第40話 運命

「な、何しているんだよ、雪乃!」

「何って、殺したんですよ。見て判りません?」


 至極当たり前のことのように、彼女は答える。


「判るから訊いているんだ! 何で殺したんだよ!」

「何故って……子供達に危害を加えるからですよ。というより、人間を狩るなんて真似をする人なんか、この世にいてはいけないでしょう」


 それに、と彼女は両腕を広げる。


「私は既に殺人者です。今更何人殺そうが、知ったことではないでしょう。ならば、少しでも子供達やお二人が安全になるようにする方がいいと、私は考えたのですが」

「あたし達二人の安全? 今のお前を見て誰がそう思えるんだ?」

「私はあなた達を撃つつもりなどありませんよ。恩人ですから。この人達から子供達を助けていただきましたし」

「はっ。口だけでは何でも言えるさ」

「本当ですよ」


 軽い口調だが、緊張感のある会話。

 この間、僕は逃げる算段を考えていた。

 彼女は拳銃を所持している。

 こちらも持っているが、使うつもりは到底ない。

 というよりも使えない。

 弾がないのだ。

 だから、逃げるしかない。

 しかし、ここはほぼ平地。

 ゴミの壁がある所までは、約二〇メートル。

 そこまで走るまでに、弾は二・三発は余裕で放たれるだろう。

 加えて、満足に走ることさえできないこの足。

 恐らく、無事に逃げきることが出来る可能性は低いだろう。


 すなわち――彼女が撃たないということを信じるしかない。


「……なあ、僕達はどうすればいいんだ?」

「どうするって、そのまま普通にお帰りくださってくれればよろしいのですけど……」


 ああ、と思い出したように手を打って、


「この人達を上に運んでくれるとありがたいです。その方が、この場所がばれないですし」

「持っていったら、僕達がこの人達を撃ち殺した犯人みたいになるじゃないか。しかも僕は拳銃を撃ったんだから、硝煙反応が出て牢屋行きだよ」

「あ、そうですね。では、ここに放置でいいです。良く考えたら、別にもうばれてもいいですからね。もう少しでここから子供達はいなくなりますし」

「いなくなる?」

「ええ。小舟でいなくなります。私がやらなくてはいけないって言ったことは、子供達を見送るってことなのです」


 あまり理由になっていない気がしてさっきはぼやかしましたけれどね、と彼女は注釈を入れる。


「ここ、実は海へと繋がっているのですよ。相当複雑なルートを通らなくては行けないですが」

「船に乗って、どこに行くつもりだ?」

「分かりません。それは別の方に任せていますから。――ああ、別の方って言い方もおかしいかもしれないですけど」

「お前は……どうするんだ?」

「このままですよ。もっとも、あなた達が黙っていてくれれば、顔の崩れを整形して元に戻して、ついでに普通の世界に戻ろうかと思うのですが……」

「それは……殺人者としての罪を償うってことか?」

「いやいや。それをしたら普通じゃなくなるでしょう。私が殺人者であるってことを、秘密にしてほしいのです」


「別に僕はそれでもいいよ」


「え……?」


 彼女の口元が、驚きで大きく開いた。


「えって何さ?」

「いや、だってここは『そんなこと許せるか!』って言うところでしょう?」

「僕は主人公じゃないよ。それにさ、黙った所で無駄だと思うよ」

「それはどういうことですか?」

「警察はさ、無能じゃないよ」


 探偵小説とかで書かれているようなものとは違ってさ、と僕は皮肉を言って続ける。


「きっともう、残されていた歯型が君のものだと断定しているだろうね。そこで君が生きているってことを知ったら、間違いなく犯人と見做して事情聴取……と、ここまでだけでも到底、普通の世界には戻れないんじゃないか?」

「それもそうですね。もっとも」


 彼女はくすりと笑って、僕の横に視線を向ける。


「警察が辿り着く前に、美玖ちゃんが許してくれそうにありませんけれどね」

「……まあ、そうだな。許さないな」


 美玖は腕を組んで頷く。


「友達は友達でも犯罪者は犯罪者だ。裁きはきちんと受けるべきだろう」

「美玖ちゃんらしいです」


 また、くすくすと笑い声を上げて、拳銃に左手を添える。


「こういう場合、私はこうして脅かすのがベターですかね?」

「まあ、妥当だろうな。あたしがお前ならそうする」

「そうですか。でも、これはあなた達に向けて撃つわけではありません」


 そう言って彼女は、身体を横に向ける。

 そこにはあの老人が横たわっていた。まだ気絶しているように見える。しかし彼女は言葉を掛ける。


「私や彼を狙うなら判りますが――?」


「……」

「言っても判らぬ、ということですか。じゃあ、撃ちましょう」


 彼女は冷たい口調でそう言うと、銃口をきっちりと老人に向けた。


 すると――


「っ!」


 老人が眼を見開いて腹の下から猟銃を取り出し、彼女に向ける。

 しかし、それよりも早く、


「狙いを変えてくれて感謝します」


 パン、と。

 猟銃の銃口が定まる前に、老人の額に穴が赤い空く。

 老人は、恐らく致命傷だろう。

 もう助からない。



 だが――



 彼女は万が一、元いた場所に撃たれても大丈夫なように、避けながら、一発で仕留めるように頭に向かって銃弾を放った。


 それが悪かった。


 まず、一発で仕留めようと思ったこと。

 そうではなく、猟銃を弾き飛ばしてから狙うべきだった。

 それが老人に、引き金に指の掛かった猟銃を握らせたままにした原因。


 次に、動いたこと。

 これは仕方ない。

 結果論だから。


 動かなければ良かった。


 それは事実だ。

 でも、もしかしたら、動いていなくても駄目だったかもしれない。

 どこに避けても、駄目だったかもしれない。

 引力のように。

 彼女がいる場所に、弾がある。

 それを人は――



 運命と呼ぶのかもしれない。

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