一八話 目的

「あなた、バカでしょ」


 なんだと?

 ジャス子こいつに罵られてもうれしくない。

 もとい罵られてうれしいわけがない。

 いいことあると思って浮かれて裏門に来た結果がこれだ。


「なんでだよ、お前が言ったようにやったじゃないか」

「私は連中の妄想を潰せって言ったの。上に君臨してどうするのよ」


 そりゃそうなんだけどさ、実力で倒せってのはやっただろ。


「そ……そもそもさ、お前はなんでここにいるんだよ! 知っているか? この学校が何て呼ばれているか」

「知っているわ、中二病棟でしょ」


 意外にそれは有名な事実だったのか。ショックだ。


「じゃあ何故──」

「言ったでしょ、私は中二病のやつらを潰す。そのためにここへ来たのよ。あいつらの思想は社会生活を送るのに危険だから」


 わざわざそんなことのために入学したのか。そっちのほうが危険思想だぞ。

 そこまでして潰したい。それほどの反動を生み出すほどこいつの中二病は重症だったということか。


「まあ今回はいいわ。次こそはちゃんとしてよね」

「おいちょっと待て、まだやらせようっていうのかよ」

「当たり前でしょ。あなたが適任者なんだから」

「何をどうしたら俺が適任になるんだよ」

「あなたしかまともな会話ができないんだからしょうがないでしょ!」


 なんでキレられなきゃいけないんだ。

 というか今まで散々俺に絡んできた理由がそれなんだろう。他の連中と話そうにもいきなり妄想設定を語られてはたまらないと。


「じゃあこういうのはどうだ? クラスで俺たちが普通の会話をして周りを引き入れていくんだ。そうすればだんだんと普通になっていくんじゃないか?」

「普通の会話って例えば?」


 普通ってなんだ?

 自分で言っておいてなんだが、女子と普通の会話をしたような記憶がない。


「う、うーん、例えばファッションの話とか」

「……何が悲しくて私が男子とファッションの話をしないといけないわけ?」


 ぬぅ、確かにそうだ。

 そもそも俺は男子のファッションですら疎いんだから、女子のファッションなんて微塵もわからん。

 それに男子が女子と女性ファッションを語ってみろ。ちょっとキモいぞ。

 今年はぁ、黒ニットが流行るらしいわよぉ。

 ……ありえん。絶対にありえん。


「なら……ならさ、ドラマなんてどうだよ」

「あなたドラマ見るの?」

「み、見ないけどさ」

「ほんと使えないわね。少しは役に立ってよ」

「お前に使われるために生きてるんじゃねぇよ俺は!」

「進む道が無ければ使われるのもいいものよ」

「よくねえよ!」

「じゃあ聞くけど、あなたは何を成したいわけ?」

「そういう大層なことは何もないけど……」

「でしょう? そういうときは他人に力を貸してみるのもいいと思うのよ。そういうことをしているうちに自分がどうしたいのか見えてくるかもしれないんだし」


 言われてみればそういうこともあるかもしれない。

 自分が何をしたいのかわからないうちはいろんなことをやってみるべきだ。そうしているうちに自分がやりたいことを見つけられるかもしれない。

 特に他人からの注文ではそれを得やすい。理由は全く関わったこともないものに手を出すことが多々あるからだ。自分だけではやろうと思わなかったことだがやってみたら肌に合っていた、みたいな。

 俺も武術で様々な武器を練習させられたからなんとなくわかる。


 でもこれは違うんじゃないか?

 俺の将来をどうしたいんだ。中二矯正師にでも仕立て上げようというのか。

 いやそもそもそんな仕事は無い。あってたまるか。


「言いたいことはないようね。じゃあ次こそは上手くやるように」

「あっ、ちょ……」


 行っちまった。

 くっそ、なんだっていうんだよあいつ。



「いい青春具合だな、少年」


 今のは別に痴情のもつれとかじゃない。むしろそうだったらどれだけマシか。

 って誰だ?

 案の定背後から声をかけられている。この学校の伝統なのだろうか。

 振り返って姿を見るものの、見覚えはない。

 60前後だろうか、白髪混じりの頭に背の高い──老人というべきか迷う容姿だ。

 スーツを着ているが教師ではなさそうだ。誰だ一体。


「あの、おじさんは……」

「私は北峰というただの年寄りだ」


 名乗られても本当にただの年寄りだという印象しかもてない。


「ただのお年寄りは校内に入ってはいけないと思うのですが……」

「大丈夫、ただの年寄り兼学園理事だから」


 理事? ということは、このおっさんが脳書猛ってことか。

 北峰というのは恐らく本名。

 脳書猛だと名乗らないのに何か意図があるのかもしれない。

 これはいいチャンスだ。この学園の存在意義、それを聞けるかもしれない。


「ひとつ聞いていいですか?」

「なんだ?」

「理事は何故この学園を創ったのですか。答えてください、脳書猛先生」

「…………ほほう、きみがエリーの言っていた新入生か」


 誰だよエリーって。

 話の流れからして多分保健医か。脳書猛ということをばらした本人だし、何かしらの繋がりがあると見て間違いない。

 多分この人が保険医を選んだのだろう。このエロジジイめ。


「きみは中二パラドックスという言葉を知っているかな」


 この言葉、一般的なのか?


「ええ、なんとなくはわかっています」

「己が身勝手に構築した世界が他人の世界に触れ、統合性を図るために改築されていく。それを何度も繰り返すことにより、優れたバランスを持った『もう一つの世界』が産まれるのだ」


 再構築される前に起こる崩壊。それが中二パラドックスらしい。

 しかし今考えると崩壊から修復までの時間はほとんど無い。連中はその場その場で組み直しているからその隙間に入り込んで潰すのは無理そうだ。


「だけどもう一つの世界が生まれる意味はどこに……」

「それが文章となり、また若い世代へフィードバックしていく。わかるかね」


 文章になる? フィードバックする? どういうことだ。

 そもそも文章になるっていうのは、誰かが書くわけだろ。

 該当する人物といえば、この脳書猛だ。

 フィードバックするというのはなんだ?

 つまり脳書猛が書き、それを若い世代に読ませるということになるのか?

 ようするに…………。


 ! ! !

 こ、こ、このじじいはぁぁぁ!

 俺らを題材にして自分のラノベを書いているわけか!


「その様子だと気付いたようだね」


 そこまで言えば大体わかるだろ。わざとらしい。


「だけどなんでそれを俺にばらすんだ」

「久々の『抗う者』だからね、じっくり楽しませてもらうよ」

「抗う者?」

「まあ前の者は中二やみに取り込まれ、今では率いる存在だがな」


 率いる存在? 教師でもやっているのか。

 そして取り込まれたっていうのも気になる。


「誰なんですか?」

「興味があるならあそこへ行くといい」


 脳書が指差すところは職員室ではなかった。

 特別授業棟の一角。部活が無い学校でこの時間にいそうなものといえば……生徒会?

 率いると言われるんだから生徒会長か。

 そして脳書が言う『抗う者』。俺にも当てはまるということは、ジャス子に言わせるところの実力者というやつなんだろう。

 ちょっと会ってみるか。

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