただけなんだから」

「真実を?」

「ちっ、違……っ」


 ジャス子は打たれ弱いらしく、こちらから突っ込むと途端に言葉が濁る。

 言い淀む理由は簡単だ。とっさに嘘を構築できない。

 大体言い訳として『○○に殺された』とかどれだけ陳腐なんだよ。もう少し考えろと。


「お前がやろうとしていることは、お前がやられたことなんだろ? 嫌だったんじゃないのか?」

「だからなんでさっきのが本当だってことになってるのよ」

「実は俺、嘘を見抜けるんだ」

「……嘘っ」

「ほんとだって。武術ってのはいかに相手の心を読み、相手を偽るかの勝負でもあるんだ。だから読心の術は散々学ばされたんだよ」

「……くっ」


 もちろん嘘だ。

 いや、武術が騙し合いであり、それを読むというのは嘘ではない。だけど心を読むというのはたくさんの人間のパターンを理解しないとそうそうできない。

 そして俺は生憎そういったたくさんの人間と接する機会がなかった。


 さて、これでジャス子は観念しただろう。話を進めさせてもらう。


「そんで以前のお前はなんだったんだ?」

「…………天使」

「ぷっ」


 やばい思わず吹いてしまった。天使ちゃんとか、かわいすぎんだろこいつ。

 そんなジャス子天使ちゃんは目に涙を浮かべつつ、俺をバシバシ殴りだした。


「わ、悪かったって! 謝る! ごめん!」

「うっさいバカ!」


 しかし普段から硬功夫によって体を鍛えている俺には、ジャス子のパンチなんぞカップルがイチャコラするときにやるパンチ程度にしか感じない。

 カップルになったことないけど雰囲気的に。


 それにしても顔を真っ赤にさせて潤んだ目で怒ってる天使ちゃんかわいい。マジ天使。

 いやだめだ。俺にはルキがいるんだ。

 とりあえずこいつは……気が済むまで殴らせておくか。


 なんて思ってたら俺に打撃は通用しないとわかったらしく、数発で止まってしまった。

 だけど恨めしそうな顔で俺を睨んでいる。



「なあ」

「何よ」


「ここには天使ちゃんなお前を馬鹿にする奴なんていないんだ」

「そ、それがどうしたのよっ」


「大人ぶって過去の自分を無かったことにするのは構わないが、周りに思想を強要するのはやめようぜ」

「……だったら私、なんのためにこの学校へ来たのよ」


 それは……多分こいつが言っていたことは違うと思うんだ。

 中二病患者あいつらを治すためじゃない。そもそもそんな動機で学校を選ぶなんて有り得ない。

 ならば何故、という問いに俺は一つの答えを導き出した。


 多分こいつが中二病嫌いになった、つまりいじめられるようになったのは願書を出し、受験を終えた後じゃないだろうか。元々はこの学校に夢を見ていたのだろう。

 合格し、入学手続きを終えた後にバレてしまった。そして馬鹿にされ、無理やり現実へ引き戻された。そう考えると辻褄が合う。

 だったら折角だし、再び患ってもらったほうが楽しいはずだ。


「再び天使を取り戻すため、じゃないか?」

「……はぁ?」


「お前の心の天使はまだ死んではいない。だろ?」

「何が『だろ?』よ。頭大丈夫?」

「天使ちゃんだった頃のお前よりは大丈夫だ」

「……殺したい……」


 凄く憎らしそうな表情で俺を睨んでいる。少しからかいすぎたようだ。


「まあ冗談はさておき、そう肩ひじ張って過ごしても面白くないだろ」

「それは……そうだけど……」

「だからお前も自分を偽るなよ。踊る阿呆に見る阿呆だ」


「…………そういうものかしらね」

「そういうものだよ」



 ジャス子はぶつぶつ言いながら去っていった。

 さて、どうなってしまうのだろう。明日以降を楽しみにしておこうか。

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竜の棲む学園 狐付き @kitsunetsuki

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