一九話 生徒会長
「失礼します」
「どうぞ」
生徒会室。そんな場所に来るのは二度目だ。
一度目は中学の時、クラスでやったアンケートを提出しに行った時。
前回はちゃんとした理由があった。
さて今回は……なんだ?
殴りこみってわけじゃないな。話しあいか。
なんで
「生徒会長、えっと──」
「わかってるよ。さあやろうか」
生徒会長は立ち上がり、鞘から刀を…………なっげぇ。
なんて長さだ。刃渡りだけで120センチはある。
それだけじゃない。生徒会長の構え。きちんと習っている者の構えだ。
長い刀に少々不相応な細身ではあるが、切っ先の安定からしてかなり締まった筋肉をしているんだろう。確実に操れるだけの体がある。
……やっべぇな、隙が無い。
俺が習っていたのは総合武術だから、ある程度の相手ならば武器を持っていても素手で対抗できるだけの技を知っている。
だけどそれだと器用貧乏となりがちで、1つのものを極めようとしている相手に対抗できるかは疑問だ。
特にこんな強者相手じゃ全く対応できないだろう。
完全に甘く見ていたな、くっそぉ。
今戦うのは得策じゃない。なんとか誤魔化さなくては。
「い、いやだなぁ生徒会長。俺はそういうつもりじゃ……」
「キミは僕と同じ、本当に強い者を求めて来たんだろ?」
くそぉ、ばれている。
「そんなことわかるんですか?」
「立ち方を見ればわかるよ。普通の人は足先が内側を向いていないからね。女子ならともかく男子では」
無意識で常にそうなるように練習してきたのが仇となった。やはりわかる人にはわかってしまうようだ。
これはいよいよやるわけにいかない。
「……すみません、出直してきます」
「そこのロッカーを開けるといいよ」
帰させる気は無いようだ。
覚悟を決めないと駄目か。仕方ない、従っておこう。
「これは……」
「好きなものを選んでいいよ」
ロッカーの中にはいろんな種類の武器が入っている。戦うまで帰らせないってか。
全部模造刀なり歯止め加工がされている。当然か。
総合武術は素手だけでなく様々な武器も練習する。だから俺もとりあえず使うことくらいはできる。
丁度いい長さの一振りの刀を見つけた。鞘から抜き、軽く振ってみる。
「それにするかい?」
俺が一番練習した武器、それは剣だ。
理由は一番嫌いだから。
嫌いだからやらない。それでは好きな武器を活かせなくなってしまう。
だけど一番練習しただけはあって、得意武器といえばこれだ。
でもこれじゃない。
向こうは恐らくこれに特化している人間だ。そんな人相手に使うなんて馬鹿げている。
ならば俺が一番好きな武器……こいつで勝負だ!
「ほう……槍か」
自分でもわからないけど、初めて握った時からこいつが一番しっくりきた。
最初の頃は槍術ばかりやっていたっけ。
だけど同じ武器ばかり練習していると、その武器の本質が見えなくなるとじいちゃんに言われてからは色々と練習したっけ。
腰を少し落とし、槍先を向けると会長は肘を絞り気を引き締め直す。
う……動けない。
動かないと勝てないが、動かなければ負けない。
つまり何もできない状態だ。
これが本当の実力者か。
こんなプレッシャー、じいちゃん以来だ。
いや、じいちゃん以上だろう。しかしじいちゃん以下だ。
何せ一度も本気を出さずに死んじまったから。
会長は手を抜いているじいちゃん以上。
そして俺はそんなじいちゃんに勝てたことがない。
でも死んでから一年。俺だって何もしてこなかったわけじゃない。
だからこの学校へ来たんだ。
なのに全然動けない。
……おもしれぇ。
さっきから粘質の気持ち悪い汗しか出てこない。そして全身を痙攣させるほどの激しい脈動。
ヒリヒリするような感覚。久々だ。
「どうしたんだい? 全然動かないじゃないか」
「会長こそどうしました? 汗、止らないじゃないですか」
一番練習した武器ではない。一番得意な武器でもない。だけど一番自信のある武器だ。
プレッシャーをかけるなら、それで充分だ。
半分ははったり。だけどはったりも武器の一つだ。
その証拠に会長も動けずにいる。
問題は一つ。お互いこんな状態だと何もどうにもならない。
軽く振ってわざと誘い込むか?
いや、その誘い込みの隙に突っ込まれたらやばい。
駄目だ、動いたら勝てる気がしない。
元々武術は守るための技で、先に動くものじゃない。
逆に日本の剣術は戦の技術。攻め込むものだ。
なのに動かないのは俺がカウンター狙いなのをわかっているからだろう。
呼吸を整えているつもりなのに息苦しい。
息は荒くなっていないから過呼吸じゃないはずだ。
これは心拍数が上がり、酸素が足りていないからか。
体が震えるのを抑えるので精一杯だ。指先が1ミリ動いただけで槍の先端は1センチ動く。
落ち着け……見透かされる……。
深呼吸もできない。気が乱れていることがばれてしまう。
一か八か仕掛けないと俺がもたない。…………いくか!
打ち込もうとした瞬間、会長は大きく飛び退き刀を鞘に戻した。
「今日はやめておこう」
フェイクか? いや、そんなことをする意味が無い。
居合いに移行するという素振りでもない。そもそもあんな長物は居合に向いていない。それこそ素人相手でも後手に回ってしまう可能性がある。
「……怖気つきましたか?」
「こいつは僕の剣じゃないんだ。キミとなら本気で遊べそうだったんでね」
「奇遇ですね、俺も自分の一番馴染んだ武器で相手したかったところですよ」
なんてな。
あの緊迫した空気は危険だ。
意識を集中している時は面白く感じたが、もう味わいたくない。
まだ膝が揺れている。本気で怖かった。
「それに────まあいいや。またおいで」
会長は俺の肩を軽く叩く。ついでに何かの紙を胸ポケットにそっと忍ばせた。
何か言いたいことがあるならば、口で言えばいい。
そしてわざわざ俺にわかるようポケットへ忍ばせた意味がどこかにあるんだろう。
多分何か重要なことが書いてある。そして今見てはいけない。
口に出せない理由がどこかにあるんだ。
ならば俺はすぐにここを出る必要がある。
「では、失礼します」
「……キミ、なかなか賢いね。僕の右腕にならないかい?」
「はは、考えておきますよ」
わざわざこんな風に何かを伝えてくるんだから、学校を出てからさっきの紙を広げた方がよさそうだ。
紙の端には『3』と書かれていたが、何か意味があるのだろうか。
『17時、金蔵院で待つ』
またあの感覚だ。
体の表面が痺れる。ひきつって痛い。
これは果たし状……と受け取っていいのだろうか。
正直会長と戦うのは勘弁してもらいたい。
ほんとやばかった。
持っていたのは模造刀。そして刃止めされた槍。
わかっていたし、わかっている。なのに殺されそうだった。殺しそうだった。
この感覚を求めて学校を選んだのがバカらしく感じる。
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