体育会系青年による光源氏計画(現代版)
@dateyuuki
第1話わかった、俺でいいと言ってくれる人がいないなら
「まただよ」
『俺』はスマホを投げ捨てた。
某無料通信アプリにとうとう既読、の文字がつかなくなった。
「かわいい子だったんだけどなぁ」
ごりごり、と首を回す。
固いワイシャツにネクタイが食い込み体の、特に首周りの動きが制限されていた。
肩が凝るはずだ。
「俺ちゃんまた振られたの?」
「やめろー、セリフにするとへこむから」
と、隣の俺の持ち込んだ漫画を読む少女がいふ。
「てか、娘ちゃん宿題は?」
俺は座っていた椅子の背もたれに体重を預けた。
ギシィ、と椅子がその過多すぎる体重に抗議の声を上げる。
まるで、わたくしの経験した性能試験では100キロまでしか対応しておりません、と。
「もう終わったよ。漢字の書き取り」
大人の体格に合わせた椅子は少女には大きい。
当然足は床につかず、プラプラと中空をゆれていた。
「お、優等生。ご褒美にジュースを奢ったげよう」
ここは仕事場の休憩室。
休憩室といっても狭い職場で急に職員数が増えたため増設したプレハブ小屋だ。
幸い水道、ガス、電気と基幹インフラは確保されている。
ついでにカップ式の自動販売機がブン、とささやかながらその存在をアピールしていた。
そこなジェントルメン。コーヒーはいかが、と。
「へいへい浮気はしませんよ、と」
ちゃりん、と小銭が投入口に滑り込む。
「少女ちゃんいつもの?」
「リンゴジュース!」
俺はリンゴジュースの『り』の声を聞いた時点でボタンを押していた。
この少女は飽きることもなくいつもリンゴジュースなのだ。
ウイ、マドモアゼル、飛び切りのリンゴジュースを貴女に。と自販機はカップに決まった量のリンゴジュースを用意した。
そのリンゴジュースが用意できるまでの間、俺は金額の表示欄を凝視する。
この自販機を作った人間は素晴らしいと思うのだ。
何せこの自販機はくじ付き。
それも何が素晴らしいって、ジュースやコーヒーを準備する本来なら手持ちぶたさな時間を利用しているのだ。
当たればもう一杯無料。
職員が利用するように格安の値段設定なので百円硬貨一枚で二杯分の飲み物を入手できる自販機だ。
くじ、抽選方法はルーレットのようなのだが当たったところで当然数十円の得にしかならない。
だが見てしまう。
どうせかなり低い確率でしか当たらないし数十円しか得をしないにもかかわらず、だ。
そしてルーレットの変動が終わるころには飲み物の準備ができている。
素晴らしい。
顧客の心理をよく心得ている。
ビジネスマンとしてこの自販機の製作者をみなわらなくては、と思う俺。
で、今回はハズレ。
出来上がるリンゴジュース。
「おまたせ」
俺はリンゴジュースを少女に渡す。
ありがとー、と少女は俺に礼を言いカップに口をつけた。
俺は気の抜けた炭酸のような返事をして自分の分のボタンを押す。
アイスコーヒー、ブラック。
俺も同じように決まった飲み物を自販機に注文する。
「俺ちゃんこの漫画の続きある?」
「どれー?」
これー、と少女は読みかけの漫画を俺に見せる。
それは魔法少女たちが戦ったり探し物したり全力全壊したりする漫画。
アニメは一期から見てるし、その続編はというか劇場版は公開初日に映画館まで見に行ったファンだ。
当然コミックはすべてそろえてある。
が、
「あるけど家だ。また持ってくるわ」
俺が少女にそういわれて振り向いている間にジェントル自販機がピピピ、と俺を呼ぶ。
「あ」
おめでとうございますジェントルメン、大当たりですよ。
ジェントル自販機が金額表示欄で俺を祝福していた。
・・・どうせなら少女のときに当たればな、と心の中でだけ思っておく。
しかしどうしたものか。
さすがにそう何杯もコーヒーは飲めない。
とりあえず一杯目のカップを取出し、アイスコーヒーを注文した。
別に後で飲めばいいか、と俺は判断したらしい。
と、そうこうしていると休憩室のドアが開く。
当然勝手にドアが開くはずもなし。
ドアを開けた男がいた。
「おお、男後輩君。首尾はどうだった?」
「俺さんお疲れ様です。ダメっすね、いけると思ったんですけど…」
男後輩は渋い顔で手にしていた大きな外回り用のカバンを椅子の上に置いた。
「え、あの案件ほとんど本決まりだったやつでしょ?」
「ですねぇ。ただ、娘さんにお母さんがしてあげるって話だったじゃないですか?あれ、ほかの銀行から横やりが入ったみたいで」
チクショー、と男後輩。
「うは、やっとれんね」
俺にもそんな経験がある。
契約はやはり判を押してもらってなんぼだ。
口約束などいくらでも反故にできるのだから。
「ま、気を落とさず。次行こうぜ」
と、俺は当たりのアイスコーヒー(余りもの)を後輩に差し出す。
「あ、すいません。ありがとうございます」
軽く頭を下げてそれを受け取る男後輩。
が、すぐに口をつけずにコーヒーの水面(?)を凝視する。
ああ、違うか。
彼は落ち込んでいるのだ。
「…そういや、艦コレのアンソロでたの知ってる?」
「え、まじっすか?」
「まじまじ。確か君提督やったよね?また持ってくるわ」
「あざっす!○○○先生の収録されてました?」
「あったあった。あの先生作画がシンプルだから読んでて疲れんよね」
「そうなんすよ、僕あの先生が同人やってた頃からのファンなんすよ!」
男後輩にやっと笑顔が戻った。
「俺ちゃんたちそれ何の話なの?カンコレ?」
「漫画の話よ」
と、俺。
「どんな話なの?」
「どんな話、ねぇ…」
さて、なんと説明したものか。
今の話に出てきたのはコミックアンソロジー本。
普通の漫画とは少し趣が異なる。
「たとえば少女ちゃんが今読んでる魔法少女の漫画あるでしょ?もし、少女ちゃんが魔法少女の漫画を描くとしたらどんなお話を書く?」
「えっとね…、みんなでお料理とかする話とか!いっつも魔法ばっかりだから」
少女ちゃん可愛ええなぁ、と男二人は思う。
なんというかこう、成人した女性から言われた心無い言葉が少女の可愛らしさと無邪気さに洗い流されていくようだ。
「そうやね。で、少女ちゃんがそのお話を漫画にして描くやん?でも、そのお話だけじゃ単行本一冊分には足りない…。さあどうしようか?」
「んっと…。みんなで描く?」
「大当たり!何人かの人たちが同じ作品のお話を描いて、それを一冊の本にまとめたのだ今お話ししてた本なんや」
「…よくわかんない」
「俺さん現物見せたほうが早いっすよ」
「だわね」
さすがに口で説明するのは難しい。
「今度男後輩君に持ってくるからその時少女ちゃんもみせてなもらえばええよ」
「男後輩ちゃん、少女が先ね!」
体育会系青年による光源氏計画(現代版) @dateyuuki
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