二〇話 受け継ぐ者

「やあ────おや、持ってきていないのかい」

「ええ。持ってきていません」

「残念だな。いや、助かった、かな」

「奇遇ですね」

「ははは、そうだね」


 わかっている。会長はただ謙遜しているだけだ。何が奇遇なものか。


「もしあの場で戦っていたら、どうなっていたんでしょうね」

「はは、それは無いよ。僕は最初から戦う気がなかったから」


 それはさすがに嘘だろう。

 あの気迫は戦うためのものだった。

 だけどあの場で退いたのは確かに会長だ。


「何の意味があるんですか」

「ここで話そうと思ったのはさ、ちょっと理由があるんだよ」

「そうですか」


 あの場で話せなかった。そして戦わなかった理由。

 当然気になる。特に戦わなかった理由だ。


「僕らは監視されている」


 以前ひろしがそんなことを言っていたっけ。

 特殊な力を持っている自分達を監視し実験するため、この学校へ集められた。みたいな話。

 そんな力は無い。よってその実験に意味は無い。


「まさかそんなわけないじゃないですか」

「あの生徒会室、教室や廊下も監視カメラや集音機が隠されているんだよ」

「そんなことをする意味あるんですか? そもそも誰が──あっ」


 仕掛けて調べ、得をする人物が一人いた。

 脳書猛。

 そういえば俺たちを題材にラノベを書いている様子だった。一体どうやってそれを調べるのかと思っていたが、監視カメラかに盗聴器か。


「知っているみたいだね」

「だけど盗撮なんかしてバレたら社会的にまずいはずでは」

「いじめとかの問題もあるからね。最近じゃ生徒にばれないよう設置してある学校はぼちぼちあるらしいよ。もちろん更衣室やトイレとかには無いけどね」

「なるほど。それで生徒会室を使いたくなかったんですか」

「彼は僕を本気で戦わせたいようだったからね。あの場で戦いたくなかったんだ」


 武人が本気で戦う姿を実際に見たい。なるほど、題材としてはよさそうだ。

 俺をけしかけたのもそういう意図があったに違いない。

 だけどこれでわかった。

 この人は中二やみに堕ちていない。

 むしろこの人こそが本当の抗う者だ。

 堕ちたように見せかけ、脳書の策略に抗っている。


「いくつか聞いていいですか」

「なんだい?」

「会長はえっと、何て名乗ってるんですか?」

「あはは……少し勘弁してほしいんだけど……”神魔の結晶”だよ。キミは?」

「え、えっと……邪聖神の生まれ変わり……です」

「なかなか思い切った設定だね。文句言われなかった?」

「ええまあ……ははは」


 やばい、気まずい。

 気まずいというよりも恥ずかしい。


「そういえばキミの名前は?」

「あ、えっと、光条軽馬です」

「光条……ああ。牛次じいさんは元気かな」


 この人、じいちゃんを知っている?


「いえ、昨年亡くなりました」

「そっか。残念だ」


 ようやくわかった。何故じいちゃんが俺をこの学校へ行かせたのか。

 この人に会わせるためだ。


 そういえば俺が中一の時にこんなことがあった。

 知人の剣術家のところに面白い生徒がいる。そんな話を聞いてどんなものかと俺を置いて一週間くらい出かけたんだ。

 帰ってきたじいちゃんは複雑な表情をしていた。

 俺と大して変わらない歳の子供に一瞬でも本気を出してしまった。そのことを武人として少し恥ずかしい、といった感じだった。

 多分その相手が会長。

 そして俺は知ることができた。

 自分がどの程度強いのかではなく、どの程度弱いのかを。


「それで他の質問は?」

「えっと、この学校が中二病棟と言われている理由を知っていたらと思いまして」

「キミはあの学校の伝説をいくつ知っているかな」

「伝説? そんなものあるんですか?」

「宇宙の真理を表す聖樹セフィロトとか、学園地下に眠る魔竜とかだよ」

「あー……その二つなら知っています」

「へぇ。他には何を知っているのかな」

「いえその2つだけです」

「そっか。あと5つあるんだよ」

「7不思議ってやつですか?」

「ちょっと違うよ。セフィロトの樹を頂点に、校舎内で六芒星を描いているんだ」

「六芒星? じゃあ7つ目は?」

「中心だよ。それが地下に眠る竜」

「なるほど。でもそれとあいつらが集まっている理由になるんですか?」

「そんな伝説がある学校にどんな人が集まると思う? 普通の人? それとも……」


 なるほど、釣り餌なわけか。

 そのことを先に知っていたら絶対に入学していなかった。

 やはり進学先はじっくりと決めるべきだったな。

 だけどそれなりの収穫はもちろんあった。

 もしこの学校へ入らなかったら、この人と会うこともなかっただろう。

 だけど気になることが一つある。


「会長はなんでこの学校を選んだんですか?」

「……できれば聞かないで欲しいな」


 多分この人はうわさだけを鵜呑みにして入学してしまったんだろう。

 そりゃ恥ずかしくて言いたくないな。


「わかりました」

「僕からも一ついいかな」

「あ、はい。なんですか?」

「キミは僕に武器を向けて…………向けられてどうだった?」

「まあ大したことなかったな、なんてはったりをもうする必要ないですね。正直このまま殺し合いが始まるかと思いましたよ。殺るのがどっちかわからないですが」


 勝てる気はしなかったが、それでもやってみないとわからない。


「へえ。他には?」

「そうですね……。あとはちょっと楽しんでいた感がありました」

「なるほどねぇ」

「それがどうしたんですか?」

「ああいや、今言っても仕方ないかなって」

「気になるんで教えてくださいよ」

「キミのそういう考えも世間では中二病と言われるんだ」


 …………。


「マジですか?」

「やっぱり気付いていなかったか」


 気付いていなかったわけじゃない。

 保険医に言われたときにまさかと思いながらも、もしやと感じていた。

 ただ認めたくなかった。俺がそういった類の連中とは違うと思い続けたかったんだ。

 俺と同類の人間に言われてしまうと認めざるを得ない。


「一般的に中二病と言われるものにもいろんな種類があってね。例えばクラスメイト達の中に設定で自分を修飾している人がいるだろ?」

「います……というかそんなのがほとんどですね」

「だろうね。他には自己陶酔に陥っている人とかもいるね。詩を読んだり周囲を否定したり。これは前者と併発することもあるね」

「俺はどちらでもないですが、別の中二ってことですか」

「いや、キミは自己陶酔型だよ」

「や、いやいや、俺は別に自分に酔ってなんか……」

「いない、と言い切れるかな」

「はい」


「例えば自分の力に対してさ、まだまだ足りていない、もっと力が欲しい、みたいなことを思ったりしなかったかい?」

「常日頃思っていますが……」

「それってさ、自分の力をどうでもいいと思っている人は思わないんだよ。自分に酔っているから起こる思想なんだよね」

「そんなことをいったら格闘家なんてみんな中二病じゃないですか!」

「そうだよ。知らなかったのかな?」


 知らなかった、というよりもそうは思わなかったというべきか。

 小さい頃からずっと習ってきた武術。戦うことを常に念頭に置き過ごしてきた。

 それが当たり前となっていたせいで、普通の感覚が麻痺していたのかもしれない。


「認めなくてはいけない、ですね」

「そうそう、認めてしまえば気が楽になるよ。あの学校に中二じゃない生徒はいないから別に恥ずかしがることはない」

「いえ、一人います。俺のクラスに中二を否定して嫌悪する……高二病というんでしたっけ」

「高二病も広義では中二病の一種だからね。躁鬱病の躁と鬱の違いみたいなものだよ」

「そんなことを言い出したら、世の中に中二病じゃない人のほうが少ないじゃないですか」

「たくさんいるよ。むしろそっちの方が多いんだから」

「中二病をどうにかする方法ってあるんですか?」

「一番簡単なのは、中二病じゃない人たちと過ごさせればいいんじゃないかな」


 俺がジャス子に提案したやつに類似している。

 しかし中二病ではない人となると、俺が該当しなくなってしまう。

 そしてジャス子もだ。お互いどうすることもできない。


「それじゃあ一体俺はどうすれば……」

「どうするって?」

「あいつらを普通の学生にするにはどうしたらいいのか」

「それをする必要があるのかい?」

「えっと、ええまあ……」


 といってもなんで俺、やらないといけないんだろう。

 最初は下心半分みたいな感じだったが、今の俺にそれは必要が無い。


「じゃあ放っておけばいいよ」

「それでいいんですか?」

「妄想設定系中二は夢を現実に見ているみたいなものだからね、いずれは覚めるさ。逆に僕らのような戦闘系中二は現実が夢の中みたいなものだかから、そう簡単に目覚めることはないよ」

「それじゃ俺は……」

「逃れられないんだよ。僕とキミは」

「会長はそれでいいんですか?」

「世間でどう思われてもいいよ。あの感覚が楽しめればね」


 楽しめればね。狂っているんだな、この人。

 そしてきっと俺も一緒だ。

 自分を偽っても意味が無い。

 しかし滑稽な話だ。

 決して逃れられない側の俺が、いつしか覚める夢の中にいるあいつらをどうにかしようなんてな。


「はは、ははは」

「何かおかしいことでも──ああ、吹っ切ったか」

「ええ。見えてきました」


 まだ気恥ずかしさもあるだろう。だけど自分なりにあいつらへ近付いてみようと思う。踊る阿呆に見る阿呆というやつだ。折角なんだし一緒に楽しむのも悪くない。


「じゃあまた近いうちに会おう」

「ええ。──っと、最後に1つ」

「何かな」

「あの紙に書いてあった『3』ってなんですか?」

「ああそれなら……”神魔の結晶”に勝てたら教えてあげるよ」


 生徒会長が嫌な提案をしてきた。俺が勝てるわけないだろ。

 ……いや、“神魔の結晶”相手か。だったら勝てる可能性があるかもしれない。

 つまり生徒会長は、校舎内で共に興じようと言っているんだ。脳書猛を欺くため。


「それは楽しみですね」

「はは、やっぱりきみ、生徒会に入ってよ。有能な人間は大歓迎さ」

「それは……に勝利し、契約して下さい」


 俺と生徒会長は笑い手を握り、その場を後にした。

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